表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2175/3726

第二千百七十四話 クルセールにて(一)


 ネア・ガンディア軍ザルワーン方面再侵攻船隊旗艦ルクスユーグは、大きな問題もなく、クルセルク方面の旧都クルセールに到着した。

 クルセルクが独立した国家であった時代の首都であり王都であったクルセールは、ガンディアによって制圧されてからもクルセルク方面最大の都市として機能し、左眼将軍にしてクルセルク領伯デイオン=ホークロウがその統治運営における最重要拠点として活用していたことで知られる。ネア・ガンディア軍がクルセールを本拠地としたのも、そのためといってもよかった。

 もっとも、ザルワーン方面への侵攻計画を考えると、クルセルク北東端に位置するクルセールを本拠地とするのは若干ながら不便なのは否めない。が、ザルワーン方面への侵攻が可能となるまでに時間がかかる可能性を考慮すれば、後方に陣取るのはなにも悪い判断ではなかった。どれだけの期間が必要化はわからない以上、地盤を整え、戦力を強化するという方針に切り替えたのだ。

 ザルワーン方面再侵攻軍指揮官ミズトリスは、超巨大飛翔船ルクスユーグから地上に降りると、大きく伸びをした。飛翔船というのは、どうも彼女の気性に合わなかった。そもそも、自分の思い通りにならないということから馬や馬車ですら嫌いな彼女だ。神に命の綱を握られているといっても過言ではない飛翔船など、好きになれるはずがない。

 などと考えていると、

「ようやくザルワーンへの侵攻が可能になったというのに、威嚇と降伏勧告とは少々手ぬるいのではありませんか?」

 モナナ神が嫌味をたっぷりこめていってきたので、ミズトリスは肩を竦めた。

「……根絶やしにするのは簡単だがな。陛下はそのような所業を望んではいないのだ」

 ザルワーン方面の制圧に関して、ミズトリスはヴィシュタルに様々な指示を受けていた。そのひとつができるだけ穏便に解決して欲しいというものであり、敵味方ともに損害の少ない方法、手段を用いなければならなかった。それこそ、ミズトリスがモナナにいったように、神皇の望みだからだ。

 神皇の使徒たるミズトリスたちにとっては、神皇の望みを叶えることこそが最優先事項であり、そのためならばいかな犠牲も厭わないのだが、その犠牲を最小限に抑えなければならないということが望みであるとなれば、ミズトリスも苦悩せざるを得ない。

 マルウェールへの攻撃さえ、躊躇していたところだ。

 しかし、ザルワーン方面を統治する仮政府なる統治機構の気勢を挫き、余計な戦闘を起こすことなく制圧するためならば、多少の犠牲はやむを得まい。マルウェールが壊滅することで仮政府がネア・ガンディア軍に降伏する方向に傾くのであれば、それに越したことはなかった。

 それに、マルウェールは滅びたが、住民は全滅したわけではない。

 モナナ神の神徒へと生まれ変わったのだ。不老の肉体と、不滅に近い生命力を得たのだ。それは、人間時代の些細で煩わしい悩みから解放されることといってもいい。それが幸福であるかどうかはまったくの別物だし、ミズトリスとしては、喜ぶべきものではないと想っているが。

(致し方ないことだ)

 ただ死ぬのとどちらがいいかと考えても答えの出ないことだ。どちらも同じといえば同じだろう。死ぬのも、自我を失い、神の徒と成り果てるのも、同じだ。ただ、その後の影響を考えると、周囲の人間に多少の感傷を与えるかもしれないだけの死のほうが、ましなのかもしれない。

「とはいえ、こちらは既に多くの犠牲を払っていますよ」

「わかっている」

 モナナがめずらしく食い下がってきたことに若干の驚きを覚えながら、ミズトリスは頭を振った。益体もないことだ。

 クルセール東部の平地に新造されたばかりの飛翔船の発着場には、彼女を出迎えるために集まったネア・ガンディア軍の兵士たちや、飛翔船技師の姿があった。降り立った飛翔船に透かさず飛びつく技師たちの後ろ姿を見送れば、配下の将兵たちが我先にと駆け寄ってくる。いずれも白一色の軍服を身につけている。ネア・ガンディアにおいて聖軍という名称で呼ばれるものたちだ。ミズトリスが近づくと、最敬礼で迎えた。

「ミズトリス様、お疲れのところ申し訳ありませんが、ワルカ様がミズトリス様のご帰還次第、話があると申されておりまして」

「聖将殿が? わかった。場所は?」

「いまの時間でしたら、作戦本部におられるはずです」

 作戦本部とは、クルセールの旧王城のことだ。

「すぐに行こう」

「では、わたしが送って差し上げましょうか? ミズトリス」

 などと、なにやら含んだ言い方で提案してきたのは、モナナだ。

「……助かる」

「ふふ。めずらしく素直ですね。そういう素直さをもっと早く見せてくれれば、可愛げがあるというものですのに」

(なにか一言でもいわないと気がすまないのか)

 と胸中でつぶやいたものの、それこそ図星なのだろうと思いいたり、彼女は憮然とした。モナナ神は、事あるごとにミズトリスをからかったり、揚げ足を取ってきたり、皮肉をいってくるのだが、それが彼女にはどうにも苦手だった。、そも、ミズトリスは、他者からの干渉ほど疎ましいと思うことはなく、それ故、女神の干渉さえも気に食わなかったのだ。だから無愛想にもなる。それがモナナ神には不愉快なのだろうということがわかっていてもだ。

 モナナ神の細い両手がミズトリスの腰を抱いた。かと思うと、目の前が真っ暗になった。あらゆる感覚が途絶し、自分さえも見失いかける。なにが起こっているのかは、瞬時に察する。空間転移だ。隔たれた別空間、遠く離れた場所への瞬間移動。

 モナナは、神だ。それくらいのことは、呼吸をするくらいの簡単さで出来てしまうものらしい。

 そして、視界に光が戻り、あらゆる感覚が復活すると、物凄い音が聞こえた。そして、目の前を書類や用紙など、様々なものが舞い踊った。そして、悲鳴。

「うわああああ!? なっ、なんなんですかあ!?」

 女らしさなどどこ吹く風といった様子の絶叫ぶりに、ミズトリスは、モナナが自分たちをどこに転移させたのかを理解させた。悲鳴は、目の前の机で頭を抱えて泣き叫ぶワルカ=エスタシアのものであり、ここは作戦本部内の彼女の執務室だ。

「ぎゃああああ!?」

 普段は冷静沈着極まりないワルカ=エスタシアだが、予期せぬ出来事に遭遇すると、途端に取り乱し、醜態を晒すのが玉に瑕だった。そういった面さえなければ、将軍として完璧に近い人材ではあるのだが。

「なにを騒いでいるのでしょう?」

「全部あなたのせいだろう」

「はて? わたしがなにをしたと?」

「書類、大事な書類があああああああ!」

「あれでもわからないか?」

 ミズトリスは、床に散らばった書類や用紙の類を見遣り、ワルカがあまりにも可哀想だと想った。まず間違いなく、モナナの空間転移の余波がそれら書類を吹き飛ばしたのだ。それもなんの前触れもない突然のことであり、書類仕事をしていたのであろうワルカは卒倒しそうなほどの衝撃を覚えたかもしれない。さすがのミズトリスもワルカを哀れに思わずにはいられなかった。

「……仕方がありませんね」

 モナナは、なにか観念したようにつぶやくと、ミズトリスの腰を抱いたままだった両手を離し、一歩前に進み出た。そして、楽団を指揮するかのように指を振るう。すると、床一面に散らばっていた書類や用紙が見えない手で掴み取られたかの如く虚空を舞い踊り、立ちどころに机の上に集っていった。そして、ものの見事に整理整頓され、頭を抱えていたワルカをきょとんとさせる。

「――ぎ、ぎゃああああああ」

「そこでまた驚くのか」

「どうしろというのですか」

「まったくだ」

 ワルカが度胸が座っているように見えて、実のところ、それがただの外見上の印象にすぎないということを理解して、ミズトリスは、なんともいえない気持ちになった。

 ワルカ=エスタシアは、元々ヴァシュタラ教会の退魔騎士団において部隊長の肩書を持っていた人物であり、ネア・ガンディアの成立後、ほかのほとんどすべてのヴァシュタリア軍将兵ともどもネア・ガンディアに帰属、その実力と人格を認められ、聖軍における最上級の役職・聖将に任命されている。つまり、人格も実力もネア・ガンディア首脳陣に認められた逸材だということなのだが、どうやら、精神面の調査不足は否めないようだ。

「ミ、ミズトリス様にモナナ様!?」

「まだ驚くのか」

「え、あ、その……すみませんすみませんすみません!」

「もういい。それで、聖将殿みずからわたしに話とはなんだ?」

 ミズトリスは、色々と面倒くさくなって、話を進めることにした。

 ワルカの反応にいちいちかまっていては、無駄に時間を費やすだけだろう。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ