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第二千百七十五話 クルセールにて(二)


「クルセルク方面に滞留中の帝国軍に対する方策について、ミズトリス様の御意見をお窺いいたしたく……」

 ワルカが恐る恐るいってきたことに、ミズトリスは、一瞬、変な顔になった。そして、ワルカがそういった性格の人物であることを思い出して、納得する。

「なんだ。そのことか。帝国軍については、聖将殿の好きにされよ、と申したはずだが」

 ミズトリスが呆れたのは、彼女がそういったのが今朝のことだからだ。

 ザイオン帝国軍の残党がこの島の半分ほどを占拠し、我が物顔で闊歩していたのは、つい半月ほど前になる。半分というのは、クルセルク方面に加え、アバードの一部、ジベルの一部をも帝国軍が支配下に治めていたからだ。

 ミズトリス率いるザルワーン再侵攻部隊は、上陸から半月足らずで帝国軍に大打撃を与えている。そして、帝国軍からクルセルク方面および、アバード、ジベルを解放し、ネア・ガンディアのものとしたのだ。

 それまでは、ザルワーンとクルセルクからなるこの島は、クルセルク方面およびアバード、ジベルを支配する帝国軍残党と、ザルワーン方面を統治するガンディア仮政府の二勢力によって二分されていた。そこに第三勢力として参戦したのがネア・ガンディアであり、ミズトリス率いる再侵攻部隊だ。

 だが、ミズトリスたち再侵攻部隊の当初の目的は、島への上陸早々、頓挫している。

 ミズトリスは、ザルワーン再侵攻のため、旗艦ルクスユーグ以外に五隻の飛翔船と聖軍神軍合わせて総勢一万五千に及ぶ兵力を与えられていた。それだけの戦力があれば、ザルワーン方面の再侵攻など、赤子の手をひねるより容易く行えるはずだったし、ミズトリスを含め、獅徒のだれひとり、同行者のだれひとりとして圧倒的大勝利を確信していた。

 しかし、ルクスユーグを旗艦とする船隊が島上空に差し掛かった瞬間、突如としてそれら五隻の飛翔船がつぎつぎと撃墜されるという大事件に遭遇、ミズトリスは、戦力の大半を失うという大失態を犯した上、戦略の練り直しを迫られることとなったのだ。

 まず、自分たちになにが起こったのか、ということから探らなければならなかった。

 それら撃墜された飛翔船はすべて、強固な防壁に護られていた。並の武装召喚師の用いる召喚武装如きで撃ち落とせるものではない。それほど頼りのないものを用いるほど、ネア・ガンディアも切羽詰まってはいないのだ。

 神に匹敵するほどの力がなければならない。

 それはつまりどういうことか。

 簡単なことだ。それほどの力を持った存在がこの島に存在しているということであり、それはもしかしたら、本当に神属かもしれないということなのだ。

 神々は、数多いる。

 聖皇ミエンディア・レイグナス=ワーグラーンは、このイルス・ヴァレに異世界の神々を数え切れないほどに召喚した。そのうち、二大神と呼ばれる二柱の神ナリアとエベルは別格として、多種多様な神々は、その格を埋め合わせるために力を合わせ、至高神ヴァシュタラとなった。そのヴァシュタラは、聖皇復活の儀式の失敗によって離散、神々は在るべき姿に戻った。ヴァシュタラだった神々の数多くは、そのままネア・ガンディアに属した。が、すべてがすべて、ネア・ガンディアに属することを良しとしたわけではない。ネア・ガンディアより離反した神々も少なくはなく、中には、公然とネア・ガンディアと敵対する姿勢を見せる神もいないではなかった。

 そういった神の一柱がこの島にいるのではないか。

 だからこそ、飛翔船の上陸を阻止したのではないか。

 神が相手ならば、ミズトリスたちも相応の損害を覚悟しなければならない。神とそれ以外では、まさに次元の異なる規模の戦いとなるからだ。

 探るうち、それが杞憂であることがわかった。が、同時に、神ならざるものが神に匹敵する力を見せたという事実に直面することになったのだが、それは必ずしもありえない話ではないというモナナ神の言によって収まっている。

 神ならざる神に匹敵する力の持ち主というのは、ザルワーン方面の守護神・白毛九尾の狐のことだ。その名の通り純白の体毛に覆われた巨大な狐であり、最大の特徴は九つの尾を持っていることだ。美しくも幻想的な姿は、ミズトリスにさえ畏怖を覚えさせるほどの力が満ちていた。

 白毛九尾は、しかし、ザルワーン方面の守護に留まり、クルセルク方面やアバード、ジベルには見向きもしなかった。故に帝国軍がクルセルク方面を我が物顔で支配できていたのだろうし、ネア・ガンディア軍がクルセルク方面に上陸することができたのだ。

 そのため、ミズトリスたちは、まず予定にはなかったクルセルク方面の制圧に取り掛かることとした。ザルワーン方面に進出するためには、白毛九尾の絶対的な防御を突破しなければならず、現有戦力では仮に突破できたとしても大損害を覚悟しなければならないからだ。そこまでの賭けに出られるほど、ミズトリスは、自分の戦術眼自信を持っていない。

 怪力においては古今無双であるという自負こそあるが、それとこれとはまったく別の話だ。故に彼女はザルワーンの守護神がその力を失うまでの間、クルセルク方面の制圧に時間を使うこととした。神皇の望みがかつてのガンディア領土の再制圧ならば、クルセルク方面を欲するのも間違いない。ならば、先に手に入れておくのも決して悪い判断ではあるまい。

 ミズトリスたちの上陸当時、クルセルク方面は、ザイオン帝国軍残党の統治下にあった。ザイオン帝国軍の総兵力は二万あまり。兵力においてはネア・ガンディア軍を圧倒していたものの、ネア・ガンディアの戦いにおいて兵力差が勝敗を決定づけるものではなく、ミズトリスたちは快勝につぐ快勝でクルセルク方面の主権を握った。かくして帝国軍をクルセルク方面から追い散らすことに成功し、あとはザルワーン方面の守護神がその姿を消すときを待つのみとなっていた。

 しかし、帝国軍残党は殲滅したわけではなく、大半が生き残っていたのだ。そこで、ミズトリスは、聖将ワルカに帝国軍残党の殲滅を指示していた。クルセルク方面を追われた帝国軍は、ザルワーン方面に逃げ延びようとしており、それが上手く行けば、少々厄介なことになるかもしれないからだ。いまのうちに滅ぼせるだけ滅ぼしておくほうがいい。

「しかし、現有戦力は当初の半数以下ですし……勝手に使っていいものかと思いまして、ミズトリス様の意見を聞きたいなあ、と」

「なるほどな。聖将度のの意見はもっともだ」

 ミストリスは、ワルカのおずおずとした言い方が気になったものの、即座には否定しなかった。

「しかし、わたしは好きにされよと申したのだ。聖軍の戦力をどのように用いられたところで、わたしが聖将殿を責めることはないよ」

「そ、そうですか。それなら、はい」

「……それだけで、わたしの帰還を待っていたのか?」

「い、いえ、ほかにもあるんですよ、聞きたいこと、たくさん!」

「……わかった。すべて聞こう」

「は、はい!」

 ワルカは、それまで怯えていた顔を明るく輝かせた。

 

「まったく……聖将殿には困ったものだ」

 ミズトリスは、作戦本部内の執務室に戻ると、ゆっくりと伸びをした。ワルカ=エスタシアの相談事から解放されたのは、あれから三時間後のことであり、その間、ミズトリスはワルカにとっては深刻極まりないらしい相談を聞いてやらなければならなかった。再侵攻部隊の重要事項から、聖将ほどの立場にあるものが心配しなくてもいいようなことまで、様々な相談事がつぎつぎと飛び出してくるものだから、息をつく暇さえなかったといってもいい。

 ミズトリスが文句もいわずワルカの相談事に付き合ったのも、ミズトリス自身、指揮官としての経験があまりに少なく、どういう風にすればいいのか、確信が持てなかったからだ。聖将ワルカ=エスタシアは聖軍の指揮官だ。その彼女の相談となれば、無視するわけにはいかないのではないか。些細な相談の中にも、重要なものもあるかもしれない。

 そう、ミズトリスは想ったのだが、大半はどうでもいいことばかりだった。

 相談を終え、ワルカは至極満足したようで、

『また、相談に乗ってくださいね!』

 などとあっけらかんといってくるものだから、ミズトリスは、指揮官はもう二度としたくないと心に想ったものだ。

「そうですね。ふふふ」

 モナナ神が執務室の扉を閉めながら笑った。その反応があまりに不自然で、奇妙に思えてならなかった。

「なんだ? なにがおかしい?」

「いえいえ。ミズトリスも案外、苦労性なのかもしれませんね」

「なんのことだ?」

「この度のことですよ」

 モナナは、まるで赤子をあやすかのように微笑んでくる。

「軍の指揮などほとんどしたこともないあなたが指揮官に任命されたザルワーン方面再侵攻。当初の予定では、とっくに制圧し、神都に帰還しているはずでしょう」

「……それはそうだが、なにごとにも予定外のことは起こりうる」

「確かに、予定外の出来事ですね。ザルワーン方面の守護神・白毛九尾。ザルワーンのひとびとは九尾様として、神の如く信仰していたといいますし、その信仰が彼女の力を増大させたのは疑いようがありません。ルクスユーグも、三級神程度が乗っていれば、撃ち落とされていたかもしれませんよ」

「それほどの力があったのか」

「ですから、ザルワーン方面への進出を控えるよう、お願いしていたのです」

 そうなのだ。ミズトリス率いる再侵攻部隊がクルセルク方面に籠もっていたのは、モナナ神の進言に従っていたからなのだ。ミズトリスを始め、再侵攻部隊の首脳陣は皆、早々にザルワーン方面に乗り込み、神皇の勅命による任務を果たしたかったのだが、モナナ神の再三に渡る忠告と進言により、仕方なく、クルセルク方面に留まり、白毛九尾が力尽きるそのときを待つこととしたのだ。

 最悪、何年も先になる可能性もなくはなかったとのことだが、モナナの予測では、あと半年も持てば上出来だろうとのことだった。無論、白毛九尾のことだ。白毛九尾が顕現し続けられるのもあと半年が最大であり、それ以上は白毛九尾の媒介となっている人間の魂が持たない、と、モナナは見ていたらしい。

 あと半年も待つのは、ログナーを担当するウェゼルニルに出し抜かれ、挙句そのことで散々からかわれることを考えれば苦痛ではあったが、それよりも預かった戦力をこれ以上失うわけにはいかないという責任感のほうが上にきたのだ。

 だが幸いにも、白毛九尾が突如としてその姿を消した。

 その隙を見逃さないミズトリスでもモナナでもなかった。すぐさまルクスユーグを発進させ、ザルワーン方面に乗り込んだのは、ミズトリスとモナナの意見が初めて一致したからでもあった。

 そして、マルウェールを攻撃し、それによって仮政府の戦意を削ぐと同時に降伏勧告を行ったのが、つい先程のことだ。

 そのとき、ルクスユーグに乗船していたミズトリスは、マルウェール北東で帝国軍と対峙する仮政府軍の中にセツナ=カミヤの姿を発見している。

 モナナ神も、そのことを指摘してきた。

「その白毛九尾も突如として消え、ザルワーン方面への進出が可能となった矢先、魔王の杖の護持者――セツナ=カミヤがいたのですからね」

 モナナ神は、虚空を浮かんで移動すると、ミズトリスの眼前、机に腰を下ろした。聖将の机とは異なり、書類の類が一切存在しない、整理整頓された机だ。ミズトリスが事務処理を聖将に一任しているというのもあるが、そもそも、この執務室を利用する事自体稀だということも大きい。

「しかも、飛翔船を利用していたではありませんか」

「あの参型はリョハンの第二次侵攻の際、竜どもに奪われていたものだ。確かゼイブブラスだったか」

 その飛翔船が現れたのは、ミズトリスたちを乗せたルクスユーグがザルワーン方面を去ってからのことであり、ミズトリスは肉眼でそれを確認したわけではない。しかし、モナナ神の眼が捉えた情報を共有したことで、ミズトリスも、セツナの味方をする飛翔船の存在を把握できたのだ。飛翔翼の数、船体の大きさなどから参型飛翔船であることは間違いない。そして、セツナの手に渡る可能性のある参型といえば、第二次リョハン侵攻の際、竜に奪われた一隻だけだ。その名をセイブブラス。希望の矢という意味の古代語だ。

 モナナがおかしそうに笑う。

「第二次侵攻に投入された参型には三級神が搭乗していたはずですが、なにゆえ、竜如きに奪われたのでしょうね?」

「竜とて、侮れぬ存在だという話じゃないのか?」

「それは、三界の竜王の話。相手が三界の竜王なれば、三級神といえど、力負けし、船を手放すのもわからなくはありませんが……三界の竜王を相手にしたわけではなく、その眷属たる竜に敗れたという話です。おかしなこともあるものですね」

「なにがいいたい?」

 ミズトリスは、椅子に腰を下ろすなり、こちらを見下ろしてくる女神を睨み返した。まるでセイブブラスがセツナの手に渡ったことに、なんらかの意図が働いているのではないか、とでもいうような言い方は、ミズトリスに不快感を与えるものだった。

「いえ。ただ、不思議に想ったまでのことですよ。そして、その不思議で奇妙な勝敗の結果、ミズトリス、あなたの苦労が増えてしまったということをいいたいのです」

「参型は、神威同調機関だったはずだが……なぜ、飛んでいたのだ?」

「神がセツナ=カミヤの味方をしている、ということでしょう」

「セツナ=カミヤは、神の敵だろう?」

「神の中に、魔王の杖に取り入ろうとするものがいても必ずしも不思議ではありませんよ」

 モナナは、残念そうに、しかし、確信に満ちた言い方で告げてきた。

「魔王の杖は、イルトリの例を見るまでもなく、わたしたちに致命的な傷を負わせることのできる唯一の力。その魔王の杖の攻撃対象から外れるため、護持者の協力者に身をやつすのも、合理的といえば合理的な判断です。もっとも、魔王の杖がそういった神を許すとは思えませんが」

 モナナが意味深げな顔をした。

「まあしかし、現実問題としては、ザルワーン方面の制圧は困難となりましたね」

「いや、どうだろうな」

「どういうことでしょう?」

「セツナは、我々の敵となるだろうが、仮政府の判断はまた別の話だ。仮政府は、ガンディアを名乗っているのだ。ネア・ガンディアに帰属することを望むのが当然ではないか。たとえ、ネア・ガンディアに疑問を抱いたとしてもだ」

 一撃の元、マルウェールが壊滅したという事実は、仮政府に多大な衝撃をもたらすだろう。埋めがたい戦力差を実感すれば、抗うことなどできないはずだ。仮政府は、セツナたちの報告を受けて、いまごろ降伏に傾いているのではないか。

 その中で、セツナだけが反対している可能性は、高い。

 そして、たとえ仮政府がどのような結論を出そうと、セツナだけは、刃を向けてくるだろう。

 そこには確信がある。

 ヴィシュタルも、それを望んでいるのだ。


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