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第二千百八十一話 同盟軍


 仮政府軍五千と帝国軍一万からなる総勢一万五千の軍勢は、便宜上、反ネア・ガンディア同盟軍と呼称した。

 仮政府軍の主戦力は、銀蒼天馬騎士団の二千五百であり、ついでザルワーン方面軍第一軍団の一千少々だ。それに各地の戦力をかき集めてようやく五千の大台に乗る。それほどまでに戦力が減少しているのは、当然、最終戦争の煽りを受けたからであり、五千程度でも生き残っているだけマシだというのが最終戦争を生き延びたものたちの評価だった。

 現在、銀蒼天馬騎士団を名乗るエトセア遺臣団は、最終戦争当初、一万もの人数を誇っていた。しかし、龍府戦役におけるヴァシュタリア軍との激突は、その戦力の大半を失うこととなり、白毛九尾顕現後、龍府に逃げ込むことができたのが五千ほどだという。それから二年余りをかけて、徐々に減少していったということだ。

 それはザルワーン方面軍にもいえる話であり、最終戦争を生き延びることができたとしても、その後の様々な衝突や事件などによって戦力を失い、現状へと至っている。白毛九尾の加護があってそれなのだ。なければ、どうなっていたことか。

『まず間違いなく全滅していただろうな』

 ヴァシュタリア軍、帝国軍に抵抗できず、と、いったのはエリルアルムだ。彼女は、そういう意味でも、シーラに感謝しきりであり、シーラはそのたびに自覚がなかったことを褒め称えられて、変な気分だと素直にいったものだ。

 そういう状況下に遭って、帝国軍が二万あまりの人数をネア・ガンディア軍が上陸するまで維持できていたということは、異様なことであり、いかに帝国軍が精強な将兵揃いであるかが窺い知れるものだった。この度の戦いでも、帝国軍は頼りがいがあるだろう。

 この度の戦いに関して、いまのところ、戦略と呼べるようなものは愚か、明確な戦術さえ定まっていなかった。

 なぜならば、敵軍の陣容というものが明確ではないからだ。敵軍の性格な状況が理解できなければ、戦術も立てようがない。

 帝国軍がもたらした情報によれば、ネア・ガンディア軍は、クルセルクの大都市クルセールに本拠を置き、そこからクルセルク方面の各都市の制圧を進めたということであり、いまもクルセールに拠点を置いていることは間違いないとのことだ。

 作戦会議が開かれたのは、そんな頼りない情報だけしかない状況でのことだった。

「つまり、クルセルク方面まで打って出て、クルセールを落とすのが当初の目的となるわけですか」

「いや、目的は飽くまでネア・ガンディア軍の島内からの撃退だ。クルセールを奪還したところで、奴らには方舟があるからな。意味がない」

「では、どうするおつもりで?」

 リュウイの質問に、セツナはエリルアルムに視線を送った。この度の作戦の立案者は、セツナではなく、彼女だった。セツナには、二方面作戦のような大雑把なものならばともかく、小難しい作戦の立案などできるわけがない。

「ネア・ガンディア軍は、先ごろの降伏勧告に対する返答を待っているはずだ。だからこそ、我々にこういう時間があるのだが」

 そう前置きした上で、彼女は卓上に広げられた地図に身を乗り出した。地図は、方舟に記録された世界地図を元にしたザルワーン島の現状を示すものであり、仮政府とネア・ガンディアの勢力範囲が明確化されていた。つまり、マルウェールより北東の大半がネア・ガンディアの勢力範囲で、マルウェールから南西が仮政府の勢力範囲だということだ。無論、マルウェールは仮政府のものではなく、ネア・ガンディアの支配下にあるという認識であり、エリルアルムは、各都市に配された駒をマルウェール付近に集中させるように動かした。

「我々はまず、降伏勧告に対する回答のため、という体で軍を動かす。当然、ネア・ガンディア側もこれを奇異と見て、戦力をザルワーン側に集結させるだろう」

 クルセルク方面に配されたネア・ガンディア側の駒が、勢力範囲の境界付近に並べられる。ネア・ガンディアの総兵力は現状不明だが、少なくとも一万以上はあるだろうというのが帝国軍の見立てであり、駒の数もそれに習っている。

「となれば、衝突の場はマルウェール付近ということになるが、問題はマルウェールそのものだ。セツナ殿の報告により、マルウェールに多数の神人の存在が確認されている」

「異形者のことだな」

 確認を求めたのは、レング=フォーネフェルだ。彼は当然、帝国軍の指揮官として会議に参加している。異形者とは、神人の帝国軍の呼称なのだろう。クルセルク方面においても、白化症や神人化は猛威を振るっていたようだ。そのため、多数の帝国兵が犠牲になったとのことだが、それでもネア・ガンディア軍の侵攻までは二万ほどは維持していたというのだから、規模が違う。母体が総勢二百万の大軍勢だったのだから、比べるのもおこがましいといえば、おこがましいが。

「ああ。神人がどれほど厄介で脅威となる存在であるかについては、方々もよく御存知のはずだ。我々はこれまでその力の本質について議論する術も持ち合わせていなかったが、セツナ殿の持ち寄った情報により、神人の力の由来について知ることができた。そしてそれにより、いかに神人が脅威的であり、危険な存在であるということが改めて理解できたわけだ」

「では、どうするつもりなのです? マルウェール付近に軍を展開する以上、無視はできないでしょう」

「そもそも、マルウェールの神人を放置するのは愚策。放っておけば、戦力の配置していない都市を攻撃される恐れがある」

「では、いかがする?」

「それについては、セツナ殿」

「同盟軍の進軍開始と同時に別働隊が動く手筈なのは既知の通り。このログナー救援の別働隊がマルウェールに先制攻撃を仕掛ける。それによって、ネア・ガンディアへの宣戦布告ともなるわけだが、マルウェールの神人を激減させることができるのだからなんの問題もないと考えている」

 マルウェールの神人たちをどうやって攻撃するのかといえば、方舟の積載兵装である神威砲を用いるのだ。神人は、驚異的な再生能力を持ち、“核”を破壊しなければ無制限に再生し続ける化け物だが、マユリ神の神威ならば、大量の神人を“核”もろとも消し去ることも容易いだろうと、セツナは見ていた。強度の高い神人は生き残るかもしれないが、数が減れば、セツナたちでも、ほかの武装召喚師たちでも対処できるだろう。しかし、何千何万の神人ともなれば、さすがのセツナでも手一杯にならざるをえない。それにセツナには、敵本陣を狙い撃つという重要な役割があるのだ。マルウェールに注意を逸している余裕があるとは思えない。

 敵本陣――つまり、敵軍方舟を放置することは、同盟軍の敗北を意味する。敵軍方舟もまた、神威砲を積載しているのだ。マルウェールを滅ぼすほどの火力が同盟軍陣地に発揮されれば、一瞬にして戦線が崩壊すること間違いない。

 セツナは、敵軍方舟の神威砲を防ぐため、あらゆる手段を講じなければならないのだ。そのためにも、マルウェールの神人はできるだけ削り取っておきたかった。

「つまり、方舟によるマルウェールへの攻撃が、開戦の合図になる、ということになるのですな」

「反撃の狼煙があがるというわけか」

 リュウイに続き、レングがにやりとした。ネア・ガンディア軍にいいようにやられてきた帝国軍の指揮官は、反撃の機会を待ち続けていたのだろう。

「マルウェールの神人への攻撃は、即ちネア・ガンディアへの宣戦布告となる。ネア・ガンディアも本腰を入れて、ザルワーン方面を攻撃してくることだろう。我々の作戦目的は、ネア・ガンディア軍の撃退だ。殲滅ではない。そのことを留意されたし」

「それで、どうやって撃退すると?」

「ネア・ガンディアも、軍隊である以上、指揮官を叩き、指揮系統が乱れれば、戦線の維持も難しくなる。しかも、奴らはこの地に根を張っているわけではない。指揮官を叩くことさえできれば、この島からの全軍撤退もありうる」

「撤退しなかった場合は?」

「指揮官さえ叩けば、指揮系統に乱れが生じるのは、軍隊である以上必然。その機を逃さず大打撃を与えれば、我が方に勝ちの目は十分にある」

 逆をいえば、それ以外に勝ち筋はないということだ。

 ネア・ガンディアがザルワーン島に投入した戦力というのは、完全に把握できてはいない。超巨大方舟と一柱以上の神、それに指揮官以外には、帝国軍が一万と予想する兵力であり、それに加え、マルウェールの神人数万が主力と見ていいだろう。とても、正面からぶつかって戦える相手ではない。

「問題は、どうやって指揮官を叩くかだが」

「それについては、セツナ殿に一任している。我々は、敵軍の地上戦力を相手に戦い、少しでも敵戦力を削ることに注力すればいい。あとは、セツナ殿がやってくれる」

 エリルアルムがセツナに全幅の信頼を寄せてくれていることが素直に嬉しかった。エリルアルムは、セツナの勝利に対し、一切の疑念を抱いていない。エリルアルムとセツナの付き合いは決して長くはない。彼女の中でいつの間にそれほどの信頼対象になっていたのかはわからないが、その信頼を裏切るつもりなど、当然なかった。

「ふむ……それ以上の良策はないか」

「しかし、ネア・ガンディアには神がついているそうですが……勝てるのでしょうか?」

「勝たねばならんのだ」

 ユーラの弱音を、エリルアルムは、ただの一言で握りつぶした。

「我々は、ネア・ガンディアなる虚偽と欺瞞の軍勢をこの地より排除し、安寧と平穏を勝ち取らねばならんのだ。そしてそのために、同盟軍が発足した。我々は手に手を取り、力を合わせ、叡智を結集し、ネア・ガンディアなどと名乗る愚かなものたちに怒りの鉄槌を下そうではないか」

 エリルアルムが、さながら全軍の指揮官のように言い放つと、会議室に集った同盟軍首脳陣は興奮気味に頷いた。

 エリルアルムは、エトセアにおいて一万もの大軍を指揮し、数多の勝利を飾ってきた猛将であり、その風格たるや帝国軍大佐などと比べるべくもなかった。同盟軍が彼女を総大将として推戴するのも無理のないはないであり、エリルアルムは、その日、仮政府首脳グレイシア・レイア=ガンディア、帝国軍大佐レング=フォーネフェルの連名により、同盟軍総大将に任じられた。

 その後、ネア・ガンディア軍撃退戦の戦術に関して、事細かな打ち合わせが行われ、打王命軍出撃の日が、四月三十日と決まった。

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