表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2225/3726

第二千二百二十四話 龍神なるもの

 現在持ちうる力、そのすべてを叩き込んだのだ。それくらいの爆発が起きてもおかしくはなかったが、力の加減を間違えたのではないかと思わざるを得ないほどだったのはシーラも認めるところだ。

 その上、すべての力を叩き込んだ結果、シーラはハートオブビースト・ナインテイルの維持もできなくなり、ただのシーラに戻ってしまっている。九つの尾もなくなれば、狐耳も消えて失せ、その身に残っているのはとてつもない脱力感と疲労感だけだ。槍を支えにしなければ立っていらないほどの消耗ぶりこそ、ナインテイルを発動する代償であり、やはり、二年以上もの間、白毛九尾として振る舞っていながらなんの代償もなしに復帰できたことは、白毛九尾そのものがシーラに配慮してくれたからだということがよくわかる。

 ちなみにシーラは、ナインテイルを解除したにも関わらず、前回、前々回のように全裸にならずに済んでいる。それはすなわち、ナインテイルを完璧に近く制御できたからであり、シーラ自身の努力のたまものだった。ただ、九本の尾があった部分の生地は破れている。そればかりは仕方あるまい。見えるものでもない。

 熱風が頬を撫でた。疲れ切った体は、その程度の風圧にすら押し負けそうなくらいに弱っている。だが、その分、手応えはあった。あれが効いていないわけがない。龍の男にすべての力を叩き込んでやったのだ。これで効いていなければ、シーラには為す術もない。いや、シーラだけではない。セツナを除き、あの瞬間のシーラ以上の破壊力を発揮することのできるものがいるはずもないのだ。

 だからシーラは祈るような想いで、前方に聳え立つ光の柱を見ていた。白毛九尾の莫大な力の結晶は、次第にその勢いを失い、虚空に溶けるようにして消えていく。大気を焼き尽くさんばかりの熱量も、世界をねじ曲げんばかりの圧力も、なにもかも。そして、その消失する力の奔流のまっただ中に、それはいた。

 ハサカラウと名乗った男が、立っていたのだ。

「ふっ……くくく、ははは、はーっはっはっ!」

 高笑いする男は、しかし、決して無傷などではなかった。満身創痍といっていい。全身、至る所を損傷し、背に負った龍の首など、すべて失っており、再生もしていない。手も足も不完全そのもので、顔すらも傷だらけだった。しかし、ハサカラウは勝ち誇っている。シーラが全力を出し切ったことを悟っているかのようだ。実際、その通りなのだろうが。

 シーラは、支えとしたままの槍の柄を強く握りしめたものの、もはや彼女には槍を抜き放つ力も残っていない。

「まだ、生きてるってのかよ」

「生きているもなにも、我を滅ぼすなど、汝には不可能と知るがいい!」

 ハサカラウは言い放つと、手を振り翳した。神々しいまでの光輝がその全身から拡散される。シーラは、愕然とした。

「我は神ぞ! 龍神ハサカラウぞ! 我を滅ぼしたくば、魔王の杖でも持ってくることだ! セツナ=カミヤを連れてくることだ! はーっはっはっ!」

「くっ……俺じゃあ駄目だってのかよ……!」

(セツナ……すまねえ……。俺は……)

 結局、なんの役にも立てなかった。

 シーラは己への失望と無力感に苛まれながら、哄笑を続ける龍神を見ていた。龍神の肉体は、見る見るうちに再生していく。傷が塞がり、失っていた指や装飾が元に戻り、龍の首が生え揃っていく。顔面の傷も消えて失せ、やがてなにもかもが完全に回復してしまった。力の差を見せつけられたというよりは、次元の違いを示されたようであり、シーラは、ただ打ちのめされるほかなかった。

 相手が神だから仕方がない、などと想うはずもない。相手が神であろうと悪魔であろうと、シーラには知ったことではないのだ。

 シーラは、セツナの役に立ちたかった。

 ただそれだけだ。

 神であれば神を殺し、魔であれば魔を屠り、それでセツナに認められたいという想いがある。

 わかっている。そんなことをせずとも、セツナは自分を認め、必要としてくれるだろうということは、知っているのだ。しかし、それでは駄目だ。ただ求められるだけでは駄目なのだ。求められたとき、胸を張って彼の元に馳せ参じられる自分でなければ、意味がない。

 それでは、添い遂げられない。

 故にシーラは、完全に元通りになった龍神を睨み据えながら、失意のどん底にいた。力は出し切った。現在持ちうるすべての限りを尽くし、龍神に挑み、その結果、敗北を突きつけられている。抗しようがないのだ。ここから先、ハサカラウが攻撃してきたが最後、シーラの命はない。かといって、降伏もありえない。それこそ、セツナに顔向けできなくなる。

「いやしかし……しかしだ」

 ハサカラウは、攻撃してくるでもなく、むしろ考え込むようにして、こちらを見ていた。まるで値踏みでもするようなまなざしには、違和感を抱かざるを得ない。

(なんだ……?)

「汝は、人間……」

「だったらなんだってんだ?」

「異界の獣神の力を借りたとはいえ、我にここまで食い下がるとは、中々どうして見込みがあるではないか」

「はあ?」

「どうだ? 我を斃せなかったような脆弱な獣神など見限り、我の神子にならぬか?」

「なにいってんだ」

 シーラは、ハサカラウの発言の意図が読めず、眉根を寄せた。神子がどうだとかはともかく、その前段が解せない。獣神とは無論、ハートオブビーストこと金眼白毛九尾のことなのだろうが、故にこそシーラは訝しんだ。

「俺にハートオブビーストを、白毛九尾を見限れだって? 冗談にしては笑えねえぜ」

「冗談などではないぞ。我のような偉大なる神の神子には、強く美しい女子が相応しい、と、常々考えていた」

 ハサカラウの自身の力を誇るような態度には、シーラも憮然とするほかない。

「かつて、この世界で我の神子にならんとしたは不老不滅の男だった。オリアン=リバイエンと名乗ったあの男は、才能も実力も我が神子に相応しかったが、残念ながら、我の与り知らぬところで命を落としてしまった。故に我は神子を必要としている。それも、強く美しく気高く決して折れぬ心を持った太陽の如き女子をな」

 ハサカラウは、大袈裟なまでの身振り手振りをしながら、語る。

 彼の語りの中に現れたオリアン=リバイエンという人物がなにものなのかについては、シーラもそれなりに知っている。ミリュウの実の父親であり、ミレルバス政権下のザルワーンにおける重要人物だった。ザルワーン戦争時、五首の龍を呼び出したのはオリアン=リバイエンの擬似召喚魔法だということもだ。オリアン=リバイエン

「それが、汝だ。セツナ=カミヤ第一の家臣シーラよ」

「はっ……そういってくれるのは嬉しいけどよ」

 シーラが心底嬉しかったのは、ハサカラウという異界の神らしきものが、戦いの末、打ち破ったにも関わらず、シーラのことをセツナ第一の家臣と認めてくれているらしいということだ。その発言ひとつで、シーラの中のハサカラウへの評価が大きく変わるくらいには、大きな発言だった。とはいえ、いうべきことはいわなければならない。

「俺はあんたの神子になんざならねえ。俺の主は、セツナ=カミヤただひとりだ。そしてそれは、セツナが命を落とすようなことがあったとしても、変わらねえ」

 たとえ主を失ったとして、鞍替えするつもりなどあろうはずもない。シーラの居場所は、セツナの側と決まっているのだ。もし仮に、万に一つの可能性として、セツナを失う洋子とがあったとしても、己が生涯をその墓守として終える覚悟はできている。無論、家臣より先に主人を失うようなことなど、あってはならないと考えてもいるが。

「ふむ……それはつまり、我がかのものに戦いを挑み、勝てたとしても意味がないということか」

「そういうこった。ま、万が一にも俺の主があんたに負けることはないがな」

「むう……」

「あんたは、ザルワーン戦争当時、本気じゃなかったらしいけどよ、俺の主だってあれから何倍も強くなってんだ。あんたに勝てる道理はねえのさ」

「むむう……」

 サハカラウは、シーラの推察を即座に否定するどころか、むしろ考え込むような素振りを見せた。黙考の末、なにかを思いついたように目を開く。背中の八首と同時にシーラを見つめてくる。

 その意味深げなまなざしに嫌な予感を覚えて、シーラは身震いした。神の思考というのは、まるでわからない。

「なんだよ」

「よかろう。ここは、汝の心意気に免じ、手を引こう」

「はあ!?」

 シーラは、龍神の発言の予想外さに度肝を抜かれるしかなかった。

「それとも、我との再戦を所望するか?」

「え、いや……そういうわけじゃないけどさ。いいのかよ。あんた、命じられてたんじゃねえのかよ」

「我は、モナナに力をもらったが故に加勢したに過ぎぬ。かのものに借りを返すためでもあったが……モナナの命には従わざるを得なかったが故、汝との闘争に応じたのだがな。その結果、我は思わぬ拾いものをした。ふふん」

 なにやらこの状況を楽しんでさえいるような龍神の言動には、シーラも戸惑いを隠せなかった。ハートオブビーストからも困惑が伝わってくる。白毛九尾にも、龍神の思考が読めないらしい。

「な、なんだよ……」

「もらった力の分は働いた。モナナは、白毛九尾なる獣神さえ消し去れば、あとはどうにでもなると踏んでいたようだ。なれば、我がそのあと、どのように行動しようとも構うまい。モナナは我の主でもなんでもないのだからな」

「だからって……本当にそれでいいのかよ」

「よいのだ。そう、決めた」

「あんたがそういうのなら……構わねえけどさ」

 シーラは、自分の行動にひとり納得し、満面の笑みを浮かべる龍神の様子になんともいえない気分になった。シーラとしても、龍神が敵から味方に近い立ち位置になってくれたことは、喜ぶべきことだったし、これ以上、ハサカラウが暴れないに越したことはない。力は使い果たしたし、たとえ万全の状態で再戦したとして、現状では斃す方法がないのだから、こういう解決方法が最善でもあった。

 龍神との戦闘になれば、十中八九、被害は甚大となる。

 ハサカラウは、満悦至極とでもいいたげな表情で空を仰いでいた。そんな龍神の口から、小声が漏れ聞こえてくる。

「ふふふ……これであの娘は我の寛大さに感銘を受け、神子としての道を歩み始めるに違いない……」

「まるまる聞こえてるんだけど」

「なんの話かな?」

「いや、誤魔化されても」

 シーラが半眼で告げると、彼は気まずげに咳払いをした。やはり、それではごまかしにもならない。

「何度でもいうがな、俺はあんたの神子になんかならねえし、そもそも、この程度のことで寛大だのなんだの笑わせてくれるんじゃねえよ」

「なんだと」

「俺の心を少しでも動かしたいってんなら、セツナを助けて見せろってんだ」

 シーラは、びしっとマルウェールの方角を指差した。セツナと女神の戦闘は続いている。激戦そのものであり、絶大な力同士の激突が空間を歪めているのが、肉眼でもわかるほどだった。

「ふむ……なるほど。セツナが汝の心の拠り所か。わかった」

「じゃあ、いってくれるのか?」

「いや、その必要はなかろう」

「え?」

「かのものの勝利も近い」

「セツナの……勝利」

「なにを驚くことがある。信じていたのだろう」

「……ああ!」

 シーラは、ハサカラウの問いに対し、マルウェール方面の戦場を見やりながら力強くうなずいた。

 信じていた。

 そして、その通りの結果になるという龍神の見込みには、歓喜を覚えるだけだ。

 シーラも、役割を果たせた。

 少なくとも、九頭龍が敵ではなくなったのだ。どのような理由であれ、喜ぶべきだ。

 そして、遙か彼方の戦場では、神とセツナの激闘が、確かに終幕を迎えようとしていた。

 凄まじい力の激突が天地を鳴動させている。

 神と、それに匹敵する――いや、それ以上の力の衝突。

 黒い力が莫大な闇を引き連れて、神の放つ光を飲み込まんとしていた。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ