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第二千三百一話 帝都(二)

 指揮官の男は、帝都武装召喚師部隊“太陽の目”隊長ロイ・ザノス=ジグザールと名乗った。“太陽の目”は、西ザイオン帝国が誇る武装召喚師の中でも精鋭中の精鋭を集めた部隊であり、帝都防衛を主要任務としているという話であり、常に召喚武装によって拡張された五感を研ぎ澄ませ、帝都シウェルエンドの全周囲に警戒の目を向けているという。四六時中、交代制によって一瞬の隙もない警戒態勢を敷いているということは、それだけ敵勢力の奇襲を気にしているということでもあり、何度か帝都が攻撃を受けたことがあるということなのかもしれない。

 あるいは単純に、敵戦力の内実を把握しているからこそ、厳重なまでの警戒態勢を構築しているのか。

 その厳重すぎるほどの警戒態勢のおかげで空中から降り立った方舟にも気づけたのだから、帝都の方針に間違いはないのだが。

(俺たちが敵だったら帝都は壊滅していてもおかしくない、なんていったら、どうだろうな)

 方舟には、神威砲が備わっている。遙か上空から放つ神威砲の一撃は、大都市を容易く消滅させることができるのだ。“太陽の目”の反応は、通常ならば決して遅くはないのだが、相手次第では帝都を護ることもかなわなかっただろう。そのことに関しては、ロイたちにいうよりも、ニーウェに直接警告したほうがいいのかもしれない。ネア・ガンディアの脅威に関しては、しっかりと伝えておくべきだった。

 ネア・ガンディアが世界征服を目的としているのであれば、いずれ、この地にも戦力を派遣してくることは間違いない。そのときのためにも、セツナたちが持っている限りの情報を伝えておくことは、重要だろう。

 ロイは、というと、セツナへの態度を改め、驚くほど丁重な言葉遣いと心遣いでもってふたりを帝都へと案内した。

 曰く、セツナの話は、西帝国の上層部の人間ならばだれもが知ることであり、もし仮にセツナが西帝国領に姿を見せるようなことがあれば丁重にもてなすように、と、ニーウェハイン皇帝から厳命されていたらしい。ニーウェハインは、セツナのことを極めて高く評価していて、もし、セツナが西帝国に協力してくれるようなことがあれば、東帝国との均衡は一瞬にして崩壊し、西帝国が南ザイオン大陸を統一するのも時間の問題となるだろう、とまで言い放っているという。

(そりゃあ大総督閣下や将軍閣下が俺を求めるわけだ)

 ニーナにせよ、リグフォードにせよ、ニーウェハインに心から服していた。ニーウェハインが協力を切望する相手が目の前に現れたとあれば、身を砕いて説得に当たるのは当然の話であり、セツナの要望がどのようなものであっても承諾し、契約を結ぶ気概があったのも、そういう背景があったのだろう。

 ロイを始め、“太陽の目”の武装召喚師たちは、帝都への移動中、セツナとシーラを取り囲みながら常に興奮気味だった。彼らは武装召喚師だけあって、セツナの実力に興味津々なのだろう。

 セツナを評価したニーウェハインは、皇帝である以前に優れた武装召喚師であり、“太陽の目”を始めとする西帝国の武装召喚師たちにとって心の拠り所といってもいい存在に違いない。武装召喚師の有用性をだれよりも理解するニーウェハインは、西帝国における武装召喚師の価値を絶対的に高めただろうし、武装召喚師たちもその評価に応えようと息巻いていることが彼らの発する熱気からも窺い知れる。そんな彼らにとって、ニーウェハインがどんな手を使ってでも欲するセツナとはどれほどの武装召喚師なのか、興味がつきないのだ。

 とはいえ、セツナの機嫌を損ねてはいけないという想いもあるのだろう。“太陽の目”の武装召喚師たちは、セツナに質問することもできず、悶々としながら帝都へと同行した。

 道中、セツナは、ベノア島での西帝国との交渉について言及し、ロイたちを驚かせている。「大総督閣下と直接交渉なされた、と!?」

「その反応だと、大総督閣下はまだ帝都に帰還されておられないようだな」

「え、ええ……つい数日前、ヴェイルイログにアデルハイン号が帰港されたとの報告がありましたから、十日以内には、帝都に到着される御予定ですが」

「その報告とやらには、俺の話はなかった、ということか」

「大総督閣下のことですから、陛下に直接お話しして、驚かせようと考えておられるのではないかと……」

「なるほど」

 ニーナのひととなりについてセツナが理解していることは、彼女がニーウェを心底愛しているということであり、その愛情表現としてニーウェを驚かせてみたいという考えがあったとしてもなんら不思議ではない。そして、その考えによる報告の遅れがこのような状況を生み出すなどと、神ならぬニーナに想像できるわけもないのだ。セツナたちは、リグフォードらとともにメリッサ・ノア号に乗って、ヴェイルイログに到着する予定だったのだ。それも、ニーナたちよりも遙かに遅れて、だ。まさか、先にヴェイルイログに到着したニーナよりも早く帝都に辿り着くなど、だれが想像できるというのか。

「陛下は、きっと、お喜びになられるでしょう。なにせ、陛下はセツナ様こそこの均衡を打破できる唯一の力であると仰られておいででしたから」

「へえ」

「高評価だな」

 シーラが嬉しそうに笑みを浮かべた。彼女は、主君であるセツナが評価されることを自分のことのように喜ぶ。それがセツナには嬉しい。

 セツナは、シーラの笑顔を横目に見ながら、皇帝となったニーウェとの久方ぶりの対面に興奮と緊張を隠せなかった。


 帝都シウェルエンド。

 アウラトールと呼ばれていた大都市は、その頃の面影を多分に残している。アウラとは金、トールとは声を意味する古代語であり、アウラトールには黄金の都市とでもいうべき景観があった。都市の正面玄関からそうだった。巨大な門は、門柱から門扉に至るまで黄金作りであり、陽光を浴びて目映く輝く様は、本物の黄金を使っていることを示しているようだった。都市の外周を囲う城壁の各所にも金細工が施されており、この都市の設計者の贅沢な思考の一部が垣間見えるかのようだ。

 都市内に入ればわかるが、必ずしもすべてが黄金でできているわけではない。立ち並ぶ家屋や道路、街灯など、都市の景観を構成する大半の要素は、極めて普通だ。立ち並ぶのは石造りの家屋であり、整備された道路にはひとが溢れ、街灯は魔晶灯だろう。しかし、都市の各所に聳え立つ塔などといった目立つ建築物には大量の黄金が用いられていて、全体を通してみれば黄金の都という印象を受けること間違いなかった。

 空から見下ろしたときなど、都市の至る所が黄金に輝いていて、ミリュウたちも声を上げて驚いていたものだ。しかも、そのきらびやかさは安っぽくなく、むしろ厳粛な雰囲気さえ漂わせている。

 西帝国領土の都市の中で、中心都市とするにはもっとも相応しい荘厳さがあるといってもいいのではないか。だからこそ、ニーウェたちは、ここを帝都と定め、名をシウェルエンドと改めたのだろう。

 そんなことを想像しながら市内を見回していると、シーラがなにかに驚いたようにセツナの袖を掴んだ。彼女がそんな反応を見せるのはめずらしいと想いながら、彼女の視線の先を見遣ると、その反応の理由がわかる。長大な鉄の箱のような物体がシウェルエンドの都市内を移動していたのだ。箱の下部には車輪があり、車輪は道路に敷かれた線路の上を進んでいる。間違いなく鉄道だった。つまり鉄の箱とは車両であり、シーラは初めて見る車両その大きさと異様さに度肝を抜かれたということだ。

 セツナも実際に見るのは初めてだったが、セツナの見慣れた電車や列車と大差がないこともあり、驚くには値しなかった。白塗りの車両には各所に大きな窓があり、内部にはたくさんのひとが乗っていることがわかる。おそらく、一般人でも利用することが可能なのだろう。シウェルエンドは、およそ広大な都市だ。ガンディオンに二倍から三倍はあるだろう広大な都市の中を移動するには、あのような移動手段は必要不可欠だろう。馬車よりも遙かに移動速度が速いのは、一目瞭然だ。

「な、なんだありゃあ……」

 シーラが去って行って車両を目で追いながら、愕然とつぶやいた。すると、ロイが妙に嬉しそうに口を開く。

「ああ、お二方は帝国領土を訪れるのは初めてでしたね。あれは――」

「召喚車だな」

「え、ええ……よく御存知で?」

「ああ、ある程度は知っているよ」

 セツナは、得意げに語ろうとしたロイの立場を奪うようなことをしてしまったことを多少反省しながらも、そんなことを自慢されても仕方がないとも想った。セツナが召喚車について知っているのは、ニーウェの記憶を覗き見ることになったからだが、そのときに見た召喚車はもっと無骨で、飾り気のない代物だった。しかし、いまシウェルエンドの町中を走っている召喚車は、外見からして一般人向けというような印象がある。軍用と民間用の違いなのかもしれない。

「召喚武装の力を動力に変換して動かしてるんだったな。魔動船も同じ原理だったよな?」

「は、はい。本当によく知っておられますね」

 セツナがそういった帝国特有の技術について知っていることは、ロイにとっては、驚くべきことだったようだ。当然だろう。セツナは、小国家群の人間に過ぎない。帝国の技術が国外に持ち出されたことはなく、当然、国外の人間が詳しく知ることなどできないのだ。

「魔動船も、召喚車も、我が帝国始まって以来の天才イェルカイム=カーラヴィーア師が開発したものです。イェルカイム師がいなければ、帝国全土に鉄道が敷かれるようなこともなければ、海を自由に行き来することもできなかったでしょう」

 ロイが力説したイェルカイム=カーラヴィーアという人物についても、セツナは、ニーウェの記憶やニーナ、リグフォードらとのやりとりから、多少なりとも知っていた。

 イェルカイムは、武装召喚師としての才能に恵まれただけでなく、武装召喚術を応用した様々な技術の研究開発においても多大な貢献をなし、帝国全土に鉄道網を張り巡らせるという大事業をたった数年で成し遂げる原動力となったという。もっとも、帝国全土を鉄道網で包み込むことに成功したのは、帝国の持つ資源、資金、労働力の莫大さ故のものであり、並みの国に彼が生まれていたとしても、同じことはできなかっただろう。

 帝国は、なにもかもが小国家群の弱小国とは次元が違うのだ。

 この黄金の都ひとつとっても、そうだ。

 シウェルエンドは、いまでこそ帝都といわれているが、以前は地方の一都市でしかなかったのだ。そんな一都市が、小国家群の各国の首都と比較にならないほどの規模を誇っているという事実を目の当たりにすれば、三大勢力がいかに強大であったのか、寒気がするほどにわかるというものだ。

 たとえ小国家群をひとつに纏め上げたとて、とてもではないが、三大勢力に加わる四つ目の大勢力にはなり得なかったのではないか。

 レオンガンドの夢は、ただの絵空事だったのか。

 漠然とした虚しさが、セツナの心を乾いたものにした。




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