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第二千二百六十話 魔王の森で


 エンジュール近郊の森を開拓して新たに造られたメキドサールは、一言で言うと楽園の様相を呈していた。

 楽園だ。

 メキドサールは、魔属とも呼ばれる皇魔たちの国ということもあり、セツナたちは、ある種の警戒と緊張をもって、レスベルの後についていったというのに、森の奥深く、色とりどりの花で彩られた門を潜り抜けた先に待っていたのは、色鮮やかなまばゆいばかりの花園であり、薫風立ちこめる華やかな世界だった。

 レスベルが淡々と進んでいくのを思わず呼び止めなければならないほど、セツナたちは、門を潜り抜けた先で立ち止まり、茫然とするほかなかった。想像していたのとはまるで違う風景、まるで異なる世界には、脳の処理が追いつかず、なにがなんだかわからなくなる。

 まず、花の門を目の当たりにしたときから異様な感じはあったのだ。しかし、レスベルのあまりにも淡々とした歩きぶりに、疑問を差し挟む余地さえなかった。そうして、レスベルが花に覆われた門扉に手を翳し、門が開いた先に待っていたのは、極彩色の世界であり、想像していたよりもずっと美しく柔らかな輝きに満ちた空間だった。

 色とりどりの花が所狭しと咲き誇り、元々生えていたのであろう木々を利用した町並みが展開している。咲き乱れる花の数は、ここに至るまでの道中の森の中とは比べものにならず、それどころか、恐らくいまの季節とは無関係の花まで咲いているらしいことがファリアたちの反応から窺える。まるで花の楽園だが、花だけではない。草木も生い茂り、緑豊か、自然豊かな世界が構築されていた。

 香しい花のにおいにうっとりするのは、セツナだけではない。当初は皇魔の国がどんなものかと警戒していたミリュウですら、充ち満ちた花の香りに目を細め、ファリアの肩にもたれかかって、まともに歩くこともままならないといった様子だ。

「素敵な場所ね、メキドサールって」

「これが幻惑の魔法とかじゃなければね」

「確かに、その可能性も否定できないな」

 セツナは、ファリアの冷静な言葉に冷や水を浴びせられたような気分になった。思考を切り替えると、未だ風景を楽しんでいるらしいミリュウはファリアに任せ、レスベルの後を追う。レスベルは、セツナたちがメキドサールの町並みに驚いている様子を見て、いかにも誇らしげだった。彼にとっては、この百花繚乱というべき町並みは、胸を張れるものなのだろうか。鬼に似つかわしくない風景としか、言い様がないのだが。

 勝手な思い込みかもしれない、とも、思い直す。

 メキドサールの町並みは、どこまでいっても色とりどりの花が咲き誇っていて、幻術の類にはとても想えなかった。そもそも、セツナたちを幻惑の魔法にかける理屈がない。部外者が立ち入った場合の防衛機構だとしても、だ。そのような幻惑を見せつけることにいったいどんな意味があるのか。本当のメキドサールは醜く、醜悪なものだというのであれば話は別だが、そんな町並みが開拓からわずかばかりで完成するとも想えない。

 立ち並ぶ木々をそのまま利用した町並みの中には、どこかから引かれてきたのだろう川が流れ、透き通った水の中を魚たちが泳いでいる。水は綺麗で、汚れている風もない。皇魔たちが開拓したというだけあり、奥に進めば進むほど開けた空間が待っていた。そこもまた、百花繚乱と呼ぶに相応しい景色が待っていて、極彩色の空間には、木造の家屋が立ち並んでいる。それら家屋も無数の花を着飾るかの如くであり、多くの家屋の前には花壇があり、水をやるリュウディースの姿もあった。

 町並みに見えるのは、リュウディースの姿だけではない。隊伍を整えて歩く数名のレスベルもいれば、集団で移動中のブリークもいた。遠くの原っぱには、多数のブフマッツがひなたぼっこをしている。メキドサールの頭上は開けていて、太陽の光が燦々と降り注いでいるのだ。その膨大な光を浴びて輝いているのが、無数の花々であり、その花々の発する香りがメキドサールそのものを楽園の如く認識させている。

「そういえば、聞いたことがあるわ」

 ふとした調子にファリアが口を開いた。

「草花を愛で、詩歌や芸術に興じるのがリュウディースの生態だって」

「ってことは、このメキドサールの町並みもリュウディースの趣味ってことか? でも、なんでだ?」

 シーラが疑問を口にする。

「皇魔の国だからリュウディースにとって住みよい環境にするのはわかるけどよ、それをいうならほかの皇魔の意見だって取り入れるもんじゃねえのか?」

「元々メキドサールはリュウディースの国だからだ」

 そういってきたのは、案内役のレスベルだった。こちらを振り返り、嘆息した。

「我々は間借りしているに過ぎん。そうである以上、リュウディースらの国作りに口を出すなど野暮なこと」

「……なるほどな。この国じゃあ、リュウディースが発言権を持っているって訳だ」

「そういうことだ」

 レスベルは、シーラの発言を一切否定しなかった。かといって、自分たちの立場を嘆いたり、卑下したりすることもない。ただ、淡々とセツナたちの先を行く。

 するとどうだろう。どこからともなく聞き知った声が聞こえてきた。

「へっ、どんなもんだよ!」

「その程度で粋がるほど、貴様は弱いのか?」

「まさか!」

「では、あがいてみせろ!」

 雄叫びを上げる男の方向に目を向ければ、花に包まれた大きな屋敷の庭と思しき場所で、ひとりの人間とひとりのリュウディースが剣を交えていた。いや、厳密には剣ではない。互いに手にしているのは花だ。真紅の花弁も美しい花の枝を手にした二名が真剣にぶつかり合う様は、風景に合っているとはいえ、滑稽以外のなにものでもない。

 対峙するふたりのうち、男はシグルド=フォリアーで、リュウディースはルニアとかいう人間に近い姿をしたリュウディースだ。その二名の周囲には、見物中の人間集団とリュウディースの集団がいて、いずれもどちらかを応援していた。特にリュウディースはルニアの応援に全力を挙げているようだった。

 驚きのあまり近寄れば、見物中の人間集団が《蒼き風》の連中であることがわかった。

 セツナは、案内役のレスベルが待ってくれることをいいことに《蒼き風》のひとりに声をかけた。

「なんで《蒼き風》がメキドサールに?」

「これは……セツナ殿御一行ではないですか」

 そういって応対してくれたのは、ジン=クレールだ。相変わらずの冷徹そのものの表情を浮かべた彼だったが、セツナたちの登場に驚きを隠せないようだった。ほかの団員たちも、こちらを見ては驚いていく。

「ジンさん、これはいったい……?」

 セツナが尋ねると、彼はシグルドとルニアの激突に視線を戻し、つぶさに語り始めた。


 シグルド率いる《蒼き風》は、エンジュールの主力といっても過言ではない戦力だ。

 守護精霊ゼフィロスこそが最高戦力ではあるのだが、いかんせん、常時活動することもできなければ、長時間戦い続けることなどかなわないゼフィロスばかりを当てにはできないという現実がある。よって、黒勇隊がつぎの戦力となっていたところに名乗りを上げたのが、彼ら《蒼き風》なのだ。

 最終戦争を生き残った彼らは、エンジュールに辿り着き、そこで二年あまりの療養と修練の日々を送っていたという。即座には、最終戦争で負った傷は癒えなかったのだろう。肉体的な傷は癒えても、心に負った傷は、すぐには完治しないものだ。いまでも、完治はしていないのかもしれない。

《蒼き風》は、その代名詞ともいえる“剣鬼”ルクス=ヴェインを最終戦争で失っている。ルクスは、シグルドとジンにとってこの上なく大切な弟分のような存在だということは、セツナもよく知る話だった。シグルド、ジンのふたりは、ルクスをこよなく愛していたし、ルクスもふたりには甘えっぱなしだったことを覚えている。そのルクスが死んだ。セツナは、ルクスの死に様について、地獄で聞いた話しか知らない。それが本当のことなのかどうかさえ、わからない。しかし、シグルドとジンがルクスを失ったという事実は、本当だろう。そしてその事実が《蒼き風》の再起に時間を要した理由なのは、疑いようもない。

 再起してからは、エンジュールの主力として紛れもない活躍をしてきた《蒼き風》は、今回、この森の開拓に当たって、エンジュールからメキドサールへの支援のため、送り込まれていたのだという話だ。メキドサールによる森の開拓と街の開発には、人手が必要だろうというエンジュールの配慮には、メキドサールも感謝しているということで、エンジュールとメキドサールの関係は良好のようだった。

 もっとも、エンジュールはもっと多くの人手をメキドサールに送り、紐帯を強固なものにしたかったようだが、《蒼き風》以外の人間は、皇魔の国に赴くなど以ての外である、と、司政官や“守護”を大いに困らせたとのことだ。エンジュール側としても、非協力的な人間を送り込んでも仕方がないということで、皇魔にある程度耐性のある《蒼き風》のみを送り込んだとのことだ。

 人間と皇魔はいがみ合い、憎み合って、数百年の歴史を築き上げてきた。その大きく深すぎる溝を埋めるのは、一朝一夕にできることではない。ログナー島の秩序のためには協力関係の維持が必要不可欠だが、そのために焦れば、関係を悪化させるだけだ。エンジュールが《蒼き風》だけに妥協したのは、両者の今後を考えればなにも悪くはなかった。むしろ、これ以上の好判断はないといってもいい。

 実際問題、《蒼き風》団長シグルド=フォリアーは、リュウディースのルニアと中々上手くやっているらしく、シグルドのリュウディースたちからの人気はかなりのものだという。ルニアは、リュウディースの中でも指揮官を務めるほどの立場であり、そんな立場の彼女が目をかけているという事実が、シグルドの人気に繋がっているようだ。

「で、あれなにやってんの?」

「花試合って奴だそうです」

《蒼き風》の若手団員がミリュウの疑問に答えた。

「花試合?」

「まあ、見たまんまですよ。特別な花を用いての剣術試合みたいなものと考えれば」

「特別な花……ねえ」

 見た限りでは、普通の花ではないのは明らかだ。普通の花ならば、シグルドが全力で叩きつけるだけで折れるだろうが、いまのところ、数十合あまりぶつかり合っても折れる気配がなかった。

「木刀なんかよりも硬いんですよ、あの花」

「魔法で強化されているそうです」

 ジンが補足してくれたおかげで、納得もいく。魔法で強固にされているというのであれば、花が折れないのも道理だ。シグルドとルニアが全力で花を叩きつけ合う光景は奇異でしかないが、それがリュウディースのやり方なのだろう。花を愛でている、とは、とても想えない情景ではあるのだが。

「ところで、セツナ殿はどうしてこちらに?」

「魔王陛下に御挨拶するため、です」

「なるほど……わかりました。くれぐれも粗相のないよう」

「ええ、わかっていますよ」

 セツナは、ジンの忠告を素直に聞き入れると、ミリュウたちを促し、レスベルの元へ戻った。シグルドと話をするのは、ユベルとの会見の後でいいだろう。彼はまだしばらくルニアと花試合なるものをしているようだ。彼の邪魔をするのも悪いし、案内役のレスベルを待たせるのはもっと悪かった。

 セツナが謝ると、彼は別段気にすることもなく先を進んだ。

 やがて木立に囲まれた大きな館が見えてくると、どうやらその館こそが魔王の住居らしいことがわかってくる。城でもなければ宮殿にも見えない、ただの大きめの屋敷は、やはり色とりどりの花で飾り付けられていて、香しい花のにおいが立ちこめている。印象としては、とてもではないが魔王の住む場所とは想えないが、それをいえばこのメキドサール自体がそうなのだからいまさら疑問を口にするまでもない。

「しばし、ここで待たれよ。陛下に取り次ぐのでな」

 そういって館内へと消えた案内役のレスベルのいわれるまま、館の敷地内で待っていると、頭上から視線を感じた。セツナが視線を追って顔を上げるも、そこにあるのは木の窓だけであり、開け放たれた窓にはだれもいなかった。視線を戻し、ファリアたちを振り返れば、彼女たちはメキドサールの美しい光景に頬を緩めていた。どこを見ても楽園と呼ぶに相応しい光景が広がっているのだ。皇魔の国に向かうということで警戒していた彼女たちが拍子抜けするのは当然だったし、そこから心奪われるまでになるのも必然的と言って良かった。

 またしても視線を感じて、館を振り仰ぐ。が、やはり窓辺にはだれもいない。気になってしばしそのまま見上げていると、窓枠からそうっと顔を覗かせる人物がいた。見るからに幼い女の子は、セツナと目が合うと、驚いたのか頭を引っ込ませてしまった。彼女が話に聞く魔王の娘だろうか。少なくとも、リュウディースには見えなかった。

 魔王の娘は、魔王ユベルと魔王妃リュスカの間に生まれた、人間と皇魔の混血児だという。その話を聞いたのは、エレニアからであり、その事実を知ったとき、セツナたちは言葉を失うほどに驚いたものだ。

 人間と皇魔は、ただ交渉することすら困難を極める。

 だというのに、魔王ユベルは、皇魔との間に子供を設けるほどにまでその垣根を取り払うことに成功しているのだ。

 それが魔王の異能由来だとしても、並大抵の覚悟でできることではあるまい。

 一瞬、垣間見た幼女の顔を思い出して、セツナは、メキドサールが明るく美しい楽園染みているのは、魔王の精神性の現れなのではないか、と想えてならなかった。

 魔王の娘と思しき幼女は、屈託のない、好奇心の塊のように見えたのだ。 

 



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