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第二千三百二十八話 北方戦線(十一)

 昏倒させたエスクを担いで戦場に戻ったセツナは、エスクの身柄を西帝国軍兵士に預けて、きつく拘束することを厳命すると、戦線に復帰した。

 西帝国軍対東帝国軍の戦いは、西帝国軍の圧倒的優勢で推移していた。セツナの支援が多少なりとも効果を発揮したのは間違いないが、どうやらそれ以前の問題だったようだ。そもそも、西と東の戦力は拮抗しているからこそ長期間小競り合いばかりを繰り返してきたのであり、その均衡を打破できたのは、ラーゼン=ウルクナクトことエスクの圧倒的に図抜けた力があったからだ。

 そのラーゼン=ウルクナクトが戦線を離脱したも同然の状況に陥り、さらに西帝国軍が皇帝側近の剣武卿に率いられ士気旺盛となれば、戦意を激しく低下させるのも無理のない話だ。西帝国軍の先頭に立って数多の敵兵を打ちのめすシャルロット=モルガーナの絢爛たる戦いぶりは、西軍東軍に多大な影響を与えている。西帝国軍将兵はシャルロットに続けといわんばかりに気炎を上げ、東帝国軍将兵は、持ち場を死守するだけで精一杯といった有り様だった。そこへ、セツナが“破壊光線”を撃ち込み、背後から攻撃するものだから、浮き足立ち、陣形が乱れに乱れるのも道理だろう。そして、多数の闇人形が西帝国軍を支援したことも、大きな意味を持った。どこからともなく現れた影法師たちの異様さは、東帝国軍将兵の精神に揺さぶりをかけたのだ。

 その好機を逃すシャルロットではない。

 彼女は、一気呵成に攻め立て、浮いた足を掬うが如き苛烈さで敵陣を突き崩し、ニアフェロウへと肉薄した。

 そのころには、東帝国軍将兵の大半がニアフェロウ市内に逃げ込み、籠城戦の構えを見せた。門が閉じる前に攻め込みたかったのがシャルロットの本音だろうが、迂闊に飛び込んで敵の罠に嵌まる可能性を考慮すれば、彼女が全軍の勢いを殺してでも突入を制止したのは、紛れもなく好判断といえる。

 ニアフェロウの門が閉ざされると、その都市は、一瞬にして堅牢な城塞へと変化する。かつてワーグラーン大陸と呼ばれた世界のほとんどすべての都市がそうであるように、ニアフェロウもまた、皇魔という外敵から市民の安全を護るため、生活のため、周囲四方を強固な城壁に囲われているのだ。

 城壁内で平穏に暮らすためには必要不可欠な城壁は、戦争の際、護り手にとっては堅牢な守護壁となり、攻め手にとっては厄介な障害へとその姿を変える。

 西帝国軍は、ニアフェロウ西部での激戦を制すると、閉ざされた門の遙か手前で一度動きを止めた。都市内に逃げ込んだ東帝国軍の城壁からの弓射を避けるためには、ある程度の距離を確保しなければならず、その距離の確保は、西帝国軍に休息の時間をもたらすことにもなった。

 快勝とはいえ、激戦ではあったのだ。だれもがそれぞれに疲れを癒やす中、セツナは自陣内を歩き回ってシャルロットを探した。きらびやかな軽装の鎧を身に纏うシャルロットの姿は、小休止真っ只中の自陣内においても凜然としていて、よく目立っていた。彼女は、休むことを知らないかのように動き回り、つぎつぎに指示を飛ばしていたのだ。そんな彼女に歩み寄れば、彼女も手を休め、セツナを迎えた。

「ラーゼン=ウルクナクトをああもあっさり捕縛するとは……さすがは陛下が見込まれた通りのお方」

「そりゃあ、まあ……」

 ニーウェの見込み違いの結果に終われば、彼に恥を掻かせるところだったし、シャルロットの失望も招きかねなかっただろうが、幸いにもそのような状況には陥らなかった。そのことにほっとしながら、セツナは、シャルロットの涼やかなまなざしを受け止めた。彼女は、東帝国軍が算を乱してニアフェロウに逃げ込んだことで、余裕を持ったようだ。

「……ラーゼンは、俺たちの推測通りの人物だったよ。だから、手荒な真似はしないで欲しいんだが」

「最大限配慮しますが、彼をどうするつもりです? もしよろしければ、お聞かせ願えますか」

「ラーゼンことエスク=ソーマは元々、俺の家臣だった男でね。どういうわけかこの地に流れ着いていたんだよ。東帝国軍に協力していたのも、理由があってのことなんだ」

「……なるほど」

 シャルロットは静かにうなずく。彼女の理知的かつ冷静な言動は、この熱気に満ちた戦場からはとてもかけ離れたものであり、彼女がいかに自分を保つ術に長けているかを示している。セツナだって、戦場の狂気に突き動かされることは少なくない。戦場の熱狂は、ときに暴威そのものとなって吹き荒ぶのだ。しかしどうやら、シャルロットにはそのようなものは一切関係がないようだった。

「大崩壊からこっち、この大陸には様々なものが漂着していると聞きます。彼の地に赴き、戦死したものの亡骸も少なくなく、ディールの兵器の残骸が海岸を埋め尽くしたという話もありますし、考えられない話ではない。なるほど、セツナ殿の家臣でしたか」

「エスクが西帝国にした仕打ちを考えれば、素直に許せるわけもないだろうが……」

「許すもなにも。だれもが好き好んで戦っているわけではないことくらい、百も承知です。戦いに駆り出された以上、生き残るためには敵を倒すしかない。その結果、命を奪うこともありましょう。わたしも、そうです」

 シャルロットは、自分の手を見下ろした。そのまなざしには苦い想いが過ぎっているようだ。

「この手で、既に数え切れないほどの、同じ帝国の人間を斬ってきました。それが陛下の御為とはいえ、帝国のためとはいえ、心苦しいことだというのも事実。できればひとりだって手にかけたくはない。されど、敵となって相対した以上は、ときには命の奪い合いになるのは致し方のないこと。そして、戦いが終われば、それを忘れ、水に流すのが禍根を残さぬ唯一の方法」

 ニアフェロウの閉ざされた門を見遣るシャルロットの横顔を見て、都市に視線を移す。門は固く閉ざされ、籠城戦の構えを見せるニアフェロウは、強烈な緊迫感に包まれているように見える。城壁上には、弓兵や武装召喚師が隊列を組み、西帝国軍が射程距離に入れば即座に攻撃するつもりであることを示している。このまま、ニアフェロウに向かうとなれば、多少犠牲には目を瞑らなければなるまい。そして、勝利の暁には、その際の犠牲にも目を瞑らなければならない、という。

 命を落とした兵士のことを考えればあんまりな話だが、戦後のことを想えば、致し方のないことでもあるだろう。

「罪には罰を――という考え方もありましょうが、そんなことをすれば、東帝国を打倒した暁には、断罪という名の大量の処分を行わなければならなくなります。それでは、とても国は立ち行かない。陛下も仰っておられたのではありませんか? できるだけ殺してくれるな、と」

「ああ。そのとおりだ」

「陛下の望みが反映されるべきは、なにも帝国の軍人だけではないはずです。この戦争に参加しているすべてのものたちにも、同様の判断がくだされるべきだと、わたしは考えています。そして、剣武卿たるわたしの考えは、この戦場において最も優先されるもの」

「……ありがとう」

「感謝は、この戦いに勝ってからにして頂きたいものです。そしてその暁には、我々もあなたに感謝することでしょう」

「そうだな。まずは、エスクの人質を解放しなきゃどうにもならんしな」

「人質?」

 怪訝な顔をしたシャルロットに対し、セツナは、エスクの置かれている状況を説明した。

「なるほど。それではますます彼個人を責めるわけにはいかなくなりましたね。人質を取られた上で作戦に強制的に参加させられたのですから」

 シャルロットは、少しばかりほっとしたようにいった。人質を取られてのことであれば、戦後、彼の西帝国に対する戦いぶりを不問にしたとしても、大きな問題にはならない、とでもいうのだろう。

 それから、苦笑をもらす。

「それにしても、“雲の門”ですか」

「聞いたことでもあるのか?」

「有名なおとぎ話ですよ。かつて帝国を闇から支配していた盗賊集団がいて、“雲の門”を名乗っていた、という」

「へえ……」

「馬鹿げた話でしょう。帝国が、盗賊如きに支配される時代など、あろうはずもない。その“雲の門”を名乗る連中も、おおかた、おとぎ話を信じたか利用したかのいずれかでしょうが……なんにせよ、あまりいい連中とは想えませんね」

 シャルロットは胡乱げな表情で告げたが、セツナは、エスクの評価を信じることにした。エスクが気のいい連中だといい、彼が自分の目的よりも優先しているという事実は、セツナには極めて奇異なことに思えてならなかったからだ。

「まあ、それはそれとしてだ。問題はニアフェロウの攻略だが」

「あまり時間をかけていては、援軍が到着するのは間違いないでしょう。東帝国軍の北方戦線における指揮官はイオン=ザイオン。彼が余程の無能でもない限り、援軍要請を怠るとは思えません」

「なら、さっさと落とすとしよう」

「はい?」

「俺の出番ってことさ」

 セツナは、きょとんとするシャルロットに向かって、にやりとした。

 


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