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第二千三百十四話 ニーウェハイン(十二)

 大総督一行が帝都シウェルエンドに帰還したのは、大陸暦五百六年五月二十二日のことだ。

 セツナたちが帝都に到着したのが五月十八日のこと。つまり、四日後ということになる。その間、セツナたちはなにをしていたかといえば、皇帝ニーウェハインに勧められたように帝都観光や日々の鍛錬、情報収集に時間を費やした。

 情報収集というのは、無論、西帝国と東帝国の戦況に関するものであり、今後しばらくの間は西帝国の同盟者として共同戦線を張る以上、できるかぎりの情報を集め、整理しておく必要があった。もっとも、セツナたちは同盟者ではあるが、自発的に作戦を起こし、東帝国を攻撃するということはしない。セツナたちの独断専行は、ニーウェハインら西帝国にとっても喜ばしいことではないからだ。

 かつて、ザイオン帝国という大勢力が統治していた領土は、“大破壊”によって北と南で真っ二つに分かれ、さらに南ザイオン大陸と呼ばれるようになった大地は、西と東でほぼ真っ二つに分かれている。

 既知の通り、その真っ二つに分かれた領域を支配するのが、それぞれ西ザイオン帝国と東ザイオン帝国だ。

 最初に東ザイオン帝国が興っている。それも、当然のことだが、東ザイオン帝国として興ったのではない。“大破壊”によって混乱したザイオン帝国を鎮め、秩序をもたらすためという理由で立ち上がったのが、ミズガリス・ディアス=ザイオンなのだ。

 ミズガリス・ディアス=ザイオンは、先帝シウェルハインと正室ミルウーズ・レア=ザイオンの間に生まれた皇子であり、二十人兄弟の長兄でもあった。皇帝と正室の間に生まれた長男という立場は、彼を後継者争いの頂点に立たせ、独走させるに至る。しかし、その独走は必ずしも彼の生まれだけを由来とするものではなく、むしろ、彼の数多の実績が盛り立てたといっても過言ではないらしい。

 天智公としての数々の実績は、ザイオン帝国をさらに盤石にするものであり、時の皇帝シウェルハインをして、手放しで賞賛するほどのものだということだ。

 そんなミズガリスが帝国のため、臣民のため、国内の混乱を収めるべく立ち上がるのは必然的なものである、と、西帝国のひとびとさえも評価していた。ミズガリスの人間性、人格面には多大な問題を抱えているが、国民の上に立つものとしての気構え、覚悟は相当なものであり、天智公としての実績の数々が彼の行動を予測させたようだ。

 しかしながら、彼が帝都ザイアスを占拠した勢いでもって皇位継承を宣言し、新皇帝ミズガリスハイン・レイグナス=ザイオンを名乗ったことは、ニーウェ側のものたちの怒りを買った。当然だろう。先帝シウェルハインは、ニーウェこそ、正当皇位継承者であると定め、公布している。国民全員に知れ渡るよう手配し、最終戦争までには周知徹底されていたというのだ。

 ニーウェが立ち上がったのも、周囲のそういったミズガリスへの反発に突き動かされた、というのもあるのかもしれない。

 ともかく、ニーウェは、ミズガリスの皇位継承という暴挙に対抗するべく、みずからも皇位継承を宣言、新皇帝ニーウェハインを名乗り、アウラトールを帝都シウェルエンドと改めさせた。つまり、帝都ザイアスを占拠しただけでは、帝国の支配者としての正当性はないものと宣言したも同然であり、ミズガリスへの宣戦を布告したようなものだ。

 ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンと名乗った彼の元には、南大陸西側に住む臣民が協力的な態度を取った。東側に住む臣民の中にも、西側に駆けつけるたものもいる。正当なる皇位継承者という大義は、絶対的な正義として、帝国臣民に映ったのだろう。しかしながら、当時はまだミズガリス勢力のほうが圧倒的であり、ニーウェ勢力が勝利する可能性は極めて低いものと見られていた。ミズガリスは、帝都を抑えたことで、圧倒的な速度で勢力拡大に成功していたのだ。

 だが、ニーウェたちは、ミズガリス軍に負けない速度でその勢力を拡大していく。

 やがて南大陸がふたつの帝国によって真っ二つに分かれたのは、およそ一年前のことだという。

 西帝国も東帝国も、総兵力はおよそ三十万前後と拮抗しており、戦力にも大きな差はなかった。そのため、国境付近での小競り合いが長らく続いていたのだが、ここのところ、西帝国が押され始めているという話が飛び込んできている。

 大総督ニーナ率いる外遊船隊が国を空けていることが、西帝国軍の士気に大きな影を落としているのだろう、というのが、その戦況の大まかな分析であり、実際、そういう可能性も大いに考えられた。

 大総督は、西帝国軍の頂点に君臨する立場にある。そのような人物が長い間国を空けるというのは、軍人たちにとっても心細いことこの上ないだろう。もちろん、それには大きな理由がある。外遊船隊の目的は、海外を遊説して回り、東帝国に打ち勝つための戦力を獲得することにある。そのためには、帝国の代表として相応しい人物が交渉に当たる必要がある、と西帝国は考えたのだ。それくらいの覚悟をもって事に当たっているのだ、と、交渉相手に示す必要性を考えたのだろう。

 その結果、ニーナ率いる外遊船隊はセツナを引き当てたのだから、彼らの選択は正解だったとしかいいようがない。

 ニーナでなければ、セツナとの交渉は不調に終わっていた可能性もあるのだ。

 なぜならば、ニーナほどの立場の人間でなければ、セツナのために船を貸し出すという重要事項を勝手に決めることなどできなかっただろうからだ。リグフォードだけでは、あるいは交渉役の重臣などでは、西帝国の大事な船をセツナのためだけに使わせることなどできまい。

 そういう意味でも、西帝国の判断は大正解だった。

 故にセツナ一行は帝都シウェルエンドの地を踏み、ニーウェハインの同盟者となったのだ。もし、あのとき、ニーナ以外のだれかが交渉役としてベノアの地を踏んでいたならば、このような状況にはなっていなかったかもしれない。

 もちろん、可能性の話だ。その交渉役が全権を委任され、勝手を許されたならば、同じような結果になっていたかもしれないし、その可能性のほうが高いだろう。

 いずれにせよ、セツナたちは、情報収集によって西帝国の北部が、東帝国によって制圧されつつあり、まずはその奪還に当たるものだろうと考えていた。東帝国を打倒するには、西帝国領土の回復と安定を計るのが先決だろう。奪われた領土をそのままにしては、面目が立たない。ニーウェハインの名声も威光も地に落ちる。

 そんな風に結論を出したセツナたちが光霊区の高級宿から皇厳宮に呼び出されたのは、二十二日の午後のことであり、ついに大総督一行が帰還を果たしたのだろうとだれもが想った。二日前には帝都到着の報せが入っていて、帝都はそのために大騒ぎになっていたのだ。

 大総督ニーナ・アルグ=ザイオンと光武卿ランスロット=ガーランドの帰還は、およそ半年ぶりのこと。

 大総督の存在は、帝都シウェルエンドのひとびとにとって、皇帝ニーウェハインに次ぐほどのものであるらしく、彼女が帝都の土を踏むに当たって、粗相がないものかとだれもが口にし、緊張していた。帝都内の清掃作業が活発化したのもそのためであり、帝都観光中のセツナたちが清掃作業中のひとびとをよく目撃したのも、どうやらそれが理由らしい。

 そういった皇帝以上の緊張感をもって迎え入れられるのは、彼女がときに皇帝以上の立場になりうるからだ、という。

 ニーナは、ニーウェの実姉であり、ニーウェの婚約者でもある。婚約は、先帝が生きていたころに結ばれたものだが、先帝亡き後、破棄されたわけでもない。いまも、有効なのだ。

 つまり、いずれ、皇后となる人物なのだ。

 皇帝並みかそれ以上の緊張を持って迎え入れられるのは、当然のことだった。

 そんな緊迫感に満ちた皇厳宮に辿り着いたセツナたちは、皇帝御自ら、大総督一行を出迎えようとする光景の中にいた。皇帝ニーウェハインに閃武卿ミーティア、それ以外数多の武官、文官が皇厳宮の正門前に集い、大総督一行の帰還を今か今かと待ちわびている。皇法区そのものが凄まじいまでの緊張と静寂に包まれていた。

 やがて、大総督一行が皇法区に姿を現した。

 ニーナを先頭に、ランスロットが続き、多数の家臣がその後を進んでいる。魔動船アデルハイン号とキリル・ロナー号に搭乗していた全員ではないが、そのうちの一部が、皇厳宮への帰還を果たし、その報告のため、皇帝シウェルハインの前に整列した。

 ニーナが一瞬、当惑したのような表情を見せたのは、おそらく、このような出迎えを想像していなかったからだろう。

 そして、さらに彼女が混乱する事態に発展する。

「大総督ニーナ・アルグ=ザイオン率いる外遊船隊のうち、アデルハインとキリル・ロナーの乗船員全員、ただいま、帝都に帰還したこと、ご報告申し上げます」

「長旅、御苦労」

 ニーウェハインは、敬礼でもってニーナたちに返礼すると、ゆっくりと彼女に向かって歩み寄った。周囲が緊張したのは、皇帝が儀礼を無視するかのような行動を取ったからだろうし、普段ならば、そのような振る舞いをするわけがないからに違いない。ニーナもランスロットも困惑を隠せない様子だった。

 だれもが困惑している。

 ただひとり、ミーティアを除いては。

 ニーウェハインは、当惑するニーナの目の前に辿り着くと、おもむろに彼女の長身を抱き締めた。

 ニーナが全身でもって狼狽する中で、ニーウェハインはなにごとかをつぶやいたが、セツナの耳には届かなかった。

 ただ、ひとついえることがある。

 彼が、自分の想いに正直になってくれたのだろう、ということだ。

 それだけでセツナはなんだか幸福感を覚えずにはいられなかったし、茫然とする西帝国の重臣やら将兵やらが、それでもふたりの抱擁から目を逸らさないことにも微笑ましく想った。やがて万雷の拍手が巻き起こったが、それは、ふたりの門出を祝福するかのようであり、幸福感に満ちたものだった。



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