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第二千二百五十六話 エレニア(ニ)

 ログナー方面に駐留していたヴァシュタリア軍残党を前身とする女神教団は、ログナー島の統一支配を目論見、軍事行動を起こした。三者同盟は、女神教団という圧倒的な戦力を誇る組織から逆転勝利をもぎ取るべく、マルスールに主戦力を投入。主戦力たるシグルドたちは、女神を名乗るマリエラ=フォーローンなる人物と直接対決に至った。だが、シグルドたちの奮戦も空しく、まさに敗れかけたそのとき、マリエラ=フォーローンの身に異変が起きた。マリエラなるものは消滅し、白甲冑の男が現れたのだという。その白甲冑の男が、セツナの到来を待ちわびているような発言を行っていたらしい。

 シグルドたちが、その人物がウェゼルニルだと知ったのは、その後、エンジュールにウェゼルニルが現れてからのことだそうだが。

「ウェゼルニルは、セツナと戦いたがっていた……と」

 ファリアがつぶやくと、ミリュウが皮肉に笑った。

「良かったじゃない。念願叶ってセツナと戦えたんだから」

「戦えたって次元じゃあなかったんだろ?」

「そうよ、一方的だったわ。もうセツナってば、惚れ直しちゃうくらいかっこよかったんだから」

「惚れ直すもなにもないでしょうに」

 ファリアが呆れて告げると、ミリュウが当然のようにうなずく。

「そりゃそうだけど」

「うんうん」

 シーラまでもがミリュウに同調するのを尻目に、セツナはミリュウに尋ねた。

「……ウェゼルニルは、ウォルド=マスティアだったんだよな?」

「シグルドはそういってたわ。あたしはよく知んないけど」

「ミズトリスは、イリスだった」

 セツナの頭の中には、ミズトリスの兜の下から現れた素顔が蘇っていた。

「そして、ミズトリスが言及したヴィシュタルという人物は、クオンだ。おそらく、獅徒なるものたちの多くは、《白き盾》幹部だった連中なんじゃないか、と、俺は見ている」

「獅徒が《白き盾》幹部……ねえ」

「ネア・ガンディアに属する神々がヴァシュタラより分かたれた神々だということも、それを裏付けている気がするんだ。ヴァシュタラ軍そのものがネア・ガンディアの尖兵になっているということもな」

「つまり、ヴァシュタリアそのものがネア・ガンディアになった、ってこと?」

「どうかな」

「それはありえないわ」

 ファリアが即座に首を横に振った。

「ヴァシュタリアは、いまも厳然として存在するもの。少なくとも、レイディオンは、ヴァシュタラ教会の聖地として機能しているというし、ヴァシュタリアのひとびとも、ネア・ガンディアなんていう組織とは無縁に暮らしているそうよ」

 ヴァシュタリアの情報に明るいリョハンの戦女神がいうのだ。それは間違いないのだろう。その情報源は、リョハンに協力的だった竜王ラムレス=サイファ・ドラースであり、彼が大陸を飛び回って得た情報なのだ。信用に値する。

 つまり、その情報を信じれば、ネア・ガンディア=ヴァシュタリア共同体ではない、ということになる。が、それは、セツナの考えを否定するものではない。

「俺も、そう想うよ。ネア・ガンディアは即ちヴァシュタリア共同体なんかじゃあ、ない。そもそも、ヴァシュタリア共同体がネア・ガンディアなんて名乗る理屈がない。陛下の名を騙る道理もな」

「そうね……いくらガンディアの国土を手に入れるためだって、わざわざネア・ガンディアなんて名乗る必要はないものね。最終戦争のときみたいに力ずくで奪えばいい話だもの」

「じゃあますますわからないわ。なんなのよ、ネア・ガンディアって。だれなのよ、陛下の名を騙っているのって」

「それがこうしてるだけでわかるなら苦労はしないんだがな」

 実際問題、こうやって話し合っているだけでわかることなどなにひとつないのが現実というものだ。考察はできる。だが、結論はでない。獅子神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアなる人物の正体がなにものなのか。本当に存在するのか。実在するならば、なぜ、レオンガンドの名を騙っているのか。謎は多い。

 それからしばらくして、エレニアが問いかけてきた。

「セツナ様は、ネア・ガンディアと戦うおつもりなのですね?」

「……まあ、そうなるだろうな」

 肯定し、持論を展開する。

「奴らが新生ガンディアなんていうふざけたを名を名乗り、陛下の名を騙る指導者を掲げている限り、俺は奴らの敵として在り続けるだろうさ」

「では、エンジュールはどうされるおつもりなのです?」

「そうさな……」

 エレニアの真摯なまなざしを受け止めながら、セツナは、庭に目を遣った。レムが”死神”を繰り出してまでレインの相手をしているのが面白いといえば面白い。レインは、”死神”たちに興味津々といった様子で、もはやこちらのことなど眼中になかった。子供は子供らしく元気よく駆け回っているのが一番だ、と、ミレーユらと一緒にはしゃぐレインを見ながら想う。そして、いまの世は、そうして遊び回る子供たちにとって決して明るいものではないということを考えざるを得ない。

 世界は、滅びに瀕している。

 それこそ、ネア・ガンディアとか関係なしに、だ。

 神威によって毒された世界を一先ず救うには、神々を説得するか、元の世界に還すことだ。あるいは、話を聞かない神々を滅ぼすか。

 いずれにせよ、神々と戦うことにはなるだろう。すべての神々が、セツナの意見を聞き入れ、神威を抑えてくれるはずもない。マリクがいうには、神々にとって、神威を抑えることは、人間が呼吸を抑えるのと同じようなものだというのだ。神々が本来あるべき世界において神威を抑えるのは、その世界に信徒がいるからであり、信徒の祈りこそが力の源だからだ。そして、それこそ、神々がこのイルス・ヴァレにて神威を無遠慮に発し続けている理由でもある。

 神々とは無関係の異世界であるイルス・ヴァレには本来の信徒などおらず、信徒を気遣う必要などないからだ。ひとびとがどうなろうと、世界がどうなろうと知ったことではない。だからこそ、神々は神威を発し、世界は純然たる神威に晒され、毒され、滅びていく。

 このままなにもしなければ、世界は壊死していくだけだ。

「先もいったようにさ、エンジュールは俺を領伯として仰いでるんだよな?」

「はい。わたしも、司政官殿も、住民のひとり残らず、セツナ様をこそ、この街の主と仰いでおります。故にこそ、エンジュールは激動の時代を生き延びてこられたものと自負しているのです」

 エレニアの話を聞けば聞くほど、セツナは自分の考えを改めざるを得なくなっていくのがわかった。

 最初は、龍府同様、仮政府に支配権を返上しようと考えていた。セツナは、今後、戦い続けなければならない。少なくとも、一所に留まり続ける余裕はなく、領伯として領地を見て回る暇などないからだ。だから、仮政府の本拠がある龍府をまずは返上した。龍府もまた、セツナのことを領伯として認識してくれていたが、龍府がそれまでやってこられたのは、グレイシアらガンディア王族を推戴する仮政府の存在があってこそであり、セツナの影響はほとんどなかった。今後も、仮政府が龍府を運営してくれるだろう。

 しかし、エンジュールはどうか。

 エレニアやゴードンにいわせれば、エンジュールは、領伯であるセツナへの想いが支柱となって存在していたからこそ、今日までやってこられたのだという。無論、セツナはそうは想わない。司政官ゴードン=フェネック率いる役所のひとびと、“守護”エレニア=ディフォンと守護精霊ゼフィロス、シグルドたち《蒼き風》、それにエンジュール住民が力を合わせてきたからこそ、混迷の時代を生き抜いてこられたはずだ。

 セツナは、そこになんら寄与していない。

 その事実を前にすれば、セツナが領伯でなくともなんら問題ないのではないか、と、想うのだが、しかし、エレニアたちの話を聞けば、その考えも間違いかもしれない、とも思い直す。

 人間には、心の拠り所が必要だ。

 特に最終戦争、”大破壊”という大惨事を経て、ひとびとの心は弱り切っている。そんなとき、なにがしかの支えを求めるのは当然のことだったし、それがたとえば、かつての英雄セツナ=カミヤの幻想だったとしても、別段不思議なことではないのではないか。

 リョハンは、戦女神に支柱を求めた。故にひとびとは”大破壊”を乗り切り、混沌の時代においても道を失わずに済んだという。龍府における支柱は、それこそ仮政府であり、ガンディア王族となるだろう。

 アレウテラスは闘神ラジャムを、ベノアは十三騎士を、それぞれ支柱としている。ログノールは、政府があるものの、ドルカ=フォーム総統が支柱に該当するといっていい。どこの国、どこの都市にも、なにがしかの支えがあるのだ。必要不可欠といっていいのだ。

 エンジュールにも、支えが必要だ。

 ここログナー島は、ログノールが最大勢力を誇り、ガンディア仮政府に連なっているのは、エンジュールだけなのだ。その仮政府との繋がりも、セツナたちによって唐突にもたらされたものでしかなく、極めて一方的に近いものだ。たとえばセツナが突然、エンジュールを仮政府の預かりにするなどといいだしても、エンジュールのひとびとにとっては寝耳の水の話といってよく、たまったものではないだろう。しかも、仮政府に支配権を返上したところで、仮政府の加護がエンジュールに及ぶわけではない。幸い、ログノールは仮政府に協力的であり、たとえエンジュールが仮政府のものになったとしても、友好的に対応してくれはするだろうが。

 そういった事情を踏まえて、セツナが出した結論は。

「エンジュールは、今後もエレニアとゴードンに任せるよ。俺にはやらなきゃならないことがあるからな。そう頻繁には顔を出すことはできない」

「では、今後も領伯として、このエンジュールを見守り、導いてくださる、ということですね?」

「導けるかどうかはともかくさ、俺にできることがあったら、なんでもいってくれ」

「はい……!」

 エレニアの明るい返事に、セツナは、なんだか面映ゆくなった。

 結局、エンジュールに対するセツナの立ち位置というのは、これまでとなんら変わらないのだ。エンジュールの統治運営に関しては司政官ゴードンに投げっぱなしだし、“守護”エレニアにも頼り切りにならざるをえない。しかし、エンジュールのことは、やはりこれまでの二年あまりをやり通してきたふたりに任せるのが一番だと、彼は考えた。

 仮政府を返上しても、結局は同じことになっただろうが、そうした場合、エレニアたちはきっとセツナに失望したに違いなく、支えを失ったエンジュールのひとびとが活力を失うような流れだけは作りたくなかった。

 この混迷の時代、ひとが生きていくためにはなんらかの支えがいる。

 セツナがその支えになれるというのなら、それもいいだろう。

 できることは、なんだってやってやる。

 そんな気概とともに、セツナは縁側を離れた。少しくらい、レインと遊ぼう。ふと、そんな気になった。

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