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第二千三百三十三話 北方戦線(十六)

 雷光障壁の彼方からニアズーキに急ぎ足で戻ってきているのは、なにも武装召喚師ばかりではない。その遙か後方から、東帝国軍の騎馬隊が土煙を上げながら迫ってきているのがわかる。さらにその後方を歩兵隊が走ってきていることだろう。

 東帝国軍がニアズーキ西部に全戦力を展開したのは、必ずしも間違いではない。ニアズーキには西帝国軍の戦力はおらず、一般市民には、がら空きになったとはいえ、ニアズーキを奪還することなどできるわけもないのだ。ニアズーキにも押し寄せるだろう西帝国軍に対抗するべく、全戦力を余すところなく展開するのは、不思議なことでもなんでもない。しかし、当然のことながら、戦力に不足があり、勝敗も確定できないのであれば、籠城し、援軍の到来を待つのが常道だろう。それをしなかったのは、指揮官が野戦こそ得意とする人物であり、同時にニアズーキを戦場にしたくないという想いが強かったからなのかもしれない。

 そんな東帝国軍の中で、まずニアズーキの異変に気づいたのは、武装召喚師たちに違いない。前方にこそ警戒していただろう武装召喚師たちだが、後方に起きた異変に気づかないわけがなく、真っ先に武装召喚師たちがニアズーキに戻ってきたのも、異変の実態を確かめるためであり、万が一ニアズーキに西帝国軍が現れていた場合、攻撃を仕掛けるつもりだったに違いない。

 だが、その武装召喚師たちは、都市を覆う巨大な半球状の雷光障壁を目の当たりにして、愕然とするほかなかったようだった。

 雷光の翼を羽ばたかせる男も、巨大な機構から炎を吹かせて飛ぶ女も、陸上を滑走してきた男も、真っ先にニアズーキに辿り着いた東帝国軍の武装召喚師たちは、だれもが雷光結界の規模の大きさに度肝を抜かれ、圧倒的とさえいえる実力差に打ちのめされていた。

(まあ、君らの気持ちはわかるよ。痛いほどね)

 ランスロットは、彼らに多少の同情を交えながら、障壁の一歩手前まで移動した。結晶と結晶の間を結ぶ電光の帯によって形成された網。その大きな隙間には膨大な電熱が流れており、隙間を通過することは不可能に近い。防御障壁を展開することのできる召喚武装の使い手ならば可能だろうが、ひとりふたりがそうやって障壁内に侵入したところでどうにもならないことは、だれにだって想像が付く。都市内の戦力に袋叩きに合うだけだ。

 しばらくして、敵武装召喚師たちは、冷静さを取り戻したのか、ニアズーキへの接近を試みた。そして、ニアズーキを包み込む半球状の結界が凄まじい電光の網であることを理解し、再び唖然とした。これほどの力を発揮するのは、並大抵の技量、精神力では不可能だ。鍛え抜かれ、研ぎ澄まされたその実力たるや、帝国内に並ぶものはいまい。それくらい、帝国の武装召喚師ならば理解できよう。

 だからこそ、彼ら敵武装召喚師は、一箇所に集まった。力を合わせ、結界を突破しようとでもいうのだろうが、ランスロットは、彼らのためを想い、声をかけた。

「やめたまえ」

 決して大声で叫んだわけではないが、召喚武装を装備する彼らの耳には聞こえていることだろう。

 実際、敵武装召喚師たちは、動きを止め、城壁上に目を向けてきた。

「わたしのことがわかるかね。わたしは、ザイオン帝国光武卿ランスロット=ガーランド。ニーウェハイン皇帝陛下がため、ニアズーキを奪還しにきた。いや、奪還したというべきかな」

 ランスロットが名乗ると、さすがの敵武装召喚師たちも驚きを隠せなかったようだ。雷光障壁の内側にだれかが立っているということは認識していても、それが西帝国皇帝の側近だということに気づくはずもない。そも、だれもがランスロットの外見を知っているわけではないのだ。

 ランスロットたち三武卿は、ニーウェの三臣、つまり、ニーウェの側近だったのであって、帝国における立場というのは決して高いものではなかった。彼らの外見情報が出回るわけもない。東帝国の重臣辺りならば知っていてもおかしくはないのだが、最前線に投入されるような末端の武装召喚師が知っているはずもない。

「ご覧の通り、ニアズーキは我らが帝国の大いなる友人によって奪還がなされた。もはや、諸君が入り込む隙はない。おとなしく東帝国領へと帰りたまえ。さすれば、我らも無為に攻撃はすまい」

「ニアズーキを放棄しろというのか?」

「馬鹿な」

「この程度の防壁、我らに突破できぬと思うてか!」

 敵武装召喚師たちが口々に声を上げるが、その勇ましさには、ランスロットも目を細めた。帝国軍人たるもの、そうでなければいけない。いくら相手の実力が圧倒的であろうとも、諦めてはならないのだ。とはいえ。

「できなくはないだろうね。でも、突破してどうする? わたしを相手に戦って、勝てるとでもいうつもりかな?」

 ランスロットは、既に召喚済みのライトメアを掲げて見せた。巨大な弓銃とでもいうべき召喚武装は、その威力、射程距離、攻撃範囲において他の追随を許さない。が、その自信も、多少、薄れてきている。それもこれもファリアのせいだ。彼女とオーロラストームの協力によって生み出された雷光結界は、彼の自信を打ち砕くには十分過ぎるほどの威力を持っている。

「帝国始まって以来の天才と謳われたこのランスロット=ガーランドを倒せると、本気で考えているのかな?」

「……相手はひとりだ。なにも恐れることはない」

「そうね。たったひとり。こちらは三人……」

「ひとり? なにを勘違いしているのかは知らないが、わたしがたったひとりなわけがないだろう。既にニアズーキは奪還したといったはずだ。その戦力がひとりであろうはずがあるまい」

 彼が告げると、敵武装召喚師たちもたじろいだ。当然、想定していたことではあったのだろうが、その想定が明言され、動揺が走ったようだ。

「さっさと引き返し、君らの指揮官に進言したまえ。ニアズーキは西帝国の手に落ちました、もう一度制圧するには戦力が圧倒的に足りません、とな。なに、安心したまえ、ニアフェロウも、ニアダールも、西帝国に取り戻されるのだ。君らに落ち度はないよ」

「ぐっ……」

「ここはランスロット卿のいうとおり、一度引くべきだな。我々だけではどうしようもない」

「そうね……騎馬隊を待ったところで、どうなるものでもないわ」

「わかった。君らがそういうのなら、そうしよう」

「君らが力量差を理解できない愚か者でなくて助かったよ。余計な血を流さずに済む」

「ランスロット卿……」

 憮然とした表情でこちらを仰いできたのは、女武装召喚師だ。

「帝国人同士で殺し合うのは、だれだって嫌なものだ。そうだろう?」

「……我々は東帝国の人間です。つぎに戦場で見えたときは、お覚悟を。行くぞ」

 武装召喚師たちの隊長らしき男の指示によって、三名の武装召喚師は踵を返した。あっという間にニアズーキから離れていくと、途中で騎馬隊と合流し、騎馬隊の隊長に何事かを話したらしく、騎馬隊が動きを止めた。歩兵隊との合流を待って、軍全体の行動方針を定めることになるだろう。

 その間、ファリアは、ニアズーキを結界で包み込み続けるつもりなのだろうが、だとすればとんでもない精神力ということになるし、それくらいはやり通すことができると踏んでいるということにもなる。東帝国軍がニアズーキを諦め、東帝国領に撤退するまでの数時間もの長きに渡り、都市全体を結界で包み込み続けるなど、正気の沙汰ではない。少なくとも、ランスロットに真似のできることではなかった。

 やがて、東帝国軍の軍勢がニアズーキの再制圧を諦めたことが、その行軍経路によって明らかになったのは、日が完全に傾いた頃合いだった。

 太陽が水平線に沈み込む直前のまばゆさに目を細める中、ニアズーキを大きく迂回して東帝国領へと戻っていく軍勢を認め、彼はようやく安堵した。ランスロットたちは、一切の血を流すことなくニアズーキの奪還に成功したのだ。

 それもこれもファリアの圧倒的というしかない武装召喚師としての技量のおかげであり、その精神力の凄まじさには、彼も感嘆するほかなかったし、心の底から感謝した。

 無血での奪還ほど喜ばしいことはない。




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