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第二千二百五十九話 今世の魔王

 メキドサールは、エンジュール近郊の森の中にある。

 方角でいえばエンジュール南西に広がる森林地帯であり、結晶化のまったく及んでいない地域だった。エンジュール管轄の森林地帯を開拓することで確保された、新たな魔王の国には、再びメキドサールという名称が用いられることとなった、という。すべての森林地帯にコフバンサールのようなわかりやすい名称がついているわけではないからだそうだ。

 元々、メキドサールという森はクルセルク方面にあったとのことであり、リュウディースの国だったのだという話だ。当時は、リュウディースの女王リュスカが構築した結界によって、人目に触れることもなく、人間が迷い込んだとしても、結界に遮られリュウディースたちの住処に近づくこともできず、森を抜けることができなかったため、魔の棲む森、魔のメキドサールと呼ばれるようになったという経緯がある。

 魔王ユベルは、彼に従う皇魔たちとともにメキドサールに入り、そこで生涯を終えるつもりだったのだが、”大破壊”が起きた結果、メキドサールはどういうわけかログナー方面へと森ごと転移したという。原因は不明であり、魔王も皇魔たちもなにが起こったのかわからないまま、ログナー島での生活を余儀なくされた。

 ログナー島が女神教団とその前身であるヴァシュタリア軍残党によって危機に晒されると、メキドサールに籠もっていた魔王やその家臣たちも、沈黙を貫くことができなくなった。ログノールの協力要請に応じ、人類と皇魔の共同戦線が張られたのは、つい半年ほど前のことだという。

 それからというもの、メキドサール(=コフバンサール)は三者同盟における最大戦力として、機能し続けている。

 女神教団との戦いにおいても、ネア・ガンディアとの戦いにおいても、三者同盟の中でもっとも戦果を上げたといえるのは、魔王軍なのだ。

 それはそうだろう。

 どれだけシグルドたち《蒼き風》の戦士たちが鍛錬を積んだところで、同様に鍛錬を積んだ皇魔に身体能力で敵うわけがない。素の身体能力が違うのだ。こればかりは、どうしようもない。

 たとえば、リュウディースやレスベルといった皇魔が武装召喚術を体得すれば、人間の武装召喚師とは比べものにならない実力者にもなり得るのだ。それは、クルセルク戦争の折に証明されている。そして、そのことを脅威としても認めていたのが、皇魔に武装召喚術を叩き込んだオリアス=リヴァイアだ。彼は、魔王軍の皇魔たちに武装召喚術を教えながらも、その召喚武装を真に支配していたのだ。仮に武装召喚術を得た皇魔たちが世に解き放たれるような状況になったとしても、皇魔たちから召喚武装を取り上げられるように、だ。魔王に“支配”されている限りは安全だが、もし魔王が討たれるようなことがあればその限りではない。故にオリアスは保険として、制御下にある召喚武装を皇魔たちに教えたのだろう。

 それくらい、皇魔というのは身体能力、知力において図抜けている。

 そんな皇魔たちを戦力として期待しながらも、決して心の底から友好を計ろうとしないのが人間の人間たる所以であり、セツナは、なんともいえない気分になりながら、魔王の森を歩いていた。鬱蒼と生い茂る森の中は、濃密な空気で満たされていて、呼吸をするのも一苦労するくらいの水気があった。そんな森だからこそ、皇魔には住みよいのかはわからない。皇魔の生態について、セツナは詳しくもなんともなかった。

 エンジュールの温泉宿で一夜を明かしたセツナたちは、翌朝、即座に方舟に戻るのではなく、昨日建てた予定通り、魔王の森ことメキドサールへと足を向けることとした。そうしたのは、三者同盟の代表各人に挨拶だけはしておきたかったという想いがあったからだ。ログナー島の秩序は、三者同盟の維持によって成立しているといっても過言ではない。

 いくらログノールが最大勢力を誇ろうと、最大戦力を保持しているのはメキドサールこと魔王軍であり、もし万が一、魔王軍が三者同盟を抜け、人間勢力と敵対するようなことがあれば、そのとき、ログナー島の秩序は崩壊する。秩序維持どころか、平穏さえ訪れなくなるかもしれない。

 そして、魔王軍がその気になればログナー島から人間を一掃することも決して難しくはあるまい。

 故にセツナは、メキドサールの魔王ユベルと会見し、話をしておきたいと想ったのだ。セツナは、ログナー島の代表者でもなければ、ログノールの代理人でもなんでもない。しかし、エンジュールの領伯であり、ガンディア仮政府からは大きな権限を与えられてもいた。仮政府に利益をもたらすために振る舞うのは、セツナの立場上、当然のことなのだ。

「だからって、こんな森に立ち入らなくてもよくない?」

 ミリュウが鬱陶しそうにいったのは、この森の水分の多さが気に食わないのだ。水気をたっぷり含んだ木々や草花が、大気中の水分濃度を極端に引き上げているのか、どうか。ともかく、ただ歩いているだけで疲労を覚えるくらい、呼吸が辛かった。

 ちなみに、メキドサール訪問に際して、非戦闘員であるミレーユとゲインには方舟に戻ってもらっていた。万が一のことなど起きるはずもないが、念には念を入れたかったのだ。

「だったら船で待ってりゃいいだろ」

「良くないわよ!」

 ミリュウが怒声を張り上げてくる。

「放っておいたら、今度は皇魔に魅了されて骨抜きにされちゃうかもしれないでしょ!」

「だれがだよ」

「セツナに決まってんでしょ!」

「なんでそうなるんだよ。っていうか、今度はってなんだよ。前に一度そんなことがあったみたいじゃないか」

「昨日、子持ちの美人に骨抜きにされてたのはどこのどなたでしたかねー」

 ミリュウがこれ見よがしにいってくるが、セツナにはまったく身に覚えのないことだ。

「されてねえよ」

「嘘ばっかり! 抱きしめられて惚けてたじゃない! あたしたちの知らないところで、あの女とあんなことやこんなことしてたんじゃないの!?」

「本当かよ……失望したぜ……」

「御主人様……」

「んなことあるわきゃねーだろ!」

 セツナは、思わず声を荒げた。嫉妬深いミリュウや、ノリでいっているだけのレムはともかく、シーラにまでそのような誤解をされるのは心外だった。

 ファリアは、というと、まったく意に介してもおらず、いつものミリュウの調子に微笑んでいるだけだ。彼女のその余裕が、セツナにはまぶしく見えてたまらない。エリナもよくわからないといった反応で、それだけが癒やしといえば癒やしなのかもしれない。

 そのとき、セツナは、複数の気配と視線を感じて足を止めた。ミリュウが背中にぶつかったのは、彼女が周囲を一切気にせず早足で歩いていたからだろう。

「なに、なんなの――って、囲まれてる?」

 ミリュウはセツナを羽交い締めにしようとした態勢のまま、ようやく周囲の気配に気づいたようだった。豊かな胸の感触は悪くはないが、いまは堪能している場合ではない。仕方なくセツナはミリュウの腕の中から逃れると、周囲を見回した。

 森は、闇に包まれている。午前中。今朝のエンジュールの空は快晴そのものであり、エンジュール南西のこの森の上空も、雲ひとつないはずだが、木々の枝葉が織りなす天蓋は、太陽の光を遮り、湿気の多い森の構築に一役も二役も買っていた。その森の闇の中、無数の赤い光点があった。皇魔の目だ。

「皇魔の皆様、随分気が立っておいでのようでございますね」

 レムがいうと、ファリアが肩を竦めた。

「ミリュウのせいね」

「ミリュウのせいだな」

「師匠……」

「あ、あたしのせいなの!?」

 皆に責任を問われ、ミリュウはセツナの腕にしがみついてきた。彼女のそういったところは可愛らしいと想えなくもないのだが。

「いくらなんでも騒ぎすぎだ」

 セツナは、ミリュウの頭を撫でて、彼女に冷静になるように促した。すると、赤く輝く眼光が近づいてくるのがわかった。

「その通りだ。人間」

 低く厳めしい声が紡いだのは、セツナにも理解できる言葉だった。つまりは、人間の言葉であり、大陸共通語ということになる。しかし、目の輝きからして人間ではなかった。体躯も大柄だ。人間でいう大男よりも遙かに上背がある。やがて闇の中から姿を現したのは、巨大な鬼だった。真っ赤な外皮に覆われたその異形はまさにレスベルと呼ばれる皇魔であることを示している。三メートルはあろうかという身の丈に、鍛え上げられた肉体は鋼の如くであり、赤く輝いているようでもあった。頭部の角と厳めしい形相は、鬼という呼び名に相応しい。

 人語を理解し、巧みに操るという事実に驚きこそすれ、疑問を挟む余地はない。皇魔の知能は人間とは比較しようがなく、共通言語を覚えるのにさほどの時間はかからないという話だ。もっとも、あらゆる皇魔が人語を介せるかというと、そうではなく、言語を発する能力を持たない皇魔には、言葉を理解することができても、喋ることはできないのだろうが。

「ここは神聖なる魔王の森。静寂こそが絶対の法理と知れ」

「わかりました。わたくしの同行者が騒ぎ立てたことの非礼、お詫びさせて頂きます」

「……話のわかる人間でなによりだ。ならば、早々に立ち去るがいい。であらば、我らも手荒な真似をせずに済む。我らとて、人間との間に無用の諍いは避けたいのだ」

 レスベルもまた、話のわかる皇魔ではあった。彼がセツナたちを煩わしそうにしているのは、ひとつには、人間を忌み嫌っているというのがあるに違いない。人間にとって皇魔がそうであるように、皇魔にとっても、人間とは神経を逆撫でにする存在なのだ。一刻も早く目の前から立ち去って欲しいという彼の気持ちは、多少なりとも理解できる。とはいえ。

「では、魔王陛下に取り次いでもらえませんか」

「話のわからぬ人間だ」

 やれやれ、と、彼は頭を振った。周囲を取り囲む皇魔たちが彼の嘆息に反応し、威嚇的な声や物音を発してきたが、セツナは気にも留めなかった。

「関係のない人間は通すな、とのお達しだ。魔王陛下は、貴様とはお会いになられぬ」

「エンジュール司政官殿と“守護”殿の紹介状があっても、ですか?」

「……紹介状?」

 セツナは、懐から書状を取り出し、レスベルに手渡した。書状は、今朝方、宿にゴードンの使いが届けてくれたものであり、エンジュールの使者としてセツナたちの立場を証明するものだ。レスベルは、書状を開き、内容を確認すると、セツナに返してきた。

「……ふむ。どうやら本物のようだ。良かろう。我についてくるがよい」

「あなたが話のわかる方でよかった」

「感謝は、陛下にすることだ。陛下の御命令なくば、この場で切り捨てている」

 彼はにべもなく告げてきたが、セツナは、当然の反応だと想っただけだった。

 彼がこの森の守護者ならば、害意を持つ侵入者を切り捨てようとするのは当たり前のことだったし、セツナが彼の立場ならば同じようにするだろう。

 もっとも、レスベルに殺されるセツナではなく、そのため、セツナは特になにも感じなかったに違いない。

 力の差が、余裕を生む。

 


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