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第二千二百四十八話 報告

 龍府に勝報がもたらされたのは、会戦翌日である大陸暦五百六年五月四日、正午過ぎのことだ。

 同盟軍が龍府を出発してから数日の間、龍府のひとびとは、同盟軍の勝利を祈り、あるいは信じながら、報告が来るのを待ち続けていた。その報せが満を持して到着すると、瞬く間に古都中を駆け抜け、龍府市民を歓喜踊躍させていった。だれもが待ちわびた報せだ。龍府全土に行き渡るまで、たいした時間もかからなかった。いつでも勝報を伝えられるよう、市民みずから人員を手配していたというのも大きい。

 同盟軍勝利の報せが龍府市民を喜ばせたのは、ただ勝利したからではなかった。ネア・ガンディアなる敵対勢力をガンディアの英雄セツナが撃退したという事実がなによりも大きい。”大破壊”以来、龍府市民のだれもが待ちわびた出来事といってもよかったのだ。

 龍府は、セツナが仮政府に返還するまで、セツナを領伯と仰いでいた。仮政府発足後も、龍府の領伯はセツナのままであり、仮政府は天輪宮にその本拠を置いた際も、領伯から借りるという体裁を整えたくらい、領伯の立場を尊重していたという。龍府市民にとって、それだけセツナが領伯であるということは特別だったらしい。

 セツナにしてみれば、龍府市民に特別なにかをしたという意識がなかったため、龍府市民がそこまで慕ってくれていたことには驚きを禁じ得なかったし、実感も少ないのだが、しかし、そうまで想ってくれたひとびとのためにも負けられなかったし、勝てたことには喜びしかなかった。

 龍府市民は、英雄セツナ=カミヤが再び龍府に現れ、ザルワーン方面に安定的な秩序をもたらし、希望に満ちあふれた未来を指し示してくれることを望んでいた、という。それは、セツナが、ガンディアに数多の勝利と栄光をもたらした英雄だからであり、最終戦争と”大破壊”で多くのものを失ったひとびとには、心の拠り所が必要だったということでもある。龍府市民は、混迷の時代に合っても、いつの日か英雄セツナが龍府を訪れてくれることを信じていたのだ。

 そして実際にセツナが現れ、ザルワーン方面の窮地を救った。となれば、興奮せずにはいられないのが龍府のひとびとだ。勝報がセツナたち自身によって届けられてからというもの、古都は、”大破壊”から今日に至るまで、ついぞ見ることがなかったくらいのお祭り騒ぎに包まれた。

「龍府のひとびとがこれほどまでに喜び、お祭り騒ぎに興じていられるのも、セツナ殿、あなたのおかげですよ」

 天輪宮泰霊殿の屋上からお祭り騒ぎの龍府市内を見渡しながら、グレイシアが、心のそこからの感謝を込めて、告げてきた。

 グレイシアを始めとする仮政府首脳陣からの感謝の言葉は、戦勝報告の際、散々聞いている。それこそ、耳にたこができるくらいといっても差し支えないほど、グレイシアたちはセツナたちを褒め称えてくれたものだ。もちろん、セツナたちだけではない。戦いに参加したすべての同盟軍将兵の奮闘を称えた。いつ死んでもおかしくない戦いだということは、同盟軍将兵のだれもが知っていたことだ。マルウェールを一撃の元に滅ぼし尽くすような軍勢と戦うのだ。並大抵の覚悟でできるものではない。

 仮政府首脳陣は、それら同盟軍将兵に多額の褒賞金を約束するとともに、戦死者に哀悼の意を表明、マルウェールに慰霊碑を建立することを誓った。マルウェールの復興も、だ。しかし、マルウェール市民も全滅しているという事実もある。マルウェールの復興には、多大な時間と労力、金がかかることだろう。帝国軍が手を貸してくれるということもあり、多少はましかもしれないが。

 失ったものはあまりにも大きく、得たものはわずかばかりだ。

 しかし、その得たものがかけがえのないものだということは、忘れてはならない。

 敵のいない平穏と安定的な秩序ほど、偉大なものはなのだ。

「ええ。本当に……セツナ殿。あなた様がいてくださって、本当によかった」

「まったくです。セツナ殿には頭が上がりません」

「さすがはレオナの英雄です」

 グレイシアやリノンクレア、レオナ姫にまで褒められると、悪い気分はしない。が、かといって有頂天になってもいけない、と、自戒の念を込める。褒められて調子に乗るほど愚かではないとはいえ、ときにはそうなることもあるのだ。常に冷静さをもって行動することを忘れてはならない。皆が英雄と称えてくれるのであれば、それに相応しい人間としての自覚を持つべきだろう。

 自分らしくはないが、悪くもない、と、セツナは想う。そんな風に畏まるセツナを見て笑いを隠せないのがミリュウであり、レムだ。ふたりにしてみれば、英雄らしく振る舞おうとするセツナがおかしくてたまらないらしい。シーラとエリナは、そんなセツナをむしろ誇らしいものとして受け取ってくれているようであり、ファリアに至ってはそれでこそセツナである、とでもいいたげな反応だった。個性豊かな彼女たちのことだ。受け取り方に違いがあるのは当然だろう。

 天輪宮泰霊殿の屋上には、ガンディア王家のひとびととセツナたちだけがいた。セツナは、昨夜から今日の昼前までぐっすり寝たこともあって、すっかり回復していた。とはいえ、ただ眠ったから回復したわけではない。あれほどの戦いを繰り広げたのだ。消耗し尽くしたのだ。一晩で全快するなどという調子のいい話があろうはずもないのだ。しかし、一晩を経たセツナの体調は万全で、精神的な疲れも取れていた。それには理由がある。ミリュウたちによるとどうやらマユリの膝枕で眠っていたらしく、体調が万全なのも、女神が肉体的にも、精神的にも癒やしてくれていたからのようだった。

 女神は、いった。

『おまえの寝顔は中々に愛らしいものであったぞ』

 そんなことを大真面目にいうものだから、ミリュウやシーラが勘違いしてマユリに食ってかかり、大騒動になるのだから女神にも困りものだ。

 それからセツナたちは、お祭り騒ぎを見守りながら、グレイシアらと様々なことについて話し合った。

 たとえば、ログナー島のことだ。

 ログナー島には現在、三つの勢力が存在する。最大勢力であるログノール、皇魔の国であるコフバンサール、そしてセツナを領伯と認識し、故にログノールに入らないエンジュールの三勢力だ。このうち、エンジュールは、セツナを領伯として仰いでいる以上、話さえつければ仮政府の支配下に入るだろうことは疑いようがない。セツナが仮政府の人間なのだ。エンジュールの司政官や“守護”が現在のセツナの有り様を拒絶するならば話は別だが、シグルドたちの話を聞く限り、ゴードンやエレニアがそのような反応を見せることはないだろう。エンジュールについては、問題にはならないはずだ。

 コフバンサールについてはおいておくとしても、問題となるのは、ログノールだ。

 ログノールの誕生経緯については、仮政府首脳陣も納得せざるを得まい。誕生経緯は、仮政府と似たようなものだ。ガンディア本国と連絡が取れず、頼れないという事情が現地の統治機構を誕生させた。その統治機構にガンディアへの帰属意識があるかどうかの違いに過ぎない。そしてそれは、統治機構の誕生経緯によって大きく差異が生まれるものであり、致し方のないことだった。

 ザルワーンの仮政府誕生には、ガンディア王家のひとびとが絡んでいる。太后グレイシア・レイア=ガンディアを始め、王妃、王女を擁し、ガンディア本国と連絡が取れないいま、ガンディア王家そのものが龍府にあるといっても過言ではなかった。ガンディア本国と連絡が取れるようになるまでの仮初めの統治機構として、仮政府と名乗っていることからも、その誕生経緯や存在意義が窺い知れるだろう。そうなのだ。仮政府は、あくまでも仮の統治機構に過ぎず、ガンディア本国と連絡が取れ次第、いつでもその権限を本国に返す用意ができていた。仮政府によって統治運営されていたザルワーン方面のひとびとも、ガンディア国民という意識が強く、仮政府を本物の政府として認識しているわけではないのだ。

 その点、ログノールは違う。

 ログノールは、ガンディア本国と連絡が取れず、ガンディア本国を当てにできなくなったということから、ログナーの再興、あるいはログナー新生を謳って作り上げられた、まったく新しい統治機構なのだ。そこには、ガンディア王国との連続性はなく、ガンディア王国への帰属意識もなかった。ガンディア本国と一切の連絡が取れないのだ。ガンディア本国からの連絡や命令を待っているだけでは、秩序もなにもあったものではない。なにより、最終戦争と”大破壊”によってでたらめに蹂躙され、混沌と狂気が渦巻く世界において、連絡を待ち続けるというのは愚行以外のなにものでもなかった。

 ガンディア本国が無事であるかどうかさえわからないのだ。

 座して死を待つよりは、行動を起こし、新たな統治機構を立ち上げるというのは、至極真っ当な判断というほかない。そして、そんな彼らの判断を否定する根拠もなければ、理屈もない。

 仮政府の判断に従い、帰属せよ、などと命令できるはずもないのだ。

 グレイシアを始め、仮政府首脳陣も、そのことをよく理解した上で、ログナーがガンディアに帰属する意思がないという事実を残念がった。しかしながら、ログノールのひとびとが”大破壊”を生き延び、新たな統治機構の元、日々を送っているということには感激さえ覚えていた。

”大破壊”は、世界をばらばらに引き裂いた。ワーグラーン大陸は原型を失うほどにばらばらになってしまった。いくつかの大陸と無数の島々に分かたれ、大海原によって隔絶された。しかし、ザルワーンにいるひとびとにとって、外海がどうなっているのかなど、まったくわからなかったのだ。もしかすると、ザルワーン島以外、すべての陸地が海の底に沈んでしまったのではないか。そんな風に考えるものも少なくなく、そういった考えが終末思想を生み、蔓延させる温床となった。

 もっとも、ザルワーン方面は、九尾信仰の勢いのほうが強く、終末思想が顕在化することはなかったようだが。

 そういうこともあり、グレイシアらは、外海からの来訪者ともいうべきセツナたちとの接触に歓喜したのだ。

 それはつまり、ザルワーン島の外にも生きているひとびとがいるという現れだったからだ。

 そして、ログナー島のひとびとがいまも元気に生きているという事実は、ザルワーンのひとびとにも活力となって伝わるだろう、と、グレイシアはいった。


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