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第二千三百十六話 下僕

 翌々日、五月二十四日、戦略会議が開かれた。

 皇厳宮二階、大広間に集まったのは、西ザイオン帝国首脳陣のうち、帝都シウェルエンドに滞在しているひとびとだ。

 西帝国皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンを筆頭に、大総督ニーナ・アルグ=ザイオン、光武卿ランスロット=ガーランド、閃武卿ミーティア・アルマァル=ラナシエラら三武卿がいて、陸軍大将エメドガル・ハウ=マクレードら陸軍幹部、“太陽の目”隊長ロイ・ザノス=ジグザールの姿もあれば、それ以外の重臣もいる。

 ザイオン皇家の一員であるイリシア=ザイオンも参加していて、彼女は、セツナの様子ばかり窺っていた。イリシアは、ザイオン皇家兄弟の中でもめずらしい、ニーウェの理解者であり、ニーウェへの好意を隠さなかった人物だ。それ故、ニーウェ本来の素顔とそっくりなセツナのことが気になって仕方がないのかもしれない。

 会議が始まって真っ先に口を開いたのは、ほからなぬ皇帝自身だった。

「こうして諸君に集まってもらったのはほかでもない。我らが大総督率いる外遊船隊のうち、アデルハイン号とキリル・ロナー号が帰還したことは、聞いているだろうが、諸君の想像通り、大総督は、此度の外遊において重要な戦力の確保に成功した」

「そのことは、既にわたくしの耳にも入っておりますわ。陛下」

「さすがはイリシア殿。耳聡いな」

「ニーナ様が教えてくださっただけですが」

 イリシアは、困ったように微笑むと、セツナに視線を向けてきた。熱の籠もった好意に満ちたまなざしは、セツナをニーウェと勘違いしているのではないかと想うほどのものであり、そのことに気づいたらしいミリュウが卓の下でセツナの手を強く握ってきた。セツナは、ミリュウがその程度の行動に出るだけですんで、心底ほっとした。さすがに場を弁えるだけの理性はあるのだ。理性がなければ、嫉妬のあまり、相手の立場も考えず、睨み付けていたかも知れない。

「セツナ殿、でございますね」

「そうだ。彼は、セツナ=カミヤ。見たとおり、わたしと鏡写しのような彼こそ、この西ザイオン帝国最強の手札となる」

「確かに……陛下が何度となく仰った通り、本当に陛下にそっくりですな」

「ええ、まったく……」

 陸軍大将の言葉にうなずきながらも、イリシアがちらりとニーウェハインを見遣ったのは、皇帝が女神のような仮面をつけたままだから、というのもあるのではないか。ニーウェハインは、皇位継承の前後から人前に出るときは常に仮面をつけており、ニーナにすらいまの素顔を見せていないという。ただでさえ異界化しているというのに、白化症に冒されてからは、なおさら見せられまい。

「似ているのは姿形だけではないが……似ていない部分のほうが重要だ。彼は、諸君に何度も話したように当代最高峰の武装召喚師だ。彼が同盟者として協力してくれることになった以上、我が方の負けはないと確信している」

「陛下がそれほどまで仰られるのです。我々としては、なにも申し上げることはございませんな」

 陸軍大将の発言は、ニーウェハインへの信頼に満ちたものだった。海軍大将のリグフォードといい、ニーウェハインの配下には、彼への忠誠心や信頼が高いものが集められているのだろう。でなければ、東帝国に対抗することなど夢のまた夢だということもわかる。正当なる皇位継承者とはいえ、正式な手続きを踏んで皇帝となったわけではないのだ。まずは、地盤固めのため、自分にとって都合のいい人材で組織を作り上げるのは、道理といえる。

「このたび諸君に集まってもらったのはだ。セツナ率いる同盟者と我ら帝国の力を結集し、東帝国を打倒するに当たっての方針を決めるためだ。大総督」

「はい、陛下」

 ニーウェハインに促されると、ニーナは鋭くうなずき、立ち上がった。そして、卓上を覗き込むようにする。

「皆は知ってのことと想うが、もう一度、確認しておきたい。これが、南大陸の現状だ」

 卓上には、大きな地図が広げられていて、それは南ザイオン大陸のおおよその形を示していた。全盛期の帝国領土のほぼ南半分が、南ザイオン大陸となっている。そのうち、西半分が青く塗り分けられていて、東半分ほどが赤く染められている。西ザイオン帝国領と東ザイオン帝国領だ。しかしながら、ちょうど真っ二つというわけではない。西ザイオン帝国領土のほうが、東帝国に比べるとやや狭く見えた。

 西帝国、東帝国の首都は、それぞれわかりやすく大きく記されている。西帝国の首都シウェルエンドは、西帝国領でも西の方に位置している。東帝国の首都ザイアスは、南大陸の北東に位置しているようだ。首都同士は極めて遠く離れている。

「元々、東帝国領の方が広く、我が方は押され気味だったが、わたしが外遊船隊を率いて出払っている間にさらにその差は広がったとのことだが」

「北方戦線における東連中の勢いが凄まじく、すでに都市のいくつかが落とされておるのです。そのため、剣武卿御自らが出向かれたばかりで」

 剣武卿ことシャルロット=モルガーナの帝都不在は、彼女が北方戦線への援軍として赴いたからだという話自体は、とっくに聞いている。皇帝の側近がみずから出向くことは、戦意昂揚の効果を期待してのことであるとともに、シャルロットの実力による状況の打開をも期待してのものに違いない。

「北はそれほどまでの戦況なのか?」

「東連中が投入した新戦力。これが相当な使い手とのことでしてな。そのたったひとりの武装召喚師にしてやられているというわけです」

 エメドガルが苦い顔をしたのは、やはり、ただのひとりにしてやられているという北からの報告が気に食わないからに違いない。多勢に無勢ならば納得も行くが、ひとりを相手に手間取るどころか押し負け、あまつさえ都市のいくつかを落とされるなど、通常では考えられないことではある。それがかつての小国家群のように武装召喚師の価値を認めていない国々に対し、武装召喚師をぶつけたとかいうのであれば納得もできるかもしれないが、そうではないのだ。

 帝国は、むしろ武装召喚師を過大なほどに評価し、大量に育成した国だ。武装召喚術の総本山たるリョハン以上に数多くの武装召喚師を輩出しているのは間違いなく、リョハンの戦女神ファリアをして、呆れ果てるほどの人材育成を行っているのがザイオン帝国なのだ。北にも、当然多数の武装召喚師が配置されていて、そのたったひとりに対しても、対抗手段として運用されたはずだ。

 それが、上手く行かなかった。

 陸軍大将が苦々しく想うのも、当然だ。

「名をラーゼン=ウルクナクトといったか」

 思わぬ名を発したのは、ニーウェハインだ。

「ラーゼン……ウルクナクト?」

 セツナは、皇帝の言葉を反芻して、奇妙な引っかかりを覚えずにはいられなかった。セツナだけではない。ファリアもミリュウもレムもシーラも、皆、その名前には不思議なものを感じずにはいられないようだった。

「ウルクナクトって」

「ウルクナクト……でございますか」

「ウルクナクトねえ」

 だれもが訝しむ中、イリシアが小首を傾げた。

「どうされました? 皆様方」

「まあ、そうなるだろうとは想っていたが、やはり気になるか」

「ええ、まあ」

「どういうことでございます?」

「イリシア殿には存じておらぬことだろうが、ウルクナクトとは、古代の言葉で黒い矛を意味している。セツナ殿の召喚武装カオスブリンガーは、通称黒き矛。ウルクナクトが、黒き矛を指し示していると考えるのは、当たり前というべきこと」

「しかもですね。我々がここまで乗ってきた空飛ぶ船の呼称も、ウルクナクト号なんです」

 セツナたちが一斉に引っかかったのも、事前に取り決めた船の名前があったからだ。でなければ、ウルクナクトという名前を奇妙になど想わなかったかもしれない。古代語をそのまま名前に使っている家はいくらでもある。ガンディアがそうだった。

「ウルクナクト。黒い矛……黒き矛ですか」

「そして、さらにいえば、ラーゼンという名だ」

「下僕……」

 ファリアが不意につぶやいた一言が、セツナの耳に入った。

「え?」

「ラーゼンが古代語から取られた名前なら、下僕を意味するのよ」

「つまり、ラーゼン=ウルクナクトを共通語に直訳すれば、黒き矛の下僕って意味なるわね」

 ミリュウがファリアの言葉を解説するように続ける。

「黒き矛の下僕……」

「なんと……わたくしの名を騙る不埒ものは、どちら様でございましょうか」

 わなわなと拳を振るわせるレムの反応に、セツナは呆れるほかなかった。

「なにがおまえの名なんだよ」

「わたくしは下僕壱号でございます」

「いや、そうだけど、それが名前じゃあないだろ」

「ですが、わたくしのすべてでございます。許せませぬ」

 レムがそういってくれるのは嬉しくもあるが、セツナは、彼女に場所を弁えて欲しかった。ミリュウは、そんなセツナの心境を知ってか知らずか、レムを無視するように話を進めた。

「そのラーゼン=ウルクナクトって奴、どんな召喚武装を使うのか、わかってないの?」

「なんでも光の剣を振り回し、並み居る兵を薙ぎ払うとのこと」

「光の剣……!」

「心当たりが?」

「エスク!」

 セツナは、内心、歓喜に震える自分に気づきながら、声を上げた。

 光の剣を用い、黒き矛のセツナの下僕を名乗るような人間など、ほかに思いつきもしない。“剣魔”エスク=ソーマ。彼だ。彼だけが、そんな馬鹿げた名前を名乗りうる。

 予期せぬ状況、予期せぬ展開に、セツナは、地図を食い入るように見つめた。

 青く塗り分けられた領域の北部、赤い領域からわずかに食い込んだ部分にこそ、件のラーゼン=ウルクナクトがいるのだろう。

 エスク=ソーマが。

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