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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第三部 異世界無双

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第二千百九十四話 絶望のログナー(五)

 北東の彼方よりマイラム上空へと至った空飛ぶ船は、エンジュールに現れた空飛ぶ船と極めて酷似しており、だれがどう見ても、ネア・ガンディア軍の飛行船だった。巨大な船体に上部を覆う天蓋、船体から広げられたいくつもの光の翼が、エンジュールに着陸した飛行船そのものだ。飛行船の降下を目の当たりにしているシグルドたちがいうのだから、間違いがない。

 マイラムが騒然となるのは当然だったし、恐慌に近い大混乱が起きたのも必然というほかなかった。暴動に発展しかねない市民の騒ぎを抑えるべくログノールの軍が出動するはめになったが、それも致し方のないことだろう。マイラム上空に現れたということは、ついにネア・ガンディアによる攻撃が始まるということにほかならないのだ。攻撃を逃れるため、市民が逃げ惑い、混乱が混乱を呼び、悲鳴と怒声、罵詈雑言が飛び交うのも、無理のない話だ。

「見ての通り、ネア・ガンディアの新手……だろうね」

 ドルカ=フォームがお手上げとでもいいたげにうめいたのは、政府官邸として機能するマイラム城の屋上でのことだった。屋上からは、飛行船の様子がよく見えた。晴れ渡る空の下、さながら神意を携え、地上へと舞い降りた天使が如きその姿、威容には、言葉を失うほかなかった。

 これまでの人生、マリクは絶望的な状況というものを何度となく経験してきている。それこそ、最終戦争がそうだったし、“大破壊”も絶望以外のなにものでもなかった。それ以前、ガンディアの軍師として、一軍団長として参加した戦いの数々においても、絶望を禁じ得なかった状況は度々あった。しかし、いま以上の絶望感は、そうなかったのではないか。

「ダメ押しってやつかな」

「でしょうね」

 エインは、ドルカのつぶやきにうなずきながら、エンジュールに滞在中のウェゼルニルの動きに納得を覚えていた。ウェゼルニルは、ログナー島東部を掌握してからというもの、エンジュールから動く気配を見せていなかった。それがどういった理由なのか、エンジュールからの情報ひとつ手に入らない状況ではまったくわからず、想像もつかなかったが、飛行船が到来したいまとなれば理解もできようというものだ。

 本国からの援軍が到着予定だったから、わざわざ動く必要がなかったのだろう。

 そして、援軍が到来したいまこそ、エンジュールを飛び立ち、ログナー島西部の完全制圧に向けて進撃を再会するのではないか。

「どうします? 総統閣下」

「どうするもこうするも……ねえ?」

 ぎこちない笑顔のドルカに同意を求められて、エインは、なんともいえない顔になった。ドルカがなにを考えているのかは、わからなくはない。この状況、覆しようがないのは火を見るよりも明らかだ。手持ちの戦力をすべて投入したところで、目の前の飛行船を墜落させることさえできまい。たとえそれが可能だったとして、そんなことをしてどうなるものか。

(いや……)

 エインは、自分の考えに即刻疑問を挟むと、そこに唯一の光明があるのではないか、とまったく別の結論へと至った。

 ユベルたちの話によれば、コフバンサールを焼き払ったのは、飛行船からの攻撃だったというのだ。つまり、飛行船には攻撃能力があるということだ。もし、飛行船を手に入れることができれば、ウェゼルニルに一泡吹かせることができるかもしれない。

 たとえそれでウェゼルニルが動じなくとも、ログノールの要人を飛行船に乗せ、ログナー島から脱出させることは可能だろう。ただし、飛行船が動かせるかどうかは別の話だ。どのような原理で空を飛んでいるのかなど、皆目見当もつかない。乗船員のうち、操舵関係の人員に協力させるよう仕向けるしかないだろう。それが上手くいくかどうかも、賭けとなる。

「……ひとつだけ、策があります。策といえるほどのものではありませんし、策を用いるには、彼らの協力が必要不可欠ですが」

「策……?」

 ドルカは、エインの進言に目を細めた。


 エインが提案した飛行船制圧作戦は、必要人員が集められると、即座に実行に移された。

 策の要となるのは、魔王軍のリュウディースたちだ。飛行船を制圧するためには飛行船に乗り込む必要があり、飛行船に乗り込むためには、上空へ移動する手段が必要だ。それができるのは、現状、リュウディースの魔法のみであり、そのために魔王ユベルの協力を仰がなければならなかった。

 ユベルは、当然のことだがこの絶望的な状況を理解しており、エインたちへの協力を惜しまないといった。そのうえで、今回の策には、配下のリュウディースたちだけでなく、魔王妃リュスカを参加させるといってきたのだ。エインたちは大いに驚いたが、同時にこの度の飛行船制圧作戦がどれほど重要なものなのか、ユベルが深く理解していることを知り、頼もしくもあった。

 リュスカは、リュウディースの女王という立場にあり、その魔力は他のリュウディースの追随を許さないという。彼女の参加ほど頼もしいことはなく、制圧作戦参加者は、それだけで大いに盛り上がった。

 ほかの参加者というのは、ドルカが秘密裏にマイラムに匿っている皇魔たちを動員するという特性上、少数精鋭とならざるを得なかった。ドルカやアスタルの息のかかった精鋭に加え、《蒼き風》の数十人が加わった約百名あまり。少数というには多いが、飛行船の規模を考えると、少なすぎるというほかない。

 しかし、エンジュールのウェゼルニルが動き出すよりも早く飛行船を制圧しなければならない以上、ユベルたちを匿っていたことを説明し、戦力を整えている暇などなかった。

 それら百余名は、獅子殿に集められた。

「仮にだが、船にウェゼルニルと同程度の奴が乗っていたら、その時点で俺たちの敗北だ。それは、わかってるな? ログノールの軍師殿」

「いずれにせよ、ウェゼルニルとは戦う予定だったのですから、その予定が早まったと想えば」

「はっ、気楽にいってくれるぜ。まったくよ」

「ほかに方法がないのだろう。だったら、ぐだぐだいわず務めを果たせということだ」

 と、シグルドを叱咤したのは、ルニアという名のリュウディースだ。マリエラ討滅作戦において、魔王が直々に参加を指名したというリュウディースの中でも指折りの実力者である彼女は、コフバンサール焼却を辛くも生き延び、ネア・ガンディアへの復讐を誓ったという。この度の飛行船制圧任務への参加も、志願したものだ。

「はいはい、わかってるっての」

「ならば目の前の任務に集中しろ。貴様は団長なのだろう?」

「おうともよ」

 シグルドとルニアのやり取りの気安さには奇妙なものを感じずにはいられないのだが、ふたりにとっては別段、不思議なことでもないようだった。まるで長年連れ添った夫婦のようですらある、というのは言い過ぎにしても、悪くない雰囲気だった。シグルドを除くほかの《蒼き風》団員たちも、ルニアに対してだけは気を許しているような空気感があり、どうやら、《蒼き風》とルニアの間にはなんらかの交流があったように見受けられた。

「お母様が無事に戻ってこられるよう、リュカはお祈りしています」

「ありがとう、リュカ。でも、心配はいらないわ。皆も一緒だもの」

 リュスカは、そういって優しく微笑むと、リュカを目一杯抱きしめた。そして、魔王を見遣る。魔王は、いつもと変わらぬ沈着冷静な様子で、妻を見つめていた。そこに一切の動揺は見られない。信頼しきっているということが、その様子に現れている。

「心配はしていない。ただ、無茶だけはするな。無理だと想ったのならば、すぐにでも撤退するように。わかったな?」

「はい、あなた」

 リュスカは、魔王の信頼ぶりを肌で感じたのだろう。リュカを抱きしめたまま、心底嬉しそうな顔をした。ゆっくりと、リュカを解放し、娘をナルナに預ける。ナルナはリュカを抱き抱え、リュスカに頷いてみせた。リュスカは満足げな顔をして、エインに向き直った。

「では、参りますか、エイン殿」

「は、はい」

 エインは、予期せぬリュスカの参戦に恐縮しきっていた。リュスカは、魔王がもっとも大切にしている相手であり、その扱いは丁重を極めたものでなければならなかったし、ちょっとした粗相が三者同盟の間に亀裂を生むことだってありえた。故にエインはリュスカへの協力を仰ぐつもりはなかったのだが、リュスカみずからが助力を申し出てくれた手前、断るわけにもいかなかった。それに、大規模な空間転移魔法となると、リュスカですら簡単に使えるものではないという話であり、リュスカの“娘たち”には到底扱いきれないということだ。ここは、リュスカに頼るしかないのだ。

 そのリュスカがエインに話しかけてきたのは、この度の無謀極まりない作戦は、立案者のエインも参加する手筈になっていたからだ。

 作戦立案者みずからが率先して参加でもしなければ、敵兵の蠢く飛行船内部への突入になど名乗りを上げるものはいないだろう。絶望への挑戦そのものといってもいいのだ。待っているのは死であり、その死の果てに勝利が待っているかどうか、といったところだ。

 それでも、座して死を待つよりはずっといいだろう。

 そんなことを考えながら、リュスカが魔法を発動させるのを待った。

 リュスカがその両目の瞼を閉ざし、意識を集中させると、青白い肌が燐光を放った。燐光は瞬く間に増大し、獅子殿広間に集まった百余名を包み込んでいく。あっという間の出来事だった。つぎの瞬間、エインの目の前は真っ暗になり、あらゆる感覚が消えて失せた。しかし、意識は生きている。死んだわけではない。そう胸中で言い張っていると、途端にすべての感覚が復活し、目の前に光が戻った。



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