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第二千二百六十八話 図書館迷宮(一)

 古代図書館での生活が始まって、既に一月ほどが経過していた。

 マリアは、アマラは当然として、アズマリアに対する警戒も完全に解いていた。一月も寝食をともにしただけでなく、アズマリアが献身的といっていいほどにマリアたちを護ってくれているという事実が警戒心を解いていったのだ。古代図書館に入って一月、マリアたちは何度となく危険な目に遭っている。

 古代図書館は、書棚で構築された大迷宮というに相応しい場所だった。数え切れないほどの書物が収まった書棚が無数に立ち並んで、迷宮のように複雑に入り組んだ道を作り、あるいは階段を築き、橋を織り成した。橋脚も書棚だ。古代図書館内の構造物はほとんどすべてが書物であり書棚であり紙であり文字であり、どこに目を移しても、書物が視界に飛び込んできた。

 しかも、とにかく広いのだ。天高く聳えていた外観から想像した以上の広大さは、図書館が空に向かって伸びているだけでなく、地下深く、広大極まりない迷宮が無限に近く広がっている。いや、もちろん、無限ということはあるまいが、この一ヶ月、歩き回り続けているというのに最奥部が見えてこないのだ。マリアたちは、この古代図書館が想像以上の広大さを誇ることにようやく気づき、途方に暮れ始めていた。

 そんな道中、マリアたちを襲った危険というのは、要所要所で待ち受けていた図書館の守護者たちだ。

 この図書館は、アズマリアが封印されていたといっていたように、なにがしかの理由でもって固く閉ざされていたらしく、図書館の深部へ至る道中の各所に守護者が配置され、マリアたちの探索を阻止せんとした。

 壁や床に刻まれた魔方陣から出現した守護者たちの姿は様々で、銀甲冑の騎士といった姿の守護者もいれば、物語に登場する老いた魔法使いのような姿の守護者もいた。それら守護者は、問答無用でマリアたちに襲いかかってきたが、アズマリアが身を挺してマリアやアマラを庇ってくれたこともあり、マリアとアマラが傷を負うようなことはなかった。アズマリア自身、傷ひとつ負うことなく守護者を撃破したのだが。

 マリアとアマラだけではこの古代図書館探索は上手くいかなかったのは間違いない上、アズマリアが命を賭してマリアたちを護ってくれているという事実には、マリアも警戒を解かざるを得なかった。アズマリアにいわせれば当然のことだ、とのことだが、それは、マリアがセツナにとって大切なひとだから、らしい。

 そんな言葉を平然といってくるものだから、マリアも胸をときめかせるしかない。それはつまり、セツナが彼女にそんな風に語っただろうということなのだから。

(大切なひと……か)

 図書館探索の休息中、マリアはアズマリアの発した言葉を思い出しては、セツナのことに想いを馳せた。

 数ヶ月前、予期せぬ再会を果たしたセツナは、二年前とあまり変わらない背格好のくせに、一目見たマリアにとてつもない衝撃を与えている。マリアは、元々セツナのことを弟のように想い、愛していた。それは家族愛だとか、同胞愛だとか、そういった類の感情であり、彼のことを旦那だのなんだの呼んでいたのは、彼に甘えていただけのことだった。そこにそれ以上の感情はなかったはずだ。

 しかし、セツナと再会を果たした瞬間、マリアは自分の心の奥底に生じた変化に大きく狼狽えたものだ。

 まるで愛しいひととの再会を魂が喜んでいる、そんな感覚だった。

 二年あまりの別離が、想いを育んだとでもいうのだろうか。

 そんなことがあるわけがない、などと頭を振ろうにも、心を騙すことはできない。だから、マリアは正直にならなかった。自分に素直になれば、楽になれるだろう。しかし、彼の重荷になる。彼の足を引っ張ることになりかねない。

 眠りこけるアマラの小さな体を抱きしめながら、マリアは、セツナの無事だけを祈った。

 ちなみに、マリアたちが眠る際も、アズマリアが寝ずの番をしてくれていた。彼女は、どうやらまったく眠る必要がないらしく、古代図書館に辿り着いて以来、起きっぱなしだった。人間ではないのか、というアマラの問いに、生物ですらない、と冷ややかに返答したアズマリアだったが、詳しく話を聞けば、その魂が宿る肉体が生物のものではないため、眠る必要がなく、彼女自身が力が尽きるまで動き続けることができるとのことだ。

 本来、彼女の魂が宿る魔晶人形の躯体は、魔晶石から供給される波光によって動いている。魔晶石の波光が枯渇するまでは、ずっと動き続けることができるということなのだが、当然、動き続けるということは消耗し続けるということでもある。ひとつの魔晶石で無限に動き続けることはできないはずだ。が、どうやら、アズマリアは違うらしい。

『この躯体をわたしの肉体にしたからな。原理が違うのさ』

 と、彼女はいった。それがどういう意味なのかはわからなかったものの、マリアはそのときには彼女を信用するようになっていたため、深くは追求しなかった。いまは、彼女を信じ、目的を果たすことに専念するべきだ。

 目的とは、無論、白化症の治療法の発見であり、それ以外にはない。いや、たとえ白化症の治療法でなくとも、その手がかりさえ見つかれば、この古代図書館探索は無駄にはならない。現状、白化症への対抗手段がなにひとつないといっても過言ではないのだ。であらば、どのようなものであれ、現状に一石を投じることができれば、進展といっていいはずだ。

 最終的には白化症をこの世から消し去ること。

 それがマリアの目標であり、ここにいる理由だ。

 とはいえ、一月以上も図書館の中をさまようことになるとは想像もしていなかったことであり、それはどうやらアズマリア自身も想うことのようだった。

「随分と深いな。想像以上だ」

 アズマリアが嘆息とともにつぶやいたのは、古代図書館の地下へと続く螺旋階段を発見してからのことだった。上階ではなく地下を目指しているのは、地下にこそ目的の書物が眠っている可能性が高いだろうというアズマリアの推測からだ。なぜそのように推測したのかといえば、白化症の治療法に関連するような情報は、神の智慧に等しいものであり、おいそれと人目に触れるような場所に格納しているとは想えないからだそうだ。

 そんなものがだれの目にも触れるような場所にあれば、古代世界は大変なことになっていただろうというアズマリアの推察は理解できないこともない。神の智慧に等しい情報がほかにも記されている書物が並んでいるとすれば、そういうものかもしれない。仮に地下になければ、上階を当たればいい、と彼女はいった。構造がわからない以上、ゲートオブヴァーミリオンは使って道を短縮することはできないが、一度通った通路ならば飛び越えることも可能だからだそうだ。

 ともかく、そのようにして地下への道を探しているうちに見つけ出したのが巨大な書物でできたような螺旋階段だ。一段一段、書物が積み重なるようにして螺旋を描き、遙か地下へと通じている。もっとも、本物の書物ではなく、書物を模した石材を積み上げているだけのようだった。

「まったくだね。図書館だなんてとても想えやしない」

 ここに至るまで複雑に入り組んだ迷宮でしかなかったのだ。しかも至る所に配置された守護者が訪問者を攻撃してくるという有様だ。これでは、図書館として機能していたかどうかさえ怪しい。

「古代の人間は、なにを考えてこんなもんを作ったのかねえ」

「人間の考えることはわからんのう」

「精霊もな」

「うちらは好きにしておるだけじゃ。そこに深い理由などはないのじゃ」

「余計にどうかと想うよ」

 マリアは、背におぶさったアマラの発言に苦笑しながら、アズマリアの後に続いて螺旋階段を降り始めた。一段一段が大きな石材でできていることもあり、一段下に降りるために数歩歩かなければならなかった。段差はきつくなく、緩やかな螺旋を描いている。

「ここ一ヶ月歩きっぱなしで足腰の鍛錬には困らないね」

「うちを背負っている分、ほかの筋肉も鍛えられるぞ」

「ああ、その通りさ」

 なんだか言い返すのも馬鹿馬鹿しくなって、マリアはアマラの言い分を肯定した。アマラは常にマリアに背負われているわけではない。当初はマリアたちの先を進み、安全を確認するのがアマラの役割だったのだ。精霊の身軽さを遺憾なく発揮していたというわけだ。

 しかし、好奇心が強く、興味を持ったものは手当たり次第触らずにはいられない性分のあるアマラが先行することは、この迷宮探索のとてつもない障害だということに気づかされた

マリアとアズマリアは、彼女を説得し、一緒に行動するよう改めさせている。アマラのせいで本棚の迷宮がさらに複雑化したことが何度となくあるのだ。どうやら、この古代図書館は侵入者を排除するための守護者だけでなく、侵入者を迷走させ、諦めさせるためか、構造が変化する装置があるようなのだ。アマラは、その構造変化装置をたびたび起動させ、そのたびにマリアたちは自分たちの居場所を見失っていた。

 守護者を無用に呼び起こしたこともある。守護者は毎回毎回アズマリアが対処してくれたものの、あのままアマラを先行させていればアズマリアもうんざりしたに違いない。

 それ以来、アマラはマリアにべったりだった。自由に歩き回れないのならくっつくしかない、という彼女の言い分もわからないではないが。

 着替えなどの荷物に関しては、持ち運ぶ必要はなかった。

 休憩地点を確保すれば、アズマリアがゲートオブヴァーミリオンで転送してくれるからだ。ゲートオブヴァーミリオンは空間転移能力を持った召喚武装だが、自身や対象を移動させる以外に、特定の地点から現在地に物品を転送するといった使い方もあるのだ。そのおかげでマリアはほぼ手ぶらで移動することができている。

 アズマリア様々といったところだ。


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