第二千二百十四話 ひとりじゃない(二)
オーロラストーム・クリスタルビットすべての発射と広域への展開、そしてそれらを強力な雷光の帯で結ぶことで、とてつもない広範囲を覆う雷の天蓋を形成。それにより、つぎつぎと降り注ぐ方舟の破片、残骸を受け止め、地上への被害を最小限に留めるべく、ファリアは、全力を振り絞っていた。
こうなれば、攻撃に意識を回す余裕はない。
全神経をクリスタルビットの制御と雷光網の維持に注がなければならず、少しでも意識を逸らせば途端に瓦解し、残骸の雨が地上の人間を押し潰すだろう。故にファリアは、進撃を続ける敵軍を目の当たりにしながらも、味方への援護を我慢しなければならなかった。苦渋の決断だが、致し方がない。全滅するよりは遥かにましだと想うしかないのだ。
だが、雷光網で受け止めているだけでは、なんの解決にもならないのもまた事実だ。
なぜならば、受け止めているだけでは解除したときに落ちてくるからであり、このままでは動けないファリアが敵の攻撃の的になるのも明白だからだ。だからといってファリアが周中を解けば、残骸を受け止める雷光網も失われることになる。では、どうすればよいのか。
そういうときのための仲間なのだ、と、ファリアはいまほどシーラたちを頼もしく想ったことはなかった。
シーラとエリルアルムがそれぞれに召喚武装の力を最大限に解き放ち、上空へと飛び上がっていた。雷光網に引っかかった残骸を粉々に打ち砕き、降り注いだとしても、その被害を軽微なものにするためにだ。元がどれだけの質量であっても、粉塵程度にまで細分化すれば、豪雨となって降り注いでも大した被害はでない。
シーラは九つの白き尾を自由自在に操って上空へ至り、エリルアルムは燃え盛る炎の如き翼で空高く羽撃いていた。ハートオブビースト・ナインテイルとソウルオブバードのなにがしかの能力。いずれもアバード王家に仕えた武装召喚師セレネ=シドールの召喚武装であり、どことなく性能が似通っていることから、同じ異世界から召喚された武器である可能性があった。
白き鎧を身に纏い、白い狐耳と九つの白い尾を生やした白髪の女戦士は、まさに白毛九尾の狐の力をその身に宿した存在といっていいのだろう。尾の力で空高く舞い上がったシーラは、九つの尾を自由自在に振り回し、オーロラストームの結界が受け止めた破片や残骸に強烈な打撃を叩き込み、巨大な残骸を分解し、細かな破片を粉微塵に打ち砕いていく。
エリルアルムは、巨大な紅蓮の翼を羽撃かせることで飛行能力を得ているらしく、シーラの攻撃の範囲外を飛び回りながらソウルオブバードを振り回し、残骸や破片を破壊していた。翼そのものにも攻撃能力があり、また、虹色の尾羽根も鞭のようにしなりながら無数に攻撃を繰り出しては、方舟の解体作業を加速させていた。
「上空は姫様方にお任せするとして、地上は、我々が持ち堪えねばなりませんな」
と、ファリアに話しかけてきたのは、銀蒼天馬騎士団幹部のレーヴェン=シドルだ。エリルアルムの側近にして弓の名手である角ばった顔の男は、かつて黒獣隊リザ=ミードが使用した召喚武装・千光弓の現在の使用者であり、彼の精確な射撃は紛れもなく同盟軍の戦いに貢献している。破山砕河拳を現在使用しているケフナー=アンシュフィもそうだが、銀蒼天馬騎士団には良い人材が揃っていた。銀蒼天馬騎士団は、エトセアの躍進の要となった組織なのだ。それを考えれば、騎士団に在籍する騎士たちが皆優秀なのは道理としかいいようがない。
そんな優秀な騎士たちがつぎつぎと命を落としているのが、この戦場であり、これ以上の犠牲を増やさないためにもファリアは集中力を切らせてはいけなかったし、レーヴェンたちを頼る以外にはなかった。ファリアが攻撃に晒されれば、その時点で結界は解け、空から数多の残骸が落下してくることになる。レーヴェンらはそれを理解しているから、彼女の前面に立ち、敵を一兵たりとも近づけまいとしてくれているのだ。
ファリアは胸中で感謝するとともに上空の解体作業が加速度的な疾さで進んでいくのを見て、少しばかり安心した。ナインテイル状態のシーラとそれに近い状態であるらしいエリルアルムならば、ファリアの集中力が切れる前にすべての残骸を粉微塵に破壊し尽くしてくれるだろう。
問題は、前方から迫りくる敵集団だ。
ネア・ガンディア軍の人間兵も神人も、上空の様子などお構いなしに進撃を続けている。自分たちが巻き込まれる可能性など微塵も考慮していない。いや違う。巻き込まれることこそ本望だといわんばかりの驀進であり、その恐れを知らぬ勢いには同盟軍も気圧されずにはいられなかった。
この状況を打破するには、敵指揮官を討つよりほかはなく、そのためにはセツナに期待する以外にはないのだ。
そして、そうなればなんの不安もない。
セツナならば、必ずやり遂げてくれる。
ファリアは、雷光網の維持に専念すればいいのであり、ほかのことは一切考える必要がないのだ。
それできっと上手くいく。
彼女はそう信じ、迫り来る神人の群れにも怖じ気づくことはなかった。
銀蒼天馬騎士団の騎士たちをつぎつぎと打ち上げ、吹き飛ばし、爆走してくる神人を目の当たりにしてもだ。その巨大な腕がいくつにも分裂し、無数の触手となって迫ってきたが、それでもファリアはオーロラストームの制御に集中した。騎士たちの一斉攻撃さえものともせず、ファリア目がけて繰り出された触手は、ファリアに触れる寸前、後方から飛来した鉄線に絡め取られ、上空へと持ち上げられた。そしてつぎの瞬間、盛大な爆発に飲まれ、四散する。
「どうやらあなたを護るのが最優先事項のようですね」
聞き慣れぬ声の主は、そういうとファリアの目の前に姿を見せた。後ろ姿だけでわかるのは、帝国軍の人間だということだ。ファリアは、その頼もしい後ろ姿からもわかる銀髪から、帝国軍の中でも特に優秀な武装召喚師として名を挙げられていたシリル=マグナファンであることを悟った。
「当代の戦女神様」
シリルは、手から伸びた鉄線を巧みに操りながら、こちらを一瞥した。
眼下、瀑布の如く降り注ぐ方舟の無数の残骸は、地上に落下し、甚大な被害をもたらすようなことはなかった。
天と地の狭間に展開された雷光の網が巨大な残骸だけでなく小さな破片さえも受け止めて見せ、地上への落下を妨げているからだ。そしてさらに、雷光の網の上で暴れ回るふたりの人物がいて、彼女たちが巨大な残骸を破壊し、徹底的に細分化している最中だった。ファリアが構築した雷光の網を解いたとき、地上に降り注ぐ残骸が粉塵の如き細かさになれば、味方に被害が出ることはない。そのため、ナインテイルを発動したシーラと、ソウルオブバードを使いこなすエリルアルムが、たったふたりで上空の残骸の数々を破壊して回っているのだ。
「俺には信頼する仲間がいるんだよ」
セツナは、ミズトリスの斬撃を捌きながらモナナの介入に注意しつつ告げた。
「なにもかもひとりでやれるだなんざ、思っちゃあいないのさ」
確かに女神の如き次元の違う敵と戦えるのは、黒き矛の使い手たるセツナくらいのものかもしれない。圧倒的な力を誇る神とそれに類するものと渡り合うのは、どれだけ優れた武装召喚師でも困難極まりないのだ。セツナでさえ、いくつもの召喚武装を同時併用しなければ、神との戦力差を埋めることはできない。それほどの力を持っているのが神だ。
しかし、だからといって、セツナはひとりで戦っているつもりはなかった。セツナには、仲間がいる。それも心より信頼の置ける、長年、心を通わせあってきた大切な仲間たちがいるのだ。彼女たちならば、セツナの考えを瞬時に理解し、行動に移ってくれるに違いないと想えたし、故にこそ、セツナは単騎、敵指揮官を討つという大任に専念することができるのだ。
事実、ファリアは方舟の崩壊を目の当たりにした瞬間、雷光の網を構築し、残骸を受け止める構えを見せた。シーラはナインテイルを発動、エリルアルムは炎の翼を展開、それぞれにファリアが受け止めて見せた残骸の解体作業に入っている。シーラの九つの尾が縦横無尽に暴れ回り、巨大な残骸をいくつにも分割し、さらに細かく打ち砕く。エリルアルムも、紅蓮の炎の如き翼で自由自在に飛び回り、残骸を破砕し、破片を細分化していっている。たったふたりの破壊活動は、加速度的に方舟の残骸の細分化を進めている。
セツナは、ミズトリスの剣を弾き飛ばすなり、モナナの発した光弾を”闇撫”で跳ね返した。
「あとは俺があんたを斃すだけさ、ミズトリス!」
「わたしを斃すだと?」
ミズトリスが落下中、不敵に笑った。
「笑わせるな!」
ミズトリスの全身が白い光に包まれたかと想うと、そのまま流星の如く落下していった。そして、方舟の残骸を突き破り、雷光の網をも貫いて、真下の地面に突き刺さる。
雷光の網が破れ、数多の残骸が瀑布の如く降り注ぐ。