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第二千百九十五話 上空の邂逅

「ここは……」

 視界に光が戻ったとき、エインが真っ先に認識したのは、硬質の一枚板の足場にいるということだった。前後左右上下に視線を巡らせれば、リュスカがエインたちをどこへ転移したのか、わかろうというものだ。頭上には、半透明の天蓋があり、その向こう側には美しい空模様が広がっている。前方に目を移せば、帆船ではないため、帆柱などはないのだが、見張り台のようなものが聳えていた。

 エインの周囲には、リュスカの空間転移魔法によって獅子殿の広間より転送された百余名が全員、無事な姿を見せている。当然のことながら、全員が全員、武装している。敵地に乗り込むのだ。武器も防具も持たずでは、死ににいくようなものだ。

 強靭な肉体を誇る皇魔たちはともかくとして、《蒼き風》やログノールの精鋭たちは皆、全身、参式武装と呼ばれる種類の武器防具に身を包んでいた。参式武装とは、ガンディア王国が推し進めた軍装備の規格化、効率化の中で生み出された、当時最新鋭の装備群のことなのだが、最終戦争への投入には間に合わず、戦後、ログノール政府がマイラム、バッハリアの鍛冶職人を総動員して開発を進めた。それがつい最近になって完成し、ログノール軍将兵のみならず、三者同盟の各軍にも支給されている。魔王軍の皇魔たちは基本的には武装を好まないが、肉体を武器とするレスベルたちは例外であるらしく、人間とは比べ物にならない巨躯を参式武装で包み込んでいた。

「飛行船の甲板だな」

「船内に移送しようとしたのですが、どうも強力な魔法障壁が張り巡らされているようでして、仕方なくここを終点に致しました」

 リュスカが申し訳なさそうにいってくるので、エインは、ひたすらに恐縮した。遥か上空に浮かぶ船の上まで転送してもらえただけでも感謝の極みだというのに、それさえも不完全だといわれれば、恐れ多いとしか言いようがない。

「い、いえ、ここで十分ですよ」

「そうです。リュスカ様。なにも気に病む必要はありません。空間転移魔法は、我々にも真似出来ぬまさに神の所業。我らが大いなる女王であるリュスカ様だからこそ――」

「気に病んではいませんが、持ち上げすぎですよ、ルニア」

「いえ、これでもまだ足りません」

「ふふ。相変わらずですね……しかし」

 リュスカがルニアに向けていた笑みを消し、前方を見やった。ルニアが疑問を口にする。

「しかし?」

「どうやらお出迎えのようですよ」

 リュスカが見ていたのは、見張り台の下部だ。そこに船内へと至るための階段が見受けられ、リュスカはその先からなにものかが近寄ってくるのを感じたようだ。

「敵か」

「全員、迎撃態勢を取れ!」

 シグルドが号令とともに腰の剣を抜く。折れた刀身も美しい魔剣グレイブストーンが白日の下に晒されると、《蒼き風》団員たちの士気が否応なく高まるのを感じた。副団長ジン=クレールや幹部たち、戦士たちがつぎつぎと武器を抜き連ねる。ログノールの兵士たちがそれに倣えば、魔王軍の皇魔たちも思い思いの構えを取る。大斧を振りかぶるレスベルもいれば、徒手空拳で佇むリュウディースの姿もある。

「エイン殿は、わたくしの後ろへ」

「は、はい」

 エインは、リュスカにいわれるまま、魔王妃の背後に身を隠した。エインは、重武装ではない。もちろん、戦場で縦横無尽に走り回ってもへこたれないよう、日々の鍛錬は欠かしてはいないが、だからといって戦力としてあてになるほどのものではない。そのため、軽装の鎧と短弓銃という最低限の装備しかしていなかった。エインのこのたびの同行は、戦力となるためではない。決死の特攻作戦への参加者を募るための策にすぎないのだ。

 軍師たるもの、自分の命を策に使うなど下策も下策であり、愚行極まりないが、現状、そのような悠長なことをいっていられる余裕はないのだ。

 死を覚悟しなければ、このような暴挙にはでられない。

 そして、このような暴挙に出なければ、現状を打開することはできないだろう。

 そう、エインは想っていたのだが。

「あたしたちの船に乗り込んでくるなんてどこのどいつよ!」

 まるでなにかの魔法で拡張されたような大音声が甲板上に響き渡り、エインは思わず両耳を塞ぎながら、その聞き覚えのありまくる声音に頭の中が真っ白になるのを認めた。あまりにも衝撃的すぎて、言葉も失えば、なにもわからなくなる。なぜ、どうして、どういう理由で、こんなところで彼女の声を聞くのか。それも、元気いっぱい、いつもどおりの彼女の声を。

 あまりにもありえないこと過ぎて、思考が追いつかない。

「このミリュウ=リヴァイアと愉快な仲間たちが地獄まで叩き落として――って、ああーっ!?」

 女の声が金切り音のように反響し、皇魔たちを含め、その場にいた全員が耳を塞がなければならなかった。なんらかの力で拡張された叫び声が、彼女の声を何倍にも甲高く響かせ、その上で上ずり、裏返ったものだから、鼓膜が破れるのではないかと心配したくなるくらいの音量となって、甲板上の全員を攻撃したのだ。

 声の主は、既にエインたちの前方、見張り台の下、船内への階段の上にその姿を現していた。

「な、ななななな、なんで!?」

 女だった。記憶に深く刻みつけられた声音と、響き渡った名乗りの通り、燃え上がるような真紅の髪と深い青の瞳を持つ、見知った美女がそこにいた。まさにミリュウ=リヴァイアそのひとであり、エインは瞠目するほかなかったし、それはシグルドやジン、《蒼き風》団員やログノールの将兵たちも同様のようだった。魔王軍の皇魔たちにはまったく理解できないことのようだが、それは仕方がない。

 エインは、リュスカの前に身を乗り出しながら、思わず声を上げた。

「な、なんでミリュウさんたちが飛行船に!?」

「まさかネア・ガンディアって、本当にガンディアだってのか!?」

 シグルドが疑念を突きつけるも、ミリュウは憤慨するだけだ。

「なんでって、聞きたいのはこっちよ! なんであんたたちがここにいるのよ!?」

「あらあら、これはこれは皆様お揃いで、どういうことなのでございます?」

 愕然とするミリュウの背後からひょっこりと姿を見せたのは、黒髪赤目の少女であり、その姿、声、立ち居振る舞いは、エインの記憶を呼び起こした。

「レムさんまで!?」

 エインは、なにがなんだかわからず、その場で崩れ落ちそうになるのを堪えるのに必死にならなければならなかった。衝撃の展開にもほどがある、と想わざるをえない。

「お知り合いのようですね?」

 話についていけないといった様子のリュスカが、エインに説明を求めるような顔をした。

「は、はい……まあ、そうなんですが」

 とはいえ、油断はまったくできなかった。

 ミリュウたちとこうして対面するのは最終戦争以来であり、彼女たちが現在、どのような立場にあるのかはまったくわからないからだ。この飛行船は、ネア・ガンンディアのそれと規模こそ違えど、構造そのものは極めてよく似ている。どう考えてもネア・ガンディアの飛行船であり、そこに乗っていたということは、ミリュウたちがネア・ガンディアの一員である可能性は極めて高い。いや、ほかに考えようがなかった。

 シグルドが叫んだように、ネア・ガンディアがまさに新生ガンディアであり、故にミリュウたちが参加しているという可能性も大いにある。

 だとしても、命がけの戦いを覚悟し、絶望的な緊迫感に支配されてたエインが、一瞬にして緊張感から開放されてしまったのはある意味仕方のないことなのだろう。

 ミリュウたちがいるということは、どういうことなのか。彼女の行動原理を少しでも考えればわかることだ。

 ミリュウは、セツナ第一主義だ。

 セツナさえあればそれでいいというような思考回路の持ち主であり、その彼女が自分本位に動くことは基本的にはありえない。つまり、この飛行船に乗って、マイラムを訪れたということはすなわち、セツナの息がかかっているということではないか。

 すなわち、セツナが生きているということだ。

 その事実に思い至ったとき、エインの思考を暗く染め上げていた絶望の闇に膨大な光芒が差し込み、希望をもたらしたのはいうまでもない。

 エインは、かつて、セツナにこそ光を見た。

 光とは、その生命を貫く一筋のきらめきであり、ひとは、そのために生きて死ぬ。

 エインの人生は、セツナのためにあるといっても過言ではなかったのだ。



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