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第二千二百二十話 九尾の狐対九頭の龍(三)

 女神モナナとミズトリスを相手にした大立ち回りは、セツナの優勢で進んでいた。

 黒き矛の一閃が女神の腕を切り裂いたことで、女神の精神的動揺を誘い、憤慨した女神の冷静さを欠いた攻撃の数々は、それまで乱れることのなかったミズトリスとの連携に混乱をもたらし、セツナに両者を攻撃する猶予を与えてくれたのだ。とはいえ、憤激した女神の攻撃は苛烈を極め、攻撃を差し込む隙を見いだすのは、簡単なことではなかった。しかも、戦場のまっただ中で戦っていては、女神の攻撃が同盟軍将兵に流れ弾となって直撃する可能性があり、セツナは、女神とミズトリスを引きつけながら戦場を離脱しなければならなかった。

 吹き荒ぶ嵐となった女神と、そんな女神に翻弄されながらも連携を忘れないミズトリスの猛攻を凌ぎながら、同盟軍将兵がまったくいない場所に移動する。その際、ネア・ガンディア軍に攻撃しておくことを忘れない。シーラのおかげで高まった同盟軍の戦意をさらに少しでも昂揚させるためには、セツナの協力も必要不可欠だろう。

 実際、セツナがネア・ガンディア軍の前線部隊を攻撃したことで、同盟軍の兵士たちが興奮気味に声を上げたのだから、決して無意味ではなかっただろう。

 ともかく、荒れ狂う女神とミズトリスを引き連れて戦場を移動させたセツナは、その半ばまで結晶化した森の中で、ようやく落ち着いて対峙することとなった。

 女神の攻撃は、ときとともに苛烈さを増し、荒ぶる神威の奔流で木々を根こそぎ打ち倒し、吹き飛ばす。結晶化した草木が舞い踊る様は幻想的とさえいえるのだが、楽観視できる状況ではない。

(やっかいな……)

 女神は、荒ぶる神威の渦の中心にあり、セツナは接近することもできずにいた。だからといってミズトリスとの攻防に集中することもできない。ミズトリスに意識を集中させれば、意識外から女神の攻撃が飛び込んでくること間違いないからだ。片手間に戦い、倒せる相手でもない。やはり、どちらかを集中的に攻撃し、撃破しなければ勝利の道はないのだが、そのためには女神に冷静さを取り戻してもらうよりほかはないだろう。力を暴走させる女神には近づくこともままならない。

 現状、遠距離攻撃では、致命傷にはならないのだ。

 黒き矛を直接叩き込む以外、神属を滅ぼす方法がない。

「随分と余裕がなくなったな、女神さん」

 ミズトリスの猛攻を凌ぎきり、セツナは、女神を見やった。莫大な神威を発する女神は、光そのものとなってそこにあった。全身から膨大な光を発し、周囲の空間さえも歪ませる女神の力は、いまのいままで全力を出し切っていなかったことを理解させる。その光に触れれば、セツナのようなただの人間は立ちどころに消し飛ばされるだろう。つまり、接近し、攻撃を叩き込むことなどできないということだ。

 では、どう戦うのか。

 セツナが苦慮しているときだった。女神の光が収まると、穏やかな表情を取り戻したモナナがそこにいた。

「そうでしたね……あなたは魔王の杖の護持者でした。最初から、わかっていたことなのです」

「うん?」

「この失った腕は、己の浅慮の戒めといたしましょう」

 黒き矛に切り飛ばされたまま復元する様子のない腕を掲げて、女神は告げてきた。それがなにを意味するのか、よくわからない。しかし、ひとつだけわかることがある。それは、モナナが冷静さを取り戻したということだ。それはすなわち、付け入る隙が生まれ得るということだ。

 本来ならば逆だろう。冷静なときほど隙がなく、我を忘れたときこそ隙だらけになるはずだ。しかし、女神たるモナナには常識が通用しないのだ。憤激のあまり我を忘れ、力を暴走させた女神には、接近することすらできなかった。しかし、冷静に力を制御する女神に対しては、おもむろに接近することも可能なのだ。

「そして、あなたを滅ぼし、禍根を絶ち、未来永劫、この百万世界にあなたのようなものが現れぬよう、そのすべてを封印致しましょう」

「できるものならな」

 セツナは、一足飛びに女神の懐に飛び込み、モナナの金色の瞳が烈しく輝くのを目の当たりにした。右へ飛ぶ。凄まじい圧力と破壊音に目をやれば、セツナが立っていた地面が大きく抉れていた。まるで空間そのものが削り取られたような、そんな爪痕。

「できるさ」

 頭上から、ミズトリス。斧と槍で、ミズトリスの斬撃を受け止める。ミズトリスの左腕は吹き飛ばしたはずだが、いつの間にか復元していた。女神の力によるものだろうが、だとすれば、なぜ、女神は自身の腕を復元しないのか。

(これが、神をも滅ぼす魔王の杖の力か)

 神属は、ひとの祈りから生まれる、という。

 故に永久不変であり、不老不滅、金剛不壊であるという。たとえ傷つけられたとしても、立ち所に回復し、再生し、復元する。それが神と呼ばれるものであり、神属と称されるものたちなのだ。

 故に、本来ならばどれだけの力を持っていても太刀打ちできず、神々の戦いは不毛なものとなるという。神にどれほどの力の差があっても決着がつくことはないのだ。

 そんな神々に唯一対抗できるのが、セツナの召喚武装である黒き矛ことカオスブリンガーであり、カオスブリンガーは別名・魔王の杖といった。

 その力の片鱗が、いま女神モナナの右腕に現れている。黒き矛で切り裂かれたがために、再生を阻害されているのだ。

 いわば魔王の杖は、神にとっての毒なのではないか。

 それも、一度食らえば死ぬまで蝕み続ける強烈極まりない猛毒――。

 ミズトリスの攻撃に合わせ、女神が繰り出してきた空間攻撃を紙一重のところで回避したセツナは、ミズトリスと数合打ち合った末、”破壊光線”を叩き込み、さらに追撃としてアックスオブアンビションをミズトリスに叩きつけた。広範囲破壊で、ミズトリスの全身を完膚なきまでに破壊する――つもりだったのだが、間一髪のところでかわされ、女神の猛攻に晒される。神威が雨の如く降り注ぎ、セツナの手や足を浅く裂いたのだ。軽傷ではあったが、神威に込められた熱が皮膚や肉を焼き、凄まじい痛みが全身を駆け巡っている。

 掠り傷が致命傷になりかねないのが、武装召喚師や神人といった強力な攻撃能力を持った相手との戦いにおける常識だ。相手が神となればその危険性はさらに高くなる。事実、一瞬でも気を抜けば、セツナだって死にかねない。因果律から消し去られかけたこともあるのだ。

 女神は頭上。

 左腕だけをこちらに向け、そこから神威の光線を撃ち続けており、セツナはそれらをかわしながら、ミズトリスの攻撃を捌かなければならなかった。二対一。が、問題はない。こちらの腕は四本、翅が二枚あり、さらに闇人形を使うことだってできる。数の上では、こちらのほうが有利とさえいってよかった。

「うおおっ!」

 ミズトリスが雄叫びを上げ、猛然と突っ込んできたところに槍を持たせた闇人形で迎え撃ち、自身は上空に飛び上がって女神に殺到する。女神が左腕で虚空を撫でた。空間がたわみ、振動が強烈な波となって襲いかかってくる。翅を前面に展開して振動波を受けきると、立て続けに猛烈な衝撃がセツナを襲った。急激な変化。背中から地面に叩きつけられたことから、女神の術中にはまったことを悟る。振動波から翅で身を庇った結果、自身の視界を塞ぎ、女神の攻撃を誘うこととなったのだ。

「これで仕舞いと致しましょう」

 翅を開くと、女神が、神威によって地面に押しつけたセツナを見下ろしていた。両目が煌々と輝き、神威が最大限に高まっていることが伝わってきていた。極至近距離。逃げられないはずもない。が、移動可能な距離が、攻撃範囲に含まれていないわけがない。女神とて、それくらいは考えているはずだ。しかし。

「ああ……!」

 セツナは、肯定とともに女神の胸を貫いた黒き矛を認め、愕然とする女神の反応に満足した。

「そ、そんな……!?」

 女神が、セツナを滅ぼさんと集めていた神威が霧散していく。胸を貫いた黒き矛が、女神に滅びの力を伝えているのだ。黒き矛の柄を握っているのはセツナの手ではない。セツナの背後から伸びた闇の手が、黒き矛を握っていた。

 セツナは、上空の女神に飛びかかる最中、闇人形に槍を預けたことで空いた手に黒き矛を持たせていたのだ。手に握っていれば、翅で防御したとき、攻撃することができなくなる。だが、闇の手ならば、翅の外から攻撃することが可能だ。

 すべて、セツナの読み通りだった。

 後は、力を込めればいい。神をも滅ぼす魔王の杖の力を注ぎ込めばいいのだ。が、当然のようにミズトリスによる妨害が入る。

「モナナ!」

 猛烈な勢いで突っ込んできたミズトリスの左右交差斬撃を槍と杖で受け止め、その間に女神に黒き矛の力を注ぎ込む。神を憎み、怒り狂う黒き矛は、その瞬間、歓喜の雄叫びを上げていた。そして、カオスブリンガーに秘められた莫大な力が一気に女神の体に流れ込む。それは発光する女神の体を黒く侵蝕し、瞬く間に破壊していく。女神が甲高い、天地が割れるほどの悲鳴を悲鳴を上げた。どれほどの苦痛が女神を襲っているのかは、想像しようもないが、おそらく、女神が感じたこともないほどの痛みに違いない。

 神属とは、不老不滅の存在であり、負傷することすら稀なのだ。その金剛不壊の体を根本から破壊し、滅ぼし尽くす魔の力の注ぎ込まれれば、苦痛のあまり身もだえし、表情を歪ませるのも無理はない。

 女神はもがきながらも、自身の体から引き抜こうと黒き矛に手を伸ばす。だが、女神の手は、黒き矛の柄に触れた瞬間、魔の力を大量に浴び、吹き飛んだ。

「くっ……かくなる上は……ミズトリス!」

「……それしかないか」

 血相を変えた女神に名を呼ばれたミズトリスは、女神の意図を理解してのことだろうが、苦渋に満ちた決断をしたようだった。

(なにを考えている?)

 セツナには、ふたりの考えが読めない。この状況、逆転劇などあろうはずもない、とセツナには想えるからだ。もはや、女神モナナの滅びは時間の問題だ。カオスブリンガーの切っ先が突き刺さった胸元から全身の末端に向かって、黒い亀裂が走っている。亀裂は次第に細分化し、体の隅々へと至りながら滅びの力を伝播させていっているのだ。末端まで行き渡れば、女神は滅びる。この世から完全に消滅するのだ。

 それは、神殺しそのものだ。

 神を殺すとはいったいどういうことなのか。

 神は、ひとびとの祈りに応え、示現する存在だ。高次の、本来ならば認識さえできないはずの存在であるといい、こうして知覚できているのは、神々が低次元に降りていてくれているからだという。故に、滅ぼすことなど、本来はできない。

 それを滅ぼすのだ。

 この世の根幹を揺るがすということにほかならないのだろう。

『神殺しの覚悟はあるか?』

 地獄の試練の果て、セツナはそう問われた。

 黒き矛を、カオスブリンガーを使い続けるということは、神殺しの道を歩むことになるからだ。

 神々は、黒き矛を、魔王の杖を忌み嫌い、憎んでさえいる。神々にとって黒き矛こそ滅ぼすべき敵であり、大悪だというのだ。黒き矛の使い手として、神々に満ちあふれた現世に返り咲くということは、神々との闘争に身を置くということであり、神殺しの必要に迫られるということなのだ。その覚悟もなく現世に舞い戻れば、神に滅ぼされるしかない。

 神を滅ぼし、神殺しの業を背負う覚悟がなければ、生きてはいけない、と。

 セツナは、当然、肯定した。

 だから、ここにいる。

 神を滅ぼし、神々を擁するネア・ガンディアなる軍勢を打倒し、この世の理不尽を正すために。

 不意に、天地が震撼するような轟音が聞こえて、大地が激しく揺れた。震源は遙か南西。シーラが九頭龍との戦場に選んだ場所からだった。

 見れば、白毛九尾の巨体が地に叩きつけられ、瀑布の如く土煙が舞い上がっていた。シーラと九頭龍の戦いは、シーラのほうが優勢に見えたのだが、どうも大きく変化しているようだ。

 シーラは、苦戦を強いられている。




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