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第二千二百九十七話 船の名は(三)

「つぎはわたしの番でいいのね?」

 ファリアが尋ねてきたのは、愛・セツナ号騒動からしばらくの間をおいてからのことだった。

「ああ」

「わたしはこういうの別に得意でもなんでもないんだけど」

「言い訳はいいから」

「ミリュウ」

 セツナが横目に睨むと、さすがのミリュウも黙り込んだ。しかし、ファリアの案には興味津々らしく、彼女に意識を集中させている。ファリアが自信なさげに口を開く。

「嵐を突破する、という意味で、マイルニユルギってのはどうかしら」

 マイルが嵐、ニユルギが突破という意味の古代語だったはずだ。ちなみにログノール(旧ログナー)の首都マイラムは、マイルとラムを合わせた言葉であり、嵐の塔を意味しているらしい。

「うーん……」

 ミリュウが腕組みしながら渋い顔をしたのは、語感の問題だろう。確かに、マイルニユルギというのは、少々いいにくい感じがある。ファリアもそこを気にしていたのかもしれない。

「悪くはないと想うぞ」

「あー、依怙贔屓だー!」

「なにがだよ!」

「いくらファリアの案だからって、贔屓の引き倒しはよくないわよ!」

「だから!」

「贔屓……なの?」

「まあ、悪かあねえよ」

 シーラが苦笑を交えながら、ファリアの案に肯定的な態度を取った。ファリアは、ミリュウの発言のせいで自信を喪失しかけていたのだろうが、シーラのおかげで少しはほっとしたようだった。

 つぎは、シーラの番だ。セツナがなんとかしてミリュウを落ち着かせた後、シーラが口を開く。

「俺の案は簡単だぜ、ウルクナクト号だ」

「黒い矛……黒き矛ってことね?」

「うん。ある意味そのまんまだけどさ、悪くはねえだろ」

「ありだな」

「だろだろ」

 セツナが肯定するとシーラが得意げにうなずいてきて、ますますミリュウが不機嫌になっていったが、そればかりは致し方がない。どのような案であれ、セツナの中で愛・セツナ号を下回る評価の案がでるとは想えないのだ。

 それに、ウルクナクトという名前も語感も悪くないのもまた事実だ。セツナが乗る方舟という意味でも、存外悪くないのではないか。無論、セツナだけが乗る船ではないことを想えば、一考するべきではあるが。

「わたくしは、偉大なる主と下僕たちの楽園号、というのが一番いいと想うのでございますが」

 などと、ありもしない結論に達するレムに対して、セツナはにべもなく告げた。

「却下」

「即答!?」

「ねえよ、ねえ」

「酷い……」

 レムが失意に暮れるのを宥めたのはエリナだが、そんなエリナの案はというと、超セツナ号というものであり、彼女がいかにミリュウの影響を受けているか窺い知れるものだった。もちろん、セツナ的には却下したい案であったが、レムのように強くは当たらなかった。レムに対してはどんな暴言も吐き放題だが、エリナとなれば話は別なのだ。ミレーユがその場にいるかいないかは関係がない。

 ちなみに、ミレーユとゲインにも案を出してもらったが、ミレーユはエリナちゃん最愛号という親馬鹿全開のものであり、ゲインはというと、黒き矛の戦船~遙かなる悠久の時を超えて~というなんともいいがたい案だった。ミレーユがエリナのことを好きすぎるのは親として当然といえば当然であり、彼女に案を聞くのが間違いだったのはともかくとして、ゲインの案が一番長いのは想定外のことだった。

 セツナは、案を出さなかった。思いつかなかったのもあれば、皆が考えた中から一番のものを選ぶというのが性に合っていたからだ。

 ダルクスも同じだ。彼も案を出さなかった。言葉を発せない彼のために紙と筆が用意されていたが、彼は提案を断った。

「これで、案が出そろったわね。皆、だれの案がいいか、投票用紙に記入してちょうだい。自分の案以外に投票しなきゃ駄目よ。神様は全部お見通しなんだからね」

 と、ミリュウがめずらしくてきぱきと段取りを進めていく。彼女には企画能力があるのかもしれず、その企画を進行する能力もあるようだった。各人に配られたのは一枚の投票用紙と鉛筆であり、記入した投票用紙は、女神の鎮座する機材の手前に設置された小箱に投票することになっている。まるでなにがしかの選挙のようだが、ミリュウがこの投票形式を思いついたのは、そこからかもしれない。彼女は、セツナの記憶から、セツナの世界の様々な情報を得ている。

 それぞれが投票用紙に記入し、投票を終えるまで、さほどの時間はかからなかった。人数が人数だったし、特に迷うような名案ばかりではなかった、というのもあるだろう。呼びやすく、わかりやすい名前がいいというのは、だれもが想うことだ。

「では、投票結果を発表するぞ」

 開票し、集計したのはマユリ神だ。マユリ神自体も投票権が与えられていて、みずからも投票しているのだが、投票者の中でだれが一番信頼できるかといえば、マユリ神を除いてほかにはなく、彼女に開票してもらう以外にはなかった。

「だれの案が一位か……まあ、考えるまでもないわよね」

「なんでそんなに自信満々なのよ……」

「まあ、悪くはないと想うけどさ」

「ミリュウ様の愛が詰まった名案でございました」

「ふふふ……」

 シーラやレムの賞賛に勝利を確信して止まないミリュウだったが、しかし、開票結果はというと。

「ウルクナクト五票、愛・セツナ号四票、エリナちゃん最愛号一票……以上の結果から、この船の名はウルクナクトに決定だ」

 マユリ神が結果を発表した瞬間、機関室は一瞬の静寂に包まれた。予期せぬ投票結果などではない。順当以外のなにものでもない決着ではあったのだが、その内容を理解した瞬間、セツナはとてつもない衝撃を受けていた。

「あ……あぶねえ……なんで四票も入ってんだよ、愛・セツナ号!」

「やった!」

「ええええええ!?」

 歓喜の声を上げるシーラと、愕然とするミリュウを尻目に、セツナは胸をなで下ろす以外にはなく、淡く輝くマユリ神の美貌を見つめ、女神が多少落胆を隠せない様子になんともいえない気持ちになった。一票くらいは入ると想っていたのかもしれない。

「本当よ……危うく愛・セツナ号になるところだったわ」

 ファリアもほっとしたようにいった。彼女自身は愛・セツナ号という名前そのものを悪からず想っていたはずだが、船の呼び名となれば、反対せざるを得ないという考えだったのだろう。

 そんな彼女に同意を示したのは、だれあろう、提案者本人だった。

「本当よねー、だれが投票したのかしら」

「提案者が不思議がるなよ」

「えー、でもでも、四票も入るなんて想わないじゃない」

「さっきの反応はなんだったのよ……」

「四票も入ったことへの驚きの声だけど?」

「あーそう……」

 セツナは、頭を抱えたくなりそうなファリアの心情を理解しながらも、ミリュウといえばそういう性格の持ち主だったことを思い出し、憮然とした。騒ぎに騒ぎながらもどこかで冷静な部分を残し続けているのがミリュウなのだ。今回も、愛・セツナ号だのなんだのと一番大騒ぎしながら、実のところ、冷静かつ客観的に判断していたのではないか。だからこそ、四票も入ったことに驚きを禁じ得なかったのだろう。

 実際問題、セツナは、だれがミリュウ案に投票したのかと想った。愛・セツナ号が女性陣に人気があったのは事実だが、それにしたって、今後の呼称には使いにくいとは想わなかったのか。それでもいいと想ったからこそ投票したのだろうが。

 一方で、ウルクナクトの提案者であるシーラは、投票結果に大いに満足しているようであり、その満面の笑みにはセツナもつい表情を緩めた。黒き矛を古代語に訳しただけのことだが、その単純さ、素直さが票数に結びついたのは間違いない。単純かつ素直というのも、シーラらしさ溢れるものだ。

「エリナちゃん最愛号に一票……うふふ」

「だ、だれがいれたんだろ……」

 ひっそりと喜ぶミレーユとは対象的に驚きを隠せないエリナだったが、そんな彼女を眺めるミリュウのまなざしは、愛に満ちたものであり、セツナには察するものがあった。

 ミリュウの弟子への愛は、留まるところを知らない。

 そんなミリュウだからこそ、彼女のときに傍若無人な振る舞いも仕方がないと受け入れられるのだろう。

 セツナも、彼女の愛情の深さを知っているが故に、時折の我が儘を許しているというところがある。

 人間、だれしも完璧ではいられないのだ。どこかいいところがあれば、必ず悪いところもある。光と影ではないが、そういう部分があるのは致し方のないことだ。愛情の深さが独占欲の強さに繋がることもあれば、慈悲深さへと変わることもある。

 人間とは、不完全極まりない存在なのだ。

 だからこそ、愛おしく、だからこそ、鬱陶しい。

 そんな大いなる矛盾を抱えている。

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