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第二千二百六十五話 代行の時代

 ルウファ=バルガザールは、六大天侍のひとりとして、戦女神代行に仕えている。

 少し前までは七人いた大天侍だが、ミリュウ=リヴァイアがその任を解かれ、当の戦女神ファリア=アスラリアとともにリョハンを長期に渡って離れることとなったため、戦女神代行は、その欠員を補充することをしなかった。そのため、七大天侍は六大天侍となり、ひとり当たりの仕事量が少しばかり増えたが、致し方のないことだろう。

 大天侍は、戦女神が直々に選び抜いた武装召喚師に与えられる名誉ある位だ。いくら市民が認める代行とはいえ、戦女神本人の意見も聞かず任命することはできない。戦女神代行は代理人に過ぎず、戦女神のすべての権限を利用できるわけではないのだ。御山会議が戦女神代行を認めたのは、そのためでもある。仮に代行がすべての権限を持つとなれば、御山会議も反発せざるを得なかっただろう――とは、アシュレイ=バルディッシュの言だ。御山会議は、戦女神の特別性を認めているからこそ、代理人にその座を穢して欲しくはないと考えているらしい。

 もっとも、当の代理人本人はというと、むしろそういう御山会議の考えこそ尊重していたし、そのように考える御山会議の議員たちに感謝さえしているようだった。戦女神ファリア=アスラリアがいまのリョハンの中心にして頂点なのだ。そこが揺らぐようなことがあっては、上手くいくものもいかなくなる。

 ルウファも、その煽りを受け、仕事量が増大し、家にいる時間が少なくなってしまった。それはつまりどういうことかといえば、自宅で愛しい妻とふたりきりで過ごす時間が減った、ということだ。が、エミルを視界に納めることのできる時間は以前よりも増えており、その点には感謝さえしていた。

 エミルが、戦女神代行の要望により、戦宮勤務となったからだ。

 エミルは、軍医として護峰侍団に所属している。護峰侍団は、御山会議傘下の武装召喚師集団だが、事務方を始めとする裏方までもが全員武装召喚師というわけではない。当然、エミルが護峰侍団に所属することそのものに問題はなかった。所属に至るまでの壁は厚く、険しかったようだが、エミルには、その難関を突破することさえ楽しむ余裕があったようだ。ともかく、護峰侍団に所属する医師となった彼女は、護峰侍団本部で勤務していたのだが、先もいったように戦女神代行ミリア=アスラリアの強い希望で、戦宮勤務となった。

 ミリアは、戦女神代行に就任すると、これまで警護の人数しかいなかった戦宮にひとを集めることから始めた。

 戦宮は、いわば戦女神の神殿であり、リョハンの中心といってもいい建物だというのに、戦女神の住居としてしか機能していないといっても過言ではなかった。リョハンの政を行うのは、御山会議であって戦女神ではなく、戦女神はリョハンの象徴として存在しているだけでいい、という考えがあったからなのか、なんなのか。いずれにせよ、戦宮は、常に寂寞とした静けさに包まれていた。

 それがどうやら代行には不満らしかった。

 戦女神代行を受け持ったはいいものの、こう寂しくてはかなわない、と、ミリアは、早速行動を起こした。それが戦宮にひとを集めるということであり、彼女がエミルを戦宮に呼んだのは、代行専属医師という新たな役職を作ってのことだった。なぜエミルなのかといえば、ルウファの妻だからという以外にはないらしい。エミルとしても、職場が変わることに抵抗はなかったようだ。むしろ、ルウファと同じ場所で働けることを大いに喜んだ。

 ルウファ自身、嬉しいことこの上なかったし、師グロリア=オウレリアも、戦宮当番の際、エミルが側にいることを喜んだ。グロリアは、あるときからエミルのことを実の妹のように目にかけてくれるようになっていた。

 エミル以外にも、様々な立場役職の人間が戦宮を職場として働くようになっていた。庭師もいれば、清掃員もいる。護峰侍団とも六大天侍とも異なる直属の武装召喚師たちが研鑽に励んでいれば、戦女神代行に献策するべき政策について激論を交わす学者たちもいる。様々な人材が戦宮に集い、戦宮は静寂とは程遠い空間となっていた。

 そのことを快く想わないものもいないわけではない。

 御山会議の一部の議員は、戦女神代行の方針は、御山会議をないがしろにするためのものではないかという穿った見方をしているといい、ミリアの言動を注視しているとのことだ。

『そんなつもりはないのにねえ』

 ミリアは、そういった御山会議の動きに対し、朗らかに笑った。

 ルウファは、ミリアと接するうち、彼女がただ、寂しがり屋なだけだという事実を知り、御山会議の警戒も杞憂だということを悟り、安堵したものだ。ひとりで戦宮に籠もっているのは寂しいからと出歩けば、御山会議に戦女神たるものあまり出歩くのもどうか、などと忠告されたのが彼女なのだ。ならばいっそのこと、戦宮そのものを賑やかにするのはどうだろう、と考えた末、ミリアは様々な人材を戦宮に集めることにしたようだ。

 戦宮の一室を武装召喚師の教室として解放し、ときにみずからの教鞭を振るうなど、戦女神としてはありえない行動も、代行ならば問題はない、という観点から、彼女の行動は奔放極まりないものとなった。

 おかげで退屈しない毎日を送ることができているのは間違いなく、ルウファとしても、ミリアを応援しないわけにはいかなかった。その人柄に心を開ききっている、というのも大きいだろう。

 ミリアは、ファリアのようなルウファさえ緊張するような冷厳さはなく、常に暖かく、穏やかなひとだった。クルセルク戦争の折、わずかばかり触れあうことのあった先代戦女神ファリア=バルディッシュに似ている、といえばいいだろうか。当代の戦女神ファリアとはまるで違っていた。無論、ファリアが優しくないというわけではない。ファリアは、仲間想いで慈愛に満ちている。特にルウファたちガンディアから一緒の連中に対する優しさは図抜けていたし、エミルが心身ともに落ち込んだときなど、親身になって心配してくれたものだ。しかし、ファリアは、戦女神という重責に対して脅迫的なまでに真剣であり、そのことが時折見せる厳しさに繋がっているようだった。

 ミリアも、戦女神代行としての責任感はあるのだろうが、どこか戦女神という立場に対して、軽く見ているようなところがあり、そのことが、ファリアと違った軽々しさに繋がっているように想えた。

 もちろん、それが悪いわけではない。

 むしろ、ミリアの軽々しさは魅力以外のなにものでもなく、戦女神不在のリョハンが代行の下、ひとつに纏まっているのは、そういった軽やかな魅力のおかげというほかないだろう。

 ルウファも、ミリアの魅力に絆されたひとりであり、エミルともども、ミリアの力になるべく奔走していた。


 その日も、ルウファは、ミリアに頼まれた仕事をこなすべく、シルフィードフェザーを広げ、空中都を飛び回っていた。

 六大天侍の職務は多岐に渡る。戦宮の警護もあれば、戦女神の護衛としてその行動に付き従うこともある。部隊を率い、周辺領域調査に繰り出すこともあれば、リョハンそのものの警備を行うこともあった。また、レイヴンズフェザーの使い手として、空中都と山間市、山門街の連絡役を引き受けることも、ルウファの仕事のひとつだ。もっとも、連絡役に関しては、余程重要かつ急を要する仕事でなければ、引き受ける必要はなく、出番はあまりなかった。

(あとは……マリク様か)

 ルウファは、晴れ渡った空の下に広がる空中都の遺跡群染みた町並みを見渡しながら、胸中でつぶやいた。リョハンの守護神マリクは、空中都中央監視塔にその座を置く。天高く聳える監視塔の最上層たる展望室こそが守護神の座であり、神域といっていい。だれもが勝手に立ち入ることを許される場所ではない。

 ルウファは、シルフィードフェザーの能力によって大気を支配し、そうすることで自身の体を空高く飛ばしている。守護神の座までひとっ飛びに辿り着くと、展望台から展望室内部へと足を踏み入れた。

 すると、見知った女性がなにやら腕組みして、難しい顔をしていた。

 ニュウ=ディーだ。

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