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第二千二百三十一話 ログナーの激闘(三)

「力はあなたのほうが圧倒的に上だね、異世界の神よ」

 人間の少年のような姿をした神ハストスは、マユリの攻撃をかわしきると、目を細めてきた。異相空間の中、ハストスは神威を限りなく解き放ち、まばゆい光輝を全身に纏っている。

 少年の姿をしているといえば、マユリと表裏一体のマユラもそうだ。少年というのは、神の中でも一般的な姿ではある。というより、神に定形などはないのだ。どのような姿形を取るかは信仰次第であり、たとえばマユリとマユラへの信仰が時を超え、形を変えれば、二神の姿形も変わりうる。二神ですらなくなる可能性だって、大いにあった。ただし、それは膨大な歳月による信仰の変化があってはじめて起こりうることであり、いますぐにどうなるものでもない。

 また、そうやって歳月を経ずとも、最初から様々な姿形を持つ神もいる。

 たとえ一定の姿しか持っていなくとも、受肉し、現世に降臨する際は、その化身の姿形というのは神の意思次第で大きく変わるものだ。

 マユリ・マユラがそうであったように。

 異相空間とは、神々の戦いに現世を巻き込まないための、神々の闘争の場といっていい。神々の戦いとはすなわち神威のぶつけ合いだ。神の力たる神威は、本来、人間を含めたありとあらゆる生物、無生物にとって猛毒であり、現世でぶつけ合うようなことがあれば、たちまち現世が神威に毒されてしまいかねない。神人化、神獣化、あるいは結晶化と呼ばれる現象がそれだ。

 神々が異相空間を作らず相争った結果、世界中ありとあらゆるものが神化し、結晶化したあげく滅び去った世界は数多とある。そういった愚行を繰り返さないためにも、神々の闘争には専用の戦場たる異相空間が必要不可欠だった。

 異相空間は、現世より多少高次の領域であり、現世からはまったく見えないが、異相空間からは現世の様子が手に取るようにわかった。故にハストスは、ウェゼルニルが負傷するたびにマユリの攻撃をかいくぐり、現世に手を出し、回復してやっている。マユリも、同じだ。ミリュウたちを常に加護している上、もし絶対絶命の窮地に陥るようなことがあれば、すぐにでも救援に向かうつもりでいた。

「ならば降伏したらどうだ、異世界の神よ」

「それはできないね」

 ハストスは、自身の周囲に燃え盛る炎の腕を作りだし、浮かべて見せた。四つの炎腕は、攻撃の手数を増やすためのものだろう。マユリは元々マユラの分も含め、四本の腕があり、手数においてはハストスを上回っていた。いまさら手数で上回るつもりなのかもしれない。それでどうにかなる力の差ではないことくらい、理解しているはずだが。

「獅子神皇か」

「……知っているのなら、なぜ抗う?」

「なぜ? それこそ、愚問だな」

 女神は、一笑に付した。

「わたしは希望の神だぞ。セツナたちの希望になることこそ、わたしのすべて」

「我らに徒なす魔王の杖の護持者を手助けするというのか?」

「なにか問題でも?」

 マユリは、ハストスの発言の意図を理解しながらも、疑問を持たざるを得なかった。彼がいいたいのはこういうことだ。魔王の杖の護持者たるセツナに与するということは、魔王の杖による神殺しを加速させるということにほかならず、その結果、みずからの身を滅ぼすことになるかもしれないというのに、なぜ、セツナに味方するのか。

 その疑問も、もっともだ。

 だが、マユリは、セツナの心の奥底にある哀しみに触れている。彼の悲願は、この世界から無意味な争いを消し去ることにある。理不尽な力に蹂躙される世界をどうにかしたい、という渇望が彼を突き動かしているのだ。そこには、神という横暴極まりない絶対者に対する怒りも大いに含まれているだろうが、しかし、彼は極めて柔軟な考えの持ち主でもある。たとえば、人間に優しい手を差し伸べる神に対しては、敵対するどころか尊敬さえ抱く余地があり、たとえ黒き矛が神を滅ぼしたがっても、制御して見せた。

 マユラとマユリに対する態度がそうだった。

 マユラに対しては理不尽さへの怒りを隠さず、一方、マユリに対しては信頼しきってくれている。

「わたしは彼を信じ、彼のためならば力を尽くすことも厭わない。その結果、わたしが滅びることになったのだとしても、それでこの世に希望がもたらされるのであれば」

「馬鹿げたことを」

「獅子神皇とやらは、どうなのだ」

「なに?」

「獅子神皇は、信用に値する存在なのか?」

「当たり前だ」

 ハストスは、強い口調で断言すると、虚空を滑るように移動して、肉薄してきた。四本の炎腕から繰り出される連続攻撃は苛烈というほかないが、マユリに捌ききれないものでもなかった。

「あのお方は、我々の唯一にして無二の希望。我々の悲願を成就するためには必要不可欠……!」

「……理解したよ」

 マユリは、突き放すように告げると、四本の腕を胸の前で交差させた。


 ミリュウたちとウェゼルニルの死闘は、加熱する一方だった。

 決定的な一撃を叩き込むこともできないミリュウたちに対し、ウェゼルニル側も、圧倒的優位を誇りながらもどういうわけか致命的な攻撃を仕掛けてこないまま、ただただ時間ばかりが経過していく。さながら体力や精神力の消耗戦に持ち込まれたような感覚があり、ミリュウは、それが相手の狙いなのではないかと想わずにはいられなかった。

 ウェゼルニルの能力ならば、全力で押し出せば、ミリュウたちを追い詰めるどころか、痛撃を食らわせることだってできるはずだというのに、彼は戦いを終わらせることを惜しむようにして、全力を出さなかった。ウェゼルニルが己の消耗を恐れている、というのは少々考えにくい。最初から全力を発揮していれば、長時間も戦わずに済み、消耗もいまよりもずっと抑えられたはずだ。しかし、彼はそうしなかった。こちらにマユリ神がついている、ということも無関係ではないのかもしれないが、それにしても、彼は決定的な好機をわざと見逃していた。ミリュウは何度か、そのおかげで命拾いしている。

 まるでなにかを待ち望んでいるかのような、そんな様子がある。

 それがミリュウたちの消耗による降参なのか、それとも、まったく別のなにかなのか想像もつかないにせよ、このままでは彼に舐められ、遊ばれるだけで終わることになる。これでは、セツナに面目が立たない。あれだけの大見得を切ったのだ。せめて、ウェゼルニルの数を減らし、消耗させなければ、恥ずかしくて顔向けもできなくなる。

 だからといって無理をするつもりはなく、ミリュウは、冷静に戦況を眺めながら、ラヴァーソウルの刃を飛ばすことによる牽制を行いつつ、術式の構築を行っていた。ミリュウとラヴァーソウルの擬似魔法こそが、最大の切り札となる。少なくとも、ミリュウの手札の中では擬似魔法ほど威力の高いものはない。リュウディースの女王リュスカの魔法も強力だが、当てにはできない。なぜならば、その威力、精度の限界も知らないからだ。知らないものを考慮に入れるほど、ミリュウは愚かではないのだ。

(持ちうる限りのすべてをぶつけてあげるわ)

 ふとした拍子にウェゼルニルが放った凄まじい速度の投石を磁力の壁で跳ね返し、右に飛ぶ。戦場。動いているウェゼルニルはたった三体に過ぎない。ミリュウたちが相手にしている一体と、シグルドたちの一体、リュウディースたちに集中攻撃を受けている一体だ。残る七体は、煽るようにミリュウたちを観察している。全力などではない、といいたいのだろう。

 レムは、”死神”の五体を別々のウェゼルニルにぶつけることが無意味だと悟り、一体に集中させた。レム自身もその一体に専念しており、レムと”死神”たちの嵐のような連続攻撃さえもウェゼルニルは捌き、かわし、弾き飛ばしてみせるものだから、たまったものではない。力量の次元が違う。さながら神の如き存在と対峙しているかのような、絶望的な実力差を感じるが、それでも諦めるミリュウたちではない。

 長時間戦い続けて、ウェゼルニルとミリュウたちの間に絶対的な力の壁が立ちはだかっていることはわかりきっているのだ。それこそ、命を賭したからといって飛び越えられるような高さでも厚さでもない。

 だからといって、そんなことで諦めている場合ではない。

「しっかし……そろそろ飽きてきたな」

 ウェゼルニルは、”死神”たちの猛攻を軽薄なまでの素振りで打ち払うと、”死神”弐号を蹴り飛ばして、告げた。リュウディースの魔法爆撃も、シグルドとレスベルの連携も、軽々と捌ききる。

《そろそろ終わりにする?》

 そのときミリュウの脳裏を貫いた聲は、紛れもなく敵方の神の聲だ。神は、言葉を発さずとも聲を相手の脳内に響かせ、考えを伝えることができる。しかし、その場にいる全員に聞こえるわけではなく、聞かせる相手は神が選ぶことができるはずだ。つまり、敵の神は、ミリュウたちに余裕を見せつけるべく、聲を聞かせてきたということだ。

 ウェゼルニルのひとりがにやりとした。本体だろうか。

「それも悪くねえな。これだけ時間稼ぎをしたってのに、現れやがらねえんだ」

「なんの話よ」

「セツナ=カミヤだよ」

 ウェゼルニルの一言に、ミリュウは、冷ややかな怒りを覚えた。彼のその発言だけで、ウェゼルニルが全力を出さなかった理由がわかったからだ。ウェゼルニルがミリュウたちをもてあそんでいたのは、ミリュウたちを相手にしていることで、セツナが参戦してくれることを期待したからだ。それはつまるところ、ミリュウたちへの侮辱に他ならない。ミリュウたちを敵とも認識していないのだ。

 ただのセツナをおびき寄せるための餌であり、セツナと戦うまでの準備運動に過ぎない。

「俺ァ、セツナ=カミヤにしか興味がねえのさ」

「いってくれるわね」

「まったく、舐めたことを」

 シグルドが呼吸を整えながら、いった。怒りも沸かないといった様子だが、不愉快そうではあった。

「当たり前だろう。あんたたちじゃあ、俺の相手は務まらねえよ」

「あなた様ならば、御主人様の相手は務まるとでも仰るのでございますか? お戯れもほどほどになさいませ」

 そういったレムの表情こそ微笑みに隠されていたが、内心の怒りは、彼女の手の震えから伝わってくるようだった。レムは、ミリュウ同様セツナ第一主義だが、立ち位置が微妙に違う。彼女は生粋の従僕であり、セツナを主として敬い、愛している。故に彼女の怒りというのは、セツナのことを馬鹿にしているとも取られる発言、態度に対して強く向けられるのだ。

「戯れ言だとでも?」

「ええ。あなた様がいかにお強くとも、御主人様に敵うわけがありませんでしょう? 御主人様の御力を知りもしないあなた様におかれましては、いま少し頭を冷やされるべきかと」

「それこそ、タワゴトだ」

 ウェゼルニルは、レムの慇懃無礼な態度とその発言内容が気にくわなかったのだろう。本体と思しき彼の姿が掻き消え、つぎの瞬間、レムの背後に出現した。レムは、ウェゼルニルたちを見ている。ウェゼルニルが拳を振り上げる様が極めて緩慢に見えたのは、どういうわけなのか。ミリュウは、思わず悲鳴を上げていた。

「レム!?」

「だいじょうぶです、ミリュウ様」

 レムの穏やかな声に、はっとなる。 

「もう、なんの問題もございませぬ」

「そりゃあ……」

 ウェゼルニルが愕然とした声をもらすのも仕方のないことかもしれなかった。

 ウェゼルニルの背が闇色の矛に貫かれていたのだ。

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