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第二千二百十一話 光る空

 戦況は、最悪といってよかった。

 前線が崩壊すると、でたらめに食い破られ始めた戦線そのものを立て直すことに終始する羽目になり、そうなれば圧倒的な戦力差と直面し、目も当てられない惨状へと発展していった。

 レング=フォーネフェルが率いているのは、ザイオン帝国陸軍の中でも、特に精強を謳われた第六皇子マルス=ザイオン麾下の特務部隊を中心とする軍団であり、武装召喚師の数こそ少ないとはいえ、帝国の他の軍団にも勝るとも劣らない戦力を誇っていた。故にこそ、世界が壊れ、ザイオン帝国本国との連絡が取れなくなってから二年以上もの長きに渡り、軍団としての秩序を維持し続けることができたのだ。

 ヴァシュタリアの残党とやり合いながらもクルセルク方面を制し、そこに新たな、帝国の秩序を築くことができたのも、レングを指揮官とする軍団が精兵揃いだったからにほかならない。

 だというのに、だ。

「彼らはなにをしている!」

 レングは、空を仰ぎ、叫ばざるを得なかった。

 このザルワーン島を征服するべく到来したネア・ガンディアの軍勢に対抗するべく、レングたち帝国軍とザルワーンの仮政府との間で結ばれた同盟だが、それは、勝算があってのことだったはずだ。ネア・ガンディアなる敵対勢力をこのザルワーン島から追い出し、島内に秩序と平穏をもたらすためにこそ、帝国軍は仮政府軍と手を結んだ。無論、たとえ仮政府軍と手を組まずとも、ネア・ガンディアに降伏することはありえないし、結果的に戦うことにはなっただろうが、だとしてもなにかしら理由がなければ仮政府軍と手を結ぶことはなかったのだ。

 勝算。

 戦場上空には、巨大な方舟(と、仮政府軍は呼称している)が浮かび続けている。二十四枚の巨大な光の翼を広げたそれは、さながら神の使いの如き神々しさを放ち、見るものをただただ威圧している。方舟は、ネア・ガンディア軍の移動する要塞のようなものであり、または大戦力を運搬するものでもあるようだ。そしてそこに敵指揮官がいるらしいと推察されてもいる。

 勝算とはまさに方舟に乗っているのであろう敵指揮官の撃破以外にはなく、そのための算段が仮政府軍にはあるはずだった。だからこそ、仮政府軍はこの戦いを積極的にけしかけたのであり、絶大な力を持つネア・ガンディア軍に挑んだはずなのだ。レングが仮政府と同盟を組んだのも、そのためだ。ネア・ガンディア軍をこの地より撤退させるには、敵指揮官を討つ以外にはない。

 神人を主戦力とし、一般兵ですら精強な帝国兵を薙ぎ倒すのがネア・ガンディア軍なのだ。

 同盟軍は、兵力においてネア・ガンディア軍を圧倒していたものの、その兵力差も戦闘が長引くに連れて加速度的に埋まりつつある。戦力差が響きに響いているのだ。

 故にこそ、同盟軍は、敵指揮官を討つことでネア・ガンディアの指揮系統を破壊し、撤退を余儀なくさせるべく作戦を立てた。

 地上戦は、そのための時間稼ぎに過ぎない。

 開戦以前から、ネア・ガンディア軍は真正面からぶつかり合って物量で押し潰せるような相手ではないことはわかりきっていたのだ。

「敵指揮官は!?」

「まだ、敵軍の様子に変化はありませんね」

 極めて冷静に告げてきたのは、シリル=マグナファンだ。褐色の肌に映える銀髪の持ち主は、レング率いる特務部隊の要となる武装召喚師といっていい。レングはこれまで何度となく彼女に助けられていたし、彼女の武装召喚師としての実力に関しては限りない信頼を寄せていた。なにより、彼女は、レングの部下ではなく、第六皇子マルス=ザイオンが寄越してきた使者であり、マルスの信認も厚い彼女を無碍に扱うことなどできるわけもないのだ。

「わかっている!」

 つい、口調が荒くなるのを認めながらも、止められない。

 見ればわかることだ。

 状況は最悪といっていい。

 同盟軍の作戦は、開戦以来まったくもって成就しておらず、むしろ戦線は崩壊し、ネア・ガンディア軍の勢いは増すばかりだ。前線はすでに壊滅状態。陣形は完膚なきまでに破壊され、持ち直しようがなかった。

 同盟軍の兵力の大半を担っているのは帝国軍の将兵たちなのだ。それらが、仮政府軍の愚かな戦術のせいで命を落としているという事実には、帝国軍の指揮官を任されたレングにとっては、憤りを禁じ得ない。無能な彼らに指揮を任せ、あるはずもない勝算に乗った自分の愚かさを悔やみ、歯噛みする。

「だが、敵指揮官の撃破だけが勝利の道じゃあなかったのか!」

 吼えるが、レング配下の兵士たちはなにもいわない。皆、前線からつぎつぎと届く悲壮な報告の数々に顔を俯けるほかないのだ。前線に送り込んだ部隊は、いずれもネア・ガンディア軍の猛攻によって崩壊し、数多の将兵が命を散らせている。

 その事実が、レングに重くのしかかる。

 帝国軍将兵のだれひとりとして、このザルワーン島で生涯を終えることを望んでなどいなかった。だれしもが帝国本土への帰還を願い、帝国の秩序の中で平穏な日々を夢見ていた。大陸が壊れ、海がザルワーン島と外界を隔てたからといって、帝国本土への帰還を諦められるはずもない。しかし、海を渡る術がない以上、ここに留まるしかないから、クルセルクを制し、そこに帝国の秩序を築くことで心を安んじた。 

 そんな状況下で、突如として現れたネア・ガンディアの軍勢にクルセルクからも追い出され、白毛九尾の護るザルワーン方面との間で板挟みとなった。まさに絶体絶命の状況だった。ネア・ガンディアには敵わないことはわかりきっていた。だから、ザルワーン方面に活路を見出そうとした。ネア・ガンディアに敗れ去るか、ザルワーン仮政府に敗れ去るか。ふたつにひとつ。ならば、万にひとつの可能性に賭けたのだ。

 結果的には、その判断に間違いはなかった。仮政府と接触したことで、レングたちは、ザイオン帝国が現在、新皇帝ニーウェハイン・レイグナス=ザイオンによって治められていることを知れたのだ。皇位継承権争いにおいて廃皇子とまでいわれながら、突如として正統なる皇位継承者となったニーウェ皇子が先帝亡き後を継ぐのは、必然であり、なんの疑問もない。直属の上官であり、応援していたマルス皇子が継承権争いに敗れ去ったという事実には想うところもないではないが、先帝が決めたことだ。

 帝国の秩序、その支柱たる皇帝が決定したことに異議を差し挟むなど、ありえぬことだ。

 そして、仮政府は、レングたちがここザルワーン島にいるということを帝国本土に知らせてくれるとまでいったのだ。それ故、レングたちは矛を収め、仮政府軍に従った。同盟に至ったのも、その流れではある。

 だが、これでは、このような惨状では、帝国本土への帰還を夢見たものたちがただ無駄に死んでいくだけではないか。

 レングは、仮政府軍の首脳陣に文句のひとつも叩きつけてやりたかったが、いまはそれよりも戦線の維持に全力を尽くさなければならず、そのために配下の兵士たちに死ねというしかなく、だからこそ彼は憤懣やる方なく、怒りを胸のうちに秘しておくしかないのだ。

「……どういうことなのでしょうね」

「なにがだ!」

「仮政府の連中は、勝算があるからこそ、この戦いを起こし、わたしたちもそれに習った。しかし、現状、勝ち目は見えません。仮政府の連中はいったいなにをしているのでしょう」

「さっきからそれをいっている!」

「なにをもって、勝算としたのでしょうか」

「そんなもの、わたしが知るか!」

 叫ぶと、さすがのシリルも眉根を寄せ、肩を竦めた。褐色の魔女は、この状況でも余裕の態度を崩さない、まるで自分だけは死なないとでも思い込んでいるかのような優雅さで、こちらを見ている。その様子がレングの神経を逆撫でにするのだが、シリルには彼の心境など理解はできまい。マルス皇子の寵愛を受け、特務部隊を意のままに操る彼女には、レングの苦悩など想像しようもないのだ。

 同盟軍は押されている。

 前線では、仮政府軍の主戦力である銀蒼天馬騎士団などの武装召喚師たちが奮戦しているようだが、それもいつまで持つものかどうか。

 確かにネア・ガンディア軍の神人は目に見えて減っており、それだけ同盟軍の損害も少なくなってきている。しかし、そこに至るまでの間に同盟軍の兵数は著しく減っていて、もはや当初の圧倒的兵力差が幻のように消えて失せていた。

 同盟軍が壊滅するのも時間の問題だろう。

 そう、レングが自暴自棄に想ったときだった。

「セツナ殿はなにを……!」

 異様な感覚に導かれるように空を仰いだとき、閃光が方舟を貫いた。

 爆発が起こる。

 天地を震撼させるほどの大爆発が。



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