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第二千三百四十一話 再会の街

 ニアダールの奪還直後、ニアフェロウに戻ったセツナは、即座にニアダールに向かうことになった。

 シャルロット=モルガーナは、ファリアたちとランスロット=ガーランドをニアズーキの防衛任務より解放するため、ニアダールに集結させた戦力の三割ほどをニアズーキに移動させようとしていたのだが、それをセツナが請け負ったのだ。一万人程度ならば方舟に乗せて運ぶことも難しくないからだ。シャルロットは、セツナの申し出に言葉もないくらいに感激してくれたらしく、それがセツナには嬉しかった。

 すぐさまウルクナクト号に戻れば、マユリ神を酷使することを謝罪するも、女神は、謝られたり気遣われるほうが堅苦しくて敵わないと苦い顔をした。希望を司り、信奉者の希望を叶えることこそが存在意義である女神にとって、セツナの願いを叶えることなど容易いことなのだ、ともいった。マユリ神のいいたいこともわかるが、セツナは彼女を気遣わずにはいられず、そこに妥協点を見出すことは難しい。

 もっとも、女神は、セツナが方舟を動かして欲しいといえば、はりきって飛ばしてくれた。ニアフェロウ・ニアダール間を二時間足らずで移動すると、すぐさま現地の指揮官であるダグレス=ウォーロッド少将にシャルロットからの指令書を手渡した。ダグレス少将は、レダ=ハック大佐を指揮官とする一万余を手配し、ウルクナクト号はその一万名あまりを乗せて、空へ昇った。その際、ニアダールのひとびとは、度肝を抜かれたといわんばかりの反応を見せたといい、マユリ神は機関室で得意げだった。

『彼らはこの船に希望を見たのだ。この地獄のような世界を切り開く希望の翼を』

 希望を司る女神には、その事実が極めて重要であるのだろう。

 希望。

 世界は、確かに絶望的だ。

 ネア・ガンディアを名乗る神々の軍勢は、まるで世界征服を目指しているかのようであり、その圧倒的な軍事力の前には、いまのセツナたちでもどうしもようもない。リョハン、ザルワーン、ログナーにおいては、撃退に成功したに過ぎず、一時的なものでしかなかった。本格的な侵攻に乗り出せば、手も足も出まい。セツナですら、戦い続けられるものかどうか。

 それだけではない。

 白化症の存在がある。

 世界に満ちた神威は、人間を含むあらゆる生物、無生物にとって猛毒であり、白化症という形で現れ、猛威を振るった。白化症に冒されたものは、我を失い、やがては神の下僕と成り果てる。そうなればもはや手の施しようがなく、多くの場合、生きとし生けるものの敵となってしまう。

 結晶化も、白化症と同じだ。植物や鉱物にとっての白化症であり、神威の影響によって起こる変容なのだという。

 世界は、緩慢に、しかし確実に死へと向かっているのだ。

 その事実をだれもが知っているわけではない。しかし、だれもがどこかで感じているのだ。だれもが、自分の首が真綿で絞められているような、そんな感覚の中にいる。だからあがき、もがき、あえいでいる。あるいは、耳を塞ぎ、目を閉じ、息を潜めている。絶望をやり過ごす方法を探している。

 そんな世界。

 そんな時代。

 女神のいうように希望が必要なのは、間違いない。

 しかし、それが自分の役割であるかどうかについては、自信などあろうはずもなかった。セツナにできることといえば、敵を斃す以外にはない。それだけが、セツナにできる唯一無二のことであり、それが果たしてひとびとの希望となるのかどうかなど、わかるはずもない。

 などと、セツナが希望について考えているうちに船はニアフェロウを越え、ニアズーキに至った。

 ニアダールから半日を要したのは、一万余名もの乗船員の居場所を船内に確保したためだ。ウルクナクト号は、元々、数千人規模の兵員を運搬するための船であり、一万人を超過する人数を乗せられる造りではないのだ。それを可能にしているのが、マユリ神の御業であり、そのためには船体の制御精度が落ちかねず、飛行速度を落としたほうが安全であるためだ。ニアダール・ニアフェロウ間ですら五時間かかったのもそのためだが、それでも五時間でニアダールからニアフェロウまで移動できるなど、破格というほかあるまい。

 ウルクナクト号がニアズーキ近郊に降り立つと、セツナとレダ=ハック大佐率いる一万人の大軍勢はニアズーキに入った。

 ニアズーキ市内は、厳戒態勢とは程遠い日常風景が展開していた。東帝国軍から解放されたことを喜び、遊び回る子供たちの姿など、ニアフェロウやニアダールでも見られた光景だ。ニアサイアンを含む北方四都市において、東帝国軍が占領中に悪事を働くようなことはなかったようだが、だからといって、西帝国に属し、ニーウェハイン皇帝の臣民であることに誇りを持つひとびとにとっては息苦しいことこの上ない状態だったのは、想像に難くない。もっとも、そういった中には、東帝国の占領を歓迎したものもいたようで、西帝国軍による解放後、市民に袋だたきに遭い、西帝国軍の兵士たちに助けられる始末だったらしい。

 ともかくも、ニアズーキが解放されたことは喜ばしいことであり、レダ=ハック大佐やその部下たちも、出迎えた市民たちに大手を振りながら笑顔を見せていた。

 セツナは、その一団から離れて市内に入り、歩いていた。すると、不意にどこからともなく伸びてきた女の腕が首に絡みつき、引き寄せられる。抵抗しなかったのは、そんなことを平然としてくるような人物など、ひとりしかしらなかったからだ。

「どこから沸いて出たのかと思ったら、船に乗ってきたってわけねー」

「ひとを虫のようにいうなよ」

「ああん、セツナのことじゃないのよう」

 ミリュウは猫なで声を挙げながらセツナを抱きしめると、人目も憚らず頬ずりしてきた。彼女の積極性は相変わらずというか、いつも通りのことではあったし、慣れたことなのだが、今日はいつにもまして激しく、強烈だった。

「いや俺じゃなきゃいいって話じゃ――」

「ううん、相変わらず素敵なんだからあ」

「なんなんだ」

 セツナでさえたじろぐほどの甘えっぷりを見せるミリュウの精神状態については、すぐ側に立っていた人物が一言で説明してくれた。

「セツナ欠乏症だってさ」

 と、告げてきたのは、ファリアだ。群青色の衣装を身に纏った彼女は、呆れつつもどこか安堵したような表情でミリュウを見つめている。

「なんだよそれ」

「セツナを一日一秒でも補充しないと死んでしまうらしいわ」

「じゃあとっくに死んでんじゃねえか」

「死んでたわよ。でも、セツナのおかげで生き返ったんじゃない!」

 などと、大真面目にいってくるミリュウにセツナはファリアと顔を見合わせた。

 

 ニアズーキ市内の軍施設に辿り着けば、光武卿ランスロット=ガーランドがレダ=ハック大佐率いる西帝国軍を大いに歓迎する様子が見受けられた。皇帝側近直々の出迎えということもあり、レダ=ハック大佐を始めとする陸軍士官たちは、大感激したようであり、涙を流すものさえいた。

 その様子を遠目から眺めていたセツナたちだったが、ミリュウが見直したようにいった。

「光武卿って結構慕われてるのね」

「そうらしいな」

「剣武卿は見るからに立派って感じがするけどさ……なんか意外」

「ひとを見た目で判断するのは失礼だぞ」

「見た目だけじゃないわよ。失礼ね。人柄も含めていってんのよ」

 ミリュウの憤慨したような言い回しに、ファリアがあきれたように頭を振る。

「そっちのほうがよっぽど失礼じゃないかしら」

「妥当な評価だと思うけど」

「ま、ミリュウならだれだってそうなるから、どうでもいいけど」

 ファリアがまたしてもあきれると、ミリュウが眉間に皺を寄せ、彼女を睨んだ。

「どうでもいい、って、なんか棘のある言い方。あ、わかった。ファリアもセツナに甘えたいんでしょ-。そうよねー、ニアズーキ奪還はファリアが頑張ったおかげだもんね-、セツナに褒めてもらいたいわよねー」

 セツナの腕にしがみついたままのミリュウは、これみよがしにセツナにくっつきながら、ファリアに主張する。ファリアが狼狽えたのは、その様子よりも、彼女の発言に対してのようだが。

「だ、だれがそんなこと思っているもんですか!」

「えーそうなのー? じゃあ、今日一日中、あたしがセツナを独占してもいいのー?」

「はあ!? なに勝手なこといってるのよ! 聞いたでしょ、セツナは飛び回って疲れてるのよ!? 今日はゆっくり休ませてあげないと」

「ゆっくり休ませてから、どうするつもりなのかしらー」

「な、なによ、その目、その言い方! わたしは別になにも考えてなんてないわよ!」

 ファリアが憤然と言い返せば、ミリュウは、優位に立ったとでもいわんばかりににやりとした。そして、思わぬことをいってくる。

「うふふ……わかってるわよう。今日一日は、ファリアがセツナを独占する日だって」

「な、なによ、なにが目的なのよ……」

 ファリアは、ミリュウの予想だにしない発言に警戒感を最大にしたようだ。こういうとき、ミリュウがなにかを企んでいると思うのは、当然のことだ。見返りになにかとんでもないことを要求してくるのではないか。しかし、ミリュウは、そんなファリアの考えなど見透かしたように、平然といった。

「活躍に見合った褒美がなけりゃ、しんどいだけだもの」

「褒美が、その……セツナを独占する権利ってこと?」

「そういうこと。もちろん、あたし、レム、シーラ、エリナにだって与えられる権利よ?」

「それは……そうなるでしょうけど、でも……」

「ったく」

 ミリュウとファリアの会話をふたりに挟まれる形で聞きながら、セツナは、やっとの想いで口を開いた。ミリュウが当然のように話を進め、ファリアが困惑気味にも受け入れようとしているのだ。話に入る機はここしかなかった。

「なんでもかんでも勝手に決めるなっての」

 それは、セツナとしては当たり前の権利を主張したに過ぎないが、ミリュウが眉尻を下げて、とてつもなく寂しそうな顔をしてきたのは、意外だった。

「だめなの?」

「だめともいってないだろ」

「じゃあ、いいんだ?」

「それでおまえらが納得するなら、俺に拒否権はねえよ」

 セツナがいいたいのは、なにを決めるにせよ、自分に相談して欲しいということに過ぎない。その考えがミリュウたちにとって歓迎するべきことならば、どんなことだって受け入れよう。

「いっただろ。俺はなんでもするよ。皆が俺に望むことなら、なんだってな」

 それが、せめてもの恩返しだ。

 なにもない自分にできる、たったひとつのこと。


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