第二千二百三十話 ログナーの激闘(ニ)
「あれだけの攻撃を受けて、どうして無傷なのでございます?」
レムは、まったく同じ姿をした十人の白い大男たちとの距離を測りながら、ミリュウに尋ねた。戦況は芳しくないらしい。どうも、こちらが押されている。相手は十人。こちらはその数倍の人数だが、戦力的にはあちらのほうが優勢のようだった。まず、人間離れした身体能力を持っている。召喚武装の補助を得たシグルドや、召喚武装の能力によって強化されたレムの攻撃速度についてくるどころか、上回ってさえいる。
レムは、ただでさえ常人とは比べものにならない身体能力を持っていることに加え、エリナの召喚武装によって強化されているというのに、男の能力は、それよりも上だった。
しかも、硬い。
武装召喚師というのは、身体能力こそとてつもなく向上するものだが、防御面でいえば、常人とほぼ変わらないのだ。故に武装召喚師同士の戦いというのは、短時間で終わることが多い。一撃が必殺の威力を持っているからだ。もっとも、召喚武装の能力次第では、常人とは比較しようのない鉄壁の防御力を得ることだってできるが、普遍的なものではない。
その上、男は、あれだけの攻撃を食らっておきながら、平然としていた。
とてもではないが、正攻法で戦える相手ではなさそうだ。
かといって、出し抜く術があるかというと、レムの持ちうる力ではどうしようもないのではないか。
「向こうにカミサマがついているからよ」
「なるほど。ネア・ガンディアの神様をどうにかしないことには、勝ち目はないということでございますね。して、その神様はどこに?」
「マユリんが相手をしてくれているわ。わたしたちの目に届かないところでね」
ミリュウの返答は明快だ。事前の作戦通り、マユリが敵の神を封殺してくれているということだ。もしも、この戦場に敵の神とマユリ神がいて、互いの神の攻撃が入り乱れればどうなったか。常人どころか、レムたちも攻撃に参加できなくなったかもしれない。神とは、それほどまでに偉大で絶対的な力を持つ存在なのだ。
致命傷を受けたはずの肉体を瞬く間に復元してしまう程度には。
鎌を握る手の力を抜き、軽く回転させる。再度呼び出した”死神”は弐号から陸号までの五体。いずれも、敵の一撃にも耐えられない程度の強度しかない。統合し、壱号にしてもいいのだが、多少持ち堪えられるようになるだけならば、あまり意味がなさそうだ。
「レム」
「はい、なんでございましょう?」
ミリュウを見やると、目だけで自分に近づくようにいっていた。レムは、すぐさま彼女に飛び寄ろうとしたが、それが敵にも意図として伝わってしまったようだ。
「なんだ? 作戦会議か?」
振り向けば、十人中のひとりが地を蹴っていた。それだけで地面に穴が開くほどの脚力が白い巨躯を躍動させ、荒れ狂う突風の如く影を置いてけぼりにした。
「んなもん、意味ねえだろ」
一瞬にしてこちらに肉薄した大男の拳が大気を突き破り、レムの頭部を捉えんとしたまさにそのとき、彼女は、妙な感覚に襲われた。まるで体内を突き抜けてくるような衝動的な感覚は、彼女に予期せぬ快感をもたらすとともに女給服の裾が捲れ上がり、閃光が走る。閃光は弾丸となって敵の拳を弾き、立て続けに発射された光弾が男の巨体をもレムの目の前から吹き飛ばして見せた。レムは、快感に身悶えしながら着地すると、すぐさまミリュウの側に駆け寄りながら疑問に思った。
「いまのなに?」
「おそらく……御主人様かと」
前方、光弾の嵐に吹き飛ばされた大男は、怪訝な顔でこちらを見ている。彼自身、なにが起こったのか把握してはいるのだろうが、それがいったいどういうことなのかわからない、といって風情だ。レムも、正確に把握しているわけではない。しかし、先ほど全身を貫いた快感は、かつてセツナがマスクオブディスペアを召喚したと思しきときに感じたものとよく似ていた。おそらくだが、セツナがマスクオブディスペアの能力を介し、レムを援護してくれたのだ。
レムは、マスクオブディスペアの能力によって、仮初めの命を与えられた存在だ。それも、セツナを生命力の供給源としており、その繋がりを作っているのがマスクオブディスペアなのだ。マスクオブディスペアの能力を駆使すれば、いまのように、レムの影から援護することも可能なのではないか。
初めてのことであり、確信は持てないが、ほかに考えられないことだった。”死神”は出せる限り出していたし、無意識に新たな能力が発動する、などということはあるまい。
「セツナが……ね」
「はい。ほかに考えられませぬ。やはり、わたくしは御主人様に愛されているのでございますね」
「……それは否定しないけど」
レムは、ミリュウの肯定的な発言を聞いて、少しばかり驚きを覚えた。普段のミリュウならば、レムがそのようなことをいおうものなら、牙を剥きだして噛みついてくるものだと思っていたのだが。
「セツナの愛は、あなたひとりのものじゃないわ」
「さようでございますね」
それも、否定しない。
セツナの愛は、大きすぎるくらいに大きい。だから、彼の周囲には女も男も関係なく集まるのだ。それは素晴らしいことだと想うし、従僕として誇らしいことでもあった。ときには独り占めしたくなることがあるのは、ご愛嬌だ。だれだってそうだろう。ミリュウだって、ファリアだって、シーラだって。きっと。
「それで、わたくしになにようでございましょう」
「レム。目的を忘れちゃだめよ」
「……ああ、そのことでございますか。はい、もちろんでございます。ミリュウ様」
レムは、ミリュウの発言とは裏腹の厳しいまなざしに笑顔でうなずいて見せた。相手に聞こえるように声を出しながら、目配せで指示を送ってきている。援護をしろ、と。
「エリナも、もう駄目だってなったら下がっていいんだからね」
「は、はい。でも、まだまだだいじょうぶです!」
「ダルクスは……だいじょうぶそうね」
ミリュウのいうように、ダルクスは、疲れを見せていなかった。全身、漆黒の甲冑で覆われているため表情もわからないが、泰然とした様子からは彼が万全の状態であることが伝わってくる。
「なんだ? 作戦会議じゃあないのか」
十人が十人、なにやら残念そうな顔をした。白い男。全身が真っ白なのは、まるで神人さながらだが、しかし、神人とは明らかに異なる気配があった。まず、会話ができる時点で神人と彼の間には埋めようのない溝がある。知性と理性こそ、神人に見受けられないものだ。つぎに余裕。感情もまた、神人から感じ取れるものではない。つまり、相手は神人などではないということだ。そもそも、神人ならば多少の傷くらい神の御業がなくとも凄まじい速度で回復するものだ。その点では、男のほうが戦いやすいのかもしれない。
圧倒的な戦力差を鑑みなければ、だが。
「そんなことでどうにかなる相手じゃないことくらい、わかってるわ」
「圧倒的な戦力差をどうにかするには、しっかりとした戦術を立てるべきだぜ。とくに俺のような最大最強の敵を相手にするんならな」
男の挑発的な発言も、ミリュウは涼しい顔で受け止めていた。
(なすべきは、時間稼ぎ)
ただそれだけが、レムたちに求められることだ。相手が神を擁している以上、レムたちがどれだけの火力を叩き込んだところで、意味がない。仮に男を斃すことができたとしても、神に対しては手の施しようもないのだ。だから、神に対抗しうる唯一の存在であるセツナの到来を待ち続けるしかない。それも、相手がこちらの作戦目的を理解しないようにしなければならなかった。こちらの作戦目的を理解し、ログナーの制圧に全力を出せばご破算だ。
しかし、どうやら、相手はこちらの目的に叶った動きをしてくれているらしく、そのことがミリュウに余裕を与えているようであり、レムもその点で多少、安心もあった。相手は、この戦いに集中してくれている。それも、全力を出しているのではない。全力を出す必要がないという判断もあるのだろうが、全力を出せば戦いが終わってしまうということを危惧しているかのようでもあった。
そこに付け入る隙があるのではないか。
レムは、ミリュウ、ダルクスが動くのに合わせ、”死神”ともども駆けだした。
シグルドたちも、ほとんど同時に動き出している。
戦いは、さらに烈しさを増していく。