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第二千三百三十八話 北方平定(三)

 黒き矛によるものとは若干異なる空間転移の感覚に全身が総毛立つのを認めて、彼は、苦笑した。女神マユリの御業による空間転移は、セツナ自身がなにを消耗することもなければ、負担がかかることもない上、精度も距離も抜群であり、方舟から他所への移動手段として申し分ない。特に方舟を高空に待機させておく必要がある場合、地上に出るには、飛行能力持ちの召喚武装を用いて降下する以外にはなく、そういう意味でも女神の助力があってこその方舟なのだと想った。

 途絶した感覚の復活と同時に瞼を開けば、視界に飛び込んでくるのは煌々と燃え上がる篝火であり、その周囲に屯する東帝国軍の兵士たちだ。

 セツナの空間転移地点は、ニアダールを頂く丘の西側城壁付近であり、ニアダール市内ではなかった。情報の伝達速度を考えれば、ニアダール市内で暴れ回るのが手っ取り早いのだろうが、市内には、戦争とは無関係の民間人が数多く残っているはずであり、できる限り市内に戦闘の影響が出ないようにしたかったのだ。そして、東帝国軍を撤退させることが目的と考えた場合、西で暴れ回ったほうが効率的なのではないか、と、考えたのだ。

 篝火の明かりさえ届かない影の中にあって、彼は、ゆっくりと歩き出した。既に黒き矛とメイルオブドーターは召喚し、装備済みだ。メイルオブドーターは移動手段としても、防御能力の向上という点においても、いまや必要不可欠な召喚武装と化している。ほかの眷属よりも使い勝手がいい。

 セツナがなぜニアダールに降り立ったかといえば、女神マユリ発案の策に乗ったからにほかならない。

『敵指揮官の居場所がわからないというのであれば、あぶり出せばよかろう』

 マユリ神は、得意満面といった様子で、いってきたものだ。

『おまえがニアダールで暴れ回れば、嫌でも反応せざるを得ないだろう。寝静まった時刻の予期せぬ敵襲とならばな。軍が指揮官をそれほど大切にしているのであれば、自然、指揮官へ報告が行く。わたしがその声を拾い、おまえに指揮官の居場所を報せてやろう。さすれば、おまえが指揮官を抑えるのも難しくはあるまい』

 女神はこともなげにいってきたが、実際、彼女にしてみれば容易いことなのだろう。神の力というのは、やはり人間などとは次元が違うのだ。比べるべくもない。

 セツナが女神の発案した策に乗ったのは、セツナの考案しつつあった策に似通っていたこともあったが、妙に乗り気で得意げな彼女の策を採用することは、彼女の機嫌を取ることにもなると考えたからだ。一石二鳥とはまさにこのことだ。女神が機嫌を損ねることなどいままで一度たりともなかったが、かといって、過信してはいけない。女神とて、生きているのだ。心があり、感情がある。ならば、その想いを無碍にするべきではない。

 もちろん、女神提案の策が無意味なものであれば、却下しただろうが。

 そうではなかった。

「西の連中、本気でニアダールを取り戻せるつもりなのかねえ」

「さあね。上の連中の間じゃ、ニアフェロウ、ニアズーキの護りを手薄にするための策なんじゃないかって話だがな」

 話し声は、篝火の周囲に屯する兵士たちからだ。真夜中であろうとも警戒を怠ることができないのは、両軍ともだろう。夜襲を警戒してしすぎることはないのだ。万が一、ということもある。

「だとしたら、まんまと乗せられたってことか?」

「いんや。ニアフェロウにゃあ、ラーゼン様がおられるんだ。どれだけ西の奴らが気張ったところで、あの方を破ることはできんよ」

「はは、まったくだあな」

「あの方の、剣神様のおかげでこちとら連戦連勝なんだ。なにも怖じるこたあねえよ」

 ラーゼンことエスクへの賞賛には、セツナは、自分のことのように嬉しくなった。無論、ラーゼン=ウルクナクトの活躍とは、西帝国に与えた損害そのものといっても過言ではないのだが、それはそれとして、エスクの実力が認められ、末端の兵士にまで崇められているという事実には、頬も緩まざるを得ない。そして、彼の新たな二つ名に目を細める。

 剣神。

「剣神か。剣の悪魔が剣の神様とは、随分と出世だな」

 皮肉ではなく、素直に感心して、声を出す。セツナはそのときには、明かりと影の境界付近にまで近づいていた。丘を囲う幾重もの城壁。その一番外側の城壁を背後にしていた。

「うん?」

 兵士たちが怪訝な顔をこちらに向ける中、篝火の明かりの中へと足を踏み入れる。セツナの姿が煌々たる炎に照らされ、兵士たちの目にも明らかになる。怪訝な顔が、厳めしく、険しいものへと変わっていく。

「なんだ、おまえ……」

「武装召喚師……?」

「西の連中です、どうも」

 セツナはそういうなり、黒き矛を振りかぶった。つぎの瞬間、矛先から迸った破壊的な光が東帝国兵たちの間を駆け抜け、篝火に直撃した。閃光と轟音。爆風が吹き荒れ、篝火の残骸ともども敵兵が吹き飛んでいく。威力を極端に抑え、篝火だけを狙い撃ちにした“破壊光線”だ。その余波の威力は軽微だ。死者が出るほどのものではない。

「て、敵襲!?」

「敵だぞ!」

「西帝国軍の奴らが攻めてきたぞおおおっ!」

 兵士たちがつぎつぎと声を上げていくのをセツナはただ聞き届けた。兵士たちの大音声は、静寂の闇を引き裂くように響き渡り、静まり返っていたニアダールの東帝国軍陣地を騒然とさせていく。衝撃は、さながら波紋のように広がり、加速度的に伝播していく。

 その中で、セツナは、傲然と佇み、敵兵が押し寄せてくるのを待つだけでよかった。待ち、向かってきた敵のみを打ちのめす。そうして、夜襲を仕掛けてきた敵が、ただの敵ではないことを主張し、敵指揮官にまで情報が届くように仕向けるのだ。

 暴れて回る必要はない。

 ここで敵が来るのを待てばいい。

 彼は、極めて冷静だった。冷静に状況を判断し、目や耳、鼻に飛び込んでくる情報を分析していた。夜襲を理解した東帝国軍の動きは、迅速だった。まず、セツナの出現地点周辺の部隊から攻撃を仕掛けてきたのだが、いずれもが一般兵であり、セツナは手加減にこそ苦労しなければならなかった。極限まで力を抜かなければ、ただ矛の柄や石突きを叩きつけただけで殺してしまいかねない。

 ひとは、痛みで死ぬ。

 いまのカオスブリンガーとメイルオブドーターを装備した状態のセツナでは、軽く殴りつけただけの衝撃で死ぬほどの痛撃となりかねない。よって、殺さずに無力化するほうが困難という状況であり、強くなることが必ずしもいいことばかりではないという一例だろう。もっとも、これくらいの強さがなければ、総勢三万程の軍勢を相手にたったひとりで挑みかかるなど無理難題という事実もあるが。

「敵襲! 敵襲!」

「西帝国軍の陣地に動きはないぞ!? どうなっている!」

「わかりません! 別働隊かもしれません!」

「くっ、武装召喚師たちを呼べ! 寝ている奴を叩き起こせ! 敵がひとりとは限らん」

(大わらわって感じだな。まあ、そうなるか)

 戦闘というのは、昼夜、決着がつくまで続けられるというものではない。人間は無限に活動できるわけではないのだ。長時間戦闘行動を続けていれば、その分、体力も精神力も消耗し、しっかりと回復するための時間を取らなければならない。それが昼間であれば、夜間、両軍ともに休戦状態に入るのは当然のことだった。だからといって安心はできないのが戦場というものであり、両軍、細心の警戒態勢を取っていた。東帝国兵がいったように、夜襲のための別働隊を休ませている可能性も皆無ではない。特に、西帝国軍のような大所帯の場合、あらゆる可能性を考慮するべきだった。

 もっとも、西帝国のニアダール奪還軍は、そういった考えを持っておらず、悠長に休憩中のようであり、ニアダールの騒ぎに気づくにもしばらく時間がかかりそうだった。

 むしろ、休憩中の西帝国軍が気づくまでの時間が長引いてくれれば長引いてくれるほど、セツナにとってはありがたいことであり、できるだけ西帝国軍が動き出すまでに決着をつけたいというのが彼の本音だった。西帝国軍がこの騒動に気づけば、蜂の巣をつついたような騒ぎとなっているニアダールを見て、攻め込む絶好の機会だと勘違いされかねない。そして、攻撃してくればどうなるか。西にも東にも余計な損害を出すことになりかねない。

 セツナは、前方から飛来してきたいくつの矢を矛の一振りで吹き飛ばすと、前方へと大きく踏み込んだ。警戒のため元々起きていた兵ばかりでなく、敵襲の報せに叩き起こされた敵兵が雪崩を打って押し寄せてきている。その真っ只中に飛び込む寸前、矛を思い切り振り抜き、その際に生じた風圧だけで、先鋒の兵士たちを吹き飛ばした。

「なっ、なんだ!?」

「武装召喚師だ! なにが起こっても不思議じゃない! 動じるな!」

「で、ですが、こいつ……」

 おそらくは部隊長に叱咤された兵士だったが、彼はおもむろに悲鳴を上げた。

「強すぎる……!?」

 セツナが矛を振り回すたび、巻き起こる衝撃波が兵士の津波を軽々と吹き飛ばしていく。死なない程度の力加減に苦慮しながらも、押し寄せる兵士を尽くぶっ飛ばしていくのは決して困難なことではない。むしろ容易い。その容易さに調子に乗るべきではないということは、わかりきっている。無意識の警告がセツナを後退させた。その直後、ニアダール市街へと通じる大階段に突き刺さったのは、発光する針だった。針は着弾と同時に周囲に電光を撒き散らす。

 武装召喚師による攻撃だ。



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