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第二千二百五十八話 湯煙る郷にて、明日を想う(ニ)

 女性用の浴場は、どうやら静まり返っているらしい男性用浴場とは異なる活気があった。

 それもそのはずで、まず人数が違うのだ。男性用浴場には、セツナとゲインのふたりしかいない上、ふたりともおしゃべりではない。基本的に喋りが苦手なセツナと、あまり無駄なことを喋らないゲインなら、会話が弾むことは稀だろう。それに温泉を堪能するのであれば、無言にもなろう。

 その点、女性陣は違った。人数も男性陣の比ではない。ファリア、ミリュウ、レム、シーラ、エリナ、ミレーユの六人が全員、一カ所に集まっている。それ自体はいつものことなのだが、そこに男性陣がいないということが、女性用浴場を無法地帯と化させていた。それには、女性陣全員が素っ裸であるというのも大きいだろう。場所が浴場で、女性しかいないのだ。同性に対し裸を見せることを気にするものは、彼女たちの中にひとりとしていない。

 男性陣の目を気にすることもなく、衣服を脱ぎ放ったことで、皆、開放的になっていたのかもしれない。

 更衣室にいる間から、ミリュウやレムははしゃいでいて、エリナなども、久々の――それこそ数年来の温泉に興奮を隠せないようだった。ファリア自身、温泉に浸かれることに喜びを隠せないし、その気持ちを否定するつもりもない。こうして、皆とまた温泉を楽しめる日が来るとは、リョハンの戦女神をしていた当時は考えもしなかったことだ。

 夢見てはいた。

 しかし、混沌たる時代、それは叶わぬものであり、見果てぬ夢だと想わざるを得なかったのも事実だ。

 第一に戦女神にそのような自由はない。戦女神の第一義は、リョハンの安定であり、秩序の維持なのだ。それ以外のことを考え、行動に移す余裕などあろうはずもなかった。ミリュウやニュウ、グロリアなどと一緒に風呂を浴びることはあっても、それは彼女の夢見る光景とは程遠いものだった。

 その念願がいままさに叶っている。

 浴場に入れば、満天の星空の下、立ちこめる湯煙にうっとりとする。四方は高い壁で囲まれているため、外から覗かれる心配は一切ない。壁は、一般的な家屋よりも高く作られており、隣の温泉宿の二階などからも覗けないようになっているようだ。元々、温泉宿の二階三階の温泉側には窓が設けられていないようであり、覗かれる心配などする必要もなかったのだが。話によれば、隣近所の温泉宿も同様の作りをしているのは、エンジュール温泉宿協会

の取り決めであるらしかった。取り決めが定まる以前は、温泉の覗き見問題が深刻だったというが、いまではそういった事件は一切といっていいほど起きないという。

 そういう理由もあり、ファリアたちは安心して衣服の一切を脱ぎ捨て、開放感に満たされながら浴場に足を踏み入れることができたというわけだ。

 ファリアを始め、女性陣は皆、思い思いに温泉に浸かり、それぞれに疲れを癒やしたり、温泉を堪能したり、会話を楽しんだりした。静まりかえっている男性用浴場とは対称的にもほどがあるくらい活気に満ちていて、特にはしゃいでいるのがミリュウだった。たまりにたまった鬱憤を晴らすかのように、彼女はレムやシーラ、エリナにちょっかいを出しては、温泉のお湯を跳ね飛ばした。

「それにしても、あんた、さっきからどうしたのよ?」

 ミリュウが、レムの様子を不審に想ったのは、彼女が度々エリナを見つめていたからだろう。ファリアも気になってはいたが、裸のふたりを見比べてから即座に得心したため、触れなかったのだ。ミリュウには、そういう機微がわからないのかもしれない。 

「な、なんでもありませぬ」

「なによう。気になるじゃない。教えなさいよう」

「そうです! わたしになにかあるんですか!」

 エリナが湯船に口元まで沈み込んだレムに迫ると、レムは、目のやり場に困ったようだった。エリナは当然、全裸だ。この数年で豊かに育った乳房を見せつけるかのようであり、それがレムには解せないようだった。かつて、レムが自分の仲間だと想っていたエリナがこうも成長するとは想わなかったのだろうし、それが少し寂しいのかもしれない。

「きゃっ」

 と、レムが悲鳴を上げたのは、エリナに意識を奪われた彼女をミリュウが背後から羽交い締めにしたからだ。

「観念しなさい、レム。あたしの弟子ちゃんになにがあるのか、白状してもらうわよ」

「で、ですから、なんでもありませんのでございますですよ!」

「だったらなんでわたしのことをじっと見てたんですか! 好きなんですか!」

「あら、そうなの?」

「そんな当たり前のことを聞かないでくださいまし」

「当たり前なのか」

 シーラがぼそりといった。彼女は湯船を囲う岩の上に腰を下ろしている。湯に浸かりすぎて、熱くなりすぎた体を冷ましているようだ。鍛え上げられた筋肉と女性らしい肉感の共存した肢体は、男性からすればきっとそそるものがあるに違いない。女のファリアから見ても、惚れ惚れするような肢体なのだ。濡れた髪が乳房を隠すようにしているのも、高得点だ。なにも、すべてを曝け出せばいいというものではない。

「なんだ、それならそうといってくれればいいのに」

「嬉しいです! お姉ちゃん!」

 エリナがレムに抱きつくと、レムは困惑したように彼女を抱きしめ返した。ミリュウはとっくに彼女を解放している。そんな様子を眺めてひとり微笑んでいるのは、ミレーユだ。ミレーユにとっては、エリナの幸福こそが一番なのだろうし、エリナが皆と仲良くしている光景ほど嬉しいものはないのかもしれない。

 もっとも、当のレムはというと、エリナやミリュウの反応に戸惑うしかないといった有様で、可哀想ではあるのだが、真実を追究すればそれこそ彼女にとって悲しい結末にしかならないだろう。故にファリアは話に入らなかった。

 レムが気にしていたのは、きっとエリナの成長だろう。約二年前は子供だったエリナも、この二年半ほどで大人の仲間入りを果たせそうなくらいには成長していた。身の丈もそうだが、胸の大きさ、臀部の肉付きなど、全体的に女性らしくなっていた。その点、レムは二年前と一切変わっていない。身の丈から体つきまで一切変化がなく、そのことをレムが嘆いているのかもしれない。

 それは致し方のないことだ。

 レムは、本来ならば十三歳のときに死んでいたのであり、マスクオブディスペアの能力によって仮初めの命が与えられているに過ぎないのだ。その仮初めの命は、彼女に生命活動を行わせるためだけのものといってよく、肉体に成長を促さなかった。成長しないということは老いないということでもある。まさに不老不滅という言葉そのままの彼女の境遇だが、十三歳のまま時の止まった肉体というのは、女性の身とすれば、多少、辛いものがあるかもしれない。

 胸の大きさがどうこうよりは、そこに彼女の複雑な想いがあるのではないか。

 結局、レムの本心は彼女にしかわからないし、彼女がエリナを注視していた理由は別にあるのかもしれないが、ファリアはそんな風に結論づけた。

 約二年。

”大破壊”から流れた月日は、皆を変えた。

 しかし、変わらないものもある。

 たとえば、この胸の奥に輝く想いだ。愛しいひとを想う気持ちだけは、一切揺るがなかった。たとえ天地が割れ、世界が壊れ果て、混沌とした時代が訪れようとも、ファリアの中のセツナへの愛情だけはなにひとつ変わらなかった。それは、彼との再会によって思い知らされた。

 彼なしでは生きてはいけない。

 そう、確信した。

 彼のいない世界など、想像もできない。

 では、なぜ、二年もの間戦女神をやってこられたのか。

 単純な理屈だ。

 彼が生きていると、信じていたからだ。

 そして、彼は生きて、再び彼女の前に姿を現した。

 あのときの感動は、もう二度と味わえないだろうし、その必要もない。

 もう二度と、離れないと誓ったのだ。

 ファリアは、温泉の中ではしゃぎ回る師弟を見守りながら、そんなことを想っていた。

 たとえ明日、この世界になにが起ころうとも、この想いだけは変わらない。

 そんな確信とともに。


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