表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2223/3726

第二千二百二十ニ話 九尾の狐対九頭の龍(五)

《あとは、そなたが妾をどう上手く使うか。それだけじゃ。そして、それができなければ、そなたは想いを遂げられぬ》

(想い……)

 シーラの目は、遙か彼方のセツナを捕捉した。なぜか変容したミズトリスと対峙するセツナも、どうも押されているように見える。しかし、セツナのことだ。必ずやミズトリスを斃し、同盟軍に勝利をもたらしてくれることだろう。

《わかったなら、さっさとあやつを圧倒し、蹂躙し、滅ぼし尽くせ。それが、それだけがそなたの想い人に応える方法じゃろう》

(ああ……!)

 シーラは、白毛九尾の叱咤激励に感謝するとともに吼え、九つの尾の能力を最大限に解き放った。まだ、シーラにはやれることがある。白毛九尾の力は、巨躯から繰り出す物理攻撃だけではない。

「覚悟が決まったようだな! シーラ!」

「俺の名を気安く呼ぶんじゃねえ!」

 龍の男がまばゆく輝く剣を振りかざし、突っ込んでくるのを大きく飛び退いて距離を取り、男が構わず振り下ろそうとした剣を巨大な刃に変化させた尾で受け止める。その瞬間、凄まじい閃光が切っ先から迸り、変化の尾がでたらめに切り裂かれるが、シーラは構わない。別の尾で作り出した無数の矢を発射するとともに切り裂かれた尾を治癒し、元通りに復元する。痛みはわずかに残るが、問題はない。

 龍の男は、おもむろに切り払った矢がその瞬間閃光を放ちながら炸裂したのを目の当たりにすると、対処法を回避に切り替えた。創造の尾が作り出した無数の矢は、爆発する矢であり、その威力は九尾の打撃よりも遙かに強力だ。切り落とすよりも、回避してやり過ごすのが正しい選択だが、しかし、それもシーラの思惑通りだ。尾により”支配”した矢は、敵にかわされたとしても、シーラの望む通りの軌道を描き、再び敵へと殺到する。

 切り落とせば大爆発を起こし、かわしたとしても執拗に誘導追尾する無数の矢には、さすがの龍の男も余裕の表情を崩さずにはいられなかったようだ。

「ちぃっ!」

 大きく後退すると、八つの龍の首を振り回し、火炎や雷光を奔流として放射してみせた。ただひたすら迫り来る無数の矢をそれらの奔流で飲み込み、すべて満遍なく爆発させることで、回避すら不要としたのだ。が、そこまではシーラの読み通りだ。龍の男が爆裂矢を処理しきったときには、その頭上に”破砕”の尾を振り下ろしている。男は、にやりと剣を振り上げた。尾と剣の接触は、爆発的な力の衝突そのものであり、閃光と轟音が生じた。尾は先ほどのように吹き飛ばない。”守護”の尾が”破砕”の尾を護っているからだ。さらにシーラは”貫通”の尾を龍の男に突貫させ、”切断”の尾も繰り出す。龍の男が愉悦に表情を歪めた。”破砕”の尾を受け止めたまま、龍の首が”貫通”と”切断”に対応する。

 大きさでいえば、シーラの尾のほうが遙かに巨大だ。質量は威力に直結する。故に龍の男は、ふたつの尾を捌くために複数の首を用いなければならず、剣と併せて、ほぼすべての攻撃手段が封じられた形になる。

 それこそ、シーラの望んだ戦型だった。

 シーラには、まだいくつもの尾が残っている。当初こそ圧倒されかけたものの、白毛九尾の真の力をもってすれば、このような戦型を作ることくらい、なにも難しくはないのだ。シーラは、勝利を確信して、”変化”の尾と”創造”の尾を振るった。巨大な刀に変化した尾で斬りつけ、無数の爆裂矢を放ったのだ。龍の男が目を細めた。直撃。尾が切り裂く確かな手応えに続き、ほぼすべての矢が突き刺さり、連鎖的に爆発を起こし、凄まじいまでの熱量と爆音を響かせる。神人程度なら”核”もろともに消滅するほどの威力には、シーラも満足した。しかし。

「くうっ!」

 シーラは、凄まじい激痛に身悶えしながら空中に飛び上がり、四本の尾がほぼ同時に切断されたことを確認した。もちろん、シーラの尾を切り裂いたのは、ほからなぬ龍の男だ。爆煙を引き裂き、剣を振り抜いた格好の男がこちらを見て、挑戦的な笑みを浮かべていた。八龍の首が吼え猛る。八方に向かって拡散した龍の攻撃は、中空のシーラへと方向を転換し、一斉に襲いかかってくるが、これらは”守護”の尾が尽く受け止める。が、その際生じた爆煙が視界を遮ると、それを好機といわんがばかりに龍の男が飛びかかってきた。鋭すぎる殺気だけでそれとわかる。シーラは、中空で踏み止まると、”治癒”の尾による再生と同時に”創造”の尾から無数の武器を投げつけ、煙の中の男の進行を妨害する。

 九本の尾のうち、切断されたのは、”貫通”、”切断”、”破砕”、”変化”の四本だけだ。攻撃手段の数の上では押し巻ける格好になったが、まだ負けてはいない。なにより、こちらには”治癒”の尾がある。時間さえ稼ぐことができれば、すぐに元通りだ。

「時間さえ稼ぐことができれば、な」

「なっ――!?」

 シーラが愕然としたのは、ただ思考を読まれたからではない。男の声が背後から聞こえたからだ。振り向こうとしたときには、凄まじい痛みがシーラを襲っていた。神速の斬撃が尾をさらに四本、切り落としている。

「汝はこう考えていた。失った尾を再生する時間さえあれば、どうとでもなる、と。残念だが、そういうわけにはいかんのだ」

「ぐうっ!」

 さらに背後から叩きつけられた火球や雷撃が激痛となってシーラの意識を掻き乱し、白毛九尾の巨躯を大地に激突させる。

「はははっ! シーラよ! これでは到底我の相手は務まらんぞ? 汝が主、セツナ=カミヤは、不完全だったとはいえ、我を打ち倒せし剛の者。セツナの家臣を名乗り、我を討たんと欲すれば、命を賭して戦えい!」

 龍の男の勝ち誇ったような台詞には、返す言葉もなかった。

 シーラは、ぐっと歯噛みしながら態勢を立て直すと、続けざまに降り注いできた火球や雷撃を飛んでかわし、龍との距離を取った。接近戦は、こちらが不利だ。体の大きさ、力の強さはシーラのほうが上のようだが、速度においては龍の男のほうが上回っている。しかも、龍の男の剣の切れ味たるや、”守護”の護りを突破するほどのものであり、速度とともに脅威としかいいようがない。

《シーラ、あやつの戯言などに耳を貸すでないぞ。そなたはそなた。そなたのやりたいようにやればよい。それが、セツナの望むこと故な》

(そうかな)

《む……なんじゃ? 妾の分析に不満があると申すか?》

(ううん。そうじゃない。そういうことじゃないんだ)

 シーラは、ずたずたに切り刻まれた九尾の体から伝わる痛みに目を伏せながら、白毛九尾の疑問に返事をした。戦いは、止まってはいない。龍の男の攻撃は、休まることなく続いている。それをシーラは、”混沌”の尾で辛くも捌いていた。九つの尾のうち、残るはその一本だけだ。

(セツナなら、そういうだろうさ)

 それこそ、白毛九尾のいった通りのことをいうだろう。シーラのやりたいようにやればいい。シーラの生きたいように生きればいい。それがどのようなものであれ、叶うよう最善を尽くしてくれるのがセツナだ。

 セツナは利他的だ。自分のことよりも、他人のことばかり考えている。自分に無関係な他人のことにまで首を突っ込むことはないとはいえ、自分と多少でも関わりを持てば、途端にそのお節介さを発揮する。シーラに対しても、そうだった。お節介なまでに、愛情を注いでくれる。

 それがセツナという人間であり、だからこそ、彼の周りには男女問わず多くの人間が集まるのだ。

 彼のお節介なまでの愛情への恩返しをしたい、と。

 シーラも、そうだ。

 セツナへの恩返しのために、ここにいる。

 ここにいて、白毛九尾の姿となり、九頭龍と戦っている。

 ここで命を賭けずして、魂を燃やさずして、なにがセツナの家臣か。

(なにが、セツナと添い遂げて見せる、だ)

 シーラは、エリナに宣言した言葉を思い出して、自嘲した。

 ここでセツナの役にも立てないものが、彼の旅についていけるはずもない。これから先、苛烈さが増していくだろうことは、この戦いで明らかだ。神々と戦うのだ。このままでは、シーラなどただの足手まといになるだけだ。

「だったら見せてやるよ、俺の命が燃える様をな!」

 シーラは、吼え、上空の龍の男に向かって飛びかかった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ