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第二千三百二十五話 北方戦線(八)

 ラーゼンとともにセツナを攻撃対象と定めたらしい女武装召喚師の召喚武装は、背に負う装飾品のような形をしている。神々の光背にもよく似たそれは、しかし、金属質で無機的な光沢があった。そのいくつもの突起部から光の玉を発生させ、自由自在に操ることができるようだ。実際、発射された光の玉は、女の思い通りに空中を飛び回り、セツナに迫り来る。着弾すれば小爆発を起こしており、人体では耐えられない程度の威力はあるだろう。

 男の固定弾発射籠手、ラーゼンのソードケインと組み合わせれば脅威的な戦果を挙げることもできるだろうし、セツナにとっても脅威になりえただろうが、残念なことに男は昏倒しており、連携の一角は崩れてしまった。それでも、光の玉の数を考えれば、脅威なのは間違いない。

 ただし、ファリアやミリュウもいっていたことだが、複数のものを操作する召喚武装というのは、極めて制御が困難であり、精神を乱されるとそれだけで制御できなくなり、使い物にならなくなるという弱点がある。ましてや、制御しつつ回避や移動を行うなど、至難の業であり、故にファリアはクリスタルビットの展開に消極的だったのだ。クリスタルビットの制御だけに集中しなければならなくなれば、遠距離からの射撃というオーロラストーム最大の利点が死ぬことになりかねない。

 ファリアがその弱点を克服したらしいことは、先の戦いでわかっていることではあるが。

 女武装召喚師が、ファリア以上の実力者だとは、とても考えられない。

「どうしたどうした!」

 光弾と矢の雨の中をかいくぐるようにして迫り来るのは、ラーゼン=ウルクナクト本人だ。熱気が渦巻き始めた戦場の気配に当てられたのか、彼は興奮気味に叫んでくる。

「セツナ=カミヤさんよお! あんたの実力、この程度のものなのか!」

「んなわけあるかよ」

「だったら本気を出せよ! 本気で、俺と戦ってみろ!」

 ラーゼンの叫びとともに光刃が降り注ぐ。黒き矛の切っ先で捌き、光弾の雨を闇の翅で吹き飛ばし、矢の嵐をも撥ねのける。矢の雨はともかく、小爆発を伴う光弾は鬱陶しいかもしれない、と思ったその矢先、鋭い気合いの声が聞こえた。見遣れば、シャルロット=モルガーナが女武装召喚師を打ち倒している。女武装召喚師がセツナに集中している隙を突いたのだろう。そんなシャルロットに無数の東帝国兵が殺到するが、しかし、彼女の間合いに入った瞬間、見えない壁にでも激突したかのように動きを止め、血を噴きながらその場に倒れ伏していく。

「さすがに剣武卿はお強いですな」

 まるで世間話でもしてくるかのようなラーゼン=ウルクナクトの口調に、セツナは、思わず忠告してしまった。

「口調が戻ってるぞ、エスク」

「……エスク? だれのことだ!」

「いまさら取り繕ってもおせえっての」

 光刃を振り乱しながら迫ってきたラーゼンの斬撃を軽く捌きながら、そのがら空きの腹に蹴りを叩き込み、吹き飛ばす。その瞬間を逃さず、セツナは敵陣に向かって“破壊光線”を撃ち込んだ。敵兵に直撃しないよう、地面に向かって、だ。爆風で吹き飛ばすだけならば、致命傷にはなるまい。骨折くらいはするかもしれないが、戦死するよりはましだろう。

 セツナは、この戦い、極力死者を出すまいと考えていた。

「お優しいこって」

 ラーゼンは、光刃を一定の長さに収束させると、静かに告げてきた。戦場は、西帝国軍の戦闘部隊がなだれ込んできたことで、一気に熱を帯びている。セツナへの対応は、ラーゼンひとりに任せるよう指示が下ったらしく、矢が飛んでくることもなくなった。それは、正しい判断だろう。東帝国軍の最高戦力たるラーゼンですらまともに戦えていないという相手に無意味な攻撃を続けるよりは、戦場に現れた敵勢一万に当たるほうが懸命だ。

「あん?」

「いまの攻撃、あんたの本気ならどれだけ殺せた? 百人か、千人か。あるいは全滅だってさせられたんじゃねえのか?」

「さてな」

 セツナは取り合うつもりもなく聞き流しつつ、光刃を捌く。ラーゼンの斬撃は、確かにセツナが最後に見たエスク=ソーマの斬撃よりも鋭さを増し、技の冴えも、カオスブリンガーとメイルオブドーターを装備した彼をして、褒め称えたくなるほどに素晴らしいものだった。それでも、まだ、セツナには届かない。

「それをいやあ、おまえも同じだろ。エスク=ソーマ」

「俺はラーゼン=ウルクナクトだ、セツナ=カミヤ」

「いや、おまえはおまえだよ、エスク」

 セツナは兜越しに聞こえてくる声がエスク本人のものだという確信を持っていた。声だけではない。その言動、剣撃のひとつひとつが、“剣魔”と謳われたエスク=ソーマそのものを明示している。彼の生き様がそこにあるのだ。だから、セツナは頭を振る。感極まって、涙がこぼれそうだった。

 彼が生きていた。

 生きていてくれたのだ。

 レミルを失い、ドーリンを失い、多くの部下を失ったかもしれない彼が、生を諦めず、今日まで生きていてくれた。これほど嬉しいことはなかったし、そのために西帝国の、ニーナの要請に応じたのは正解だったと想った。

 運命を、感じる。

「……ちっ。あんたには敵わねえなあ」

「わかりやすすぎる名前をつけたのはどこのだれだよ」

 苦笑を漏らすも、鋭さを増すばかりの斬撃は、かわしきらなければならない。紙一重でかわせば、その途端、光刃は翻って喉元を食い破り、セツナの命を終わらせるだろう。敵意も殺気も本物だ。

「いやでもさ、エスク=ソーマって名前だったら、帝国で生きていけないかもしれないっしょ」

「……偽名はわかるさ。でもなんでラーゼン=ウルクナクトなんだ」

「黒い矛の下僕って名前、わかりやすくていいでしょ」

「みんな大笑いだったよ。馬鹿みたいな名前だってな」

「そりゃあ大成功ってことですな」

「なのに、まだ続けるのか?」

 セツナは、光刃を闇の翅で受け止めて、戦闘を停滞させた。ラーゼンも即座には動かず、足を止める。戦場は、動いている。西帝国軍と東帝国軍の激突は、両軍の武装召喚師が火花を散らせる中、剣武卿がその名に恥じない戦いぶりを見せつけるというものであり、その主戦場から遠く離れた場所で、ふたりは睨み合っていた。

 闇の翅が包み込んだ光刃が突如として消えて失せた。ラーゼンが、ソードケインの鍔元から再度出現した光刃を構えてみせる。

「俺はラーゼン=ウルクナクトなんでね。命じられた以上、やるしかないのさ」

 その一言で、セツナは、彼が戦闘を続行することになんらかの理由があると察した。死に場所を求め、彷徨っていた亡者のような男が、東帝国に恩義があるからとセツナと敵対し続けるとは考えにくい。それが帝国という大勢力でなければ話は別だ。たとえば、彼の心の琴線に触れた一個人ならば、どうか。その一個人のため、東帝国に属し、戦うというのは、エスク=ソーマらしい気がした。

「不器用な奴だ」

「あんたにいわれたかねえ」

「俺のどこが不器用だって?」

「なにもかも全部、不器用極まってるじゃねえか!」

 ラーゼンが吼えるようにいって、地を蹴った。踏み込みではなく、後退。超速で伸長する光刃で虚空を薙ぎ払うように斬りつけてきつつ、セツナとの距離を取ったのだ。接近戦ならば不利と判断したのだろうし、その判断は間違っていない。接近戦において、ラーゼンがセツナに敵う道理はない。だが。

「かもな」

 セツナは、ラーゼンの言を肯定しつつ、踏み込みがてら光刃を無数に切り払い、それでもなお伸長と接近を繰り返すソードケインの刀身を尽く切り飛ばしつつ、ラーゼンを追った。ラーゼンがおもむろに左手を掲げてくる。ごつごつとした手のひらを目の当たりにした瞬間、空間がたわみ、凄まじい衝撃がセツナの胴体を貫いていた。強烈な痛みの中で、大地を抉り取る破壊音が響き渡る。粉塵舞い踊る視界の彼方、光を見た。白く神々しい光の環。なにが起こったのかわからないまま、その目印に向かって“破壊光線”を撃ち放つ。破壊的な光芒が粉塵を消し飛ばしながら光の環へと接近し、爆発する。爆風に煽られながら、飛び退き、斬撃の回避に成功したことを空中で理解する。超速の斬撃。光刃による斬撃の速度がさらに上がっている。

 セツナは、痛む胸を抑えながら、いまさっき、ラーゼンがなにをしたのかを考えた。やったことといえば、ソードケインを両手持ちから片手持ちに切り替え、なにも持っていないほうの手をこちらに向かって掲げてきただけだ。そして、そのつぎの瞬間、空間が歪むほどの衝撃波が発生した。無論、メイルオブドーターの翅による自動防御は間に合っている。ただ、翅の防御を貫通しただけだ。

 それは、驚くべきことだった。翅が破壊されたわけではなく、翅の防壁を浸透するようにして、セツナに痛手を負わせたのだ。防壁を無力化したわけではないらしく、その全力が叩き込まれたわけではなさそうだが、戦闘でこれほどの痛みを感じるのは久々だった。獅徒や神との戦闘でも、ここまでの痛手を負わなかった。なぜならば、獅徒や神との戦闘で一撃でももらうだけで致命傷になる可能性が高く、攻撃を受けてはいけないという意識があるからだ。どんな攻撃に対しても完全に受け流すか、回避するか、絶対的な防御手段を用いなければならない。

 先ほどの攻撃に対して翅の防壁を展開したのも、そうだ。

 神の攻撃さえ耐えうる防壁を破壊するのではなく、むしろその防御性能を過信した心理を利用して攻撃を叩き込んでくるとは、さすがのセツナも唸らざるを得なかった。

 ラーゼン=ウルクナクトは、白い光の環を背負い、こちらを見上げていた。

 その光の環には見覚えがある。

 ホーリーシンボル。


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