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第二千二百九十五話 船の名は(一)

 西ザイオン帝国領土を目指す方舟の旅は、順調そのものだった。

 アレウテラスを出発点とすれば、紆余曲折を経たといってもいいものの、日数的に考えれば、大海原を船で進むよりは遙かに速く、しかも安全に帝国領土へと近づいているのは間違いなかった。

 マユラ神の試練によってザルワーンに立ち寄ったことも、決して無駄ではなかったのだ。もし、マユラ神が気を利かせてセツナたちをザルワーンに向かわせなければ、ザルワーン島もログナー島も、いまごろネア・ガンディアの手に落ちていたのは想像に難くない。ザルワーンにせよ、ログナーにせよ、現状の戦力では、ネア・ガンディアに太刀打ちできないのだ。

 そういう意味でも、無意味な迂回路ではなかった。

 ザルワーンに立ち寄ったことでシーラやエリルアルムたちと再会を果たせたし、ログナーではエインたちの無事な姿を確認することもできた。魔王との謁見も有意義だった。なにもかも、無駄ではなかった。

 神を倒せたという事実もある。

 それは、セツナにとって極めて重要な出来事だった。 

 黒き矛カオスブリンガーが魔王の杖の異称を持つ存在であり、神々に忌み嫌われ、神々の敵そのものであるということは知っていた。神をも滅ぼす力を秘めているということもだ。しかし、実際には、セツナはこれまで対峙した神を打倒し、滅ぼしたことなど一度たりともなかったのだ。神は絶大な力を持つ。それこそ、次元の違いを見せつけられるほどだ。そんな相手を滅ぼす力が本当に黒き矛にあるのか、確信が持てなかった。

 それが、ザルワーンの戦いで確かなものであるという証を得た。

 確信を得たのだ。

 これにより、セツナは、黒き矛への自信を深めるとともにさらなる力の解放を進めなければならないとも想った。

 ネア・ガンディアとの戦いは、破滅的というほかなかった。

 セツナは、神との戦いを安く見ていたつもりはない。つもりはないのだが、神の術中に嵌まり、この世から消滅したのもまた、事実なのだ。それほどまでに神の力というのは強大極まりなく、故にこそ、生半可な力では太刀打ちできない。もっと、力が必要だ。もっと莫大な力を引き出せるようにならなければならない。引き出し、制御することができなければ、ネア・ガンディアと戦うことなどできるわけがない。

 方舟での移動中、セツナは常にそのことを考えていた。

 ザルワーンでの戦いの犠牲があまりにも大きすぎた。それも、セツナ次第では防げたかもしれないというのが、大きい。セツナがモナナ神の術中に嵌まりさえしなければ、あれほどの犠牲を出さずに済んだのではないか。

 いや、それは違う、と、シーラがいった。

 結局、犠牲は出たはずだ、と。

 なぜならば、あのとき、もしセツナが術中に嵌まらなければ、確かに同盟軍の損害は抑えられただろうが、モナナ神が九頭龍を呼び起こすのは間違いなく、その場合、九頭龍を抑える手立てはなかったのだ。九頭龍出現直後、シーラが白毛九尾化することができたのは、戦場に媒介たりうる血が満ちていたからだ。だからこそ九頭龍を抑えることができたのであり、もし、あのとき、セツナがモナナ神の攻撃を回避できたとしても、相応の犠牲は免れ得なかった、というシーラの結論は、ほかのだれもが支持した。

 それは、セツナに責任を感じさせないようにという配慮であろうし、彼は、そういった気遣いに心から感謝した。

 しかし、それはつまるところ、セツナだけでは、あの戦いを収めることができなかったという事実の証明であり、それでは、今後の戦いがますます思い遣られるだけのことだった。

 敵は、ネア・ガンディア。

 ネア・ガンディアには、ヴァシュタラの神々が数多に帰属しており、獅徒もだれひとり斃し切れていない。そのすべてと戦い、勝利しなければならないというのであれば、やはり、女神モナナ、獅徒ミズトリス、龍神ハサカラウをセツナひとりで対処できるくらいの力は必要だろう。

「そうだ。ふと、思い立ったんだけど」

 突如として頭頂部から後頭部、果ては首筋に重量を感じて、彼は瞑想を諦めた。声からして、ミリュウが、セツナの後ろからのしかかってきているのだ。豊かな胸を頭の上に乗せてきたり、押しつけてくるのが、最近ミリュウの中で流行している甘え方らしい。今回の場合は、セツナが難しい顔で座禅を組んでいたからだろうが。

「この船に名前をつけたほうが良くない?」

「急になんなの?」

 ファリアが当然のように疑問を口にする。

 方舟の訓練室には、戦闘要員が勢揃いしていた。セツナ、ミリュウ、ファリアにシーラ、レムとエリナ、ダルクスもいる。服装はというと、ダルクスを覗いて全員が訓練用の運動服であり、レムが可愛らしい女給服以外の格好をしているのはめずらしい。故に彼女を視界に入れるたびに違和感を覚えるのは、それだけレムといえば女給服という印象が意識に焼き付いていることの証左だろう。

「だってさ、方舟だったらほかの方舟と紛らわしいじゃん」

「ほかの方舟っていっても、敵のしかねーだろ。なにが紛らわしいんだか」

「わたしは師匠の案に賛成です!」

 困惑気味のシーラの横で、エリナが元気よく手を挙げれば、ダルクスが控えめに手を挙げた。エリナに同意ということだろう。

「確かに、方舟というのはこの船の種別であって、固有の名称ではございませんね」

「そうそう。船にだって名前はつけるんでしょ? アデルハインとかメリッサ・ノアとかさ」

「それはそうだけど」

「そういうおまえになにか案はあるのかよ?」

「ふふん、よくぞ聞いてくれました!」

(聞いてくれって顔してただろ)

 内心突っ込みながら、得意げな顔のミリュウを見れば、どうでもよくなってしまうのだから自分というものがよくわからない。

「マユリんに聞いたんだけど、この船、ネア・ガンディアの連中はゼイブブラスって名付けてるのよね」

「ゼイブブラス?」

「古代語でしょうね。望みの矢って意味よ」

「なるほど」

 ブラスが矢を意味する古代語だと覚えていたのは、ニーウェ=ディアブラスという偽名の記憶があったからだ。ディアブラスは神矢を古代語に直訳したものであり、ニーウェも刹那の意味に近い古代語だ。

「じゃあ、ゼイブブラスでよくねえか?」

 シーラが怪訝な顔をしたのは、それのどこが問題なのか、彼女には理解できなかったからだろう。ミリュウがセツナから体を離して即答する。

「嫌よ。敵がつけた名前よ?」

「そりゃそうだけどよ、名前なんてどうでもいいだろ」

「なに、シーラってば、セツナに獣姫って呼ばれてもいいってわけ?」

「はあ? なんでそうなんだよ」

 シーラが食ってかかれば、ミリュウも彼女とにらみ合う。

「呼び方呼ばれ方に興味がないって、要するにそういうことでしょ!」

「俺の名前はシーラだっての! 獣姫だなんて呼ばれたことねえよ!」

「異名でしょ! 獣くさいから!」

「だれが獣くさいんだよ!」

「あんたよあんた!」

 ミリュウが激しく言いつのれば、シーラは、愕然としたような顔をした。そして、自分の手の甲を鼻に近づけて嗅いだのち、セツナに近づいてくる。

「俺って、そんなに獣くさいのかな……?」

「なんでそこでセツナに聞くのよ!」

「え?」

「え? ってなによ、え? って!」

「いや、だって、セツナ基準だし」

「なにがよ!」

「なにもかも、でございましょう? シーラ様ならば当然のことにございます」

 レムがさも当然のように言い切ると、さすがのシーラも照れくさくなったのか、顔を真っ赤にしながら、しかし、しっかりとうなずいた。

「もう、どういうことなの!?」

「それ、わたしが聞きたいわ」

 ファリアが呆れ果てたように肩を竦めて頭を振った。


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