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第二千二百八十三話 マリアの戦い(二)

「白化症……では検索してもなんの情報も見つからないな。まあ、当然か。君らが勝手につけた名称だものな」

 アズマリアが、隣の椅子に腰を下ろしたマリアを一瞥した。魔人は、古代由来の情報処理機構とやらを利用した情報の引き出しに難儀しているようであり、様々な方法を試みてはいるようなのだが、中々目的の情報に行き当たらずにいるらしい。

 目的の情報とは無論、白化症の治療法に関するものだ。当然、アズマリアの知る限り白化症の治療法など存在しなかったという話から考えても、治療法そのものが情報として記録されているとは考えられない。が、過去の膨大な情報が集積されたこの図書館ならば、なんらかの手がかりが得られるだろうというのがアズマリアの考えであり、マリアもそれを信じて、ここまでついてきたのだ。

「そうだね……」

「マリアも使って探せばよいのではないか」

 アマラが、見よう見まねで目の前の端末に触るが、うんともすんともいわない。アズマリアの席の端末と異なり、マリアの目の前の端末には光が点っていなかった。おそらく、アズマリアがいっていたように、機能が死んでいる端末なのだろう。

「あたしに? どうやって?」

「そうだな。使い方もわからないものが触るよりも、おまえがやるべきだろう」

 と、予期せぬことを提案したのはアズマリアだ。アマラが大きな目をぱちくりとさせ、アズマリアを見る。

「うちがか?」

「精霊たるおまえに使えないわけがないだろう」

「むう?」

「天人属の情報処理機構には、おまえたち精霊が大きく関与している。関与、というよりは、利用されているといったほうが正しいか」

「どういうことじゃ?」

「天人属は、己が種の繁栄のために精霊たちを大いに利用したのさ。精霊は、万物に宿る力が意思を持ったものと考えていい。その力を転用する手段を考えついたのが、天人属であり、彼らは悪魔のような所業でもって精霊たちを捕らえ、酷使した。天人属の支配地では精霊の力が失われ、万物の生命力が枯渇しかけていた。故に天人種が、枯渇した精霊の力を得るべく各地に戦力を繰り出したのが、諸族の戦いの始まりといわれている」

「諸族の戦い?」 

 またも新たな情報の開示にマリアは疑問を浮かべる以外にはなかった。アズマリアが情報を検索している間、マリアにできることといえば、彼女の話に相槌を打つか、アマラの相手をしていることくらいだ。

「世界を終わらせかけた世界大戦のことだよ。それこそ、最終戦争と呼んでもいいものだ」

 アズマリアが金属板こと、情報端末を叩きながら告げてくると、アマラが相槌を打った。

「そうじゃ。天人どもはうちら精霊の敵だったのじゃ。うちら精霊との生活を営んでいた森人らは、天人どもを邪悪であると非難し、天人を滅ぼすべく弓を取ったのじゃ」

「天人……森人……ねえ」

「この世にはかつて、様々な種族が住んでいた。それが天人属であり、森人属だ。ほかには、地人属、鬼人属、魔人属なんてのもいたな」

「そんな話、聞いたこともないよ」

「いっただろう。世界統一によって記憶の改変が起きた、と。この世から諸族が消え去り、人間属に統一された。かつて天人だったものも、森人だったものも、魔人だったものも、すべての人間種族が分け隔てなく、単一の人間属に変わり果てたのだよ。争いの最大の原因だった種族の垣根が取り払われたわけだ」

 アズマリアが皮肉げに笑ったのは、結局のところ、それが種族の垣根とやらを取り払ったわけでもなんでもないからのようだ。種族の垣根を取り払うのと、すべての種族を同一化するのは、まったく別のことなのだ。それくらいは、マリアにもわかる。ただ、そんなことができるなど想像もつかないし、そんな途方もないことを考える人間がいるということも、信じられない想いで一杯だった。

 しかし、アズマリアやアマラの反応を見る限り、ふたりは事実を語っているようであり、信じる以外にはなさそうなのだ。

「うちらが人間にならなかったのはなぜじゃ?」

「精霊は精霊だからだ」

「む……そういうのを差別というのではないか!?」

 アマラが憤慨すると、アズマリアが指先を止めて、彼女を冷ややかに見つめた。

「そうだな。差別だ」

「むう!」

「人間と精霊は別種の存在であり、差があるのは当然のことだ。精霊を人間化するようなことがあれば、世界は均衡を失い、生命力を失い、自壊の一途を辿ることだろうな」

「むむ……つまるところそれは、うちらあってこその世界、ということではないか」

「そうだよ。そういっている」

 アズマリアが肯定すると、アマラは、なにを想ったのか魔人に向かってふんぞり返って見せた。その態度の豹変ぶりがあまりに彼女らしく、吹き出しそうになる。もちろん、笑っている場合などではないのだが。

「ふふふ……ならばひれ伏し、崇め称えるのが道理じゃな」

「そうだな。人間にしてみれば、おまえたち精霊ほど感謝してもしたりない存在はないといっていい。ありがとう」

「ふぇ……!?」

「おまえたち精霊が戻ってきてくれたおかげで、世界は滅びを免れたといっても過言ではないのだ。あのまま、精霊が排除された世界のままでは、きっと……なにもかもが滅びへと向かっていっただろう」

「む……むう」

 アマラの動揺ぶりがおかしくて、マリアは笑いをかみ殺すのに必死だった。彼女の動揺は、アズマリアの反応が予期せぬものだったからにほかならないだろう。アマラは先ほど憎たらしげに勝ち誇ったが、アズマリアが乗ってこないことを見越しての言動であり、彼女はそんなアズマリアに食ってかかるつもりでいたのだ。そこを外された。それどころか、感謝までされ、褒め称えられれば、アマラとて反応に困らざるを得ない。そんな草花の精霊が愛おしくてたまらず、マリアは彼女を抱きしめ、その後頭部に顔を埋めるようにした。春の花のにおいが鼻腔を満たす。

 アマラはいつだって香しい花のにおいを帯びていて、だからこそ、マリアはいつまでだって抱きしめていられた。

「なんだかよくわからぬのう」

「なにがだい?」

「アズマリアがどういうやつなのか、うちにはわからぬ」

「あたしにもだよ。……まあ、悪いひとって感じはしなくなったけどね」

 マリアは、紅き魔人を横目に見つめながら囁くようにいった。いろいろと想うことはある。アズマリアがファリアの母親を魂の器として利用していたことに関しては、ファリアの気持ちを想えば、中々に受け入れがたいものだ。いや、どのような理由があろうと、断じて受け入れていいものではあるまい。しかし、一方で彼女がマリアに協力的であるという事実もまた、認めなくてはならない。アズマリアがいなければ、マリアの研究は行き詰まったまま、停滞せざるを得なかっただろう。

 いまでさえ、希望が見えているというわけではない。可能性の有無さえ、雲を掴むような話だ。

 それでもなお希望を捨てずにいられるのは、アズマリアがわずかながらも可能性を示してくれたからこそだ。そして、彼女の協力に悪意は感じられない。少なくとも、マリアが白化症の治療法を確立することに有用性を見出してくれていることは、確かなようだ。そのために粉骨砕身で動いてくれているのが、魔人アズマリアなのだ。

「わたしのことはどうでもいいが、おまえのことだ、アマラ」

「な、なんじゃ、改まって」

「おまえがマリアの力になりたいと願い望むのであれば、力を発揮して見せよ」

 アズマリアがアマラに向けたまなざしには、強い光が宿っていた。

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