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第二千二百三十四話 勝ち負けの形

 ミリュウは、レムとエリナの微笑ましいやりとりを眺めながら、安堵の息を浮かべていた。ふたりはまるで姉妹のようになにかこそこそと話し込んでいる。ミリュウはふたりの会話を盗み聞きしないよう周囲を見回し、三者同盟の連中が勝利を喜び合っている様に目を細めた。

 肩の荷が下りたとは、まさにこのことだろう。当初の目的以上の結果を出すことができたのだ。なにもいうことはない。

 当初、ミリュウたちは、ネア・ガンディア軍のログナー制圧を押し止め、時間稼ぎすることが目的として、この島に上陸した。敵は、方舟によって上陸するに違いない以上、神が随行しているのは間違いない。神を含めた敵戦力を相手にするのであれば、ミリュウたちだけではどうしようもない。

 故にセツナがザルワーンのネア・ガンディア軍を撃退し、ログナー島に向かってくるまでの時間を稼ぐことが、ミリュウたちの作戦目的だったのだ。ウェゼルニルを斃そうと考えてもいなかったし、セツナがすぐさま駆けつけてくれるなどとも思っていなかった。とにかく、ウェゼルニル率いるネア・ガンディア軍によるログナー島の制圧を少しでも遅らせることだけを考え、行動すればよく、消耗したのであれば一端引き、態勢を整えるということも視野に入れていた。

 それがまさか、ウェゼルニルを撃破できるとは、さすがのミリュウも想定外のことであり、これでセツナに胸を張って逢えると想うと、表情も緩まざるを得ない。精も根も尽き果て、立っているのもやっとといった状態だが、精神的には充実していた。勝ったのだ。斃せるはずがないと想っていた相手を根こそぎ吹き飛ばすことができた――そう、確信していた。

 しかし。

「まあ、よくやるもんだ」

 はっと顔を上げると、先ほどの擬似魔法の爆心地から遠く離れた場所にウェゼルニルの姿があった。しかも、無傷の白甲冑を着込んだ、開戦当初の姿のウェゼルニルが、だ。ミリュウは、ただただ唖然とするほかなく、ほかのだれもが言葉を失っていた。

「俺の幻体を尽く破壊しちまうなんざ、中々できることじゃあねえ。賞賛に値するぜ」

 白甲冑のウェゼルニルのその一言は、いまのいままでミリュウたちが戦ってきたウェゼルニルたちは、十体が十体とも、彼の作り出した幻像だったということに違いなかった。絶望的な現実を突きつけられ、ミリュウは、絶句するほかなかった。もはや、ミリュウには対抗手段がない。

「そんな……」

「けどよお、俺は獅徒なんだぜ。獅子神皇が使徒ウェゼルニルが、あの程度で死ぬわけにゃあいかねえだろ」

「そうかい」

 声より疾く、一条の稲妻の如く降ってきたそれは、ウェゼルニルが超反応によって身を庇うように振り上げた両腕を粉砕し、首の付け根辺りから一直線にその巨躯を貫いていった。膨大な量の光の拡散は、力の爆発そのものであり、ウェゼルニルの巨躯が全身を覆う甲冑ごと真っ二つに両断され、吹き飛んでいく。その爆発の中心にあって、地面に矛先を突き刺すようにして着地した人物が、顔を上げて、告げた。

「これなら、文句はねえだろ?」

「てめえは……!」

「黒き矛の全力ならよ」

 体を左右に引き裂かれながらも意識を失うことなく怒声を上げるウェゼルニルに対し、セツナは、すぐさま立ち上がると、片手でウェゼルニルの首を掴んだ。左半身のウェゼルニルは、左手だけでセツナに抵抗しようともがいたが、その拳がセツナを捉えることはなかった。セツナの背後から伸びた闇の手がランスオブデザイアを振り下ろし、ウェゼルニルの左腕を粉砕してみせたからだ。

「ぐっ……おおっ!」

 それでもウェゼルニルは諦めず、吼えた。するとどうだろう。肉体が瞬く間に復元していき、右半身も元通りになってしまった。セツナはしかし、無造作に矛や斧を振り回して、復元した肉体を破壊し、ウェゼルニルの悲鳴を響かせる。そこに一切の容赦はなく、情けもない。セツナは、ウェゼルニルを徹底的に滅ぼし尽くすつもりなのだ。そして、それに対抗するのが、敵の神だ。姿は見えず、どこかでマユリ神と戦っているのだろうが、戦いながらウェゼルニルを救援することに全力を挙げているらしい。その涙ぐましい努力をセツナの苛烈なまでの攻撃が上回っていこうとしたそのとき、別の気配がミリュウの五感が捉えた。

「はいはーい、そこまでですぅ!」

「なっ!?」

「てめえらは――」

 ウェゼルニルが言葉をかき消されたのは、突如天から降ってきた二人組が彼の肉体を闇色の膜のようなもので覆い、そのまま消し去ってしまったからだ。セツナがウェゼルニルの首を掴み上げていたというのにだ。振り抜いた黒き矛が空を切り、大斧が大地に打ち付けられる。

「な……なに?」

「こっちでもかよ」

 セツナが唾棄するようにいって、二人組と対峙した。二人組、とミリュウが一緒くたにしているのも、降って沸いたように現れたふたりが揃いも揃って同じような格好をしていたからだ。ふたりとも、黒髪に漆黒の装束という黒ずくめで、黒い帯のようなもので目元を覆い隠している。ひとりは、女。背格好や声音から少女のように思えるが、見た目や声質で年齢を判断することはできない。もうひとりは、男。女よりも上背があるものの、セツナよりは少し低い。体格からして男で間違いはないだろう。なにものなのかはまったく不明だが、ミリュウは、妙な既視感を覚えていた。どこかで会ったことがあるような気がする。しかし、まったく思い出せない。

「獅徒を失うわけにはいかないんだよ、兄さん」

「そういうわけでぇ、ハストスさんも一緒にお持ち帰りなんですぅ!」

 静かな男に続き、女のほうが甲高くどうにも気味の悪い口ぶりで大声を発すると、黒い膜が二人組を包み込んでいった。

「待て!」

「待たないよ、兄さん」

「本当はもっとおしゃべりしたいんですけどぉ!」

「そんなことをしたらお仕置きが怖いからね」

「残念ですぅ!」

「いつかまたね、兄さん」

 二人組はセツナに一方的に話しかけると、黒い膜の収束とともに姿を消した。

「あ、おい……くそ、またかよ」

 セツナは、だれもいなくなった虚空に手を伸ばし、空を切る様を見届けると、憮然と頭を振った。セツナはどうやら二人組と面識があるようだ。もしかすると、ザルワーンの戦場に現れたのかもしれない。だから、また、などといったのではないか。

 とは想いつつも、なにがなんだかわからないというのがミリュウの正直な心情だった。

「な、なに、なんのよ……いったい」

「どういうことなのでございましょう?」

「……セツナが説明してくれるでしょ」

「そう……でございますね」

「お兄ちゃん!」

 ミリュウは、レムの返事を聞きながら、エリナが抜け駆けしてセツナに駆け寄っていく様を見ていた。いつもならば真っ先に駆け出すであろうレムが動かないのは、魔法を受けた後遺症などではない。彼女が魔法によって受けた痛みは、エリナの癒やしの力によって完全に消え失せているのだ。しかし、レムは現在、あまりにもあられもない格好であり、彼女の羞恥心が駆け出したい心を抑えつけたのだろう。

 セツナがエリナに呼びかけられ、振り向いた。彼は召喚武装をつぎつぎと送還していくと、疲労困憊といった表情を一瞬だけ見せ、すぐに笑顔を作った。ミリュウはその様子を目の当たりにして、彼に無理ばかり押しつけているという事実を思い返して、唇を噛んだ。

 結局のところ、セツナと黒き矛頼りであるという現実に変わりはないのだ。どれだけミリュウが気炎を吐き、率先して別働隊を率いたところで、最終的にはセツナに頼らざるを得ない。黒き矛と六眷属の力は、ミリュウやレムたちとは比較になりようのない力を持っているのだ。だが、それでは、ミリュウたちが側にいる意味がない。ミリュウが彼の側にいるのは、彼に庇護されるためなどではないのだ。

 彼とともに生きていくためだ。

 彼とともに明日を歩くためだ。

 そのために彼の力に頼り切りでは、本末転倒も甚だしいのではないか。

 頼り切った挙げ句、彼に倒れられては目も当てられない。

《終わったようだな》

 不意に脳内に響いたのは、もちろん、マユリ神の柔らかな聲だ。

「ええ。そうみたいね……決着はつかなかったけど」

《確かにそのようだが、敵が消えたのだ。いまはそれを勝利と喜べばよい》

「まあ、ね。そっちはどうだったの?」

《逃げられたよ。まあ、神同士の戦いというのは元来不毛なもの。決着がつくものでもないのだがな》

「でも、マユリんのおかげで助かったのは事実よ。マユリんがいなきゃ、とっくに負けてるもの。感謝します、あたしたちの女神様」

《ふふ……そう想われるだけで、戦った甲斐があるというもの》

 マユリ神のどこか嬉しそうな聲を聞けて、ミリュウは心底ほっとした。セツナといいマユリといい、ミリュウたちは、大いなる力の助けによってようやく生きていられる。そこに自分たちの力が少しでも寄与することができるよう、今後も研鑽と修練を積み重ねなければならない。

 この程度で疲労困憊になっているようでは、胸を張って、セツナの隣に立っていることなどできないのだ。けれども。

「ミリュウ」

 ふと気づくと、ミリュウに手を引かれたセツナが目の前に立っていた。消耗し尽くし、憔悴しきった彼の両目は、爛々と輝いている。まるで幽鬼のようだ。だが、その鬼のような形相こそ、彼の彼たる所以なのだと想うと、一層のこと愛おしくなる。

「……セツナ」

「よくやってくれたな。おまえのおかげだ。ありがとう」

 けれどもセツナは、そんな風に大真面目にいってくれるものだから、ミリュウは天にも昇るような気持ちで立ち上がり、勢いよく彼に抱きついてしまうのだった。





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