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第二千二百六十六話 守護神の悩み(一)

 自慢の胸を強調するような姿勢で腕組みするニュウ=ディーの姿はどうにも悩ましく、しばらく眺めていたいところではあったが、そのようなことをすれば彼女がどんな尾ひれをつけてエミルに報告するものかわかったものではなく、ルウファは、煩悩を振り払うようにして室内に進んだ。

「いつもお疲れ様です、ニュウさん」

 話しかければ、ニュウがこちらを向いた。豊満な胸を持ち上げるように腕組みしたまま、こちらを見てくる。いつ見ても美人で、肉感的な肢体は、男の目を引いて止まないだろう。その刺激的とさえいっていい肢体を強調する衣服のせいもあるが、彼女は、その格好をやめようとはしない。

「君こそお疲れ様よね。毎日毎日飛び回って。大変でしょ」

「いやあ、修練にもなりますし、別に大変ってほどではありませんよ」

「そういうところは真面目なのね、君」

「どういうところが不真面目なんでしょうかね」

「さあてね?」

「あ、いっておきますけどね、俺は浮気なんて一度だってしたことありませんよ?」

「それもわかってるわよ。一途だもんね」

「はい」

 ルウファが力強くうなずくと、ニュウは、なんだか馬鹿馬鹿しくなったらしく、苦笑した。しかし、ルウファとしてみれば、当然の反応という以外にはない。

 監視塔展望室の中心部が、守護神マリクの座となっている。中心部と周囲を隔てるのは分厚い壁であり、いつもならばニュウはその壁の中にいて、マリクと話し合ったり、仲良くしているはずなのだが、今日はどうやらそうではないらしい。それが、ルウファには不思議に思えてならなかった。

「今日はめずらしくいちゃいちゃしていないんですね」

 ルウファが近づきながらいうと、ニュウが渋い顔をした。そんな顔をしても美人は美人だから得としかいいようがない。

「だれがよ」

「ニュウさんとマリク様ですが」

「あのね、わたしはマリク様をお守りしているだけであって」

「はいはい、いつもの御託はいいですから、マリク様の様子はどうなんですか?」

「君ねえ……」

 ルウファの言いざまにニュウはなんともいえない顔をした。とりつく島もないとはまさにこのことだ、といわんばかりの反応。いつも逆の立場なのだから、たまにはいいだろう、とルウファは考えていた。ときには、こちらが主導権を握ってもいいはずだ。

 ニュウは、なにかを諦めると、真面目な表情に戻った。

「マリク様はなにやら考え事をしているらしくてね、邪魔をするのも悪いからここで待っているのよ」

 そういって守護神の座を見やるニュウの横顔には、いつものような明るさがない。マリクを前にしたニュウは、いつだって幸福そうに見えるのだが。

「なるほど。さすがはマリク様のことならなんでもお見通しのニュウさん」

「だから」

「いやあ、神様といちゃつくなんて大それたことができるひとは違いますな」

「……グロリアさんとエミルに言いつけようかしら」

 ぼそりといってきた一言に、ルウファははっとなる。

「なにをですか」

「マリクがあたしをいじめてくるって」

「そんな冗談、だれが信じるっていうんですか」

「あら、どうあがいても君が酷い目に遭うのは間違いないわね」

「う……」

 ルウファは、冗談を真に受けて涙するエミルと、冗談を冗談と識別しながらもルウファを詰ることに喜びを見出すだろうグロリアの姿を幻視して、言葉を飲み込んだ。グロリアに詰られるのはいつものこととしても、エミルに泣かれるのはたまったものではない。生きた心地がしないとはまさにそのことだろう。

 ルウファにとって、エミルは自分の命より大切なものにほかならない。

「冗談よ」

「俺だって、冗談ですって」

「冗談にしたって相手を選びなさい」

「だから選んでるじゃないですか」

「わたしならいいって?」

「俺とニュウさんの仲じゃないですか」

「どんな仲よ」

 ニュウが呆れて苦笑した。すると、

「仲いいことは麗しいことだけれど……」

「あれ」

「マリク様!」

 ニュウは、中央の室内から声が聞こえてくるなり、血相を変えて身を翻し、部屋の中に飛び込んでいった。その早業たるや、彼女がいかにマリクを大切に想っているかが窺い知れるものであり、ルウファもあまりからかうのはよしたほうがいいかもしれない、などと想うほどのものだった。

 ルウファがニュウに続いて守護神の座に踏み込むと、守護神マリクは、部屋の中央に座していた。神々しい光を放つ彼は、あぐらを組み、両手を足の上に乗せ、瞑想していたらしい。一見すると少年のように見えるが、淡い光を帯びた彼の姿は、明らかにひとのそれではない。人間とは異なる次元の、遙か高みの存在である彼は、人間の目にはどうにも神々しく見えてならないのだ。直視するのもはばかれるような輝きだった。

「……ぼくも仲間に入れて欲しいものだね」

 などと冗談めかしい口調でいいながら立ち上がったマリクに対し、ニュウとルウファが跪くようにすると、マリクは静かに頭を振った。

「いつも通りでいいよ。敬う必要なんかないさ」

 マリクは、いつだってそうだった。自分を神のように扱うことを極力望まなかった。昔からのように、四大天侍マリク=マジクのころのように扱って欲しい、というのが彼の願いなのだろうが、残念ながら、彼をそのように扱うものはひとりとしていなかった。当然だろう。彼は、神だ。どうあがいたところでそれが現実なのだ。神を人間の如く扱うなど、だれができよう。彼の昔なじみさえ、彼のかつての上司であったシヴィル=ソードウィンさえ、彼の前では緊張を禁じ得ない。

 神とは、そのようなものだ。

 人間にとっては極めて絶対的な存在であり、平伏し、敬い、希うのが普通だ。仲間として扱うなど、通常、できるものではない。ただでさえ、リョハンはマリク神の加護に預かっている。マリク神の恩恵がなければ、リョハンは立ち行かないのだ。尊重こそすれ、人間時代と同じく扱うなど、不可能だ。

 それこそ、マリクはわかっていっているのだろう。

 ルウファたちの反応を見て、哀しそうに笑うのもいつものことだ。

「ところで、ルウファはなんの用事かな?」

「代行からの書簡を預かって参りました」

「代行から?」

 ルウファは、懐から取り出した書簡をマリクに直接手渡すのではなく、守護神担当官であるニュウに渡した。ニュウは、内容を確認することなく、マリクに恭しく差し出す。マリクはというと、そういう格式張ったやり取りをつまらなそうに眺めながら、ニュウから受け取った書簡を開き、内容を一瞥した。そして、微笑む。

「代行は、ぼくのことをまるで子供扱いだね」

 そういったわりには、彼は至極嬉しそうな表情をしていて、ルウファはニュウと顔を見合わせて肩を竦めた。

「ぼくのことを心配してばかりさ。なにもそこまで心配する必要なんてないっていうのにね。まあ、ミリアの知るぼくなんて子供も同然だったんだから、それもそうだとは想うけどさ」

 だから、彼は喜んでいるのかもしれない。

 いまの彼を昔のマリク=マジクの延長として捉えているらしいミリアの書簡の文言が、彼の心に響いたのだ。無論、ミリアは、マリクが守護神としてこのリョハンを護ってくれていることを知らないわけではない。何度もこの場所を訪れ、守護神に面会しているのだ。その上、守護神を守護神として敬うことも忘れていなかった。

 だが、手紙においてはそうではないらしい。

 人間時代、子供の頃のマリクの記憶しかないミリアには、心配でたまらないのもわからなくはないが。

「ミリアには、手紙で返事を出したほうが良さそうだ」

 どこか嬉しそうなマリクの発言には、ニュウも頬を緩ませた。


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