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第二千三百三十二話 北方戦線(十五)

 ニアズーキ奪還作戦が開始したのは、日が大きく傾きかけた頃合いだった。

 大陸暦五百六年五月三十一日。

 ニアフェロウ奪還作戦と同日のことであり、それもこれも、方舟のおかげ以外のなにものでもない。そして、ニアズーキ防衛のため、市内から出払った東帝国軍の隙を突くことができたのもまた、彼らの感知範囲外の高空を移動することのできる方舟のおかげだ。

 ランスロットは、空間転移のなんともいえない感覚に吐き気を催したものの、その女神の力のおかげでがら空きのニアズーキ市内へと辿り着けた事実には、驚嘆するほかなかった。セツナ一行には、驚かされ続けている。

 まず、ランスロットたち外遊船隊の本隊が帝都に到着するよりも先に皇帝と話を通し、協力関係をさらに密なるものへと変えていたことに驚かされた。セツナたちがどうやって帝都に辿り着いたのかといえば、世界各地を侵略していると噂の空飛ぶ船を利用してのことだといい、さらにその空飛ぶ船を利用できるのは、女神の加護があってのことだという話だった。女神の美しさにも度肝を抜かれたが、その気さくさにも言葉を失ったものだ。

 そしていま、その女神マユリの力のほどを見せつけられて、彼は、茫然としている。

 女神の御業によって、ランスロットたちはニアズーキ市内に転送されたのだ。五角形の都市の中心に聳える五角形の塔の屋上。周囲を見渡せば、不穏なほどに静まり返った町並みがある。よく目をこらしても、市内を出歩く民間人の姿は見えない。東帝国軍も、軍人なのだ。民間人を戦闘に巻き込むような愚を犯すはずもない。故にこそ、市内全体が圧倒的な静寂に包まれていて、ランスロットたちの出現にも、だれひとり気づきようがない。

 転送されたのは、ランスロットのほか、ウルクナクト号の機関室にいた戦闘要員全員だ。ファリア=アスラリア、ミリュウ=リヴァイア、エリナ=カローヌ、レム、シーラ、ダルクス。女給服というふざけた格好のレム以外、皆、武装している。武装召喚師と召喚武装使いばかりだけあって、ダルクス以外は軽装の鎧を身に纏っている程度だ。それでも、まったく防具を身につけないよりはましだろう。

「ニアズーキの東帝国軍は全員出払っているみたいね。良かったわ。無駄に血を流させずに済みそうよ」

 勝利を確信しきったように発言したのは、ファリアだ。彼女は、大きな弓ともなんともいえないような召喚武装を携えていた。名はオーロラストームだったか。さながら群青の怪鳥が翼を広げたかのようなそれを両手で持ち、水平に掲げている。水晶のように美しい無数の羽根が電光を帯びた。

「もし市内に敵が残っていた場合は、あなたたちに任せるわ。外の敵は、わたしがだれひとり通さないから」

 ファリアの言葉が終わるが早いか、オーロラストームの無数の羽根が砕け散る硝子細工よろしく飛散した。莫大な量の紫電とともに飛び散っていくそれは、一瞬にしてランスロットの視界からも消えて失せたかと思えば、強烈な力を発し、共鳴し合うことでその存在を強く認識させる。

 ニアズーキの中心たる塔の屋上から飛び散ったオーロラストームの水晶の羽根が飛び散った先は、ニアズーキの全周囲だ。真上から城壁付近に至るまであらゆる方向、あらゆる角度に投射された無数の羽根。それらは、ファリアが手にしたオーロラストーム本体から発せられる命令を受けて発電し、共鳴した。羽根同士を電光の糸が結びつけ、ニアズーキそのものを巨大な雷光の網で包み込んでしまう。電光の糸と電光の糸の隙間は大きいが、しかし、その隙間を通り抜けることは、常人には不可能だろう。電熱に灼かれるからだ。

「な……」

 あまりにも常識外れな規模の能力を目の当たりにして、彼は言葉を失うしかなかった。

「さすがは戦女神様ねえ。惚れ惚れしちゃうわ」

「やっぱりすごいね、ファリアお姉ちゃん……!」

「まったく、かっこいいよ、ファリア」

「御主人様が御一緒ならば、ファリア様に惚れ直されたことでございましょうに」

 ファリア以外の皆が彼女を賞賛するのも当然のことだ。武装召喚師であるミリュウと、その弟子であるエリナでなくとも、ファリアがしてみせていることがどれだけ凄まじいことなのか、容易く理解できるだろう。都市ひとつを丸呑みするほどに巨大な障壁をたったひとりで作り上げて見せたのだ。

 ランスロットには、とても真似のできる芸当ではない。ランスロットの召喚武装ライトメアが攻撃に特化しているとはいえ、だ。これほどの召喚武装の使い手は、そういるものではあるまい。

「褒めてないで、敵がいないか警戒する! それから、ランスロット卿」

「はい……?」

 突如話を振られ、彼はきょとんとした。

「作戦内容、覚えていますよね?」

「あ、ああ……ええと、うん。覚えていますとも」

「……よろしくお願いしますよ」

「ま、任せてくださいませよ」

 不安げなファリアのまなざしから顔を背けて、ランスロットは軽く手を振った。すっかりファリアの武装召喚師としての実力に気圧されてしまっていた。危うく、自分の役割を忘れるところだったのだが、最悪の事態は免れることができたようだ。じんわりと思い出してきている。

 ランスロットは、自分がかつて天才と謳われたという事実が惨めなものなのではないかと思い始めていた。井の中の蛙だったのではないか。本当の天才というのは、帝国の外にいたのではないのか。ファリア=アスラリアは、武装召喚術の総本山とでもいうべきリョハンで生まれ育った、それこそ生粋の武装召喚師なのだ。そんな彼女と自分を比べるのは、おこがましいことこの上ないのかもしれないが、それでも、と考えずにはいられない。

 五角形の塔の屋上の縁まで移動すると、遙か眼下に広がる町並みが目に入ってくる。まずは、この屋上から降りなければ、彼の目的は果たせない。しかし、当然のことだが、彼の召喚武装では、この高さを飛び降りることなどできようはずもない。では、どうするか。

 彼は、船内でいわれたとおりのことをした。

「あー、女神様女神様、聞こえますでしょうか?」

《聞こえている》

 突如脳内に響き渡る女神の聲に驚き、あやうく足を踏み外しそうになる。が、なんとか踏み止まって屋上の内側に後ずさり、女神との会話を続ける。女神が頭の中に話しかけてくるということは聞いていたのだが、話で聞くのと実際に経験するのとでは、衝撃の度合いが違うのだ。

「で、では、ファリア殿の作戦通り、よろしくどうぞ」

《ならば転送先を思い浮かべよ》

「思い浮かべる……?」

 いわれるまま、彼はニアズーキ西側の城壁を見遣った。思い浮かべるのは城壁上。敵兵は、城壁上にも配置されていないようだ。ニアズーキの東帝国軍は、ニアズーキに接近される前に西帝国軍を撃退するつもりでいたのだろう。もしかすると、指揮官が野戦を得意とする人間だったのかもしれない。そのおかげでランスロットたちはニアズーキをあっさりと抑えることができそうなのだから、なにもいうことはないが。

 不意に目の前が真っ暗になり、あらゆる感覚が途絶えた。そして、つぎの瞬間、すべての感覚が復活し、光が戻った視界を雷光の障壁が遮るようにして聳えている。オーロラストームの結界が目の前にあるのだ。城壁の少し先に無数の結晶が浮かんでいるのがわかる。それが共鳴し、雷光の結界を作り上げていた。

 ランスロットは、ニアズーキ市内を振り返り、遙か彼方の塔を見遣った。その屋上において、ファリアがこの結界を構築し、維持しているのだ。やはり、規模が違う。武装召喚師としての力量差をまざまざと見せつけられている気がして、彼は、やりきれなくなった。自分の実力を疑ったことなど一度だってなかったし、かつては、その彼女に対し有利に立ったという事実もあるのだが、それもこれも遠い夢のようだった。

 視線を外に戻す。

 すると、東帝国軍の武装召喚師たちがこちらに向かってくるのがわかった。翼型召喚武装で高速飛行するものもいれば、地上を激走するものもいる。いずれも、帝国において武装召喚術を学び、体得したものたちだ。

 ニアズーキの異変に気がついたのだ。

(まあ、気づきますわな)

 ニアズーキを包み込む雷光の結界。

 遠目から見ても、その迫力たるや凄まじいものだったに違いない。

 だが、気づいたところで、もうどうしようもないのだ。

 ランスロットは、こちらに接近しつつある武装召喚師たちに対して、多少の同情を禁じ得なかった。 

 いくらランスロットでも、セツナ一行の実力がこれほどのものだとは、想像しようもなかった。




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