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第二千二百五十二話 ログナー島散歩(一)

「なるほど。仮政府の意向はわかりました。こちらの返答につきましては、議会と相談してからのこととなりますが、ご了承頂けますね?」

「ええ、もちろん。こちらとしても結論を急がせるつもりはありませんよ。総統閣下の立場もお有りでしょうし」

「まあ、議会も仮政府の親書に目を通せば、わたしの意見に賛成してくれると想いますがね」

「総統閣下の意見とは?」

「それは秘密。セツナ様には悪い結果にはなりませんよ」

 それはそうだろう、と、セツナは、いたずらっぽいドルカの微笑を見つめながら想った。

 マイラムに到着して早々、セツナ一行は、ログノール政府官邸に案内された。もちろん、セツナ一行のマイラム訪問目的が仮政府の親書をログノール政府に届けるためだからだ。政府役員ではなく、総統ドルカ=フォームに直接手渡し、ついでに彼の考えをうかがい知ることができたのは僥倖というほかはないが。

「しかし、この数日でザルワーン島を統一するとは、仮政府もセツナ様もやりますな」

「ザルワーン方面以外が無政府状態だっただけのこと。俺はなにもしていませんよ」

「まったまたー。セツナ様が御自慢の黒き矛でばったばったとなぎ倒したんじゃないんですか?」

 などとドルカの饒舌な会話は、彼が飽きるまで続いた。

 総統執務室には、ドルカとその秘書官ニナ=セントールのみがいて、ドルカが妙に饒舌なのもそのせいかもしれなかった。普段ならば必ず顔を見せるに違いないエインは所用で出払っているのだ。エインさえいれば、彼が会話の中心になるのは疑いようがない。

 ドルカとの会話の中で、戦後のログノールの状況が少しだけわかった。

 ネア・ガンディア軍の撃退から数日あまりが経過した五月十一日。ログノール政府は、各都市との連絡を取り、いずれもが平穏と秩序を取り戻したことを確認している。スマアダ、バッハリア、ミョルン、マルスールの四都市のことだ。マルスールは元々戦いに巻き込まれていなかったため確認するまでもなかったとのことだが。

 ネア・ガンディアの獅徒ウェゼルニルが我が物顔で支配していたというエンジュールの無事も、ログノール政府は確認している。エンジュールは、再び司政官ゴードン=フェネック

と“守護”エレニア=ディフォンによる統治運営に戻り、ひとびとも安心しているという。

 残念なことがひとつだけあり、それは、魔王ユベルと皇魔たちの住処であったコフバンサールがもはや跡形もなくなっていたという事実だ。

 コフバンサールとは、エンジュール近郊の森のことであり、魔王たちは、マイラム西の森メキドサールからとある事情によって移り住んだのがコフバンサールだった。そのコフバンサールまでも失った魔王と皇魔たちはどうしたのかというと、エンジュールの許可を取り、近郊の森を開拓し始めているとの話だ。魔王たちが路頭に迷えば一大事だったこともあり、セツナもほっと胸を撫で下ろしたものだ。

「そうだ、セツナ様」

 彼は、セツナのことをいまも様付けで呼ぶ。立場的には、どう考えてもログノール総統である彼のほうが上なのだが、彼はセツナを敬うように言葉を用い、態度を取った。それが歯がゆいという気持ちもあるが、彼なりの敬意の表し方なのだと思えば、悪くはない。別段、距離を取っているというわけでもないのだ。むしろ、彼の言葉遣い、態度とは裏腹に、会話の内容は極めて気安いものであり、セツナは、昔の自分を取り戻すような感覚に襲われた。

「帝国本土に急ぐのもわかりますが、領地を尋ねてみてはいかがです? きっと、“守護”殿も司政官殿も喜びますぜ」

「ええ、そうします」

 ドルカにいわれたからではないが、セツナは、エンジュールに立ち寄ることにすると、執務室を辞した。

 ファリアたちの待つ応接室に向かうと、アスタル=ラナディース、エイラ=ラジャールの姿があった。エイラ=ラジャールは、エインの従姉であり、エインに目鼻立ちが似ていた。エインは元々中性的な童顔であり、だからこそ、エイラに似ているといえるのだろう。しばし談笑し、アスタルとエイラの姉妹のような仲の良さを目の当たりにした。アスタルとエイラは、アスタルがエインと結婚したため、親族になったのだから間違いではないかもしれない。

 政府官邸を後にすると、とっくに昼を過ぎていた。方舟に戻れば、ゲインがいつものように手作りの昼食を用意して待ってくれており、セツナたちは、豪勢な食事に舌鼓を打った。

 方舟の旅におけるゲインの役割というのは、極めて重要だ。特に代わり映えのしない方舟生活では、食事だけが日常に彩りを添えてくれるといっても言い過ぎではないのだ。特にゲインは、セツナたちひとりひとりの好き嫌い、味の好みを理解してくれているため、常に過不足なく食事にありつけた。

 もしゲインがいなければセツナたちのうち、だれかが料理行わなければならなくなっただろうし、それはそれで大変だったに違いなかった。そういう意味でも、セツナたちは毎日のように美味しい食事にありつけることに喜び、ゲインに感謝を忘れなかった。

 昼食中も、方舟は移動している。

 マイラムからエンジュールまでは、不安定な方舟でも二時間もかからなかった。

 船を降り、馬車に乗り込む。御者役を買って出るのはダルクスであり、彼の手綱捌きは見事というほかなく、セツナの出る幕はなかった。もっとも、セツナが御者役を買って出ようものなら、ファリアたちに猛反対されただろうが。おそらく、エリナを除いて、もっとも馬の扱いが下手なのがセツナだ。

 エンジュールに辿り着くと、《蒼き風》の戦士が門番代わりを務めており、セツナの顔を見るなり、あっさりと中へ通してくれた。《蒼き風》は、エンジュールの戦力だといっていた。傭兵団ではなくなった、ということのようだ。

「役所まで案内致しましょうか?」

「申し出だけはありがたく受け取っておくよ。ここの勝手は知ってるんだ」

「領伯様ですからな」

《蒼き風》の戦士は、高らかに笑った。

 エンジュールは、彼のいうように、いまもなおセツナを領伯と認識してくれているのだ。だからこそ、一度、ゆっくりと訪問しなければならないと心に思っていた。それが叶うかどうかは状況次第だったが、目的地への道すがらということであれば特に大きな問題もなさそうだった。

 馬車に乗って、エンジュールの町中を進んでいく。

 馬車の先を門番だった戦士がひとり、馬を駆って先導する。馬車を誘導しているのではない。領伯が生還し、エンジュールに辿り着いたということをエンジュール中に知らせるための先触れとして、大声を上げながら駆けていくのだ。するとどうだろう。道行くひとびとだけでなく、家の中や宿の中にいたひとたちまでが路上に顔を覗かせ、セツナたちを乗せた馬車に歓声を上げ、手を振った。セツナは、ミリュウたちにいわれるまま御者台に上がり、エンジュールのひとびとの歓声に応えた。ますます歓声が上がったのは、エンジュールのひとびとがセツナの姿を覚えていて、セツナのことをいまもなお慕ってくれていることの証明なのだろう。

 エンジュールは、セツナにとって最初の領地だ。故に思い出深く、住民の歓声に応えながら感極まりそうだった。エンジュール住民にとっても、ここがセツナの最初の領地であることが誇りであるらしい。それもこれも、エンジュールが最初の領地となったことは、黒き矛のセツナの英雄伝説に燦然と輝く一大事だからだという。どんなことでも一番最初の出来事が取り上げられるものだ。領地の規模としては、二番目の龍府のほうが遙かに大きいが、真っ先に名が上がるのはエンジュールだろう。セイドロックなどは、セツナの領地になったということもあまり知られていないのではないか。

 役所への道中、セツナは、様々なことを思い出していた。エンジュールといえば、温泉だ。温泉にもちょっとした思い出がある。最初に温泉に浸かったときには、アズマリアが到来が大騒ぎになったものだ。そのときのことを思い出すと、アズマリアとよく敵対しなかったものだ、と思わざるを得ない。アズマリアは、セツナにとってもっとも大切なファリアを挑発し、敵の如く振る舞ったのだ。あのまま、関係が悪化していれば、セツナは、あのとき、地獄に堕ちるという道を選ばなかったかもしれない。

 その場合、どうなっていたのか。

 想像するまでもない。

 道半ば、志半ばで斃れていたことだろう。

 そんなことを考えているうちに役所が見えてきた。

 エンジュール市内の北側、小高い丘の上に聳える役所に辿り着いたときには、先触れの戦士が既に到達していて、役所の中から司政官ゴードン=フェネックを始めとする役員、役人たちが勢揃いでセツナたちを待ち構えていた。




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