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第二千三百二十九話 北方戦線(十二)

 ニアフェロウ攻略に関していえば、特に大きな問題もなく、完了した。

 敵軍がニアフェロウという堅牢な城壁に囲まれた都市内に籠もってくれたことが、攻め手であるセツナにとって、極めて有利に働いた。ニアフェロウは、小国家群の都市と比べるべくもなく大都市ではあるのだが、最大一万弱を誇った東帝国軍の将兵が逃げ込めば、小回りがきかなくなるくらいには複雑な街の作りをしている。ディヴニアのように最初から軍事拠点を想定した作りではないのだ。ただの都市を城壁で囲っただけの、大陸のどこでも見られた形式の城壁都市でしかない。

 それでも、外から攻める分には堅固な城壁が機能し、籠城側にとって有利に働くことは疑いようがない。実際、シャルロットは、城門、城壁の突破手段から用意しなければならず、そのために武装召喚師たちを呼び集め、なにかをしようと考えていた。

 しかし、セツナは、そんなシャルロットの戦術を無視するような働きを見せた。メイルオブドーターの飛行能力で城壁に急接近したセツナは、彼を打ち落とさんとする矢や召喚武装の攻撃を軽々と回避して市内へと入り込んだ。城門城壁を破壊するよりも、飛び越えるほうが圧倒的に楽なのは当たり前のことだ。戦後のことを考えても、これが最適解といえる。城壁、城門を破壊すれば、戦後、東帝国軍との戦闘が起きたとしても、皇魔が攻め込んできたとしても、護り難くなってしまう。そのためにも、都市は、城壁や城門に傷つけることなく攻め落とすべきだった。

 もちろん、シャルロットがそういったことを考えなかったわけではないし、飛行能力を有する召喚武装の使い手を用意しなかったわけでもない。実際、数人の武装召喚師が飛行型召喚武装の使い手だった。しかし、そのたった数人だけを敵兵ひしめく都市内に送り込めばどうなるか、考えずともわかることだ。多勢に無勢。袋叩きにあうだけのことであり、なんの意味もないどころか、むしろ貴重な戦力を失うことになる。

 だからこそ、彼女は城壁を突破する方法を考えていたのであり、武装召喚師部隊にその作戦通りの指示を下そうとしていたのだ。

 そして、そんな常識を打ち破るのがセツナだ。

 彼は、単騎でニアフェロウの城壁を飛び越えて都市内に入り込むと、西帝国軍の城壁突破に備えていた東帝国軍将兵が騒然とする中、何十体もの闇人形をばらまき、敵の攻撃対象をばらつかせた。周囲は敵ばかり。攻撃の余波が味方に及ぶ可能性を考慮する必要はない。あるとすれば、一般市民への被害だけだが、ニアフェロウ占拠中の東帝国軍が市民の避難誘導をしていないとは思えない。もし、そうでなければ、東帝国に帝国を支配する権利など存在しないということとなり、大義もなにも失うことになるだろう。いかに帝都を抑えたとて、帝国臣民の支持を失えば、東帝国は瞬く間に瓦解することになる。さすがの東帝国皇帝もその点は留意しているだろうし、そのための指示も徹底しているはずだった。

 実際、飛び込んだ先に逃げ惑う一般市民の姿などはなく、武装した東帝国軍将兵たちの休憩する様子が視界に入ってきていた。まさか、城壁を飛び越えて攻め込んでくるとは、想定していなかったのだろう。セツナが闇の翅を閃かせて市内に降り立つと、建物の影や路地裏で休憩していた兵士たちが、悲鳴を上げた。狼狽し、上官に指示を仰ごうとしたときには、闇人形の攻撃を受け、倒れている。無論、むざむざ殺してなどはいない。

 市内には、敵しかいない。ならば、味方に気遣って、敵兵の命を奪う必要もないのだ。無力化するだけでいい。

 味方も入り乱れる戦場では、必ずしも無力化するだけでいい、ということにはならない。拘束手段を持っていて、拘束することができるのであれば話は別だが、そうでなければ、ただ気絶させるだけでは、意識を取り戻したとき、戦線に復帰し、味方に被害を及ぼす可能性がある。敵味方入り乱れるような激しい戦場では、安易に敵を昏倒させるだけの戦い方を選ぶわけにはいかないのだ。

 ひとを殺したくないからといって手加減した結果、味方の被害が増え、味方の人死にが増えるなど、笑い話にもならない。そのため、セツナは、都市外での戦闘においては、手加減をしつつも、必要とあらば敵兵の命を奪うことも辞さなかった。

 しかし、市内ならば、その覚悟も必要ない。城門は固く閉ざされ、城壁は堅固だ。味方武装召喚師たちが飛び込んでくるような愚を犯す可能性はない。シャルロットにも、調子に乗って後に続かないよう、言い含めている。もっとも、セツナがいわずとも、敵兵ひしめく都市内に少数精鋭で飛び込むことの無謀さは理解していたし、むしろセツナを無謀といさめてきたのがシャルロットだった。

 シャルロットには、ニーウェハインの同盟者であるセツナの身の安全を考えなければならないという立場もあったのだろうが、セツナは、そんな彼女の気遣いを無視して、ニアフェロウに飛び込んでいるのだ。

 全力で手加減したセツナは、自身と闇人形たちの力で周囲一帯の敵兵をつぎつぎと昏倒させると、少しだけ満足した。ひとの命を奪わず、勝利に近づくことがどれだけ喜ばしいことか、数多の命を奪ってきたセツナだからこそ、実感できることだ。

 そこで、城門に向かい、城門を内側から開けるという選択肢はなかった。城門を開ければ、確かにシャルロットたちが突入できるようになるが、それでは、敵味方に多大な損害を出すことになる。敵にも味方にも多数の死傷者が出るだろう。それは、ニーウェハインの本望ではなかったし、セツナの望みでもない。

 西帝国の望みは、いち早くニアフェロウを奪還し、この戦いを終わらせることだ。

 そのためにはどうすればいいか。

(ニアフェロウから撤退させるには、か)

 ニアフェロウの奪還には、ニアフェロウを占拠する東帝国軍に勝利する必要がある。その勝利条件とは、東帝国軍の殲滅、東帝国軍の降伏、東帝国軍の撤退の三つがあるが、この中でもっとも現実的なのは、東帝国軍の撤退だろう。そして、東帝国軍をニアフェロウから撤退させるには、大打撃を与えるか、指揮官を討てばいい。そうすれば、全軍総崩れとなってニアフェロウを手放すだろう。

 戦いとはそんなものだ。

 殲滅戦など、まずありえない。

(俺のいえたことじゃあないが)

 数百名あまりの敵兵をのした後、遠巻きに包囲しようとする敵軍の動きを感じながら、セツナはニアフェロウの町並みを見渡していた。高い建物の屋根の上、セツナの視界には東帝国軍の動きが手に取るようにわかる。飛来する矢の数々は、メイルオブドーターの翅の防壁が弾いてくれているため、的にはなっているものの、なんの問題もなかった。通常の矢では、闇の翅を貫くことなどできないのだ。かといって遠距離攻撃持ちの敵武装召喚師たちは、城壁を離れることができずにいる。城壁外の西帝国軍は、臨戦態勢を取ったままであり、城壁上の敵兵を釘付けにしていた。そういう意味では、シャルロットたちの存在意義は極めて大きかった。

 さすがに武装召喚師相手となれば、セツナも手を抜いてはいられなくなるかもしれない。召喚武装の能力次第では、セツナだって窮地に陥る可能性がないわけではないのだ。

 無論、この戦場に投入されたすべての武装召喚師が城壁に配置されているわけではないのだろうが、しかし、高所で目立つはずのセツナの元へ差し向けられないところを見ると、先の戦いで大半が西軍に倒されたか、拘束されたのかもしれない。あるいは、東軍本陣の守りについているのか。

 セツナの考える本陣とは、ニアフェロウそのものではなく、ニアフェロウ内における指揮官の所在地のことだ。そして、その本陣にこそ、用がある。

 エスクの話によれば、気のいい“雲の門”の連中は、ニアフェロウ内部で後方支援の仕事に当たっているはずであり、実戦に投入されることはないということだ。つまり、市内に突入したからといって、セツナが“雲の門”の連中と交戦する可能性は少なく、安心していい。万が一、交戦するようなことになったとしても、セツナには殺すつもりはないのだから、その点でも心配はない。

 問題は、“雲の門”の居場所であり、指揮官イオン=ザイオンならばその居場所を知っているだろう。たとえ、イオン=ザイオンが知らずとも、本陣にいる幹部連中のいずれかは必ず把握しているはずだ。

 数十の闇人形が押し寄せる敵兵を適当にのして回る中、セツナは、屋根から屋根へと飛び移るようにして、ニアフェロウ市内を駆け巡った。

 そして、セツナひとりでニアフェロウ内の敵兵を二千人ほど倒したくらいだったか。

 ニアフェロウの東門が突如として開き、全軍撤退の大号令が響き渡ったのだ。

 東帝国軍の兵士たちが我先にと東門へと殺到していく中、セツナは、屋根の上で茫然と立ち尽くしながら、顔をしかめた。これでは、目的を果たせない。

 ニアフェロウの奪還は、なった。

 イオン=ザイオンなる人物は、必ずしも無能ではなかったということの証明でもある。イオン=ザイオンは、数的有利を理解しながらも、セツナ単騎を倒せるものではないと判断し、ニアフェロウからの撤退を命令したのだ。まだ七千人以上の兵士が残っているにも関わらず、だ。それはつまるところ、イオン=ザイオンが兵力と戦力の違いを理解している人間であるという証明であり、セツナひとりが兵力差では埋め合わせることのできない戦力差を持っていることを把握したことの証左でもある。

 そのおかげで、西帝国軍は余計な被害を出さずにニアフェロウを取り戻すことができそうなのだから、指揮官が無能でなくてよかったと想わざるを得ない。無能な指揮官ならば、もっと被害が出るまで、セツナの圧倒的強さを理解できなかっただろう。いや、自分自身が追い詰められるまで理解できないかもしれない。

 そういう意味では有能なのは実にありがたいのだが、セツナ本人にとってはそうではなかった。

 セツナは、“雲の門”を東帝国の支配から解放しなければならない。




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