第二千三百十七話 戦略会議
戦略会議は、大総督主導の元に進められ、西帝国軍の当面の動きが決まった。
まずは、東帝国に落とされた北の都市群の奪還を優先することになっている。奪われた都市をそのままに放置していれば、西帝国の評判や皇帝の威信が地に落ちかねない。ただでさえ、東帝国の士気が高まり、西帝国の戦意が下がっている最中、そんな状況に陥れば、立て直せなくなるかもしれない。
それに同盟者であるセツナ一行の実力を知らしめる意味でも、重要な局面だった。
皇帝ニーウェハインは、セツナの実力を身をもって知っている。しかも、あれからさらに何倍も強くなったことは、彼も察していることだろう。黒き矛は、エッジオブサーストを取り込んだことで完全体となったのだ。それだけでも、ニーウェとの決戦時とは比べものにならないというのに、あれから数年が経過し、セツナはその間、鍛錬を忘れなかった。
ニーウェハインがセツナに過度なまでの期待を寄せるのは、ある意味、当然であり、道理とさえいってよかったのだ。
しかし、ニーウェハイン以外のだれも、セツナの戦いを見たこともなければ、実力を知りもしないのだ。評判は知っているかもしれない。ガンディアの英雄の噂くらいならば、聞いたことがあるかもしれない。最終戦争におけるセツナの戦いぶりを見たものもいなくはないだろう。だが、それだけでは、命を預けるにたる相手かどうかを判定することなどできないのだ。
故に、まずは北の都市群奪還をセツナたち主導で行い、実力を知らしめることで、西帝国軍将兵の信頼を勝ち取るとともに士気を高めようという想いが、西帝国首脳陣にはあった。
北に戦力を集中させることで、北以外が手薄になるのではないか、というセツナたちの疑問は、大総督によって一蹴された。北を含めた各地には、皇家の人間を中心とする大戦力を配置していて、ラーゼン=ウルクナクトのような突出した新戦力の投入でもない限り、防衛戦が崩れるような事態は起きないという。
各地に配置された皇家の人間というのは、こうだ。
北部大戦団には、エリクス=ザイオン。第五皇子である彼は、元々は東帝国についていた。しかし、ミズガリスハインの癇癪によって立場を失い、すべてを奪われた彼は、第二皇子のミルズ=ザイオンとともに西に逃れてきた。その後は、渋々ながらもニーウェの皇位継承を後押しすることで、自分の立場を確保したという。
東部大戦団には、マルス=ザイオン。第六皇子。ミルズ、エリクスとともにニーウェの皇位継承の賛同者となった。
南部大戦団を率いるのは、ミルズ=ザイオン。第二皇子であり、ミズガリスハインとは同腹かつ年の近い兄弟だった彼は、かつて帝国近衛騎士団長と法聖公を務めた人物であり、先帝時代を支えた優秀な人材だ。その優秀さは、“大破壊”後の混乱の中でも発揮され、彼は、自分が立つのではなく、正当皇位継承者であるニーウェを盛り立てることこそが帝国の秩序にとって重要と考えたということだ。そういう意味では、長兄ミズガリスとはまるで価値観や考え方の異なる人物であることがわかる。
先にもいったとおり、元々ミズガリスハインについていたが、その後対立し、すべてを失った後、西に流れてきたといい、ミズガリスハインの対抗手段としてニーウェを利用している節がある。
そんなミルズとエリクスのような人間に大戦団を任せるのは危うくないのか、というセツナの疑問は、彼らが、自分の立場を奪ったミズガリスハイン率いる東帝国を徹底的に憎悪しており、身分を確保し、丁重に取り扱っている限りは裏切ることはないだろう、というニーウェハインらの判断は信用に足るのだろう。
それら皇家の人間が指揮を執る大戦団以外にも、要所要所に大戦団が配置され、東帝国との間に拮抗状態を構築することに成功している。
その拮抗状態を破ったのが、ラーゼン=ウルクナクトを筆頭とする東の新手であり、ラーゼン=ウルクナクトの実力は、西帝国が誇る武装召喚師を凌駕しているようだ。ラーゼン=ウルクナクトがその名と召喚武装からエスク=ソーマであると断定したセツナたちではあるが、その戦績からは少々想像し難かった。エスク=ソーマは確かに強い。“剣鬼”と双璧を成す世界最高峰の剣士であり、召喚武装ソードケインを手にした彼の剣術は、神業と呼んで差し支えない。
しかし、彼は、所詮、ただの人間だ。常人であり、武装召喚師でもない。複数の召喚武装を同時併用しているわけでも、ルクスのように戦竜呼法で身体能力を引き上げているわけでもない以上、多数の武装召喚師を相手取った場合、圧倒的な勝利を得るということは難しいはずだ。
だが、西帝国軍の評価を聞く限りでは、どうやらラーゼン=ウルクナクトは、単独で国境の都市を攻め落としたことを皮切りに、様々な戦場で西帝国軍相手に一騎当千の戦いぶりを見せているという。多数の武装召喚師が彼に打ち負かされたという話もある。つまり、ラーゼン=ウルクナクトがエスク=ソーマだった場合、相当強くなったということにほかならない。
もしかすると、エスクではなく、本当にたまたま偶然、そのような名前をつけられたか、名乗っているだけの赤の他人かもしれない。だとすれば、物凄まじい偶然としかいえないし、可能性は低いだろうが。
ともかくも、西帝国軍の当面の目標は、ラーゼン=ウルクナクト擁する東帝国軍によって制圧された北方都市群の奪還であり、そのためにセツナたちは、ラーゼン=ウルクナクトと対決する嵌めになるだろう。
ラーゼン=ウルクナクトがエスク=ソーマであるのならば、セツナたちの取るべき道はひとつだ。
彼を再び、味方に引き入れるのだ。もちろん、エスクにはエスクの事情があるのはわかっている。
そのときは、そのときだ。
「当代最高峰ねえ」
ミリュウがつまらない冗談でもいうようにして、セツナの顔を見てきたのは、会議が終わってからのことだ。ニーウェハインが会議中、セツナを紹介する際に発した言葉が、彼女には引っかかりを覚えるものだったらしい。
場所は、皇厳宮一階の通路であり、外を目指すセツナ一行は、とてつもなく人目を引いていた。やはり、セツナの容姿は目に付くのだろう。帝国領内にいる間は、自分も仮面をつけておいたほうがいいのではないか、と、ニーウェに打診したくなるほどだ。ニーウェのかつての素顔を知るものたちは皆、セツナを見ては、手を止め、足を止めてしまう。皇帝ニーウェハインなのではないかと、一瞬でも疑ってしまうのだ。そんなことはありえないとわかっていても、考えてしまう。
セツナの顔が迷惑になっていないか。
そんなことを考えさせるくらい、視線が気になった。
「疑問にすることかよ」
「まあ、最強なのは間違いないけどさ」
「武装召喚師としての技量はどうかしらね」
「ファリアまで……」
セツナは、ミリュウのからかい半分の口調はともかくとして、ファリアの疑問符の冷静さに肩を落とした。
「皆様、御主人様への評価が苛烈でございますね」
「俺には、セツナ以上の武装召喚師なんていないように想うけどな」
レムとシーラは、武装召喚師ではないからだろう。セツナの肩を持つことになんの躊躇もなく、むしろ、ミリュウとファリアの反応に信じられないといった表情を見せた。こういうとき、セツナの味方になってくれるのが武装召喚師でもないふたりだけなのは、当然のことであり、また、武装召喚師のふたりが、長年の修練の末に身につけた技術を馬鹿にするかのようなセツナの有り様に対して不満を持つのも、当たり前といえば当たり前のことだ。
呪文もなしに召喚武装を使用するだけならばともかく、セツナの場合は、呪文の末尾だけで召喚を行い、自由自在に武器を持ち替えるのだから、熟練の武装召喚師二名にしてみれば、卑怯にもほどがあると思っても致し方がない。
「召喚武装の使い手としてなら、なんの文句もないんだけどさ」
「あれを武装召喚術っていうのは、文句のひとつもいいたくなるわ」
「そういうもんか?」
「そういうものよ」
シーラの質問にぴしゃりと即答したのは、ファリアだ。やはり、武装召喚術の総本山たるリョハンに生まれ育ち、武装召喚術のなんたるかを幼少のころより叩き込まれた上、戦女神でもある彼女にとって、武装召喚術に関連する話は、重要極まりないのだ。
「ですが、御主人様のその特性があればこそ、何度となく危難を乗り越えてこられたのではありませんか?」
「別にそういうことを否定してるわけじゃないのよ、レム」
「そうそう。ただ単純に、武装召喚師としての沽券に関わるってだけの話よ。わかる?」
「わかったから、もう、いいだろ」
セツナが、そんな雑な言葉でふたりとの話を終わらせようとしたのがいけなかった。
「なにがわかったのかしら?」
「一から十まで説明してくれる?」
「なんでこういうときだけぴったり息が合ってんだよ」
「こういうときだけじゃないけど? ねえ、ファリア」
「ええ、いつでも息ぴったりよ、わたしたち」
ミリュウとファリアのふたりが似ても似つかぬ姿なのに、まるで鏡写しのように息の合った仕草で凄んできたことに彼は言葉を失った。
「あ……ははは、はは」
「いやー、賑やかで華やかで、たまりませんな」
妙に軽薄な声が聞こえたかと思い、振り向けば、ランスロット=ガーランドがなにやら楽しそうにこちらを見ていた。
「こ、光武卿も一緒に説教されますか?」
「説教ばかりは遠慮願います」
「だれが説教するって?」
「セツナ?」
ずい、と、詰め寄られて、セツナは、弁明に奔走するほかなくなる。
「いや、いまのはただの冗談だって、ね、おい、聞いてんのかよ、なあ」
「……しかし、本当に賑やかだ。ここだけ別の国のようですねえ」
「ミリュウ様もファリア様も、御主人様を心底大切にされておられますから」
「そういうことなんです?」
「はい」
「これのどこがだ!」
セツナは、ミリュウとファリアに持ち上げられたまま、悲鳴を上げずにはいられなかった。




