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第二百二十六話 作戦開始

 西進軍がバハンダールを発ったのは九月十九日、夕刻のことだ。

 総兵力は二千三百。

 バハンダールの守備に五百人を残し、守備隊の指揮官としてグラード=クライドをつけている。グラード配下の部隊は、アスタル=ラナディースの指揮下に入った。いわば右眼将軍の供回りになったということでもあるが、立場に変化があるはずもない。また、グラード配下の兵士たちは、アスタルの指揮下に入ることに拒絶反応を示すこともなかった。ログナー軍人にとっては憧れの飛翔将軍の配下になることができるということもあり、むしろ喜びを隠せないものも少なくはなかったようだ。もっとも、グラードの手前、素直に喜びを表現することはできなかったようだが。

 西進軍第一軍団を右眼将軍アスタル=ラナディースが受け持ち、第二軍団はドルカ=フォーム、第三軍団はエイン=ラジャールがそれぞれ軍団長を務めている。第一軍団の約七百名は、元々の第一軍団の四百人に第三軍団の三百人が加えられたものだ。作戦の都合上、四百人のままでは少ないと判断しての分配だった。

 第二軍団は変わらずの九百名ほどであり、第三軍団は約六百名の部隊になっている。《獅子の尾》は通常どの軍団にも属さないが、今回の作戦では、隊員三名がそれぞれ三つの軍団に振り分けられていた。

《獅子の尾》隊長セツナ・ゼノン=カミヤは第三軍団と行動をともにし、隊長補佐ファリア=ベルファリアは第一軍団、副長ルウファ・ゼノン=バルガザールは第二軍団に属するという手筈になっていた。それもこれも、エインの立てた作戦によって、進軍経路に待ち構えている敵部隊を撃破するためだった。

 バハンダールを出ると、湿原を縦断する狭く長い街道をまっすぐ進んでいるうちに日が落ちた。湿原地帯を突破し、平原に出て、分岐路に辿り着くまでに陣容が整えられていった。東西にわかれた分岐路の先に、敵部隊が待ち受けているのだ。敵部隊の位置に変化がないのは、物見からの報告で判明している。しかし、敵軍もこちらがバハンダールを出発したという情報は掴んでいるようで、しっかりとした陣形を構築しているようだった。もっとも、エインの策が上手くいけば、敵の陣形がどれだけ固かろうと問題ではない。正面衝突する気はないのだ。

 夜の闇の中、西進軍の兵士や部隊長らが粛々と動き回り、三軍団の布陣が完了する。第一軍団を中心にして、左翼に第二軍団、右翼に第三軍団が位置している。そして、それぞれの軍団の先頭に武装召喚師の姿があった。ルウファもファリアもひとりで騎乗しているのだろうが、セツナだけは騎馬兵の後ろに乗せてもらっていた。エイン配下には女性兵が多く、セツナが乗っている馬を操るのも女性兵だった。少し恥ずかしいが、そういうことをいっている場合でもない。

 西進軍の陣形が完成したのは、分岐路の遙か手前だった。分岐路の向こう側の平原に位置する敵部隊など見えるはずもない。月明かりはあるのだが、遠方まで見渡せるような光量ではなかった。

 遠い対峙のまま一夜を明かすというわけでもなく、エインの指示によって最初に動き出したのは、第三軍団だった。

 第三軍団自体、それぞれ三百人ずつの二部隊に分けられている。ひとつはセツナ率いる先発隊であり、この部隊が敵陣に特攻をかけるところから戦いは始まる。エイン率いるもう一部隊は、東の森に全力疾走することになっている。

 街道沿いの東の森。

 そこがセツナたち第三軍団の戦場になる予定だった。

「飛ばしますので、しっかり掴まってください……」

「は、はい」

 ともすれば聞き逃してしまいそうな小さな声で忠告されて、セツナは、戸惑いながらも彼女の腰に腕を回した。とはいえ、感触としてあるのは、甲冑の冷ややかな質感であり、彼の意識を戦場へと向けるものだった。

 セツナを乗せた馬を駆る女性は部隊長であるらしく、一番手は、彼女の配下の騎馬兵が大半を占めていた。騎馬兵すべてが彼女の配下ではない。部隊長はそれぞれ百人の兵士を配下に持つため、三百人の兵士がいるということは、最低三人の部隊長が率いているということだ。残りふたりは、セツナを乗せた馬と並走している。部隊長は三人とも女性であり、彼女らの仲が良いのは、準備中にもわかったほどだ。

「セツナ様、でしたよね!」

「わたしたちはエイン軍団長の親衛隊です」

「どうぞお見知り置きを……」

 などといってきた彼女たちとともに、セツナはこの戦いの先陣を切ることになったのだ。親衛隊というのは自称らしく、公のものではないということだ。エインはやめてもらいたがっているようだが、彼女らの結束は強く、主張を曲げるつもりはないらしい。そして、エイン親衛隊に参加したがっている女性兵士は日に日に増えているようで、セツナは、エインの前途も多難そうだと思ったものだ。

 セツナを乗せた馬は、夜風を突き破るように街道を疾駆する。三人の女性部隊長は、馬の扱いが巧みだった。ひょっとすると、ルウファよりも上手いかもしれない。馬に関しては素人のセツナの感想である。実際のところはわからない。

 セツナは、風を切って突き進む馬に揺られながら、腰から右腕を離した。

「武装召喚」

 セツナの全身から爆発的な光が生じ、右手の内に収束していく。突然の閃光に後続の馬が多少驚いたようだったが、隊列は乱れていない。手の中に重量が生まれる。黒き矛カオスブリンガーの召喚に成功するとともに、彼は全能感に苛まれた。意識の肥大、五感の強化。月の光ですら明るすぎるほどに感じる。視界が開けた。

 前方に街道の分岐路がある。道幅は広く、湿原の道の狭さが嘘のようだった。街道沿いには草原が横たわり、分岐路の向こう側には平原が広がっている。風に揺れる草むらの彼方、敵影が見えた。

『今回の作戦は、いくつかの段階に分かれていますので、順を追って説明しましょう。第一段階では、セツナ隊長に威力偵察という名の突撃を行ってもらいます。カオスブリンガーを召喚して、敵陣に接近してください』

 セツナの脳裏に、軍議でのエインの説明が蘇る。

『このとき、敵に武装召喚師がいなければ、セツナ隊長ひとりで蹂躙して頂いても構いません。その場合、掃討作戦に切り替えますので、安心して戦ってください』

 エインはにっこりと笑っていってきたが、よくもまあ簡単にいってくれるものだ、と思わないではなかった。彼に信頼されているということだし、千人や二千人の敵集団に突っ込んでいくことなど、いまさら恐れるものでもないのだが。

『敵に武装召喚師がいた場合は、つぎの段階へ移行します』

 セツナは、前方を見据えていた。敵陣に少しずつ近づいていく。まだ遠い。だが、黒き矛に寄って強化された視覚は、敵集団を捉えている。月光を反射する鎧の輝きが、セツナの目に飛び込んできている。敵陣は警戒しているようだった。バハンダールを発したガンディア軍との接触が近づいているということに気づいているのだ。いまかいまかと、会戦の時を待ちわびているように見えなくもない。

 不意に、敵陣が慌ただしくなった。

 敵陣を割って、小部隊が突出してくるのが見えた。その小部隊に、周囲の兵士たちが追随して動き出す。セツナたちを迎撃するための動きのように思える。

 セツナは馬の上に立ち、左手で部隊長の肩を掴んだ。一瞬、彼女はなにごとかと思ったようだが、振り返ってくるようなことはなかった。セツナは、彼女の耳に届くくらいの声で告げた。

「敵に武装召喚師がいるようだ」

「わかるんですか……? 全然見えないんですけど……」

「俺には見えてる。敵武装召喚師にもね」

「つぎの段階に移行するんですね……」

「そういうこと」

 セツナの言葉の意味を、部隊長は即座に理解したようだ。

『東の森へ、上手く誘いこんでください』

 どうやって誘いこむのか。

 セツナはエインに尋ねたが、返ってきた答えは至極簡単なものだった。

『ある程度打撃を与えて逃げ出せば、追いかけてくるでしょう』

 そんなもので引っかかってくれるのかはわからなかったが、彼がいうには全部隊を誘引する必要はなく、敵軍を分散させることにこの作戦の本質があるとのことだった。敵軍を分散させ、各個撃破を狙うのだ。そうすることで自軍の被害も抑えられる、という話なのだ。そして、黒き矛を餌にすれば、武装召喚師が食いついてくるはずだとエインは考えているようだ。敵軍にしてみれば、もっとも厄介な黒き矛を追いかけない手はないのだ、と。 

 敵陣の前面に並んだ盾兵の前に、小部隊が展開している。弓を構えていた。騎馬隊を弓射で迎え撃つつもりだ。これで、敵に武装召喚師がいることが明らかになった。でなければ、人間離れした視力の持ち主がいるということになる。

「敵武装召喚師の存在を認識。先発隊はこのまま敵陣に接近、戦闘を行うが、敵部隊前方に弓兵が展開されている。射程に気をつけてくれよ」

 セツナは、騎手だけでなく、周囲の部隊長、騎馬兵にも聞こえるように声を張った。距離は遠い。敵陣には届くはずもない。

「了解です、隊長殿!」

「セツナ様こそ、振り落とされないように気をつけてくださいよ」

「この闇の中、弓なんて使い物になるんでしょうか……」

「さあね」

 彼女の疑問ももっともではあったが、考えている暇はない。

 接触のときは、刻一刻と近づいてきていた。

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