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第二千百七十六話 方針


 大陸暦五百六年四月二十六日。

 ゼオルに出向中だったリノンクレア=ガンディアが、龍府に帰還した。

 これにより、仮政府の首脳陣が勢揃いしたことになり、ネア・ガンディア対策会議が開かれることとなった。

 会議は、泰霊殿大会議室で行われた。

 会議の主催者は、仮政府首脳であるガンディア太后グレイシア・レイア=ガンディアだ。

 首脳陣に名を連ねる、王妃ナージュ・レア=ガンディア、太后親衛隊長兼王女教育係長リノンクレア=ガンディア、ザルワーン方面軍大軍団長ユーラ=リバイエン、龍宮衛士筆頭リュウイ=リバイエン、龍府司政官ダンエッジ=ビューネル、銀蒼天馬騎士団長エリルアルム=エトセアが出席し、そこにセツナも宮廷召喚師セツナ・ゼノン=カミヤとして参加した。ファリア・ゼノン=アスラリアも、ミリュウ・ゼノン=リヴァイアも同様に同席を許されている。

 議題は、無論、ネア・ガンディアの降伏勧告に対する仮政府の対応について、だ。

 会議の席上、真っ先に徹底抗戦を訴えたのは、リノンクレアだった。

 リノンクレアは、龍府に呼び戻された際、手紙によって事情を知らされ、龍府に到着するなりグレイシアらに詰め寄ったほど、ネア・ガンディアに反発を抱いていた。

「我らがガンディアの名を騙り、あまつさえレオンガンド・レイ=ガンディアを名乗る輩に降伏するなど、ガンディア王家の名を穢す行い以外のなにものでもありません! たとえ、レオンガンド・レイグナス=ガンディアがレオンガンド・レイ=ガンディア当人であったとしても、自国民を平然と殺戮できるような悪逆の徒を国王として推戴することなどできましょうか!」

 リノンクレアの烈しい意見に異論もなければ、反論もなかった。皆、考えていることは同じだ。レオンガンドは、敵国への侵攻に関しては果断であり、あらゆる手段を用いたレオンガンドだが、しかし、自国民を犠牲にするようなことは決して許さなかった。だれもがレオンガンドを名君と賞賛し尊敬する理由のひとつが、それだ。敵を自国領に引き入れて戦ったのは、最終戦争を除けば、後にも先にもクルセルクとの戦いだけだ。

 それほどまでに自国民の安全を優先したレオンガンドが、マルウェールを壊滅させることなどありえない。リノンクレアの憤りは、その場にいる多くのものの同意を得ただろう。

「いえ、そもそも、陛下が……兄上がそのような悪逆非道を許すわけがない」

 リノンクレアがレオンガンド・レイグナス=ガンディアを偽物と断じるのは、レオンガンドがそういったことを許すなど信じがたく、認めがたいことだからでもある。偽物であって欲しいという、セツナ同様の切望が言外に現れていた。

「まったくもって、リノンクレアのいうとおりです。ネア・ガンディアがマルウェールを滅ぼした時点で、レオンガンド・レイグナス=ガンディアが我が息子ではないことは明らか。よって、ネア・ガンディアが名ばかりの偽物であると結論づけていいはずです」

 グレイシアが、リノンクレアの意見を肯定すると、憤慨していたリノンクレアも多少落ち着きを取り戻したようだった。

「よって、ネア・ガンディアはガンディア再興のために陛下が立ち上げられたものではない、と断じ、仮政府はこの断定を念頭において、今後の方針を定めたいと思いますが、いかがでしょう?」

「今後の方針とはつまり、ネア・ガンディアに降伏するか、勧告に応じず、徹底抗戦するか、ということですな」

「降伏はありえません」

「リノンクレア、冷静に。ユーラ殿」

「は。ネア・ガンディアが保有する兵力は、現在のところ、未知数です。しかしながら、その戦力は、仮政府の現有戦力ではいかんともしがたいものであることは、マルウェールの惨状を知れば理解いただけるものと思います。マルウェールをただ一度の攻撃で壊滅させるほどの力を持っているのが、ネア・ガンディアです。セツナ殿の証言によれば、神々がネア・ガンディアに力添えしていることは明白。我々の力では、対抗しようもありません」

「だからといって、ネア・ガンディアの軍門に降るというのか?」

「ザルワーン全土が灰燼と帰すかもしれませんよ?」

「ユーラ殿は、戦うべきではない、とお考えのようだ。たとえ、ネア・ガンディアがレオンガンド陛下の名を騙る偽者を擁する虚偽と欺瞞に満ちた組織であっても、従うべきだと。ガンディア王家の誇りと栄光に泥を塗り、恥の上塗りをしてでも構わないと」

 リノンクレアが鋭い眼差しを向けると、ユーラは、毅然とした態度でリノンクレアに向き合った。互いに譲れない想いがあり、そのどちらもが決して間違っているわけではないのが、難しいところだ。もっとも、セツナの意見が両者の意見に左右されることはない。とっくに決まりきっているのだ。

「なんといわれようと、こればかりは意見を取り下げるわけには参りません。現状、仮政府の保有する戦力では、未知数の敵を相手に立ち向かえるなどと無責任なことを申し上げることなどできませんので」

「ガンディアは、敵がいかに強大であろうとも屈しなかったのだ。ザルワーン・ログナーにも降伏せず、クルセルクの魔王軍とも戦い抜いた。それが、我がガンディア王家の誇りなのだ。ネア・ガンディアの背後に神々が控えていようと、構うものか」

 リノンクレアの意見は、勇ましい。しかし、戦力に裏打ちされない勇猛は、無謀以外のなにものでもなく、悲壮であり、決して褒められたものではないことくらい、セツナにもわかった。だからといって、セツナはリノンクレアが愚かだとは想わない、リノンクレアの感情、想いは、セツナの心の深いところを熱く燃えたぎらせるのに十分すぎた。

 セツナにとって、ガンディア王家は極めて特別な存在なのだ。

「ユーラ殿、リノンクレアの意見はわかりました。セツナ殿は、どうお考えですか?」

 グレイシアが微笑を湛えながらセツナに意見を求めてきた。その微笑みには、リノンクレアの勇ましさと、ユーラの物怖じしない態度を褒め称えているようでもある。

「……まずは、現状の把握を優先させて頂きますが、よろしいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

「昨日のうちに確認してきたのですが、マルウェールは現在、ネア・ガンディアの攻撃によって壊滅状態にあり、何人も立ち寄ることのできない状況です」

 セツナには、リノンクレアが龍府に到着するまで暇があったのだ。その時間を利用して、方舟に乗ってマルウェールを訪れ、現状の確認をしてきている。廃墟と化した都市に蠢く何千何万の神人は、それだけで圧倒的というほかなく、セツナはどうしたものかと考えた。攻撃し、少しでも数を減らすべきかどうか。結局、仮政府の決定を待つことにしたのだが、いずれにせよ、マルウェールの神人たちは放ってはおけないだろう。

「立ち入ることができない? 壊滅したというのであれば、それくらいできそうなものですが」

「では、市民の……死者の遺体を葬ることもできないということですか?」

「確認したところ、市民の遺体はひとつとしてなかったのです」

「どういうことです? 遺体がない?」

「ネア・ガンディアによるマルウェールへの攻撃は、先日お伝えした通り、方舟からの砲撃によるものでした。方舟は、御存知のように神の力によって空を飛ぶ船であり、艦載兵器による攻撃も神の力そのものといっても過言ではないはずです。つまり、マルウェールへの砲撃は、神の御業そのものであり、マルウェール市民はだれひとり欠けることなく、神の御業により神人化したものと見るべきです」

「神人化……」

「異形症患者の末路のことですな」

 リュウイが厳しい顔をして、いった。

 龍府は、復興以来、九尾の守護による影響なのか、神人化や神獣化の原因となる白化症の発症が確認されていなかった。しかし、それは龍府に限った話であり、ザルワーン方面の龍府以外の各都市では、白化症の発症が確認されており、挙句、神人化し、周囲に被害を撒き散らすものも少なくなかった。それらの症状を仮政府は異形症と命名しており、異形症の初期症状が確認され次第、隔離された。そして、異形症に苛まれ、神人化したものは、軍や龍宮衛士、銀蒼天馬騎士団によって処分されてきたのだという。

 当初は、それが元人間であるということから手の施しようがなかったものの、九尾が、躊躇いもなく排除したことで、仮政府は考えを改めたのだそうだ。九尾は、ザルワーン方面に害をなすものを排除する守護神であり、その判断に従うことにしたのだ。それによって、ザルワーン方面の秩序はより一層強固なものとなった、という。

 マルウェールの全住民が一斉に神人化したことは、会議室にいたセツナたちを除く全員の度肝を抜いたのは、仮政府首脳陣が神人化の仕組みを完全には把握していなかったからでもあるだろうが。

「ネア・ガンディアは、マルウェールを滅ぼしただけではないのです。マルウェールに住んでいたひとびとを神の尖兵へと生まれ変わらせ、自分たちの戦力に組み込んでしまった。仮政府がネア・ガンディアに降伏しないのであれば、その戦力を用いてくること間違いないでしょう」

 方舟の神威砲によって神人を量産できるのであれば、各都市に神威砲を打ち込み、全住民を神人化させる可能性も考慮にいれなければならないだろう。ネア・ガンディア軍は、威嚇の一撃で都市を滅ぼし、住民をすべて神人に作り変えたのだ。それくらいのことはしてきてもおかしくはない。

 つまり、ネア・ガンディア軍に立ち向かうということは、それほどの覚悟が必要だということでもあり、セツナは、仮政府首脳陣にその覚悟を問いたださなければならなかった。覚悟もなく、彼らを戦いに赴かせるわけにはいかないのだ。

 とはいえ、降伏したからといって、ネア・ガンディアがザルワーンの地を正しく治めてくれるかというと、疑問の残るところだ。都市ひとつを平然と滅ぼすことのできるものたちが、人間のための安定的な秩序を構築し、維持してくれるとは考えがたい。

 それに、もうひとつ、重要な事実がある。

「それともうひとつ、皆様に申し上げなければならないことがあります。このザルワーン島の南西に位置するログナーもまた、現在、ネア・ガンディア軍の侵攻目標となっていることが判明しております」

 セツナの発言に会議室がどよめいた。

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