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第二千百七十七話 二方面作戦(一)


「ログナーが!?」

「いやそれ以前にログナーは、無事だったのか?」

「ネア・ガンディア軍の動きを見る限り、そのようです。彼らは、ザルワーン方面とログナー方面を制圧することを当面の目標としているのでしょう」

 セツナたちも、ネア・ガンディアの攻撃目標が判明するまでは、ログナーの存在は認知していなかった。ログナー方面の都市が無事であるかどうかさえ、不明だったのだ。情報通信が発達していないイルス・ヴァレにおいては、世界の現状を知るのは極めて困難だった。

 グレイシアが眉根を寄せたのは、思わぬ名称を聞いたからだろう。

「ガンディアは、最初、ログナーを併呑し、つぎにザルワーンと戦いました。それをなぞっているとでもいうのでしょうか」

「……そうかもしれません」

 レオンガンド・レイグナス=ガンディアを名乗るものがネア・ガンディアの価値を高めるため、ガンディアの歴史をなぞっているというのは、ありえない話ではない。だとすれば、ネア・ガンディアの神皇はガンディアと無縁の人物ではない可能性もあるが、神の戯れという可能性も捨てきれなかった。神の中には、マユリやミヴューラのように人間に対し救いの手を差し伸べることに全存在を傾けるものもいれば、アシュトラのように人間への悪意の塊のような邪神も存在するのだ。

 ガンディアへの嫌味や皮肉として、歴史をなぞっている可能性も大いにあった。

「ではやはり、レオンガンド陛下が……」

「それはありえないでしょう」

「セツナ殿……」

「陛下が、自国民を有無を言わさず神人に生まれ変わらせるような暴挙を行うはずがない」

 セツナは、強くいい切った。外法を用い、外道に堕ち、怪物と成り果てた実の父を目の当たりにしたレオンガンドは、人間こそをこよなく愛した。セツナが化け物じみた活躍をするたびに、人間としてのセツナを愛してくれたのだ。そのような価値観の持ち主が、人外の化け物へと成り果てることを許すはずがなかった。

「セツナ殿のいうとおり、レオンガンド・レイグナス=ガンディアは偽者だ。本物の兄上ならば、斯様な手段を用いるわけがない。まず、みずから我々の前に無事な姿を見せてくださるはずだ。そして、それだけで、我々には十分なのだ」

 リノンクレアの意見こそ、もっともだった。

 ネア・ガンディアの神皇レオンガンド・レイグナス=ガンディアが、真にレオンガンド・レイ=ガンディアならば、ありのままの姿を見せてくれさえすればいいのだ。そうすれば、少なくとも仮政府首脳陣は諸手を挙げてネア・ガンディアに帰属することを誓うだろう。

 セツナは、ネア・ガンディアのやり方に疑問を持っているため、素直には賛同できないものの、多少、考慮する余地は得たに違いない。

 だというのに、ネア・ガンディアは、ミズトリスなる指揮官にすべてを任せ、マルウェールを砲撃した。マルウェールは壊滅し、全市民が神の徒と化した。これでは仮政府に敵愾心を抱けといっているようなものだ。だが、圧倒的な戦力差は、その敵愾心さえ萎えさせるものであり、故にこそ非戦論が生まれるのだが。

「しかし……どうするというのです。仮政府の現有戦力では、この地のネア・ガンディア軍を打倒することさえ困難だというのに、ログナーもネア・ガンディア軍から護ろうというのですか?」

「もちろん、それが最良かと」

 セツナが告げると、ユーラが顔を強張らせた。

「ネア・ガンディアの目的は不明ですが、彼らが世界全土に火種を撒き、戦乱を起こしていることは明白。ザルワーン、ログナーの制圧もその一環でしかないと見て間違いありません」

 これまで、ガンディアのガの字も出してこなかったのだ。それが突如としてネア・ガンディアと名乗り、神皇レオンガンドの名を掲げてきた事自体、作為的なものがあると想わざるをえない。これは間違いなく、仮政府の気勢を削ぐためであり、ネア・ガンディアの真意とは異なるものであるはずだ。

「つまりセツナ殿は、ネア・ガンディアは滅ぼすべき敵である、と仰るので?」

「少なくとも、与するべき味方などではないと断言しましょう」

「リョハンは、ネア・ガンディアによって二度、存亡の危機に瀕しています。ネア・ガンディアがなにを求め、リョハンに攻め寄せたのかは不明ですが、ネア・ガンディアが世界各地に戦乱を巻き起こしているという事実もありますし、彼らを野放しにするべきではない、と、わたくしも想います」

「……だからといって、この戦力でどうやって戦えと?」

「こっちには、セツナがいるのよ」

 などとセツナの肩を抱き寄せたのは、もちろん、ミリュウだ。染料で染め上げた真っ赤な髪が、いつになく眩しく想えたのは、彼女の自身に満ちた態度のせいもあるだろう。

「なんの心配もいらないわ」

「おい、ミリュウ」

「さっきから色々いってるけど、要するにネア・ガンディアと戦って負けるのが怖いだけなんでしょう? 負けたら、どうなるかわかったものじゃないから。だからといって、降伏すればいいかというとそうも想えない。マルウェールの有様を見れば、ネア・ガンディアを信用できないのは当然よね。だったら、勝ってしまえばいいのよ。もう二度と、ネア・ガンディア軍がこの地に寄り付きたくなくなるくらい圧倒的にね」

 ミリュウが場を圧倒するほどの熱量をもって発言したことに、セツナは、ただただ驚いた。こういった場で彼女が発言すること自体、極めて稀であり、これまでほとんどなかったことだった。それだけ、ミリュウの中でいい考えが浮かんだということなのだろうか。

「ええ、その通りですよ。ですが、現状の仮政府の戦力では、ネア・ガンディア軍に立ち向かうのもおぼつかないというのも、事実でしょう?」

「仮政府の皆様には、各都市の防衛に専念していただくだけでよろしいかと」

「はい?」

「ネア・ガンディアの戦力は未知数。でも、頭を潰せば、どんな軍隊だって無力化するものよ。そうでしょう?」

「それはそうですが」

 ユーラが苦虫を噛み潰したような顔をしたのは、彼がミリュウを苦手としているからでもあるのだろう。ユーラの苦手意識の原因は、ミリュウが彼を嫌っているからにほかならない。一方、リュウイはというと、実の妹の言動を頼もしげに見ているのだから、奇妙なものだ。一時期は険悪極まりなかった関係も、龍宮衛士の誕生以降、大幅に改善していた。ミリュウは、いまもリュウイたち兄弟を苦手に想っているが、それでも以前よりは遥かに増しだろう。以前は、顔を合わせることも拒んでいた。

「うちのセツナがネア・ガンディア軍の頭を潰せば、それでおしまいですから」

「いやまあ、そりゃあそうなんだが、そう上手くいくものか?」

「上手くいかせるのよ。セツナがね」

 ミリュウが片目を瞑って見せてきたものだから、セツナはなんともいえない気分になった。つまるところ、ミリュウがセツナに全幅の信頼を寄せているということだ。

「お、おう……」

「で、ログナーはあたしたちに任せてもらえばいいわ」

「あたし……たち?」

「そ。あたしと、エリナ、ダルクスにレムの四人でログナーまで行ってくるの」

「お、おい、本当にそれでだいじょうぶか?」

「あら、あたしのこと、信用してくれないの?」

「してるさ、十分過ぎるくらいにな」

 セツナが断言すると、ミリュウは多少恥じらいを見せた。そんな可憐な微笑を見せられると、余計に心配になるのだが、信頼していることに違いはない。ミリュウの武装召喚師としての実力、技量、経験、すべてにおいてセツナを遥かに凌駕しているだろう。

「でもな、それとこれとは別の話だ。たった四人じゃ、ログナー担当のネア・ガンディア指揮官を討つのも困難だろう」

「ログナーへの侵攻も必要と判断したということは、現地に敵対しうる勢力、組織があるということよ。ログナー方面の生存者か、あるいはログナー方面を制圧したヴァシュタリア軍の生き残りがね。現地の勢力と協力するなり、利用するなりすれば、勝ち目はあるでしょ」

「どうだか」

「なによ、文句でもあるってわけ?」

「相手がただの軍勢なら、その案に問題なんてないんだがな」

 セツナは、渋い顔になるのを自覚した。ミリュウの提案は、敵の戦力次第では十分に有効なのは間違いない。しかし。

「相手はネア・ガンディアだ。奴らの背後には神々がいて、公然と協力関係を結んでいる。そして、神々を方舟の動力としている以上、神が戦場に出てくる可能性もあるということだ」

「なるほどね。神様相手じゃ、あたしたちにはどうしようもできないってことね。それはあたしも考えたわよ。でも、よくよく考えてみれば、特に問題ないことがわかったわ」

「問題ない?」

「あたしたちにも神様がついているもの」

「マユリ様か」

 セツナは、ミリュウの笑みにすっかり失念していたことを思い出した。マユリも、神だということだ。それも極めて大きな力を持った神様であるということは、マユラの見せた神の御業によって確信を持てる。

「そう。あたしたちは、ログナーに向かうに当たって方舟を用いなければならないし、方舟は、マユリんの力じゃないと動かないからね。マユリんには、現地での戦闘にも協力してもらえばいいのよ。目には目を、歯には歯を、神様には神様を、ってね」

 ミリュウが得意げに語ったことを理解できたのは、セツナとファリアだけだっただろう。グレイシアやナージュには、方舟の動力となっている神の存在についてまだ話していなかったのだ。

 マユリ神は、セツナたちに助力すると約束し、それがマユラの行動をも縛っているということがわかっている。方舟の動力源となるだけでなく、協力を要請すれば、戦闘にだって参加してくれるだろうし、ミリュウの提案にも乗ってくれるに違いない。それならば、神の加護を得たネア・ガンディア軍と戦うことも不可能ではないだろうし、神が直接出てきたとしても、ミリュウたちが殺されるようなこともないのではないか。

「ザルワーン方面は、セツナたちがなんとかする。ログナー方面はあたしたちがなんとかする。たとえなんとかできなくても、時間稼ぎはできるわ」

 ミリュウがセツナの目を見つめてきた。時間稼ぎ、と彼女はいった。つまり、自分たちがログナー方面を解放しきることはできなくとも、セツナがザルワーン方面を解放し、ログナー方面に辿り着くことさえできればいい、という考えなのだ。

 ネア・ガンディアの神々が戦場に出てくる可能性を考えれば、ミリュウの判断は極めて正しい。

 神を傷つけることはできたとして、神を滅ぼすことは、神にさえできない。それができるのは唯一、黒き矛だけなのだ。

「ザルワーンとログナー、両方をネア・ガンディアから護るにはこれ以上の策はない、か」

 良策とは言い切れないが、代替案もあるはずもない。

 会議は、この後、ミリュウの案を元に詰められていくこととなった。




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