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第二千三百三十七話 北方平定(二)


「着いたぞ」

 マユリ神の声がセツナの眠気を吹き飛ばしたのは、機関室に設置された椅子に横になり、二時間もしない頃合いだった。セツナは、ニアダールまでの移動時間で足りなかった睡眠時間を補おうとしていたこともあり、女神の発言に大いに驚き、思わず茫然と女神を見遣った。女神は、したり顔で映写光幕を見ている。

 見れば、確かに見知らぬ都市を上空から見た光景が映し出されていた。丘の上に築かれた城塞都市。丘そのものに巡らされた城壁は幾重にも都市を取り囲んでおり、要塞以上に要塞らしい造りをしている。真夜中。黎明さえも遠い時間帯。都市内の各所には、煌々と篝火が焚かれており、市内各所に設置された魔晶灯が負けるほどの勢いで炎が燃えている。それはそうだろう。ニアダールは、現在、北方戦線で最大の激戦地と化している。

 西帝国軍がニアダール奪還に三万五千を投入するという事前情報が東帝国軍の戦力集中を招いたからだ。ニアダールを巡る戦いが激化するのは当然だったし、それこそ、シャルロットの思惑通りだった。ニアダールに戦力を集中させれば、どう足掻いても、ニアフェロウ、ニアズーキは手薄にならざるを得ない。シャルロットは、ニアダールを物量で制し、ニアフェロウを自身が率いる戦闘部隊で奪還したのち、戦力を結集してニアズーキを取り戻すつもりだったのだ。

 しかし、セツナたちが合流したことで、ニアフェロウのみならず、ニアズーキの奪還もなり、残すは激戦地と化したニアダールのみとなった。ニアダールを奪還することさえできれば、北方戦線の不利を覆し、拮抗状態に戻すことができるだろう。

「早いな」

 セツナが本音を漏らすと、マユリは苦笑した。

「昼間よりも船の調子が良くてな」

「ずいぶん気分屋な船だな、おい」

「わたしが船の内部構造を完璧に把握できれば、修理なり調整なりも可能なのだろうがな……どうにも」

 女神は実に申し訳無さそうな顔をしてきたが、セツナは、そんな女神に恐縮こそすらした。方舟は、マユリ神すら完全には把握できない技術で作られている。セツナたちだけならば起動することさえできず、空に浮かべることなど夢のまた夢だったのだ。それを可能にしてくれているだけでもありがたいというのに、修理や調整までしてもらおうなどとはいえまい。

「神様にも得手不得手があるんだ。仕方がないさ」

 空を自在に飛ぶことのできる手段があるだけでもありがたいことだったし、その操縦に集中してくれるマユリには感謝しかない。船が不調に陥ったのも、ネア・ガンディアとの戦いを有利に進めるためだったのだ。その結果、機関や動力部の調子が安定しなくなったのであれば、だれを責められるものでもあるまい。

 視線を映写光幕に戻す。幾重もの城壁に囲われた丘の上の都市。城壁と城壁の間には、東帝国軍の兵士がびっしりと詰まっているようだ。籠城戦に徹しているのだろう。 

「さて……着いたはいいが、どうしたもんかな」

「ニアダールの敵軍兵力は三万だったか」

「昼間の戦闘である程度は削れてるだろうがな」

「それは味方も同じだろう」

 映写光幕が、ニアダール西方を映し出す。ニアダールの西側の平地には、西帝国軍の陣地が築き上げられており、ニアダールに負けず劣らず篝火が焚かれていた。おおよそ三万五千の大軍勢だ。その陣地の規模も大きく、北から南まで広大な陣地が構築されていた。

 敵がニアダールに籠もっていることもあり、攻めあぐねているように見える。少なくとも、上空から眺める限りでは、優勢に進んでいるようには思えなかった。ニアダールを無傷で取り戻したいという西帝国軍の意向が、大きく足を引っ張っているのだろう。そうでなければ、武装召喚師を総動員を火力で圧倒することもできたのだ。それができないということは、じりじりと敵戦力を削るしかなく、時間をかけるしかなくなる。

「そうだな……。あまり芳しくなさそうだ」

「では、どうする? セツナ。どうやってニアダールから敵を一掃するのだ?」

「完全勝利の条件は三つ。ひとつ、敵軍をニアダールから撤退させる。ふたつ、ニアダールを傷つけないこと。みっつ、敵兵をひとりとて殺さないこと」

「まったく無茶な注文よな」

 マユリ神は呆れ果てたといわんばかりに嘆息した。

「だが、気持ちはわかるぜ。同国人で殺し合うほど虚しいことはないからな。ま、同国人に限らずだ。血を流さずに済むのなら、それに越したことはない」

「ふむ……」

「敵はおよそ三万。その数をどうやって処理しようかね」

 セツナは、ニアダールの煌々と照らされた都市を見つめながら、腕を組んだ。ニアフェロウと同じやり方はあまり効果的ではあるまい。ニアフェロウの場合は、東帝国軍が頼みとしていたラーゼン=ウルクナクトが敗北したことが、衝撃的な情報となって響き渡り、浮き足立たせることとなったのだ。ニアフェロウに籠もったはいいが、頼みの綱のラーゼンを失った衝撃は、セツナがひとり乗り込んだときにも消え去ることはなく、むしろ徐々にその痛みが増していくかのように浸透していたのだ。

 だからこそ、セツナの戦いが効果的に作用し、ニアフェロウの解放へと至ったのであり、最初から籠城し、ほとんど万全といってもおかしくない状態のニアダール占領軍にはあまり効果的ではないだろう。同じ方法で同じくらいの敵兵を打ちのめしたところで、ニアダールを放棄しようとはしないはずだ。

 もっと多くの敵を倒せばいいだけの話ではあるが、さすがにセツナひとりで三万近い敵を相手に戦い、撤退まで持ち込むのは、簡単なことではなかった。全力で戦ってもいいというのなら、話は別だ。手加減をせず、向かい来る敵を尽く殺してしまっていいというのであれば、なんの問題もない。武装召喚師以外は苦もなく撃滅し、勝利を確定できるだろう。

 だが、それではいけないのだ。

 三万もの敵軍に撤退を判断させるには、それ相応の損害を与える必要がある。一割、二割程度では、ニアダールを手放しはしないだろう。ニアダールは、北方戦線における東帝国軍の橋頭堡なのだ。ニアフェロウ、ニアズーキが既に解放されていることを知らない東帝国軍にしてみれば、なんとしてでも堅持しなければならないと想っているはずだ。ここで西帝国軍を撃退することに成功すれば、東帝国軍は勢いを得、再びニアサイアンに手を伸ばすこともできるかもしれない。

 そう想えば、四割、五割は削り取らなければ、撤退の判断をしてくれないかもしれない。そして、それだけの死者を出すのは、いくらなんでも考え物だった。ニーウェハインにせよ、シャルロットにせよ、ランスロットにせよ、勝利のためならばある程度の犠牲は覚悟しているだろうが、だからといって許容できる範囲を越えているのではないか。

「敵指揮官の居場所がわかれば、楽なんだがな」

「ほう?」

「人間の軍である以上、指揮官を抑えればどうとでもなるもんさ。その指揮官が東帝国への忠誠のため、自分の命を投げ出すような忠烈な人物でもなければな」

「ふむ……指揮官の居場所はわからぬか」

「普通指揮官ってのは本陣に腰を据えているもんだ。が、その本陣がどこにあるのか、まったくわからないんだよ」

「なるほど。それで困り果てているということか。ならば、こういうのはどうだ?」

 水晶球の上から身を乗り出したマユリ神のめずらしいまでの勢いに、セツナは、にやりとした。

 女神が発案した策は、セツナが考えていた策のひとつでもあったからだ。

 




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