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第二千二百三十五話 勝ち負けの形(ニ)

 ログナー島において主戦場となったのは、マイラムとバッハリアの中間、ややバッハリア寄りの地点のようだった。戦場周辺には瓦礫と化した敵方舟の残骸が散らばっていて、その落下時の衝撃などが各地に様々な被害をもたらしているようにも見えた。ただし、バッハリアやエンジュールに被害が及んでいる様子はない。そこら辺はマユリ神もよく考えて行動したのだろう。

 ミリュウたちからの報告を聞いてわかったのは、マユリ神の勇猛というよりは無謀といっていいような試みであり、その方舟による突貫が功を奏し、敵方舟を撃沈せしめたという話を聞いて、セツナは呆然としたものだった。ネア・ガンディア軍の方舟は、話を聞く限りでは、ザルワーンに派遣された方舟と同型船のようであり、セツナたちの方舟との質量差たるや圧倒的といっていいほどのものだ。普通、激突すればこちら側が粉砕されるだけで、なんの意味もないと想うはずなのだが、マユリ神はそうは考えなかった。

 敵の方舟に乗り、方舟を操る神は自分より圧倒的に格が低いと見た女神に迷いはなかったのだ。そして、見事敵方舟の防御障壁を突破、突貫と神威砲などにより轟沈させるに至った、という。その結果、敵はたった二名の戦力となってミリュウたちの前に立ちはだかり、ミリュウたちはウェゼルニルを、マユリ神は敵の神ハストスを相手にすることとなったのだ。そこから数時間に及ぶ激闘の末、先ほどの結末に至ったということだ。

 決着は、つかなかった。

 セツナは、完全武装状態でもってウェゼルニルに痛撃を叩き込み、神の力で復元する彼に追撃を浴びせ続けたが、ザルワーンのときと同様の横槍のせいで、止めを刺せなかった。初撃から全力を叩き込むことができていれば斃しきることもできたのかもしれないが、残念ながら、セツナはザルワーンの戦いで消耗しており、あれが限度だったのだ。

「なんというか……言葉も出ねえな」

 セツナは、戦場周辺に散乱した方舟の残骸や、残骸の落下によって荒れ果てた大地の有様にあきれるほかなかった。すると、視界に滑り込んできた女神が、四本の腕を胸の前で組み合わせて、勝ち誇るようにいってくる。

「もっと褒め称えてくれてもいいのだよ」

「ああ、賞賛の言葉も思いつかないほどの大活躍だよ、マユリ様」

「ふふふ……さもあろうさもあろう。わたしがこの勝利の立役者であろうな」

 女神は、一瞬驚いたような表情を覗かせたものの、セツナの賞賛を素直に受け止めてくれたらしく、ミリュウやレムの間を飛び回るようにしてその喜びを表現した。マユリは、ハストスなる神と激闘を繰り広げたはずだが、セツナたちと比べるべくもなく消耗していないようだ。その活発さには、さすがのミリュウもあきれる想いがしたらしく、頭を振った。

「賞賛に弱いとは、異世界の神ともあろうものが情けない」

 突然頭上から降ってきた男の声にセツナ以外のだれもが怪訝な顔をした。特に警戒を示したのはマユリ神だ。声に含まれる神威に気づいたのだろう。

「なにものだ……?」

「ハサカラウ。あなたと同じ異世界の神様だよ」

「異世界の神様とやらがなんで?」

「話せば長くなるからあとで説明するよ。いまはただ、協力してくれているってことを理解してくれていればいい。俺が間に合ったのもハサカラウのおかげなんだ」

「ふうん……敵じゃないなら別にどうでもいいけど」

 ミリュウが興味なさげにつぶやいたのがハサカラウの耳に届いたのだろう。直後、彼の声が、雷鳴のように轟いた。

「どうでもいいとはなんだ、そこの人間。セツナ=カミヤの知り合いだからとて、言葉遣いに気をつけねば容赦せぬぞ」

 威厳に満ちた龍神の声は、おどろおどろしいというほかなかったものの、セツナは、彼がどのような神様かある程度知っていることもあり、エリナのように震えたりはしなかった。いやそもそも、彼の声の迫力に脅かされたのはエリナただひとりであり、ミリュウはもちろんのこと、レムにも響いていなかった。

「はあ?」

「まあ、恐ろしい神様でございますね」

 ミリュウとレムのどうでもよさげな声音は、自分たちと直接関わりのない存在だからこその対応に違いない。ハサカラウがもし、セツナと深い関わりを持っているようなことを匂わせでもしたら、黙ってはいられなくなるのが彼女たちだ。そういう意味では、ハサカラウの興味がシーラひとりに集中したのは、喜ぶべきことなのかどうか。

「そうよ。我は荒ぶる龍神。畏れ、敬い、崇め奉れ。さすれば汝らに助力すること、やぶさかではないぞ」

 厳粛極まりない言い方とともに空に浮かび上がった巨大な龍神の影を見やりながら、セツナは、小さく告げた。彼がどれだけ自身を神々しく見せつけようが、セツナにはなんら響かない。確かに彼は強力極まりない神だ。それは認める。しかし、彼がシーラの精神性に惚れ込み、彼女を神子にするために手練手管を尽くさんとしていることは明らかなのだ。神というには、あまりにも人間くさく、どうにも小さく見えてしまう。

「なにを偉そうに」

「なに?」

「いまの発言、シーラに伝えたらどうなると想う?」

「む……? ますます我を見直すであろうな」

 おそらく空の上でふんぞり返っているのであろうことを思うと、苦笑が漏れる。

「んなわけあるかよ。シーラもミリュウも俺の身内なんだぜ。その扱い方を間違えれば、シーラに嫌われて当然だ。ますます神子の座が遠のくな」

「な、なに……!? それは本当か!?」

「ああ、本当だよ。シーラに嫌われたくないのなら、彼女が身内と判断している連中を丁重に扱うこった」

「シーラの身内を丁重に扱えばよいのだな!」

「ああ」

(それであいつが神子になるかどうかは別だがな)

 当然だろう。

 シーラは、龍神の神子になどなりたくないといっているのだ。ハサカラウがどれだけ彼女に見直されようとも、彼女が龍神の神子になるという未来はあるまい。だからといって、その事実を告げたところで諦めないのが、ハサカラウの、神の強情なところだ。

 神が強情なのは、ハサカラウに始まった話ではないので、なにもいうことはないが。

 ただ、シーラが迷惑に想わないかどうかだけが心配であり、仮にハサカラウがシーラを傷つけるような存在であれば、躊躇いなく彼を滅ぼす覚悟がセツナにはある。いまのところ、シーラに神子になることを強要することなく、むしろ彼女の意思を尊重している上、シーラの名を出せば協力してくれることもあり、放っているのだ。

 ミリュウが小声で尋ねてきたのは、そのことだ。

「神子ってなによ?」

「シーラ様が神子……でございますか? ハサカラウ様の?」

「いんや、そういうわけじゃあねえ。これもあとで話す」

「全部あとあとあと、ね。なんだか寂しいわ」

「んなこといったって、だなあ」

 セツナは、ミリュウがいやいやをする様を横目に見ながら、別方向からの視線にこそ意識を向けなければならなかった。シグルドを筆頭に、ミリュウたちと共同戦線を張ったものたちがこちらに向かってぞろぞろと近づいてきていたのだ。シグルドが率いていたのは《蒼き風》の面々らしいということは、副長ジン=クレールが相変わらずの仏頂面を浮かべていることからもよくわかる。

 それ以外で目を引いたのは、皇魔がいたことだ。屈強なレスベルと美麗なリュウディースたち。その先頭を行くリュウディースには見覚えがある。魔王の側にいたリュウディース、リュスカ。リュウディースという人間からすれば見分けのつきにくい種族でありながら、なぜ彼女だけ見分けがついたのかといえば、簡単なことだ。リュスカは、どういうわけか皇魔特有の目をしていないからだ。肉眼があるのだ。それゆえ、彼女は一度見れば忘れようがなかった。そして、そのおかげで、皇魔がなぜシグルドたちと行動をともにしているのかも、察することができた。

 皇魔を支配する異能の持ち主である魔王ユベルが、皇魔たちにそう命じたのだろう。クルセルクを去った魔王がまさかログナー方面に潜んでいたとは想像しようもないことではあったが、いたとしてもおかしくはない。魔王たちの動向は、ガンディアの情報網を駆使しても掴みきれなかった。ガンディア国内に魔王の国を作っていたとしても、なんら不思議ではなかったのだ。

「さすがはガンディアの英雄様だと、いわざるを得ねえな!」

 にかっと笑いかけてきたシグルドが掲げた長剣は、セツナにある種の郷愁を感じさせた。澄んだ湖面のように碧く透明な刀身は、折れてこそいたが、正真正銘、魔剣グレイブストーンだった。

 セツナが尊敬して止まない師、”剣鬼”ルクス=ヴェインの愛用した魔剣は、折れてもなお当時の輝きそのままにそこにあったのだ。


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