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第二千三百三十九話 北方平定(四)

 電光の針を飛ばしてきたのは、紛れもなく東帝国軍の武装召喚師であり、射線を辿った先にはその姿はなかった。撃ったと同時に場所を移している。再び、飛び退けば、またしても寸前まで立っていた地面に針が刺さり、雷光を撒き散らした。視線で追うも、やはり姿は見えない。セツナは、さらに移動を強要され、雷光の針をかわし続けた。かわしながら、押し寄せる敵兵を吹き飛ばし、飛来する矢の数々をメイルオブドーターの翅で受け止める。ただの矢ならば、翅を貫くことなどできはしない。が、電光針を翅で受け止めるのは、あまり良くなさそうだった。

 召喚武装による攻撃には細心の注意を払うべきだ。ニアフェロウの戦いでは、翅で受け止めたために翅そのものを硬化させられたことがある。針が発する雷光が翅を伝わり、セツナに痛撃を加えてくる可能性は低くない。

 また、避ける。避ける。避け続ける。針が発射される頻度と発射場所の変更速度が異様なまでに上がっている。地上を移動しているようには思えなかった。

(空中を移動している?)

 だとすれば、セツナのように飛行能力を有する召喚武装を併用しているか、あるいは、もうひとり、飛行能力持ちと協力しているかのいずれかだが、セツナは後者と見た。複数の召喚武装を併用するのは、並大抵の修練でできることではない。しかも、これだけ正確な射撃を行うには、召喚武装の同時併用中には困難を極めるのではないか。それが飛行能力ならばなおさらだ。

 セツナが推理しているちょうどそのときだった。

「ひゃっほおおおお!」

 甲高い雄叫びとともに頭上から降ってくるものがあった。大男。両手に振りかぶったのは、異様なまでに膨張した棍棒だ。セツナは大きく飛び退きながら、その移動経路に放たれた電光針を矛で切り裂き、大男が着地と同時に棍棒を地面に叩きつけるのを目の当たりにした。異常なほどの巨大さを見せる棍棒は、大階段を大きく陥没させると、粉塵を爆風の如く吹き散らす。その爆煙の真っ只中を突っ込んでくる殺気に、セツナは、肩を竦めた。敵の実力も測らず猪突猛進など、愚か者のすることだ。

 だが、気を抜くわけにはいかないのも事実であり、彼は、またしても大きく後ろに飛び退き、城壁の上に着地した。異形の大棍棒が召喚武装であることは、男の身体能力と破壊力からも明らかだ。まともに直撃を受ければ、人間の肉体など粉々に吹き飛ぶだろう。

「ひっ」

 引きつったような反応に振り返れば、城壁上の弓兵たちだった。セツナを狙撃するべく掲げていた弓をこちらに向けたところで、闇の翅に殴られ、昏倒する。そこへ飛来した針の数々を飛んで回避し、そのまま中空へ至る。

「空に逃げるとは卑怯だぞ! 降りてこおおおい!」

 などと大音声を上げてきたのは、棍棒の武装召喚師だろう。

 セツナは取り合わず、空中にいるだろう針使いを探した。まずは、目障りな遠距離攻撃を潰すほうが先決だ。そのついでに暴れ回ればいい。と、思いきや、眼下の地上から火柱が迫ってきた。地上からの召喚武装による遠距離攻撃。当然、回避するものの、空中に上がったことで、遠距離攻撃の的になってしまったことを理解する。地上では、味方の兵士たちを巻き添えにする可能性が高く、中々使うことのできない召喚武装も、ほかに巻き込む味方のいない上空ならば、遠慮する必要がないのだ。

 舌打ちして、加速する。

 針は、セツナの移動先に向かってつぎつぎと放たれてくるのだが、飛行速度と移動予測の差が歴然としていて、掠りもしなかった。そして、飛行中の武装召喚師をセツナの目が捕捉する。やはり、ふたりだった。ひとりが円環状の召喚武装を背負い、銃器のようなものを構えたもうひとりを両腕で抱え上げるようにしていたのだ。円環型の召喚武装が飛行能力を有しており、それもかなりの速度を出していることは、一目でわかった。銃器型召喚武装のほうはというと、複数の穴が開いた銃口が特徴的だ。その複数の銃口から同時にいくつもの電光針を発射するのだろう。

 セツナは、視界にふたりの女武装召喚師を捕捉した瞬間には、呪文を唱え、同時に黒き矛を掲げていた。切っ先から発射した“破壊光線”は闇夜を純白に染め上げ、虚空を貫き、空を駆ける。直撃はしない。元より、直撃を狙ったものではない。武装召喚師が慌てて回避運動に入るのを見計らい、その回避先へと直行している。

「嘘!?」

 信じられないといった声を上げたのは、どちらだったのか。

 セツナは、“破壊光線”を回避し、安堵の表情を浮かべた女武装召喚師が顔面蒼白になるのを間近で見ていた。そして新たに召喚したロッドオブエンヴィーの能力“闇撫”の巨大な闇の手によってふたりもろとも掴み上げ、そのまま地上へ急降下して、地面に叩きつける。無論、昏倒させる程度の衝撃を与えただけだ。そして、透かさず、飛びかかってきた棍棒の男に対応する。肥大した棍棒を大上段に掲げた大男の野性味溢れる笑顔は、闘争を心底楽しんでいる表情だった。

「そういうの、嫌いじゃないけどさ」

 セツナは、にやりとして、大上段から振り下ろされた棍棒を矛の柄で受け止めた。凄まじい衝撃が右手に伝わってくるが、殺しきれない威力ではない。男が口角を上げる。異形の棍棒が瞬時に変形する。巨大な手そのものとなったそれは、セツナに掴みかからんとしてきたのだが、そこはセツナ。“闇撫”でもって対応する。白い手と黒い手の掴み合いは、“闇撫”がさらに巨大化したことで、黒の圧勝に終わる。白い手を握り潰したのだ。

「嘘だろ――」

 男が愕然とする声を聞き届けるつもりもなく、セツナは、男を飛び越え、その後頭部を蹴りつけるようにして前進した。前方には、まだまだ大量の敵兵がいる。武装召喚師たちもいることだろう。もっとも、どれだけ敵が襲いかかってこようと、負ける気はしなかった。武装召喚師たちが百人二百人一斉に襲いかかってきたのであれば話は別だが、そんなことはありえない。

 そんな風に考えていたときだった。

《敵指揮官の位置を把握した。ミダン=フォルクナウというらしい》

 女神マユリからもたらされた朗報にセツナは頬を緩ませた。

「名前はどうだっていい。転送よろしく」

《任せよ》 

 マユリ神の得意げな聲とともに視界が暗転し、すべての感覚が途絶する。一瞬の不安。あらゆるものから解き放たれるような、そんな錯覚。すべては刹那の出来事であり、気がついたときにはすべてが元に戻っている。いや、少し違う。まったく見知らぬ場所に移動しているからだ。一瞬前とはなにもかも異なる空間。野外から屋内へ。それも、緊迫した空気感に包まれた一室だった。おそらくは、本陣となっている建物の一室だろう。

 室内には、軍装の男が数名、いた。

 いずれも高級士官であることは、その格好から判別できる。武官にせよ文官にせよ、高位ほど豪華で派手な服装、軍装になるものだ。そして、もっとも豪奢な装束の男こそ、ミダン=フォルクナウだろうことは、すぐに推察できた。ミダンは、長身痩躯の壮年の男だった。立派な口髭が特徴といえば特徴だろう。神経質そうな表情なのは、状況が状況だからに違いない。ひとり椅子に腰掛け、ほかの士官たちを睨み据えている。

 だれひとりセツナに気づかないのは、神の御業による空間転移が音もなく、余波もなかったからだろうし、緊張の余り視界が狭まっているからだろう。だれも、周りが見えていないのだ。故に、側面に立つセツナに気づきすらしない。

「夜襲を仕掛けてきた敵はひとりだというのは、本当なのか?」

 指揮官の疑問に苦笑を禁じ得ない。

「はっ。現在、確認できている敵は、たったひとりです」

「西帝国軍が、ただのひとりを差し向けてくるとは思えんが……しかし、確認できていない以上はそうなのだろうな。余程の実力者なのか。だとすれば、なぜ、昼間の戦闘には参加させなかった……?」

「そりゃあ昼間はニアフェロウに行っていたからな」

「……ふむ。なるほど……ニアフェロウからこちらに直行したということか」

「ああ。結構疲れたぜ、これでもな」

「それはそうだろう。半日で辿り着ける距離ではない――」

 不意に、ミダンがこちらに向き直った。その顔面は、驚愕一色に染まっていた。

「貴様は、なにものだ!?」

「気づくのおせーよ、ミダン=フォルクナウ殿」

 セツナは、そう告げたときには、ミダン以外の士官を“闇撫”で一纏めに拘束し、気絶させている。ミダンは一瞬、なにが起こったのか理解できなかったようだが、部下たちが纏めて泡を吹いている様を目の当たりにして、ようやく事態を呑め込めたらしい。しかし、一方で、新たな混乱が生まれている。彼は、セツナの顔をまじまじと見つめて、こういったのだ。

「……貴様は……いや、ニーウェ様……? いや、ニーウェハイン……だと」

「ああ、やはりこれほどの大軍団の指揮官ともなれば、皇帝陛下の顔を見たことくらいはあるよな」

「ニーウェハインみずから出撃だと……? どういうことだ? いったい、なにが起こっている?」

「混乱しているところ悪いんだが、ミダン=フォルクナウ殿。あなたには選択肢が三つ用意されている。ひとつは、ニアダールを西帝国に引き渡し、全員無事に東帝国領へ帰還するか。あるいは、西帝国に投降するか。皇帝を僭称するミズガリスへの忠誠心に従い、命尽きるまで戦うか。後者の場合、あなたは為す術もなく死ぬ。俺によって殺される」

 セツナは、狼狽する指揮官を多少哀れに想いながらも、この無意味な戦いを終わらせるべく、冷酷に告げた。

「どうする?」

「待て。待ってくれ。貴様は、いったい……」

 情報過多と混乱のあまり、頭で処理できなくなったのか、ミダンは、懇願するように手を伸ばしてきた。考える時間が欲しいとでもいうような身振りだ。

「俺はニーウェハイン皇帝陛下ではないよ。似ているだけの別人さ。ただ、ニーウェハイン皇帝陛下とは、対等な同盟者ではある。つまり、俺の判断は、皇帝陛下の判断でもあるということだ」

「本当に……ニーウェハインではないというのか」

「ニーウェハイン皇帝陛下が御自ら前線に出向くとでも?」

「……ああ、そうだ。そのとおりだ。だから混乱している。貴様は、あまりにもニーウェ様に似過ぎている……」

 彼の心情も理解できないではない。ニーウェをよく知るものほど、彼のような混乱を来たすはずだ。セツナとニーウェは、鏡写しのようにそっくりだ。ニーウェの若い頃を知っているならば、そのニーウェの成長した姿をセツナに見たとしても、なんら不思議ではなかったし、そこに疑問を抱かないくらいにそっくりそのままなのだ。

「……どうでもいいことだろう。俺がだれであれ、あなたは、どちらかを選ばなきゃならないんだ」

 セツナは、いつまでたっても話が進まない事態に業を煮やし、ミダンを睨み付けた。

「わ、わかった。貴様のことはこのさいどうでもいい。話を戻そう……それで、前者を選べば、全員、生かして還してくれるというのか?」

「ニーウェハイン皇帝陛下は、帝国人同士の殺し合いを望まれてはいない。血を見ずに済むのであれば、それに越したことはないとお考えだ」

「だが、ここで我らを生かせば、またいずれ戦うことになるのだぞ?」

「そうはならないかもしれないだろう」

「どういう意味だ……」

 ミダンが怪訝な顔をするのも無理はなかった。当然の疑問だ。ここでニアダールを解放したところで、彼らが西帝国に降りでもしない限りは、いずれまた、戦線に投入されることは明白なのだ。また、どこかでぶつかり合うことになる。ここで生かして還すのは、むしろ、禍根を残すことにだってなりかねない。

 そんなことはわかっている。

 最良は、ニアダール占領軍の全面降伏だ。しかし、現状、それを望むことは難しい。ミダンは、前者を選択肢に入れこそすれ、二つ目の提案は、一考さえしなかった。彼の中には、降伏などありえないのだ。ここで強引に降伏させようとすれば、彼は全力でセツナに抵抗するだろう。そうなれば、血を見ることになる。死者が出る。それは、望ましいことではない。

「この西と東の戦いは、俺たちが西についたとき、勝敗は決まったも同然なんだよ。西が勝つ。ニーウェハイン皇帝陛下によって、南ザイオン大陸は統一される。あなたたちと殺し合う必要は、なくなる」

「なぜそうと言い切れるのだ」

「なぜ、そうならないと言い切れる?」

 セツナは、ミダンの目を見据えたまま、問い返した。

「あなたは、いま、俺を目の当たりにしている。三万もの兵力を有するあなたたちを相手にたったひとりで戦いを挑み、決着をつけることのできる存在を目の当たりにしているんだ。そしてこれは、俺の全力なんかじゃあない。本気になれば、あなたたちを皆殺しにすることだってできた」

 その発言がセツナの強がりでも過信でもなんでもないことは、冷徹極まりない声音からも伝わったことだろう。

「信じないならそれで構わない。陛下は嘆くだろうが、あなたたちが納得するまで殺し尽くし、ニアダールを血の海に沈めてみせよう」

「……わかった。貴殿の言、理解した。わたしは、ニアダールに関してイオン様に全権を委任された身。全軍、ニアダールより引き上げるよう、命じることとしよう」

 ミダンは、苦渋に満ちた表情で、いった。

「その選択は、三万の兵の命を救うのと同義。あなたは正しい選択をされたのだ。胸を張っていい」

「……そういうものか」

 セツナの慰めに対し、彼は納得したわけではないとでもいいたげに口を歪めた。

「本当に……西帝国が勝つのか」

「ああ。俺が勝たせてみせる。そのときには、帝国人同士で争わなくて済むようになるんだ。あなたにとっても、喜ばしいことだろう?」

「ある意味では……な」

 彼が言葉を濁したのは、彼が選んだ主が勝者たりえないということに不満を抱いたからに違いないが、セツナには、彼の気持ちなどどうだっていいことだった。東帝国の人間がどう想おうと、関係がないのだ。セツナは、ニーウェハインの、西帝国の同盟者なのであって、東帝国の事情など知った話ではなかった。

 ミダン=フォルクナウは、セツナへの回答通り、ニアダールの東帝国軍全部隊に東帝国領への引き上げを命じた。夜襲騒ぎが片付いてもいない状況下でのニアダールからの撤退命令は、東帝国軍将兵にとって大いなる疑問の生じるところだっただろうし、反発も起きたようだが、夜が明けるころには落ち着きを見せていた。

 三万近い大軍勢だ。撤収には時間を要する。兵士を搬送するだけならばまだしも、様々な物資も運び出さなければならず、そのために東帝国軍兵士たちが総出で動き回る様を見て、セツナはようやく安堵した。ここまでくれば、さすがにミダンが約束を反故するようなことはあるまい。

 もし、そのようなことがあれば、セツナは即座に彼らに攻撃を加えるつもりだったし、そのことは警告として伝えてある。

 ちなみに、夜襲騒ぎを知り、動き始めていた西帝国軍陣地にセツナが赴いたのは、ミダンとの交渉が成立した後のことであり、そのときには西帝国軍の前線部隊がニアダールの城壁に取り付こうとしていたところだった。

 もう少し交渉が長引いていれば、西帝国軍と東帝国軍の間で戦闘が始まり、無駄な血が流れていたことだろう。

 セツナが西帝国軍陣地に赴けば、やはり、ニーウェハインそっくりということで大騒ぎとなったが、大軍勢の指揮官ともなればシャルロットからの通達を受け取っていて、セツナの話を速やかに受け入れてくれた。

 そして、彼らは無駄に血を流さずに済んだ上、予想していた以上の早さでニアダールを奪還できたことを心より喜び、多大な感謝をセツナに示した。また、ニアフェロウ、ニアズーキがともに東帝国軍より解放されたことも知ったため、その喜びは大きく、西帝国軍陣地はお祭り騒ぎの様相を呈した。

 昼過ぎ、ニアダールより撤収する東帝国軍と入れ替わる形で丘に入っていく西帝国軍を見届けたセツナは、方舟に戻り、マユリ神の策が見事成功したことを伝えた。

「たまにはわたしも役には立つのだぞ」

 などと、女神は、自分がセツナたちの役に立てたことを心から喜んでいた。

「あなたが役立っているのはいつもだよ、マユリ様」

 セツナは、そういわずにはいられなかった。


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