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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千二百二十七話

 マルウェール近郊の戦場からは、あの女がいったとおり、確かにネア・ガンディア軍が引き上げていた。

 戦いは終わったのだ。

 それも、同盟軍の勝利という形でだ。

 しかし、手放しで喜べる状態ではないのは、戦場の全体図を把握し、詳細な部分に至るまで目に見え、耳で聞こえるセツナには、痛いほどわかっていた。あまりにも多くの戦死者がでている。同盟軍だけで、だ。どうやらネア・ガンディア軍将兵の死体は、ネア・ガンディア軍の撤収とともに運び去られたようだった。戦場に残っているのは、同盟軍将兵の亡骸ばかりが数千人分。

 開戦当初、約一万五千を誇っていた同盟軍の兵数は、二度に渡る戦いを経て、いまや半分ほどにまで激減していた。正確な人数でいえば、七千二百四十五人が生き残っている。特に一万人もの将兵を動員した帝国軍の損害は大きく、半減しているといっても過言ではなかった。同盟軍の中でも最大兵力を誇り、前線に数多くの兵を投入したのだから、当然といえば当然なのだが、それ故、セツナは、自分の不甲斐なさにうちひしがれる想いだった。

 無論、女神モナナの因果律攻撃を回避できたとしても、戦闘が長引くのは避けられなかったことだという事実は、理解している。二対一。女神とミズトリスの連携を捌きつつ、どちらか一方を打ち倒すのは簡単なことではなかった。しかし、それでも、と、想わざるを得ない。

 それでも、もっと被害を抑えることができたのではないか。

 そう想う一方で、神を含めた敵との戦いで、この程度の損害で済んだのは幸運と考えなければならないのではないか、とも考える。女神モナナやミズトリスがその気になれば、同盟軍将兵を全滅させることは、決して難しいことではなかったはずだ。少なくとも、セツナが不在の間、攻撃する機会はいくらでもあった。

「セツナ……!」

 ファリアの声によって、セツナは現実に引き戻される。見ると、憔悴しきった顔のファリアとエリルアルムが駆け寄ってくるところだった。ふたりとも、戦いすぎて疲れ果てていることがその様子から伝わってきて、セツナは心苦しく想った。もっと自分がしっかりしていれば、彼女たちの負担も和らげることができたのではないか。しかし、エリルアルムの第一声は、そんなセツナの苦い想いを吹き飛ばすような勢いがあった。

「見事、勝利されたのだな!」

「……あ、ああ」

「どうしたのだ? 浮かない顔をして」

 そういうエリルアルムは、セツナに対して弱った顔を見せまいと気丈に振る舞っているのか、まぶしいくらいの笑顔だった。

「そうよ。勝ったのよね?」

 ファリアも、エリルアルムに負けじと、笑顔を見せてくれていた。セツナに心配させまいというのだろう。そんなふたりの気遣いには感謝しかなく、セツナもふたりを不安がらせまいと笑顔を見せた。

「女神は斃したさ」

「女神は……?」

「ミズトリスの奴は撤退したよ。新手とともにな」

 もはやだれもいなくなったセツナたちの戦場を見やり、ファリアとエリルアルムに戦闘の結末について、掻い摘まんで説明した。


「……そういうことだったのね」

 ファリアが嘆息すると、エリルアルムがうなずいた。

「なるほど。こちらでも同じような格好のものたちを確認している。あれらがネア・ガンディアの撤退のため投入された、ということか」

「空間転移したんだ。ただものじゃあない」

「そうね……あれだけの人数を運び去ったんだもの。それはわかるわ」

 ファリアとエリルアルムの発言は、この戦場にも黒い女のようなものが現れたということを示すものであり、ネア・ガンディア軍の撤退のため投入された新戦力だというエリルアルムの推察に間違いはなさそうだった。

 おそらく、あの黒い女は、ミズトリス率いるザルワーン侵攻部隊の戦況をどこかから観察していたのだろう。そして、戦況が悪くなったと見るや、全軍を撤収させるべく介入してきた。女の実力がどの程度かはわからないが、介入し、生存者をひとり残らず回収できるだけの力があるのであれば、合流し、同盟軍を壊滅させることくらいはできそうだったが、それをしなかった理由は不明だ。なにかしら都合があるのだろうが。

「あの黒衣の連中がなにものであれ、ネア・ガンディアの連中を連れてこの島から撤退してくれたことには感謝するべきかもしれないな」

「ええ……そうね」

 ファリアが静かにうなずく。セツナも認めざるを得ない。あのとき、黒い女がミズトリスを引き連れて去ってくれたことには、この惨状を目の当たりにすれば、感謝するしかなかった。ミズトリスは斃せただろう。しかし、その後、同盟軍の救援に向かったとして、死傷者の増大は防ぎようがない。その上、あの黒い女が参戦してきたとなれば、さらなる被害がでたことは疑いようがなかった。空間転移能力を持つほどの存在だ。ミズトリスのように神に等しい力を持っていたとしても、なんら不思議ではない。

「あのまま戦闘が続いていれば、全滅は免れ得ませんからな」

「……大佐殿か」

「随分と遅い決着でしたな、セツナ殿」

 レング=フォーネフェルは、血みどろの甲冑を身につけたまま、セツナたちの前に姿を見せた。その後に続くのは、帝国の武装召喚師だ。名はシリル=マグナファンといったか。いずれも、消耗を隠せない様子だった。当然だろう。歴戦の猛者中の猛者たるファリアが消耗し尽くすほどの激戦だったのだ。前線にでざるを得なかったのだろうレングの様子を見れば、彼が消耗しないはずもないことは明らかだ。

「あれだけ大見得を切っておきながらのこの惨状。貴殿には、我らの憤りがわかりますかな?」

 慇懃無礼な物言いが、彼の胸中に渦巻く憤りの深さ、熱量を示していた。しかし、表情には出さない。沈着冷静な指揮官に相応しい無表情で、こちらを睨めつけている。その温度差が、余計に彼の怒りの烈しさを伝えてきていた。

「わかっていますよ、大佐殿」

「わかっている? わかっているとは、どういう意味でしょうな。本当にわかっているのでしたら、なぜこのようなことに?」

「大佐」

 シリルがレングを宥めようとしたようだが、レングの怒りは収まらない。

「君は黙っていたまえ。わたしは、この地に残った帝国軍将兵の命を預かる身。この二年、帝国本土への帰還を夢見る彼らの面倒を見てきたのだ。彼らがどれほどの想いで帝国本土への帰還を望み、喘いでいたのか、知らぬ君ではあるまい」

「それはわかりますが……しかし」

「なんだね」

 レングは、苛立たしげにシリルを睨む。

 不意にふらっと倒れかけたファリアの肩をエリルアルムが支え持った。ファリアがエリルアルムに身振りだけで謝意を示す。

「セツナ殿がいなければ、我々はネア・ガンディア軍に敗れ去り、こうして勝利の立役者に怒りの矛先を向けることさえできなかったのですよ。それとも大佐は、勝算がなければ、ネア・ガンディアに降伏したとお考えですか? それなれば、お怒りもごもっともですが」

「馬鹿げたことを……!」

 レングは、シリルの視線から目をそらすようにして顔を背け、吐き捨てた。その言動に感情が複雑に入り乱れていることがわかる。

「わたしは帝国軍人だぞ。我ら帝国軍人の主は、ザイオン帝国国家元首であらせられる皇帝陛下を置いてほかにはない。たとえその結果滅ぶとしても、皇帝陛下以外のものに頭を垂れることなど断じてあり得ぬ」

「ならば、怒りの矛を納め、わずかでも生き残れたことを喜び、感謝するべきです」

「感謝……だと」

「セツナ殿が、我々と帝国本土を結びつけてくださると仰ったこと、お忘れですか?」

「忘れるものか! 忘れてなどいるものか……」

 レングは、いまにもシリルに掴みかからんとしていた手をもてあますようにして、振り下ろした。そのまま俯き、嗚咽のように言葉を漏らす。

「だから、だから……皆を……皆のことを――」

「大佐……」

「いや、わかっている。わかっているのだ。わたしがいっていることは、ただの横暴だということは、理解しているのだ。セツナ殿に非などあろうはずもない。セツナ殿は、此度の戦いにおける最大の敵を受け持ってくださった。そのことは、戦場にいた我々が一番よく知っている。あれほどの敵を相手に戦うなど、我々の戦力では到底不可能だったことくらい、理解している」

 それでも、いわざるを得なかったのだ。

 いって、叩きつけなければ、感情を処理しきれなかったに違いない。総勢一万を誇っていた帝国軍の兵数は、数時間あまりで半分以下にまで落ち込んでいる。それはつまり、それだけの命が散ったということだ。戦死者がでたということだ。最初から相手がとてつもない戦力だということを理解していたとしても、感情を廃して受け入れられる数ではあるまい。しかも、いままでの発言からして、彼は、配下の兵士たちへの責任感がとてつもなく強い人物なのだろう。

 故に”大破壊”によってこの地に取り残された兵士たちの悲願を想いながら、叶えることもできず、苦悩していた矢先、セツナが現れた。帝国本土、現皇帝との取り次ぎをするというセツナの申し出は、彼にとって渡りに船どころか、絶望の闇に差した希望の光だったに違いない。

 一万余名の帝国軍残党をひとり残らず帝国本土へ連れ帰りたいという彼の夢は、この戦いで露と消えた。半数以上が戦死したのだ。彼らの多くは、ただただ帝国本土に帰還し、帝国人としての日常に戻りたいと願い、望んでいたはずだ。それを無に帰したのは、ほかならぬセツナの失態というほかない。

 セツナがミズトリスとモナナ神を素早く撃破できていれば、このような惨状にはならなかった。それが極めて困難だったという事実は認識しているが、だからといって、被害を抑えられなかった現実も受け止めなければならない。

 このたびの戦闘の要は、セツナだった。みずからが名乗り、引き受けたのだ。勝算はある、と。自分が敵指揮官を討ち、ネア・ガンディア軍を引き上げさせてみせる、と。その結果がこのざまだ。勝利はした。敵は引き上げ、ザルワーン島からは脅威が消え去った。だが、そのためにあまりにも多くの血が流れた。その現実は認めなければならない。

「いや……済まなかった」 

 レングが、姿勢を正し、謝ってきたことにセツナは目を細めた。

「つい今し方の非礼、どうかお許し頂きたい。いや、わたし個人をどう処断されようと構わないのだ。しかし、生き残ったものたち、そして死んでいったものたちにはどうか、帝国本土に帰還する手段を」

「あ、あの……大佐の発言は、なにも間違っていませんよ」

「セツナ殿」

 エリルアルムがなにか口を挟んでこようとしたのを手で制する。同盟軍総大将としては、同盟軍の規律のためにもレングにいいたいことがあったに違いないが、しかし、セツナは自身の感情を優先した。レングの気持ちも、痛いほどわかるからだ。

「俺がいち早く目的を達成していれば、このような損害は出なかった。それは事実ですから」

「しかし、セツナ殿をしても簡単なことではなかった、ということもまた、事実でしょう」

 とは、エリルアルムだ。セツナは小さくうなずくことで肯定したものの、本心では認めたくないことだった。

 もっと力があれば。

 いや、力はある。

 正確にいえば、もっと完全武装を制御できていれば、できる自信があれば、決着は早くついたはずだ。一瞬での決着はさすがに無理だっただろうが、だとしても、被害を抑えることはできただろう。死傷者を減らすことくらいはできたはずだ。

「そうです。エリルアルム殿は正しい。間違っているのは、わたしですよ、セツナ殿」

 レングは、静かに続ける。

「ネア・ガンディアの戦力の凄まじさについてはとっくに理解していたことです。彼らと戦うと決めたのであれば、多大な犠牲は覚悟しなければならない。そんなことは、最初からわかっていたこと。覚悟していたこと。いまのは、ただの八つ当たりだ」

 彼の独白を聞きながら、セツナは、拳を握りしめた。彼がなにをどういおうと、セツナに責任がないはずもない。それはわかっている。

「ですから、あなたを責めるのはお門違いも甚だしい。それは責任の押しつけだ。自分たちが弱いことをいいことに、強者の庇護を当てにするなど、誇り高き帝国軍人のするべきことではなかった」

「……大佐殿」

「セツナ殿、どうか先ほどの言葉は忘れて頂きたい。もちろん、そのことでわたしを責められるのであれば構いませんが、御自身を責められる必要はありません。セツナ殿や皆様方のおかげで、こうして勝利を得ることができたのですから」

 レングのセツナへの気遣いに満ちた発言に続き、エリルアルムが口を開いた。

「……まあ、そういうことだ。セツナ殿。あまり気にされるな。あなたはやれるだけのことをやった。その結果、ネア・ガンディア軍は去り、ザルワーン島は平穏を取り戻すことができたのだ」

「そのために多くの犠牲がでたという事実から目を逸らすことはできないさ」

「それもそうだが……気にしすぎるのもよくないことだ。セツナ殿がいなければ、我々は滅ぼし尽くされていた」

 エリルアルムが嘆息混じりに告げてきた言葉もまた、事実ではあるだろう。

 レング率いる帝国軍は、彼の発言通り、皇帝以外に服従するわけにもいかない以上、ネア・ガンディアに降伏することはありえない。どのような状況になったとしても、ネア・ガンディアに抵抗しただろう。

 一方、仮政府には降伏論を唱えるものもいないではなかったが、太后グレイシアを始めとする多くがネア・ガンディアに懐疑的であり、神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアを偽物と断定、降伏よりも徹底抗戦するべきだという考えが圧倒的だった。たとえセツナたちが関わっていなくとも、抗戦論に傾いただろうことは疑いようがない。

 その場合、どうなったか。

 善戦すらできなかった、とはいえないにせよ、壊滅的打撃を受け、敗戦に次ぐ敗戦の末、ネア・ガンディアに降伏するか、滅ぼされることになったはずだ。

 セツナがいないという時点で、白毛九尾がシーラに戻らず、故にネア・ガンディアが動き出すのも当分先になっていたかもしれないが、結局いずれはそうなっただろう。この戦いの比ではない死者がでたことは、間違いない。

 エリルアルムやレングのいうことも、理解できるのだ。しかし、一方で、戦場の各所から聞こえてくる様々な声が、自分自身の不甲斐なさを突きつけてくるようで、責任を感じずにはいられないのだ。勝利を喜ぶもの、生の実感に噎び泣くもの、負傷者の搬送に走り回るもの、治療行為に汗を流すもの、戦死した友との別れに涙するもの、戦いの虚しさに呆然とするもの――様々な声、様々な想い、感情が、戦場には錯綜している。それらの声のひとつひとつがセツナの耳に届いていた。中には、レングのようにセツナを責めるものもいる。セツナを賞賛する声もある。

 そんな混沌たる状況を裂くようにして、声が響いた。

「おおーい」

「シーラか……?」

 セツナが疑問を持ったのは、彼女の声が予期せず上空から降ってきたからだ。巨大な気配が接近していることは知っていたが、悪意もないその相手に対し、警戒する必要もなさそうだったため、気に留めてもいなかったのだが、どうやらシーラの声はその気配から聞こえてきている。

 見やれば、巨人がいた。




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