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第二千二百十二話 強欲なるもの

 ファリアは、突如として不安が消えたのを認めた。同時になぜ、不安を抱いていたのかと疑問に想う。不安など、端からなかったはずだ。彼がいる。セツナがいるのだ。セツナがいる限り、自分が不安を抱くことなどあるだろうか。彼の存在は、ファリアのすべてに近い。ファリアの心を支えてくれるのがかれであり、ファリアの未来を指し示してくれるのもまた、彼であり、現在の居場所を与えてくれるのも彼なのだ。彼がいるかぎり、ファリアが不安に陥ることも、絶望に堕ちることもありえない。

 逆をいえば、彼の喪失は絶望そのものとなって彼女を襲い、彼女から夢も希望も奪い去るだろう。生きる意味さえ、見失うかもしれない。

 彼女の中で、彼の存在はそれほどまでに大きくなっていた。

 故にファリアは、自分がなぜ、ついさっきまで漠然とした不安を抱き、焦燥感に駆られていたのか、まったくわからなかった。気の迷いにしても、おかしなこともあるものだ、と、彼女は想う。

 前線。

 迫りくる神人の群れに対し、シーラとエリルアルム、銀蒼天馬騎士団が猛然と突っ込み、苛烈極まる戦いを繰り広げている。ファリアは、その戦いの支援を行いつつ、同盟軍の各部隊の援護も行っていた。オーロラストームで矢を放ってシーラたちを支援し、クリスタルビットを戦場各地に飛ばす。正確無比な射撃とクリスタルビットの遠隔操作を同時に行うのだ。オーロラストームよって全感覚が強化されているからこそできる芸当であり、だとしても並大抵の技量では数分と持たないことは明白。それ故、ファリアは、全神経を集中させ、オーロラストームの制御に徹した。

 セツナがいる。

 不安などあろうはずもない。

 彼ならば必ずや同盟軍に勝利をもたらしてくれるに違いない。

 彼のこれまでがそうであったように。

 ファリアの中のセツナとは、勝利そのものといっても過言ではなかった。

(シーラ、エリルアルム、持ち堪えて。もう少しよ……!)

 最前線で神人の群れを相手に大立ち回りを演じるふたりも、セツナのことを信じ、セツナに希望を託している。

 だからこそふたりは、死をも恐れず、勇奮するのだ。

 強大な獣の力を秘めたハートオブビーストとともに苛烈な闘争を繰り広げるシーラと、天舞う鳥の力を秘めたソウルオブバードを手に舞い踊るが如き華麗な戦いを見せるエリルアルム。そのふたりの周囲では、銀蒼天馬騎士団の武装召喚師たち、召喚武装使いたちが激戦に身を投じ、また、一般兵たちも自分の身の安全を顧みず、ネア・ガンディア軍に攻撃を仕掛けている。

 兵力差による優位性は元より無いも同然だったが、戦闘時間が長引くに連れ、絶対的といっていいほどの戦力差が明瞭となり、当初の前線は壊滅。シーラたちも後退を余儀なくされ、エリルアルムが本隊及び後方部隊を前線に投入することで、辛くも戦線を維持することができていた。それも、いつまで持つかわからない状態といってよく、シーラにもエリルアルムにも疲労が見え始めていた。

 開戦前から、この戦いが苛烈極まりないものになるということは想定していたものの、まさかここまで追い詰められるとは、ファリアも考えてはいなかった。なぜならば、セツナがいるからだ。セツナがまっさきに敵軍指揮官を討ち果たしてくれるものと考えていればこそ、大船に乗ったつもりでいられたのだが、どうやら、セツナも苦戦しているようだった。

 ネア・ガンディアは神々を戦力として動員しうる。

 さすがに神が相手となれば、セツナも苦戦せざるをえないのだ。

 だからといって、不安はない。

 さっきまでの漠然とした不安の意味がわからないくらい、ファリアはセツナを信じていた。

 視線を敵方舟から地上に戻せば、前線に巨大な神人が肉薄していた。巨躯から伸ばされた腕が複数に分かれ、それぞれが鞭のようにしなり、銀蒼天馬騎士団兵士たちを薙ぎ払う。血飛沫が上がり、断末魔も聞こえた。これで何人、命を落としたのかわからない。それくらい、同盟軍の兵士たちは死んでいた。

 普通の戦闘ならば敗北を認めざるをえないほどの被害が出ているのだが、同盟軍には敗北を認め、ネア・ガンディアに降るという選択肢はなかった。降れば、どうなるか。少なくとも、人間としての扱いを受けられるとは思えない。

 降伏を迫るためとは言え、マルウェールを滅ぼし、住民を残らず神人化させるような連中が投降者を丁重に扱うとは、とてもではないが考えられないのだ。

 だから、だれもが戦う。

 戦うしかない。

 ばったばったと斃れていく同盟軍兵士たちを見届けるのは、ただただ辛いが、しかし、かといってここで諦めては、ここで降伏しては、これまでの戦闘で傷つき、命を散らせていったものたちに申し訳が立たない。

 そう、なんとしても勝たなければならないのだ。

 そのために、ファリアたちはここにいて、セツナは上空にいる。

 ファリアは、ただただセツナを信じるしかない。セツナが敵指揮官を討ち果たし、ネア・ガンディア軍が撤退を選択することを願うしかないのだ。

 そして、そのための時間稼ぎをこそ、ファリアたちはしなければならなかった。

 ファリアが天にも祈る想いでオーロラストームの矢を放ち、シーラに迫る神人の手を撃ち抜いたそのときだった。

 上天より光が差し、つぎの瞬間、爆音が轟き、天地を震撼させた。ファリアは天を仰ぎ、思わず声を上げたが、自分でもなにをいったのかわからいくらいの爆音が天より降り注いでいた。いや、降り注ぐのはなにも音と光だけではない。敵方舟を貫いた閃光は、その圧倒的な質量を無数の破片といくつもの巨大な残骸へと変え、地上へと雨の如く降り注がせたのだ。

「ファリア!」

 シーラの叫び声に、ファリアはすぐさま全神経を研ぎ済ませた。

 シーラも、エリルアルムも、それぞれに召喚武装の能力を解き放つところだった。


 モナナ神が勝利を確信したのは、セツナ=カミヤを因果律から消し去ることに成功したからだ。

 セツナ=カミヤは、この世界に存在すらしていないこととなり、神を除くすべてのものの記憶からも消え去った。地上の、仮政府・帝国軍の唯一の希望が完全に失われ、なにを勝機として戦いを始めたのかさえわからない人間たちは、絶大な戦力差を目の当たりにして絶望し、敗戦の一途を辿るだろう。降伏するかもしれない。そうなったらそうなったで、構いはしない。

 再侵攻軍の目的は、ザルワーン方面の制圧であり、手段や方法は問わないのだ。

 ヴィシュタルやミズトリスが極力血を流さないようにと配慮したのは、戦後の統治を考えてのことのようだが、モナナには関係のないことだった。戦後の統治がどうなろうと知った話ではない。ザルワーン方面が、この島そのものが壊滅的な被害を受け、滅びに瀕したところで、勅命を完遂したのであればそれでいい話だろう、と、女神は想う。

 故にこの戦いでどれだけの人間が死のうと構わなかったし、敵軍が敗北を悟り、降伏してきたところでなんの問題もないのだ。むしろ、それでこのくだらない戦いが一秒でも早く終わるのであれば、それに越したことはない。

 人間同士の戦いなど、モナナには興味も持てない。

 だからみずから手を下し、早急に片付けるという方法もあるのだが、それはミズトリスに禁じられていた。

 強大過ぎる神の力への依存は、遠からずネア・ガンディアの自壊を招きかねないというヴィシュタルの持論をミズトリスは信奉し、実践しているのだ。故にモナナの手出しは最小限に押し留められているのだが、こうしてネア・ガンディア側が終始優勢でいられるのもモナナがいち早くセツナを消し去ったおかげであることをミズトリスは知るまい。

 顔面を覆い隠す白兜の奥で、腕を組んだ指揮官がなにを考えているのかは想像もつかない。

 飛翔船の甲板上、ミズトリスとモナナはいる。

 戦いが始まってからずっと、ミズトリスは甲板上から地上の様子を見ていた。地上において、指揮を取っているのは聖将ワルカ=エスタシアだ。戦場における指揮能力はミズトリスよりもワルカのほうが遥かに上だということは、ミズトリス自身よく知っているらしく、暇なときなどは、ワルカに教えを請うほどだった。ワルカは、獅徒から教えを請われ恐縮しきりだったが、そんなミズトリスだからこそワルカが心底信頼するようになったのだろう。

 元来、聖軍と獅徒というのは相性がよくない。

 いや、神々にしてもそうだ。

 だれもが特別待遇の獅徒を快く想ってはいない。

 獅徒は、神皇の寵愛を受けている。

 神々にとってですら神聖不可侵の存在であり、時と場合によっては、一級神ですら獅徒の下位に置かれるのだ。

 神々をも統べる存在である獅子神皇本人ならばいざしらず、獅徒の下に組み敷かれるなど、誇り高き神々にとっては憤懣やる方ないことだ。

(しかしまあ、それも一興……)

 この悪しき夢の如き異界の出来事に決着が付けば、悠久の時の中にきらめく刹那の幻に成り果てる。

 モナナがそう想ったときだった。

 脳裏に一条の雷光が閃いた瞬間、強烈な違和感が女神を襲った。そして女神は、甲板上の前方、船首付近に消し去ったはずの男を見出して、愕然とした。叫ぶ。

「何故です……!」

 漆黒の翼を広げ、悪魔のように佇む男は、因果律より消えてなくなったはずのセツナ=カミヤそのものであり、その手には黒き矛と、漆黒の大槍が握られていた。大槍の螺旋を描く奇妙な穂先が轟音とともに超速回転し、大気を掻き混ぜ、竜巻を作り出す。深紅に燃える目が、こちらを見て、嗤った。

「俺は欲張りなんだよ」

 ミズトリスが反応するよりも疾く、超速回転する槍の切っ先が甲板を突き破り、螺旋を描く莫大な熱量が飛翔船の船体を貫通した。


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