表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2307/3726

第二千三百六話 ニーウェハイン(四)

 静謐の間は、皇厳宮一階の中心に位置した。

 皇帝ニーウェハインに謁見するための一室であり、その広間に入るため、セツナとシーラは、“太陽の目”隊長ロイ・ザノス=ジグザールが皇帝に直接謁見の許可を取りに行くのを別室にて待たなければならなかったが、そのことは、大した問題ではない。待っている間、セツナの顔を見てはニーウェハインにそっくりだということを確認する皇厳宮のひとびとについても、雑音にもならなかった。

 普通、即日即時皇帝たろうものと謁見することなどできるわけもなく、ロイ自身、いますぐの謁見など本来ならば不可能であり、数日は調整のための時間が必要だろうという考えをセツナたちに述べた。しかし、謁見を申し出る相手がセツナならば話はまったく別だろう、とも、彼はいった。ニーウェハインは、セツナを特別視し、もしセツナの協力が得られれば状況は大きく好転するだろうという想いを周囲にもらしていたというのだ。ニーウェハインが協力を切望する相手がいままさにこの皇厳宮を訪れているというのだ。この機会を逃すニーウェハインではあるまい。ほかのあるゆる仕事を後回しにしてでも、セツナとの謁見に応じるはずだ。

 ロイの思惑は、当たった。

 ロイは、セツナとシーラが待つ部屋に喜悦満面で戻ってくると、ニーウェハインがいますぐ謁見に応じるといい、セツナたちを静謐の間に通すように伝えてきたと、いった。セツナはシーラとともに安堵し、ロイに感謝した。ロイは、感謝するのは自分のほうだといってきかなかったが。

 静謐の間への道中も、セツナを見てはニーウェハインのことを想起するものが後を絶たなかった。鏡映しのようにそっくりそのままだったのだから仕方がないとはいえ、多少、鬱陶しくもあった。

 やがて静謐の間に辿り着けば、そういった雑音は消えて失せ、名称通りの静寂が横たわる広間に足を踏み入れることとなった。豪華絢爛たる皇厳宮の中にあって、静謐の間は、その名が示すような静けさを体現するかの如く、目も眩むような豪華さはなく、むしろ質素でさえあった。しかし、その質素さが高級感をもたらしているというのがなんとも皮肉めいていて、黒一色の一室のなんともいえない格調高さや清潔感には、セツナは感じ入るものがあった。

 黒といえば、自分だという認識が、どこかにある。黒き矛の使い手としての自負が身に染みついているからだろう。

 そういうこともあり、セツナは、黒を見ると落ち着きを覚えるのだ。黒一色の広間など、その最たるものといっていい。

 皇帝に謁見するという緊張感が吹き飛ぶほどの安心感は、さながら母体に包まれているような錯覚にも似ていた。

 ロイは、いない。

 彼は、セツナとシーラを静謐の間の前まで案内すると、それで重責を果たしたとばかりにほっとした顔を見せた。静謐の間に入るのは、セツナとシーラのふたりだけだ、とでもいわんばかりだったし、実際、そういうつもりだったのは見ればわかる。

 セツナはシーラと顔を見合わせた後、静謐の間へと足を踏み入れている。大きな扉によって隔てられた漆黒の広間。その中へ入り込めば、扉が閉ざされ、外部とは完全に遮断された空間になる。雑音は聞こえなくなり、まさに静寂が場を支配した。床も壁も天井も黒一色で、その中に輝く魔晶灯の光だけが青白かった。

 静謐の間の奥に玉座があり、そこに西帝国皇帝シウェルハイン・レイグナス=ザイオンが座しているのがわかる。その側に控える女性は、三武卿のひとり、閃武卿ミーティア・アルマァル=ラナシエラであるということをロイから聞いている。三武卿は皇帝の腹心であり、その謁見に立ち合うのはなにも不思議なことではない。むしろ、三武卿のひとりでも立ち合うということは、その謁見の質をより高めるものといっていい、らしい。

 ほかにひとがいないところを見ると、やはり、本来の予定を取りやめ、急遽、セツナとの謁見を設けることになったのがわかる。通常、謁見となれば、ほかの重臣もある程度顔を出すものだろうが、それがないのだ。それはつまり、重臣たちを呼び集める時間さえもったいないというニーウェハインの判断によるものだろう。

 彼がそれだけセツナとの接触を切望していたということにほかならない。

 セツナは、シーラとともに皇帝の座す玉座の遙か手前で足を止め、傅いた。

「セツナ=カミヤおよびその家臣シーラ、誉れある皇帝陛下に謁見させて頂けること、身に余る光栄と存じ上げ――」

 などと、セツナが精一杯の礼儀を用いようとすると、玉座のほうから苦笑に満ちた声が飛んできた。

「それはなにかの冗談かい?」

 その声は、やはり、ニーウェのそれだ。彼は、顔面を覆う仮面を被っているのだが、声を聞けば、本物のニーウェであることが知れた。声もセツナとそっくりそのままというのだが、自分の声というのは、よくわからないものだ。録音した声を再生した場合、聞こえる声が自分のものとは思えない現象そのものなのだろう。

 彼が顔を覆い隠しているのは、半身が異界化という名の異形化したためだろう。半分が人間、半分が異形の怪物と成り果てた彼のその姿は、帝国皇帝に相応しいものとはいえない。ひとの上に立つ以上、衆目を気にしなければならず、評判も考えなければならない。化け物の如き姿を曝すわけにはいかないのだ。そんなことをすれば、帝国の臣民は彼から離れていくに違いない。たとえ彼がどれだけの名君であったとしても、だ。ひとは、異形を簡単には受け入れられるものではない。

 白い仮面だ。まるで女神のような美しい容貌の仮面で、顔面のみならず、頭部全体を覆い隠している。頭頂部は、王冠のようになっていて、荘厳な装飾が施されている。皇帝という立場を示すためだろう。その上で、黒と金を基調とした装束を纏っているのだが、それも首を完全に覆い隠す作りになっていた。異形化したのは、頭部だけではない。全身のうち、右半身全体が黒き異形の怪物と成り果てたのだ。首も、例外ではない。装束を着込み、隠し通さなくてはならないというのは、息苦しいものだろう。

 セツナは、ニーウェハインの姿を目の当たりにして、そのような感想を抱いた。それでも彼は、そんなことをおくびにも出さず、皇帝としての責務を果たすために生き抜いているのだろう。それが、ニーウェという男だった。

「まあ、君らしいといえば、君らしいのかな。セツナ」

「……立場があります故、このような言動にならざるをえませんな」

「立場か。そうだな……」

 彼は、なにを想ったのか、小さく咳払いをした。居住まいを正すと、威厳に満ちた声をだしてくる。

「わたしは、この西ザイオン帝国皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンである。貴公、セツナ=カミヤといったな。よくぞ、この帝都シウェルエンドを訪れた。まずは、その労をねぎらおうではないか」

 彼が皇帝ニーウェハインとしての発言を行えば、隣に立つ閃武卿ミーティアもそれらしい立ち姿になった。

「恐悦至極に存じます。しかしながら陛下、長旅の労をねぎらうのであれば、我らが女神を直接労ってくださると、嬉しく思います」

「女神?」

 彼がきょとんとした。

「はい。陛下は、我々がどうやってここまでやってきたのか、御存知でしょうか?」

「空飛ぶ船から降りてきた、ということは聞いている。……まさかとは想うが、貴公が空飛ぶ船の勢力の一翼を担っているということは、あるまいな?」

「それだけは断じて、ありません」

「それを聞いて安心した。空飛ぶ船の軍勢は、諸外国を戦禍に巻き込んでいると聞く。貴公がもしそうであれば、わたしは帝国皇帝としての全存在を賭けて、貴公を討たねばならなかった」

「陛下。もし、わたくしがそのようなものであれば、そもそも、陛下に謁見を申し込むことなどはありますまい」

 セツナがあっさりと告げると、皇帝は閃武卿と顔を見合わせ、うなずいた。

「それも……そうか。して、女神とはなんだ?」

「女神は、わたくしどもの空飛ぶ船ウルクナクト号に空飛ぶ力を与えてくださっている、偉大なる女神マユリ様のことです。マユリ様の加護がなくば、わたくしどもがこの帝都の地を踏むのは遙か先のことになったでしょう」

「なるほど、理解した。あとでその女神様に会わせてもらえるだろうか。直接、感謝を述べたい」

「はい。そうしていただけると、女神様もきっとお喜びとなるでしょう」

 マユリ神のご機嫌取りというわけではないが、女神には、感謝をして、しすぎることはないのだ。希望を司る女神は、常にセツナたちの希望を叶えるため、労を惜しまず、全力を尽くしてくれている。そんな女神に対して、セツナたちは常に感謝の想いを言葉や態度に現して伝えているのだが、それだけでは足りないという気持ちもあった。マユリ神の存在がセツナたちにどれだけの好影響を与えているか、考えればわかるものだ。マユリ神の協力なくば、セツナたちはいまも海の上を移動していることだろう。

 そういう積み重ねが、セツナたちにマユリ神への感謝を忘れさせなかったし、その事実がマユリ神に伝わり、マユリ神もまた、セツナたちに力を尽くしてくれるのだ。好循環といっていい。そしてその好循環が、互いの関係性をより良いものへと高めてくれているということを実感として理解していた。

 互いに思い合い、支え合わなければ、この世界では生きていけはしないのだ。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ