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第二千二百二話 悪化


 戦況は悪化の一途を辿っている。

 前線はもはや壊滅状態であり、開戦当初から気炎を吐いていたシーラやファリア、他の武装召喚師たちだけでは戦線を維持することも難しくなってきていた。

 兵数に於いては敵方を圧倒していた同盟軍だったが、個々の戦闘能力を比較した場合、圧倒的なのは敵軍のほうであり、まともにぶつかりあうと、その事実が露呈し、同盟軍の士気を大いに低下させるに至っている。

 約一万四千の大軍勢にとって、たかだか六千程度の兵数など恐るるに足りないはずなのだが、力量の差を目の当たりにさせられれば、兵力を頼みに前線に赴いた兵士たちも戦意をくじかれるというものだろう。特に神人が前線に出張り始めると、前線の同盟軍兵士たちはつぎつぎと負傷し、または戦死していき、後退を余儀なくされる部隊が相次いだ。

 エリルアルムは、同盟軍総大将として、本陣を離れることも許されず、前線から続々と届く戦況報告に不穏なものを感じずにはいられなかった。無論、ただ本陣に籠もっていたわけではなく、つぎつぎと策を考えては実行に移し、後方から前線を援護し続けているのだが、どれも芳しい結果には至らなかった。

 麾下の武装召喚師率いる小隊で敵陣の横腹を突かせたり、後方からの援護射撃を一点に集中させることで敵陣に穴を開けようとしたのだが、結局は、前線部隊に後退の機会を与えてやることしかできず、エリルアルムは歯がゆい想いをしなければならなかった。召喚武装ソウルオブバードの使い手として、前線に立つべきだ、と想う反面、総大将としては本陣に留まり、全軍に指示を飛ばさなければならないということもわかっている。指揮官が後方にいてこそ、前線の兵士たちは命を張れるのだ。いくら戦う力があるからといって、指揮官みずから前線に出て命を危険に晒すのは言語道断といっていい。

 それがわかっているから、エリルアルムは後方から戦場全体を見渡し、指示を送ることに専念しているのだ。

 しかし、それもそろそろ我慢の限界に来ていた。

 ネア・ガンディア軍との戦闘が始まって既に二時間以上が経過している。前線は既に崩壊し、戦線は後退し続けている。敵軍は快進撃を続けていて、その邁進を止める手立てはいまのところ、なにひとつなかった。

 ネア・ガンディア軍の進撃を止める唯一無二の手段は、指揮官を討つことだ。指揮官を討てば、どれほど精強な軍勢であろうと指揮系統に乱れが生じ、結果、脆く、弱くなる。戦う意味を見失い、撤退を余儀なくされるだろう。ネア・ガンディア軍とて、軍勢ならば、その法則に従うはずだ。

 それが、この戦いの唯一の勝算だった。

 だからこそ、仮政府も帝国軍も同盟軍としてひとつに纏まり、ネア・ガンディアという絶大な力を持った軍勢に徹底抗戦する道を選んだのだ。

 だが、エリルアルムはいま、なぜそのような勝算を信じたのか、自分でもわからなくなっていた。

 自軍戦力を考えれば、万にひとつの可能性もなかった。少なくとも、同盟軍の全戦力を用いたとしても、ネア・ガンディアの方舟に辿り着き、敵指揮官を討つことなどできるわけがないだろう。方舟には、神が乗っているという。神の力がいかなものなのか、実在する神を見たこともないエリルアルムにはわからないものの、白毛九尾以上の力を備えているというのであれば恐れ多い存在であることも理解できる。そのような存在に護られた敵指揮官に刃を届かせることなど、だれができよう。

 エリルアルムが麾下の銀蒼天馬騎士団の全戦力を投入し、全員が命を賭したとしても、届くまい。

 ファリアやシーラが持てる力の限りを尽くしたとしても、同じではないか。

 ならばなぜ、自分や皆は、ネア・ガンディア軍に戦いを挑んだというのか。確かに、ネア・ガンディアはガンディアを騙る組織であり、レオンガンド・レイグナス=ガンディアなる人物は、ガンディア国民にとって許されざる存在であることは確かだ。マルウェールを滅ぼし、住民を神人なる化け物に作り変えたことは、どのような理由があれ許容できることではない。

 マルウェール壊滅を背景に降伏勧告をしてくるような連中に対し、寛容になることなどありえず、受け入れられないのは当然の話だ。ガンディア人ではないエリルアルムですら、怒りに我を忘れそうになるほどのできごとだったし、いまでも、あのときどうにかしてマルウェールを護れなかったのかと、後悔ばかりが浮かび上がる。

 ネア・ガンディアと対立するのは、ガンディア仮政府としては必然といっていい。

 しかし、だからといって勝ち目のない戦いをするのは、愚か者のすることだ。国家の主権も、国土の維持も重要なことではあるが、国民の命もまた、極めて大切なものなのだ。いっときの感情に流され、勝てない相手に戦いを挑み、敗れ、国も民も滅ぼされるなど、あってはならないことだ。

 かつてのガンディアのように。

 太后グレイシアも、そのことは重々承知しているだろうし、勝機がなければ降伏論を受け入れたことだろう。

 だが、どういうわけか、グレイシアを始め、多くのものが抗戦論に賛同し、帝国軍との同盟に歓喜した。ログナー方面をも救うというファリアたちの提案を拍手喝采でもって受け入れたことは、記憶に新しい。ログナー方面も、かつてのガンディアの国土だ。いまやどのような状況になっているかはわからないとはいえ、ネア・ガンディアに蹂躙させる理由はない。ネア・ガンディアは、ガンディアの名を騙る邪智暴虐の軍集団なのだから、たとえ無関係の国と変わり果てていても、その脅威から護ることは正義の行いとなるだろう。

 それは、いい。

 問題は、なぜ、グレイシアやエリルアルムたち仮政府首脳陣が、この戦いに勝機を見出したのか、だ。

 冷静に考えれば考えるほど、現状の戦況は当然極まりないものであり、予定調和以外のなにものでもないように想えてならないのだ。

 兵力差は、こちらが上。しかし、戦力差は、相手の方が遥かに上なのだ。

 鍛え上げたとはいえ、ただの人間が主戦力の同盟軍と、異形の怪物と成り果てた元人間と神の加護を得ているという人間たちを主戦力とするネア・ガンディア軍では、戦力の質が明らかに違っていた。

 同盟軍が敵兵ひとりを倒す間に、ネア・ガンディア軍は三人以上を撃破している――そんな具合であり、もしファリアとシーラがいなければ、もっと酷い有様になっていただろうことは想像に難くない。もっとも、ファリアとシーラがいなければ、たとえ兵力差で圧倒的だという事実があったとしても、仮政府がネア・ガンディアに戦いを挑むようなことはなかっただろう。

 仮政府首脳陣は、ファリアたちがもたらした情報を頼りにこの戦いを始めたのだ。

 つまり、ファリアたちが勝算を導き出してくれたはずなのだが、肝心の勝利の可能性は、ファリアたちの奮戦ぶりを見ても皆無に近いものに想えてならなかった。

 ファリアもシーラも、ほかのだれよりも奮戦しているのは後方からでもわかるのだ。特にシーラの戦いぶりたるや、獣姫の面目躍如とでもいうべき凄まじさであり、彼女ひとりで既に三百を越える神人を撃破していた。召喚武装の使い手とはいえ、破格の戦果であることは紛れもない。ほかのだれが彼女の真似をできるだろうか。銀蒼天馬騎士団のだれひとりとして、シーラの戦果に追従できていなかった。

 ファリアは、オーロラストームの射撃能力を活かして前線を援護しながらも、それでも神人を数多く撃破しており、やはり本場リョハンの武装召喚師の格の違いを見せつけていた。

 そんなふたりの奮戦に感化されたのが、銀蒼天馬騎士団の武装召喚師たちであり、各々最低でも十体以上の神人を撃破する活躍を見せている。エトセア遺臣の誇りを胸に勇奮する彼らの姿は、報告だけで脳裏に浮かぶようだった。

 だが、それが戦況を動かしたかというと、そうではない。

 シーラたちの活躍は戦場の一局面を動かすには十分過ぎるほどのものだったが、戦場全体の流れは、ネア・ガンディア軍に傾ききっていたのだ。

 神人を全面に押し出し、人間の兵士たちも怒涛の如く押し寄せては同盟軍の隊列を乱しに乱した。前線が壊滅し、戦線が保てなくなると、戦場は混乱の一途を辿っていく。

 エリルアルムは、本陣にあって戦場全体の報告を聞き、陣形の再構築のため、指示をつぎつぎと飛ばすのだが、それでは間に合わなくなっていた。伝令が辿り着いたときには部隊は後方に下がりきっていて、敵兵ばかりがその地点に蠢いているといった有様だというのだ。そうなれば手の施しようがない。このままでは壊乱の一途を辿るだろう。

 全体の陣形が崩れに崩れているのだ。

 伝令を使って指示を飛ばしているだけでは戦況を立て直すことはできまい。

「わたしが出よう」

 指揮官みずから前線に出ることで、自軍将兵の意識に訴えかけるしか、戦場の流れを変える方法はない。

 エリルアルムはそう判断すると、周囲の反対を押し切って馬に跨った。

 前線では、シーラとファリアが戦っている。

 せめて、彼女たちの援護をしなければ、申し訳が立たない。

 ふと、胸中に浮かんだ想いがどういった類のものなのかわからず、彼女は、疑念を持った。

 なにか、とても大切なことを忘れている。

 そんな気がするのだ。



 闇が広がっている。

 瞼の裏に広がる漠たる闇は、さながら無明の宇宙のようだ。

 太陽もなければ星々もなく、真空の暗黒だけがたゆたう宇宙。

 そこにはなにもない。

 生命の息吹もなければ、死の叫びもない。

 希望もなければ、絶望もない。

 ただの、無。

 これが死ぬということなのかもしれない。

 不意に想ったことがあまりにも的はずれすぎて、彼は苦笑した。

 意識があるということは、死んでいないということだ。

 魂が実在し、魂だけで思考できるというのなら、話は別だが――。

 ――おまえは死んだ。

 突如聞こえた声が、不穏なことをいってきて、彼は戸惑いを禁じ得なかった。

 ――死んだ?

 ――そう、おまえは死んだのだ。だれからも思い出されぬ、虚ろな存在と成り果てて。

 嘘だ、などと言い返すには、彼には実感がなさすぎた。

 生きている実感、生命の奔流がなかったのだ。

 では、いまここにある意識はなんだというのか。

 ――本当に、死んだのか? 俺が?

 ――厳密には、少し違う。

 ――おまえは、因果律から消し去られた。

 ――おまえという存在が根本から消し去られたのだ。存在しなかったことになってしまった。

 ――おまえの生まれなかった世界におまえの居場所などはなく、故におまえのことをだれも覚えてはいない。だれも、おまえを記憶していない。おまえとの出会いも、おまえとの触れ合いも、おまえとの約束も、失ってしまった。

 言葉を失ったのは、声のいうことが真に迫っていたからだったし、実感のあることだったからだ。

 彼の意識はいまにも消え失せそうなほど、薄弱なものになっていた。

 ――これがおまえの物語、その終着点。

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