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第二千二百九十二話 亡霊(六)

 イミシャダを震撼させ、市民を恐怖のどん底に突き落としていた怪物を退治したラーゼンは、一夜にして英雄の如く持て囃されるようになった。帝国陸軍の駐屯部隊指揮官が、ラーゼンの活躍による怪物退治を包み隠さず市民に報告し、ラーゼンと“雲の門”に対し惜しみない賞賛と感謝の言葉を示したからだが、自分たちの無力さを明らかにするようなことでもあり、ラーゼンもネミアたちも、少佐の心意気に驚くばかりだった。

 普通、統治機構の人間というのは、自分たちの都合が悪くなるような情報は隠した上で、自分たちの手柄であるかのように報告する物だろう。特に今回の件に関していえば、帝国陸軍の駐屯部隊は、あの怪物に対してなにもできていないのだ。二度に渡る怪物のイミシャダからの退去も、帝国軍の攻撃を嫌ってのものではないことは明らかだ。あれほどの生命力を誇る怪物が帝国軍の攻撃程度で撃退されるわけもない。無論、武装召喚師の戦い方次第では斃し切れた可能性はないではないが、弱点に気づかない限りはそれもなかった。

 つまりだ。

 帝国軍少佐は、自分たちの無能を棚に上げることなく、余すところなく伝えたのだ。

 話に寄れば、駐屯軍は、あらゆる情報を開示することでこそ市民の信頼を勝ち取っているということらしく、少佐が自分たちが怪物に対して無力だったことを明確に伝えたのも、そのためらしい。それでは軍を頼りなく思い、不信感を抱くのではないか、と想わなくはなかったが、少佐は、第四方面軍総督府に対し、イミシャダの戦力を増強するよう進言しており、今回の“雲の門”への協力要請は、それまでの時間稼ぎの面が多かったようだ。

 要するに“雲の門”は使い捨てるつもりだったということでもあり、その事実を知ったドルンたちは憤慨していたが、ネミアはむしろ当然のように受け入れ、笑った。

「そりゃあそうだろうさ。うちらは元はといえば盗賊集団だ。そんな奴らの中に怪物退治の専門家がいるっていっても、信用し、重用できるもんでもないだろ」

「ですが頭、あいつら、あっしらが死んでも構わないと想っていたんですぜ?」

 ドルンが酒気を帯びた真っ赤な顔で、ネミアに食ってかかる。イミシャダの宿を貸し切って開かれた酒宴には、“雲の門”の幹部から末端の構成員に至るまで、全員が参加していた。“雲の門”の構成員だけではない。イミシャダの市民が押し寄せ、一時期大混乱が起こるほどの騒ぎになったものだ。いまでも、市民が“雲の門”の構成員たちに酒を注ぎ、料理を振る舞い、歌い、踊っている。

 イミシャダ全体がお祭り騒ぎになったのは、陸軍少佐が怪物がラーゼンによって退治されたと明言し、イミシャダに平穏が訪れたと言い放ったからだ。それまで辛気くさくさえあったイミシャダの街は、その瞬間から重い空気から解放された。

 ちなみに、この宿を貸し切りにしてくれたのも、酒宴の準備をしてくれたのも帝国陸軍の連中だ。

「いやむしろ、死んで当然と想っていたんだろう。時間稼ぎになりさえすればいいと、な」

 あの化け物が相手ならばそう想っても不思議ではない。いや、そう想わないほうがどうかしている。いくらラーゼンが怪物退治の専門家の如く祭り上げられ、数多の実績があるとはいえ、皇魔とは比べものにならない力を持った化け物だったのだ。帝国軍の優秀な武装召喚師ですら、斃しきれなかった。どこの馬の骨ともしれない男に退治できるわけがない。

「が、当てが外れた。俺たちは生き残り、それどころか怪物を退治してしまった。だからあの少佐は困惑しながらも俺たちを褒め称え、祭り上げたんだろうな」

「なんだか腑に落ちませんぜ」

「いいじゃないさ。ラーゼンが彼らの鼻を明かした。うちらはだれひとり欠けることなく、帝国軍の要望を叶えて見せた。窮状を救って見せたんだ。これで“雲の門”の名声も高まるってもんだ。“雲の門”の理念、忘れちゃあいないだろ?」

「へい。ってこたあ、これはこれでよかったってことですかねえ」

 不承不承といった様子のドルンだが、そんな彼のことを頼もしそうに見守っているのがネミアだ。ネミアは彼のように自分なりの考えを持つ幹部が好きだった。ただ唯々諾々と上の意向に従うだけの人間には興味がないのだ。だからこそ、“雲の門”の幹部は色物揃いといった傾向が強く、宿の広間で酒を囲む連中は、一癖も二癖もあるものばかりだった。

 ラーゼンも、そんなひとりだ。

 とはいえ、彼の立場は、“雲の門”の食客に過ぎない。帝国軍には、幹部のひとりとして紹介されているが、それも“雲の門”の今後を考えてのことであり、ラーゼンの活躍が“雲の門”とは無関係ではないと想わせないための配慮だった。“雲の門”ではなく、“雲の門”の食客が活躍したとなれば、話は多少、面倒なことになりかねない。それならばラーゼンを“雲の門”の幹部扱いにすれば、面倒ごとも起きないだろうという合理的な考えだ。

 ともかくもイミシャダの街は、一日中、お祭り騒ぎを続けた。

 白き怪物から解放されたことは、イミシャダのひとびとにとってそれほどまでに喜ばしいことだったのだろう。

 街のひとびとが歓喜の声を上げる様を眺めるネミアの横顔は、いつになく満ち足りていて、美しかった。

 ラーゼンが“雲の門”を離れないのは、彼女のそういうところに惚れているからだろう。でなければ、恩返しを終えたとして、とっくに離れていたに違いない。

 もはや、恩返しだけが理由ではなくなっていた。

“雲の門”の勢力拡大というネミアの夢を叶えたくなっている。


“雲の門”は、イミシャダの街でまた一回り大きくなった。

 怪物退治の功績は、イミシャダのひとびとに強い感銘を与え、“雲の門”に参加したいというものが大勢押し寄せてきたのだ。老若男女問わず押し寄せてきた参加希望者を選りすぐるのは幹部の仕事であり、ドルンたち色物揃いの幹部たちは、化け物退治の翌日から、二日酔いの頭を働かせ続けなければならなくなった。

“雲の門”は、だれかれなく受け入れるような、そんな組織ではない。

 元が盗賊集団であり、再び帝国の影の支配者たらんとする願望がある以上、なんの力もなければ覚悟もない役立たずを引き入れても、意味がないのだ。ただ食費や出費が増えるだけでなんの旨味もない。組織に引き入れるならば、それ相応の価値のある人物でなければならないのだ。それは、末端の構成員にさえいえることだ。“雲の門”の理念を理解できないものは、たとえ末端の構成員といえど、やらせるわけにはいかない。そこには、ネミアの強い拘りが働いていた。

 そして、その拘りこそが“雲の門”を巨大な一枚岩の如き堅牢な組織にしていったのは間違いない。

“雲の門”への参加希望者が篩にかけられ、大半が落とされる中、選りすぐられたものたちが新たなに傘下に加わった。中でも、第四方面でも名の知れた富豪の加入は大きく、“雲の門”は図らずも資金源を得ている。事実、“雲の門”に参加した当該富豪は、多額の金銭を“雲の門”の活動資金として提供し、ネミアの目を丸くさせた。ネミアがそこまで驚く様子を見せるのは珍しかった。

 富豪は、名をスフォールド=ジンデクトといった。漁村マグウとも関わりの深い人物らしく、以前から耳にしていた“雲の門”を独自に調査していたという。その活動方針、活動内容に心打たれ、故に傘下に入ることを希望したという。富豪だけあり、そこらへんはしっかりしているということだ。そしてその抜け目なさが、ネミアをして気に入らせた。

 第四方面有数の富豪という資金源を得たことは、“雲の門”の快進撃に繋がっていく。

 




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