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第二千百八十三話 別働隊


「ログナー救援別働隊……でございますか」

 レムが口を開いたのは、方舟が離陸し、ゆっくりと高度を上げ始めた頃合いだった。

 方舟の機関室には、ミリュウと疑問を口にしたレム以外、乗船員のほとんど全員が揃っている。動力源であるマユリ神は当然として、エリナ、ダルクスもいた。ほかの乗船員といえば、厨房を預かるゲイン=リジュールに、エリナの母であるミレーユだ。ミレーユはどうしてもエリナの側を離れたくないということから、船内の雑務を担当するという理由で船に乗せていた。ただミレーユのわがままを聞き入れただけではなく、龍府にひとり残しておくよりは、マユリ神の庇護下にいるほうが遥かに安全ということもある。

 神の加護を得た方舟の中は、おそらくこの世のどこよりも安全であるはずだ。

 方舟は、マルウェール付近の開戦予定地に向かって進発した同盟軍に遅れて離陸しているが、それは予定通りのことだった。あまりにも早く出発し、マルウェールに攻撃を加えるのは、戦術上まずいからだ。地上の同盟軍と息を合わせなければならない。

「なによう。文句あるわけ?」

「文句といいますか、なにゆえ、このような組分けなのか、疑問に想いまして」

 レムが申し訳なさそうに、しかし、譲れないと言った様子で続けてくる。

「御主人様がザルワーンに残るというのは、理屈にかなっていますし、よく理解できるのでございますが、別働隊の人選については、一考の余地があったのではないかと想った次第でございまして」

「いまさらそれいうの? って感じよ、レーム」

 ミリュウにしてみれば、レムの言い分は理解できなくはないものの、数日前に伝えたことに対する疑問を土壇場になって突きつけられるというのは、少なからず不愉快だった。

「そうはいいましても、わたくしも御主人様に命じられた以上は、反論の余地などございませんし」

「だったら唯々諾々と従えばいいじゃない」

「それもそうなのですが、人選の理由について、一度、ミリュウ様の口から説明していただきたいのでございます」

「なーる。納得したいってわけね」

「はい」

「師匠! わたしも知りたいです!」

 エリナを見ると、その後ろの方でダルクスも小さく手を挙げているのがわかった。彼も、人選の理由を知りたいと想っていたようだ。

 そういえば、本隊と別働隊の組分けについては、だれにも一切話していなかったことに気づき、ミリュウは、多少、呆然とした。少しばかり舞い上がっていたらしい。しかし、そのように舞い上がるのもむりのないことだ、と、彼女はひとり納得する。ようやく自分がセツナの役に立てるときが来たのだと想えば、そうもなろう。

 やっと、彼のためだけに、自分の意志で行動できるのだ。

 興奮するのも致し方がない。

 故に多少ミリュウたちへの説明がおざなりになっていたことを認めて、ミリュウは、頭を振った。

「そうね、説明しておいたほうが、いいわよね」

 時間もあることだし、と、付け足しながら、マユリを一瞥する。機関室の中央に設置された巨大な水晶球の上で、マユリ神はいつものように胡座をかき、こちらの様子を面白そうに眺めていた。女神は、人間への興味が尽きないらしい。

「ザルワーンにセツナを残すのは、レムがいったとおり当然のことよ。セツナはガンディアの英雄だもの、仮政府軍と行動をともにするべきだし、なにより、脅威を目の当たりにした以上、持てる最大の戦力をぶつけるべきだわ」

 最大最高の戦力といえば、黒き矛のセツナ以外にはない。神魔化したマルガ=アスルを苦もなく討滅してみせたセツナの実力は、ミリュウの想像を遥かに凌駕するものであり、彼がいう地獄での修行がいかに凄まじいものであったのか、察するに余りあるものだった。いうまでもなく、セツナは二年前とは比較にならないほどの成長を遂げている。ひとりの戦士として、ひとりの召喚武装使いとして。

 いまのセツナならば、かつてのセツナは赤子の手を捻るが如く容易く打ち取れるのではないか。

 それについては、ファリアやレムの証言が確信を深めさせるものとしてあり、セツナと黒き矛は、神とも対等以上に戦えるということが判明している。その上、黒き矛は、魔王の杖とも呼ばれ、神々に忌み嫌われ、神々を滅ぼすほどの力を秘めているということもわかっている。

 ネア・ガンディアが神を擁する軍勢であり、方舟の動力として随伴していることが明らかである以上、神に対抗しうる唯一無二の存在といっても過言ではないセツナをザルワーンに残すのは、当然の判断だった。

「で、ファリアには、セツナの援護をしてもらうってわけよ。ファリアとオーロラストームなら、敵本陣に特攻を仕掛けるセツナの支援に打ってつけでしょ」

 同盟軍の兵数はおよそ一万五千。そのうち、武装召喚師は二十名に過ぎないという。そして、二十名の武装召喚師がどれほどの練度なのかについては、話に聞く限りにはわからないのだ。帝国軍の武装召喚師は十五名で、仮政府側は銀蒼天馬騎士団の五名。いずれも優秀という話ではあるが、武装召喚師は、そもそも、武装召喚師として独り立ちできた時点で優秀といってもよく、優秀のさらに上の人材でなければ、ミリュウの想像する戦いにはついていけないだろうという想いがあった。

 故に最低でもファリアひとりは、セツナの支援につける必要があると判断した。

「シーラは、体調が万全っていっても、二年以上眠っていたも同然だもの。向こうには連れていけない」

 だから、シーラは龍府で安静にしていてもらおうと考えたのだが、どうやら彼女は同盟軍に従軍することになってしまったようだ。責任感の強すぎるきらいのあるシーラだ。体調が万全だという軍医からの太鼓判が出た以上、いてもたってもいられなかったに違いないし、そういった彼女の気持ちはミリュウにも痛いほどわかるから、なにもいわなかった。

 シーラとハートオブビーストは、セツナの支援には向かないが、ネア・ガンディア軍の戦力を削る上では十二分に役立ってくれるだろう。

「それで、向こうに行く人選は決まったようなものよ。あたしが行くとなれば、エリナもこっちになるでしょ」

「はい!」

 エリナの威勢のいい返事は、小気味がいい。彼女がログナー行きに選ばれ、セツナと離れることになってもなにひとつ不満をもらしていないところが、成長を感じさせるところでもあった。エリナもわがままをいう子供ではなくなった、ということだ。自分の役割を知り、その役割を果たすために全力を尽くそうというのだ。その成長ぶりがいつになく頼もしく、愛おしい。

「で、ダルクスもこっち。同盟軍とじゃ連携も取れなさそうだし、セツナたちも扱いにくいだろうし」

 本音を告げると、ダルクスは、少し戸惑ったような素振りを見せたものの、反発してくるようなことはなかった。彼が喋れないからと言いたい放題いっているつもりはなく、ミリュウの発言は、ダルクスの立ち位置をそのまま示していた。ダルクスは、リョハンのミリュウ隊でこそ信頼され、部下たちともそれなりの意思疎通が図れていたものの、リョハンを離れてからというもの、ほとんどだれとも触れ合うことなく、孤高を貫き通していた。相手をしているものといえば、ミリュウかエリナくらいのものだ。

 たまにファリアやレムが話しかけても、彼の興味もなさ気な反応を見れば、関係が良くなるはずもない。となれば、彼を未知の領域ともいえる同盟軍の中に放り込めるわけもなかった。

 セツナやファリアに彼のことで気遣わせるのも、問題だ。

 その点、ミリュウならば彼に一切気を遣うことなく接することができる上、ダルクスもそのほうが気楽そうなのだ。それならば、ミリュウたちと同行してもらうほうがいいだろう。彼の武装召喚師としての実力は、折り紙付きだ。ログナー戦線でも十二分に働いてくれるに違いない。

「わたくしは?」

「あんたは、どんな無茶振りにでも応えてくれるし、なにより、安心できるから」

 レムに向かって告げたこれもまた、彼女の本音だった。

 レムは、極めて特殊な存在だ。セツナから供給される生命力によって生き続ける、不老不滅の存在。どれだけ傷付けられても、肉体を損傷し、本来ならば死ぬような状態になったとしても、立ちどころに再生し、復元することができる。その不滅性は、運用方法次第では、不利な戦局を覆すことさえできるだろう。もっとも、セツナはレムをできるだけ苦しめたくないと考えているようであり、これまで彼女の運用方法に関しては甘いといってよかった。

 ミリュウもできればレムを酷使するようなことはしたくないと想っているのだが、ログナーの戦場がそういった甘い考えを許すかどうかは別問題だ。状況次第では、レムに凄まじい苦痛を覚えさせることになるかもしれない。

 そして、もうひとつの重要な役割もレムの特異性にある。レムは、セツナから生命力を供給され、生きている。つまり、レムが生きているということはセツナもまた生きているということであり、レムがいるだけでミリュウたちは安心することができるのだ。

「また、そういう役割でございますか」

「不満?」

「いえ……わたくしと御主人様の特別な繋がりを再確認できて、幸せにございます」

 レムは、極めて優雅に微笑んで見せてきたので、ミリュウは、なんだかとてつもない敗北感を覚えた。

「あ、なんかいま、凄く上から目線に感じたんだけど」

「そのとおりでございますが」

「レームー……!」

「レムお姉ちゃんも納得したみたいですし、師匠の采配は完璧だったということですよ!」

「……まあ、そうよね。あたしの完全無欠な采配には、ぐうの音も出ないわよね」

 自画自賛とはまさにこのことだが、そうでもいわないとやっていられないという気持ちもないではない。ミリュウが立案し、提案した作戦だ。すべての責任を負う立場であり、失敗すれば、セツナに合わせる顔がなくなる。

 手がわずかに震えているのを隠しながら、ちらりとマユリを見た。女神は、いつだって彼女たちを見守ってくれている。

「いざとなればマユリんもいるし」

「うむ。任せるがよい」

 神様らしく鷹揚にうなずくマユリは、ただひたすらに頼もしく、ログナーに向かうミリュウたちの心から不安を拭い去ってくれるのだ。

「なんの心配もないわよ」

(ねえ、セツナ?)

 たとえ苦境に立たされようとも、セツナならば、必ず駆けつけてくれる。

 そう信じているからこそ、ミリュウは、自分を奮い立たせることができるのだ。



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