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第二千二百七十九話 それぞれに想う(二)

 空が青い。

 なにもかもが青く、澄み切っている。空がこのように変わり果てたのも、“大破壊”の影響であることは疑いようがない。かつて、イルス・ヴァレの空というのは濡れているかのように滲んでいたものだ。それがいまや遠い過去の記憶のように成り果てた。いまは、晴れた日はとにかく青く、美しく、清々しい気分になる。

 もっとも、この状況下で清々しいなどとはいう気持ちになれないのは、残念極まるところだが。

 レムは、甲板から空を見上げていた。方舟は、地上より遙か上空を高速で飛んでいるはずだが、甲板を覆う天蓋のおかげで強風に曝されることも、吹き飛ばされることもない。また、天蓋は無色透明で、空の色彩をそのままに伝えてくれている。美しい空模様は、この世界の現状には似合わないものだ。

 この絶望的な世界の有り様を忘れさせるほどの脳天気さで、晴れ渡っている。

 それが多少腹立たしく感じるのは、方舟内の空気がどうにも良くないからだ。

 やっとの想いでザルワーンとログナーからネア・ガンディア軍を撃退したものの、そのことが明るい空気を運んでくるということもなかった。いや、勝利は、ザルワーン、クルセルク、ログナーの各地に希望をもたらしたのは間違いない。しかし、レムの主や仲間は、それですべてが終わったわけではないという現実を直視しなければならず、故に苦悩の中にいるのだ。

 ネア・ガンディアを根絶しなければ、安心して眠れる夜は来ない。

 いまこうしている間にも、ザルワーン方面、ログナー方面への再侵攻を企てている可能性は決して低くはないのだ。リョハンが、そうだった。二度も侵攻を受けている。そう考えると、三度目の侵攻の可能性も考慮しなければならず、レムたちの心が安まる日などなかった。

 かといって、現有戦力でネア・ガンディア軍を殲滅できるかというと、冷静に考えずともありえないことだ。現状、神属との戦闘になれば、セツナとマユリ神に頼り切りなのだ。マユリ神でも、神を滅ぼせるわけではない。マユリ神にいわせると、互いに決め手を持たない神々の戦いとは不毛なものであり、永遠に決着のつくことのないものだという。神格の差、力の差によって、有利不利はあるが、だが、滅ぼすことのできない、勝敗を決定することのできない戦いにおいては、結局のところ、ある程度の実力差など意味がない。

 神を斃すには、セツナに頼るしかないのだ。黒き矛カオスブリンガーだけが、神を滅ぼしうる力を持っている。

 そして、ネア・ガンディアには多数の神属が帰属していることは、疑いようがなかった。リョハンの戦場において垣間見たいくつもの方舟には、それぞれに神が搭乗していただろうし、ザルワーン・ログナー戦役においても二柱の神が投入されている。そのうち、ザルワーンに現れたモナナ神は、セツナが滅ぼしたというが、それも全力を尽くしてようやく一柱の神を滅ぼせたのだ。

 数多の神々を同時に敵に回せば、いかに神を滅ぼす魔王の杖といえど、一方的に不利にならざるを得ないだろう。

 そこでレムが考えるのは、やはり、自分がどうにかして主の力になれないか、ということだ。

 レムは、セツナと繋がっている。

 精神的、もっといえば根源的な意味でだ。

 その繋がりを利用した攻撃法が、先の戦いで開花した。まさに突発的な出来事であり、レム自身、驚くべきことだったが、セツナの思いつきによって、彼女は大いなる力を得た――かに思えた。しかし実際のところはどうだろう。獅徒ウェゼルニルとの戦いを有利に進めることこそできたものの、結局はそれだけといっていいのではないか。確かに強くはなっただろう。限りなく、強化されたといっていい。そこは認める。だが、その強化が獅徒との戦闘を決定的に優勢にしたかというとそうではなかった。結局のところ、セツナが現場に辿り着くまでの時間稼ぎしかできなかったというのが現実なのだ。

 それでは、駄目だ。

 レムは、だだっ広い甲板上で”死神”を呼び出した。”死神・改”と名付けた”死神”は、少女の姿をした闇の人形であり、セツナの闇人形と融合することで誕生した強き”死神”だ。しかし、その強さも、武装召喚師相手が限度といってもいいくらい、戦闘の水準というのは大きく変化している。

“死神・改”は、レムの想うまま、重力を無視して空中を滑るように移動し、彼女の目の前を旋回し、闇の衣の奥底から巨大な鎌を取り出してみせる。禍々しくも破壊的な鎌の意匠は、黒き矛に似ていなくもない。きっと、レムが無意識に似せているのだろう。“死神”の得物は、レムの意思を反映した形状をしている。

“死神・改”が大鎌を手にし、こちらに向かってくるのを見つめながら、彼女はその場に屈み込んだ。太陽は上空。影は足下にある。影に手を触れさせ、そのまま潜り込ませて、自身の得物を掴み取る。命を刈り取る死神の大鎌。自身の影の中から引きずりだすのと同時に、殺到した“死神・改”の斬撃を受け止める。激しい金属音とともに火花が散った。

 この程度の攻撃速度ならば、素のレムにもどうとでも対処できるのだ。これでは、駄目だ。と、彼女は改めて認識する。この程度の速度では、現状の戦闘では大した貢献もできない。毎回毎回、セツナとの同調に頼るのも無理がある。あのとき、セツナの召喚武装を再現できたのは、まず間違いなく、セツナが戦闘状態ではなかったからだ。戦闘状態となれば、セツナも自分の戦いに集中せざるを得なくなる。当然のことだし、それでいいのだが、そうなれば、レムは自分を含めた“死神”たちに最強装備を施すことができなくなるだろう。

 その場合、レムにできることといえば、結局は己の不死性を利用した特攻しかなくなるのではないか。

 決して死ぬことのない、滅びることのない肉体で、敵の的となることだけしかできないのではないか。

 それは、戦場における役割としては十二分に役立つだろうが、ひとつ、困ったことがある。セツナが怒るだろうということだ。

 レムの過保護な主は、レムや皆が傷つくことを極端に恐れている節がある。もちろん、だれひとり傷つきもせず勝利することなど不可能なことくらい、彼だって理解している。そんな甘いことをいっていられるような時代はとうに過ぎ去ったのだということも、わかっている。わかっているのだが、できるならば、みずから傷つきに行くようなことをして欲しくはないと考えている。レムが率先して囮となり、その命を代償に敵の目を引きつけるような真似をすれば、徹底的に怒られるだろう。

 怒られるだけならば、いい。

 レムは、“死神・改”との特訓の中で、セツナのことばかりを考えていた。

 嫌われるようなことはしたくない。

 だからこそ、自分の可能性を追求しなければならない。

 セツナに嫌われず、セツナに貢献できる戦い方を模索しなければならない。

 でなければ、レムは自分を認められなくなる。

 セツナの側にいられなくなる。

(死がふたりを別つまで……)

 側にいると約束したのだ。

 故にこそ、彼女は、セツナの力を当てにせず、なおかつ自分の不死性を利用するのとは異なる戦い方を模索していた。

 訓練室を用いないのは、だれかに見られたくないから、というのが大きいが、もうひとつは、訓練室では空間を最大限に利用した方法を試すことができないからだ。

“死神”使いレムの最大の利点は、“死神・改”のみならず、多数の“死神”を同時に操作できるという点だろう。“死神”一体一体の実力は武装召喚師に勝るとも劣らないといった程度だが、使い方次第ではさらなる強敵を撃破することも可能だ。しかし、その程度ではどうにもならない戦場ばかりになる可能性が高いから、彼女は苦悩している。 

“死神・改”は、“死神”たちの上を行く能力を持つ。しかし、一体だけしか呼び出せないという点で、大きく劣った。数か力か。力か数か。

(できれば、両方……でございますね)

 レムは、自分の強化方針を見定め、“死神・改”を蹴飛ばした。 

 方舟は、帝国本土へ向かっている。

 辿り着くまでには、光明でも見えてくればいいのだが。



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