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第二千三百二十六話 北方戦線(九)

「エスク……それは」

 セツナが言葉を濁したのは、ラーゼンの背後に浮かぶ光輪に見覚えがあったからだったし、召喚武装ホーリーシンボルの使い手となったレミル=フォークレイが最終戦争で戦死したという事実があったからだ。レミルは、エスク=ソーマの恩人ラングリード=シドニアの妹であるとともに、彼にとってはなくてはならない人物だった。恋人だったのだ。その恋人が愛用していた召喚武装ホーリーシンボルの能力が、彼の背後に浮かんでいる光輪であり、光輪は、召喚武装の影響によって身体能力を向上させていることの証でもあった。

 つまり、だれかがホーリーシンボルを使っているということになるのだが、しかし、セツナとラーゼンの周囲には、武装召喚師どころか敵兵ひとりいなかった。ラーゼン自身がホーリーシンボルを使っているとしか思えない。だが、ラーゼンの手には、ホーリーシンボルはなく、どうやって使っているのかもわからない。

「ああ……? って、なんだ、こりゃ……」

 ラーゼンは、セツナの視線を辿るなり、背後に浮かぶ光の環を見て驚きの声を発した。その反応にセツナは唖然とする。

「なんだ……って、それはこっちが聞きたいんだが」

「虚空砲のときからおかしいとは想ってたんだよなあ……」

「虚空砲?」

 いまの攻撃のことだろう。左手から放つ衝撃波による攻撃。威力は凄まじいものであり、セツナが立っていた場所の周囲一帯が大きく陥没していた。もし、翅の防壁で受け止めていなければ、セツナの五体はばらばらになっていただろう。それは遠近両用のソードケインの穴を埋める中距離攻撃手段であり、ラーゼン=ウルクナクトの存在が東帝国軍を勢いづかせたのも納得がいくというものだった。ソードケインと虚空砲を自在に操る“剣魔”には、さしもの帝国の武装召喚師も手も足も出まい。

 しかし、理解できないこともある。

 虚空砲の原理だ。

 彼、ラーゼン=ウルクナクトことエスク=ソーマは、ただの人間だ。召喚武装を使う常人といっていい。もちろん、その肉体は限りなく研ぎ澄まされ、鍛え抜かれていて、一般人などとは比べるべくもなく強い。召喚武装を使わずとも、一般兵が相手ならば一騎当千の戦果を上げられるのではないかと思えるほどの強者。だが、ただの人間であることに変わりはない。レムのような召喚武装の影響下にあるわけでもなければ、ウルクのような人造人間ではないのだ。

 虚空砲のような攻撃手段を持っているはずがない。となれば召喚武装による攻撃と考えるべきだが、しかし、彼はソードケイン以外に召喚武装を装備しているようには見えなかった。全身鎧を纏ってはいる。それはおそらく自身の素性を覆い隠すためのものであって、防御性能に期待したものではあるまい。重装甲ではなく、軽く薄い装甲なのだろう。でなければ、その重量に足を取られ、高速戦闘という彼の持ち味が生かせない。

 籠手が召喚武装なのかと思いきや、そうではなさそうだった。両腕とも、同じ形状で、ほかの部位と同系統の意匠だ。つまり、彼の全身鎧は、同種の一式だということだ。考えられる可能性としては、その軽い全身鎧が召喚武装だということだ。その可能性も低いわけではないのだが、どうにも、そうは思えなかった。

 よくよく考えてみれば、彼の身体能力は複数の召喚武装によって引き上げられていなければおかしいほどのものだ。カオスブリンガーとメイルオブドーターを装備したセツナの戦闘速度に食い下がれるということは、それ以外には考えられない。だが、その全身鎧は極めて単純な意匠であり、召喚武装特有のごてごて感というか、異様さ、奇抜さは見受けられなかった。普通の全身鎧を適当に見繕っただけにしか、見えない。

 では、虚空砲とはなんなのか。

「いま、理解したぜ」

「俺にもわかるように説明しろよっ!」

 叫んだのは、ラーゼンが無造作に虚空砲を撃ち放ってきたからだ。当然、セツナは、翅で受け止めるのではなく、左へ飛んでかわし、光刃の追撃を矛で受け止めている。そして、つぎの瞬間には、ラーゼンが眼前まで肉薄していることを認識する。速度が上がっている。

(ホーリーシンボルの力か)

 内心舌打ちしたのは、ホーリーシンボルによる強化効果を甘く見ていたからだ。ラーゼンの戦闘速度は、ホーリーシンボル発動以前とは比較するのも馬鹿馬鹿しいくらいに高まっていて、セツナは、肉薄した彼が袈裟斬りに斬りつけてくるのとほとんど同時に虚空砲を発射してくるのを目の当たりにした。光刃を受けとめれば虚空砲の直撃を食らう状況でセツナが取った行動は、メイルオブドーターの全力による回避だった。上空へ飛んで逃げて、斬撃と虚空砲から逃れる。光刃が追いかけてくるが構わず上昇し、ラーゼンが地上に落下するのを見届ける。ラーゼンは、地上に落ちる中で、上空に向かって虚空砲を乱射したようだが、そのときにはセツナは地上付近まで急速降下している。いつまでも上空に留まって、彼の射撃の的になるつもりはない。

 虚空砲は、中距離攻撃ではなく、近・中・遠距離いずれにも対応可能な攻撃手段ということが明らかになったが、彼が接近からの虚空砲を狙ったところを見れば、至近距離からの直撃こそが最大威力を発揮するのだろう。もちろん、セツナのようなただの人間が食らえば、一撃で死ぬだろう。最初の一撃だって、メイルオブドーターの防壁で減衰していなければ、死んでいたかもしれない。

 ラーゼンは、本気なのだ。

 本気で戦っている。

 セツナは、地上を滑るように移動しながら、彼方の戦場に向かって“破壊光線”による援護攻撃を加えた。敵陣後方に爆撃を叩き込み、脅かす。東帝国軍は、明らかにセツナから意識を逸らしていた。そこへ“破壊光線”の連射が来れば、たとえ死者が出ずとも戦列を乱す程度の効果は得られる。敵陣が浮き足だてば、シャルロットたちが上手くやってくれるだろう。

(いや)

 彼は即座に考えを改めると、口早に呪文を唱えた。武装召喚。その四字によって呼び出したのは、マスクオブディスペアだ。左手のうちに出現した闇黒の仮面を顔面に貼り付けるようにして装着すると同時に全感覚がさらに肥大し、鋭敏化するのを認める。戦場の光景がさらにくっきりと脳裏に浮かぶ。そして、そのつぎの瞬間、セツナは、マスクオブディスペアの能力を発動した。マスクオブディスペアが生み出すのは数多の闇の人形たち。セツナそっくりそのままのそれらは、セツナではなく、西帝国軍将兵の影から姿を現し、驚く両軍を尻目に東帝国軍兵士への攻撃を開始する。

 東帝国軍の将兵を殺しすぎないようにといわれたからといって、西帝国軍将兵がどうなってもいいわけではない。最優先は、味方の損害を減らすことであり、そのためにセツナが敵方最高戦力であるラーゼンを受け持ったが、それだけでは意味がないのだ。

 そして、ラーゼン如きに手間取っている場合でもない。

 ラーゼン=ウルクナクトは、強い。

 それは認める。

 ソードケインに虚空砲、ホーリーシンボルが合わさった彼の力は、まさに古今無双といっていいくらいのものだろう。対峙しているのがセツナでなければ、敵にもなるまい。彼がたったひとりでニアフェロウを制圧したという話は誇張でもなんでもないということがわかる。並の武装召喚師ならば、束になっても敵うまい。虚空砲の一撃で消し飛びかねない。

 だが、彼は人間なのだ。

 ただの人間相手に手間取るなど、セツナの今後を考えれば、あってはならない次元の出来事だった。

 セツナは、さらにもう一度、武装召喚の四字を唱えた。

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